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第五三話 カエルの首は回りません その3

 グダグダと頭の悪い事を喋り続ける二号を、ちゃっちゃとウォークインシューズクローゼットに放り込んでやった。

 二号の時、何で四号のアタシは二号のアタシを威嚇しやがんだ?

 と疑問だったけど。

 四号になって初めて、アタシは四号のアタシの気持ちが分かった。

 当たり前といやあ当たり前だけど。

 仕方がないとはいえ、あの危機感のなさが苛立たしい。

 過去の自分を殴りたい。

 なんて言う台詞は良く聞くけれど。

 アタシは今、それが出来る状況にいる。

 やって何が悪いんだ!?

 と思ったけど、鬼の形相で威嚇するだけにとどめて置いた。

 だって今のアタシは四号。

 リズの手本となるべき淑女なのだ。

 なんて事を思いながら、のっそりと起き上がった五号を見た。

 五号のアタシは事情も殆ど分かってるから、きっと二号みたいに腹立つこともないだろう。

 無言で頷きあって、二人(二匹?)でリズの待つベッドに戻る。

「サウザ!?」

 リズは五号を見て驚いた。

 そりゃそうだ。これで三匹目だもんね。

「サウザも、英霊の元へ行くの?」

 リズはケロタン達が英霊を探し回っていると思ってる。

 だからまあ、その疑問は当然なんだけど。

 一瞬、そうだと言おうかと思ったけど、どうせ五号が大神殿に行った事なんか後から聞くだろうから、それは止めておく。

 けれど同時に、詳細を説明してる時間はない。

「いいえ。サウザには別の使命があるわ。でも、それをなす前に、リズに伝えなければならない事があるの」

 そう言った後で、確かに四号はそう言ってたな、と思い出す。

 過去に自分が聞いた台詞を、今の自分が口にしてるのって、何か不思議な感覚だ。

 五号をチラリと横目で見てみると、ぼうっとリズを見つめてる。

 おおいっ!

 時間がないんだからさっさと喋りやがれ!!

 と、まさか四号が言うワケにも行かないので。

 リズが五号に集中しているのを良いことに、アタシは五号に向けて歯を剥いた。

 微かにだけどビクリッと五号の体が揺れたので、四号のこともキッチリ視界に入っているらしい。

 あ。

 確かに五号のアタシは、四号のアタシに威嚇されてたな。

 なるほど。

 だから威嚇してたのか。

 ゴメンよ。未来――てかもう「今」か――のアタシ。心の中で罵倒して。

「リズ」

 アタシに促されて(脅されて?)五号は漸く口を開いた。

「サウザ?」

 リズは真っ直ぐ五号を見つめる。

 けれどよく見ると、リズのバッサバサの長い睫毛が、僅かにだけど震えてる。

「リズナターシュ」

 五号のアタシはリズの頬を撫でながら、愛称じゃなく神聖名を口にする。

 リズナターシュは、古い言葉で「真実を見通す瞳或いは夢幻に掛かる虹もしくは虚無の吐息」を意味するらしい。

 因みに「真実を見通す瞳」或いは「夢幻に掛かる虹」もしくは「虚無の吐息」ではなくて、「真実を見通す瞳或いは夢幻に掛かる虹もしくは虚無の吐息」で一括りらしい。

 どこをどうやれば「リズナターシュ」がそんな長い意味になるのかは全く不明だけれど、古語には古語のよく分からない法則があるんだろう。ついでに言えば神聖名にもランクがあって、「リズナターシュ」は血筋ランキング三位以上じゃないと、付けちゃいけない名前である。更に言えば、歴史上「リズナターシュ」の名を最初に持ったのは、『名の秘された皇国』初代皇帝の母親だ。

