表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/124

第五二話 カエルの首は回りません その2

7時頃に投稿したんですが、何故か投稿できてませんでした。活動報告を見て来られた方には、ご迷惑をおかけしましたm(_ _)m。

 ――どうして貴女が、こんなところで途方に暮れていなければいけないのか、分かる?

 ――貴女は確かに死んでいない。けれど、生きてもいない。

 ――生きるには、足りていないのよ。

 ――魂が。

 ――欠けて、傷ついて、だから肉体に戻れない。

 ――ならば私の魂を食べて、貴女は生きればいい。











「朝起きたらミリーの足が汚れていたの」

 なんだか妙な方向に曲がった身体に微妙な違和感を感じながら、アタシはリズの声を聞いた。

 なるほど、このタイミングで四号に入ったのか。

 と二号の時の記憶を手繰りながら、感慨に耽る。

 やっと四号だよっ!

 長かった!

 イヤ、マジで長かった!

 これまでの道のりを思うと、涙で視界が滲みそうだ。

 ま、ケロタンは泣かないけど。布製だからっ。

「他のみんなは時々そういうことがあったけど、ミリーは今までなかったわ」

「………そうだね」

 沈んだリズの声に、沈んだ声で答える二号。

 とはいえ、二号の声は、優男に相応しい一ミリグラムの重さもない軽やかな声なので、浮き輪を無理矢理水に沈めようとしてるかのような不自然さがあった。

 こうして客観的に聞いてみると、二号の声って、「バカにする」のにはとても向いているけど、「心配する」のには向いていない。

 二号に対して金髪直情がやたらと腹を立てていた理由が、何だか分かった様な気がした。

 次にムダメン共と二号で遭う事があれば、思いっきりバカにしてやろう、うん。

「それだけじゃないわ。ディーがセルリアンナと話したがったり。みんな宛に手紙が来たり…。みんなの事は、私とかあさまとだけの秘密だったのに」

 悲しげなリズの声音に、記憶を辿る。

 この時二号のアタシは、しくじったな、とは思ってても後悔はしていなかった。と思う。

 ただリズの不安を取り除ける適当な理由を思い浮かばなくて、軽くパニクってはいたけれど。

 ハッ! いかん!

 パニクったあたしが余計なことを言う前に止めなきゃ!

 アタシはガバリと身体を起こして言った。

「その事に関しては、私から言うわ」

「ミリー!?」

 突然動き出した四号に、リズが振り返って紫の瞳をまん丸に見開いた。

 リズの視線が四号と二号の間をせわしなく行き来する。

 ついでに言えば、二号の視線はピタリとアタシを睨んだままだ。

 戸惑いと気まずさと、貴様どうすんだっ! ゴラア! とでも言いたげな視線。

 そんな二号の視線を受け止めながら。

 ケッ、まだまだ青いな。

 なんて思う。

 実際に青い色だとか、そういう事はおいといて。

 二号の時に、何か覚悟を決めたかのように見えた四号、即ち今のアタシは、確かに覚悟を決めたのだ。

 実際の時間にして僅か数分間のタイムラグは、アタシはあり得ないくらいの経験をもたらした。

 ムダメン共を蹴飛ばした過去も、今は遠く、いい思い出だ。

 その経験値の差が、テメエとアタシの差なんだよっ。

 って、自分で自分に言うのも虚しいわっ。

「リズ、驚いてるわね」

 アタシが宥める様にそっと言うと、リズは顔を挙げて健気な眼差しで訴えてきた。

「だって!」

 くほうっ。

 可愛いっ。可愛いぞ! リズ!!