「そんな事、あるわけないわ!」

 アタシの思考はリズの切羽詰まった声に途切れた。

「未来の事は誰にも分からん」

「でもっ!」

 言い募ろうとするリズの唇を、五号はそっと指で押さえる。

 押さえるのはいいんだけど、この緊張した場面でプニュプニュするのはどうかと思うよ、五号。

 我ながら、というか我だからこそ、情けない。

「サウザ…」

 呆れた声で五号を呼ぶと、五号は自分で自分にビックリしたみたいにハッとなった。

 別の意味でも自分(五号)で自分(四号)にビックリはしてんだけれど。

 五号に入っている時は、結構冷静なつもりだったんだけど。

 こうしてみると、殆どと言って良いほど余裕がない。

 まあ、今だって余裕なんてないんだけれど。

 ただ覚悟は決まった。

 二号の時は全く覚悟なんてなかったし、まだどうやってリズを神人にしないですむかとか考えてた。

 けれど、あの男と会って、それは無理だと諦めた。

 だから攻勢にでることにしたんだけど。

 五号に入ったばかりの時点では、まだ覚悟と言える程のものは持ってなかった。

 五号は言う。

「我らのそなたを愛おしいと思う気持ちだけは、疑ってくれるな」

 ああ。

 何て自分勝手な言葉だろう。

 これじゃあ単なる自己満足だ。

「意味、分かんない…」

 そう呟くリズの瞳が不安に揺れる。

 こんな事も分からないくらい、五号のアタシはテンパってたんだなあと、今更ながら余裕のなさにウンザリする。

 自分を追い込む事で、覚悟を決めようとしてたんだけど。

 今までみたいに受動的じゃなくて、能動的に動くことを。

 自分から動くことで、少しでもリズに有利な方へ向かわせようと。

 そんな決意をリズに誓うつもりで、言ったつもりだったんだけど。

 なんじゃこりゃ。

 いっぱいいっぱいなのは仕方がないとして。

 何せアタシだ。

 そこまで器はデカくない。

 だからって。

 リズを追い込んでどうすんだ!?

 今のリズに、こんなこと言っても、ワケ分かんないだけだからっ。

 アタシはもうこれ以上五号に喋らせたくなくて、けれどやっぱり五号の言葉も否定できなくて。

 そうだ。

 リズが信じてくれるなら、アタシは何だってできるだろう。

 そう確信してるから。

「今は分からなくてもいいの。普段私たち相手にすら殆ど喋らないコレの言うことを、どうか覚えていてちょうだい」

 リズにそれだけ言って、五号にさっさと行く様促した。

「もう時間がないわ」

 五号は思いを振り切る様に颯爽とベッドから飛び出した。

「サウザ!」

 五号はリズの声を背に聞きながら、地下水道へと下りていった。











 実際には、五号の去り際は「颯爽」とはほど遠かった。

 何せ地下水道へ行くためには隠し扉を作動させなきゃいけなかったし。

 ちょっとでも時間短縮したいから、タペストリーの裏側の直通路使ったし。

 要するに、えっちらおっちらイスを運んで、壁に掛けてる絵画を回して、これが時限式なもんだからイスを仕舞う間もなくワタタタタとタペストリーの裏へ駆け込む、と言った具合だ。

 颯爽とベッドから飛び降りたもんだから、余計にもたついてる感があって、間抜けさマックスだった。

 よく考えたら、絵画を回すのはアタシがやった方がよかったんだけど。

 不安がるリズの方が大切だったし、第一五号の時、確かに四号は手伝ってくれなかったので、逆に手伝わない方がいいだろうと思ったからだ。

 ほら、タイムパラドックスとかが何処でどう作用するかも分かんないし。

 だからつまり、別に五号であるアタシに腹を立ててたからってワケじゃない。

「ミリー」

 心細そうに四号の名を呼ぶリズの頭を、アタシはふんわりと抱きしめた。

「大丈夫よ、リズ」

 リズは不安を紛らわせる様に、四号の体を抱きしめ返す。

 本当はもう暫くそうしていてあげたいけれど、時間がない。

 何せやるべき事は山盛りなのだ。

「リズ、良く聞いて」

「……………」

 リズは答えない。

 代わりに四号を抱きしめる力を強くした。

 多分、今四号のウエストは厚さ二センチぐらいになってんじゃないかと思う。

 内臓があったら、確実に破裂してるね!

 目とか口とか鼻から、色んなモンが出ていたよ!

 良かったよ! 布製品で!

 そんな事を思いつつ、アタシはリズの艶やかな髪を撫でた。

 うっとりとするほど滑らかな手触りは、侍女さん達が毎日手入れをしてくれるから。

 侍女さんたちは、裏にどんな思惑があれ、確かにリズを大切にしてくれている。

 愛情を注いでくれている。

 それはリズにとって、大切でかけがえのないものだ。

 だからアタシは、彼女達を守りたい。

 これから先リズを支えて貰うためにも。

 いつか、アタシがいなくなった後も。

「リズ」

 もう一度名前を呼ぶと、リズがゆっくりと顔を上げた。

 僅かに潤んだ瞳に、緑色の珍妙な布製カエルが映し出される。

 実際は、紫と緑が合わさって、何か物凄い色になってるけど。

 まあ、そこら辺は敢えて目を瞑ろう。

 ああ。

 なんて可愛らしいんだろう、アタシのお姫様は。

「もうすぐ地神の寝返りが、この地であるわ」

 ゆっくりとかみ砕く様に言う。

 その意味を瞬時に理解したリズは、これ以上ないほど目を見開いた。

「え!? 何時?」

「もうあと何時間もないの」

「………地神の寝返りが、大地が揺れると、どうなるの?」

 恐る恐る尋ねてくるリズに、アタシは隠さずに言った。

「揺れるだけじゃないかも知れない。地面はひび割れ、建物は壊れ、そうなると人々には為す術もないでしょう」

「そんなっ」

 リズのバラ色の頬がサッと青くなる。

「英霊様の力が、弱まっているから?」

「そうよ」

「英霊が力を取り戻せば、地神の寝返りを止められる?」

「そうね。でも今からでは遅いわ」

「じゃあ、どうするの!?」

「避難するのよ」

「避難?」

「そのために、サウザには大神殿に行ってもらったの」

「サウザ、大神殿に行ったの? 師父様に会うために?」

「会うのは誰でも良いのよ。神殿騎士団を動かせれば」

「神殿騎士団…」

「恐らくイシュ・メリグリニーアが見事な采配をふるうでしょう」

 恐らくっていうか、確実に、なんだけど。

「私…。私は何をすればいいの?」

 縋る様な表情でそう言うリズは確かにまだ十二歳の子供だけれど、瞳に宿る力強さは紛れもなく「王女」のものだった。

「リズ…」

「みんなが頑張ってるのに、私に出来ることはないの?」

「リズ。あなたはただ、いてくれればいいの」

「でも!」

 愛しい愛しいリズ。

 アディーリアは、本当にリズを愛していた。

 ただ一瞬の罪悪感に押しつぶされそうになりながら。

 ただリズの幸せだけを願っていた。

「いいのよ、それで。今はまだ」

 運命に立ち向かう準備は、これからしていけばいい。

 甘やかしてるだろうか?

 甘やかしてるんだろうな。

 けれど、甘やかして何が悪い!?

 ケッ。

 子供を千尋から突き落とす獅子なんぞに、なってたまるかっ。

 アタシは、カエルだ!! ほ乳類じゃねえ! 両生類だっ!

 アタシは意を決して、ベッドの横の紐を引っ張った。

 リンゴーン。

 遠くから聞こえる様だけど、鳴っているのは隣の部屋だ。

 当直の侍女さんと侍従武官が控えているはずだ。

 侍従武官は、できればセルリアンナさんがいいけれど、この際贅沢は言ってられない。

 トントントンというノックの音に、アタシは答えた。

「お入りなさい」

 二号と五号の時に思ったんだけど、四号の声は女性にしてはちょっと低めだ。

 けれど澄んでいて、良く通る。

 ゆっくりと優しくしゃべれば、優しく聞こえる、けれど。

 カチャリと扉が開いて、現れたのはセルリアンナさんだった。

 普段なら先ず侍女さんが現れるはずなんだけど。

 まるで何かを予感してたかのようなタイミングの良さだ。

 セルリアンナさんは、アタシを目にした途端、直ぐにドアを閉めてツカツカと近づいてきた。

 ベッドの脇まで来るとスッと滑らかな動作で片膝を付く。

「如何なさいましたか?」

 アタシは言った。

「セルリアンナ、お前に命じます。今すぐ宮殿の者を全て集めなさい」

 命令口調で話すと、物凄く高圧的に聞こえる声で。

 地震まで、残り一時間(ジナス)半。

 

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