 アタシは心の中で身悶えながらもそれをおくびにも出さず、ゆっくりと落ち着いた口調で言った。

「そうね。驚くのも無理はないわ。今まで私達が並ぶ事はなかったものね」

 アタシの言葉にリズがコクリと頷いた。

「なのに、何故?」

 可愛らしく小首を傾げて尋ねてくるリズに、アタシは抱きしめたい衝動を抑えるのに苦心した。

 いやまあ、抱きしめることに支障はないんだけれどもさ。

 三号だったら、時も所も弁えずに、心のままに振る舞うんだけれどさ。

 四号は、TPOを弁えた立派な淑女なのだ。

「リズ、良く聞きなさい」

 アタシはリズを真っ直ぐに見つめながら言った。

 視界の隅で、二号が自分の思考に没頭して話を聞いていないのを確かめる。

 二号のアタシは、リズと四号の会話を覚えていない。

 逆に言えば、聞かせちゃいけないって事なんだと思う。

 今から言うことは、アタシにとっては徹頭徹尾デタラメだ。

 けれどこの世界の常識からすれば、何一つ齟齬はない、はずだ。

 その点の検証は、リズ父で試したから大丈夫だろう。

 たださ、自分が信じてもいない説明で人を納得させるのって、無理があると思うんだよね。

 だから二号のアタシに余計な茶々は入れられたくないというか…。

 だったら、デタラメなんか言わずに本当のことを言えばいいのに、って思うだろうけど。

 リズを中心として腹黒な権謀術策が渦巻いてます。

 なんて、言えるかよっ。

 なんたってリズは、今夜を境に神人への道を邁進させられるのだ。

 それだけでも十分なプレッシャーなのに、周囲の人間が信頼できないなんて、どんだけストレスかけるんだって話だよ。

「ねえ、リズ。『地神の寝返り』を知っているわね?」

 突然降って湧いた様な話題に戸惑いながらも、リズは律儀に答えてくれた。

「えっと…。大地が揺れること、だったよね?」

 その答えに頷きながら、よくできましたとばかりに撫でる。

「寝返りというのはね、人も獣も神々も、寝ていれば必ずするものよ。しなければならないと言ってもいいわね」

「しなくちゃいけないの?」

「そうよ。しなければ、そうね、人であれば血の流れが滞って、そこから身体が腐ってくるの」

「腐るの!?」

 驚くリズに、アタシは深く頷いた。

 寝たきりの病人が床ずれを起こして、そこから体組織が壊死していくってのは、良く聞く話だ。

 それを神サマに当てはめようってのもどうかと思うけど、神サマだってナマモノなワケだし、腐ることもあるだろう。

「地の神の身体が腐るということは、大地が腐るということ。腐った大地には作物も育たない。花も咲かず、実もならず、動物達も棲めなくなるわ」

「だから地の神は寝返りするのね…」

 理解の言葉を呟くリズは、けれど直ぐに疑問を口にした。

「イスマイルに余り作物が育たないのは、地の神が寝返りをしていなかったから? イスマイルの食料自給率が低いのは、大地が腐っているからなの?」

 おおっと、そうきたかっ。

 流石アタシのリズ。僅か十二歳にして、そんな疑問が浮かぶとは。

 アタシが十二の時って言ったら、日本の食糧自給率が低いなんて知りもしなかった。

「そういうことではないでしょう」

 アタシは少し思案してから、首を振ってそう言った。

 かのインカ帝国の首都クスコは標高三千メートルを超えている。インカ帝国といえば、トウモロコシやジャガイモなどの栽培が盛んだったってイメージがある。

 要するに高地に適した作物を見つけて育てたわけだ。

 ところでイスマイルの食文化ってのは、簡単に言えば主食は小麦製品で、主なタンパク源は牛だ。当然ながら、小麦も牛もこの高地では育たない。

 観光客、じゃなくて巡礼者は言う、イスマイルでは食生活で困らない。

 大陸でスタンダードな食文化と変わらないってことらしいけど。

 それってつまり。

「ただ単に、この土地に向いていない作物を作っているからよ」

 アタシの脳裏に、チラリと例の古地図が浮かぶ。

 ゲシュマイル高地よりも西にある「イスマイル大公領」。

 ひょっとしたら、平野部での食文化をそのまんま高地に持ち込んだのかもしれない、なんて考えがふと過ぎる。

「それにね、イスマイルにだって『地神の寝返り』はあったわ。ただ他の地よりも少なくすんだのには、理由があるの」

「もしかして、英霊様が守っているから?」

 リズの模範的な答えに、アタシは微笑みながら頷いた。

 イスマイルに災害が少ないのは、英霊の守護があるからだと言われている。

 とは言っても、そもそもイスマイルには火山はねえし、大河もない、高地だから当然海もない、四季こそあるけど基本季候は安定してる。要するに、地理的条件として天災の類が起こり難いんじゃないかと思う。まあ、雪崩や土砂崩れってのはあるみたいだけれど。周囲の山々は基本国王直轄地だから、許可がないと入れない。つまりは大規模な災害には繋がりにくいんだよね。

 なんて現実的な思考を片隅に置きつつ、アタシは憂いを含んだ声音で言った。

「そうよ。けれどね、今その英霊の力が、とても弱くなっているの」

「え? 何故?」

「それが分からないの」

 アタシの言葉に、リズは思案する様に眉を潜めた。それから、スッと視線を伏せると、

「………英霊様のことと、ミリー達のことと、どんな関係があるの?」

 まあ、その疑問は当然だわな。

 さて、ここからが大切だ。リズ父と何度もシミュレーションして、矛盾はなくしたつもりだけれど、上手くいくだろうか?

「私たちはね、主の命を受けて、英霊の力が弱まっている原因を突き止めるために、英霊の磐境エヌマシュリを探しているの」

「エヌマシュリ?」

「精霊の棲家の事よ。英霊は現界に降りて、磐境に棲んでいるの」

「じゃあ、ミリー達は、英霊に会うために、磐境を探しているの?」

「そうよ。ただ問題はね、私たちが探せる場所は知れているということよ」

「何故?」

「私たちは、ある一定の距離以上は、あなたから離れられないの」

「え?」

「私たちはあなたのために、あなたのためだけに存在しているの。だから、あなたから余り離れてしまっては、私たちの存在意義が失われ、私たちは現界に留まれないのよ」

 この設定も、頑張って考えた。

 まあ、もしそうだとしても、大神殿まで行けたんだから相当な距離だとは思うけど。

「そうなの…」

 リズは小さくそう呟くと、途端にハッとなった。

 どうやら賢いリズは、アタシが言うより先に答えを見つけてくれたらしい。

「じゃあ、もしかして、お兄様や娘子軍に、探すのを手伝ってもらっているの?」

「そうよ」

 アタシが頷いて見せると、リズが漸く納得した表情を浮かべた。

 そのリズの信頼しきった表情に、多少良心をうずかせながら、アタシは言った。

「そして多分、見つけたわ」

「本当?」

「そうよ、ねえ、クリス?」

 ここで漸く、ボンヤリしている二号に向かって声を掛けた。

 けれど二号は返事しない。

 聞いていやがらなかったな、コイツ!

 いやまあ、聞いてないのは知ってたし、聞いてないと思って喋ってたんだけどっ。

 ここまで聞かれてないと、自分ながらに腹立つなっ。いや、自分だから余計腹が立つんだろうか?

「ねえ、聞いているの? クリス?」

 アタシが強めの口調で言うと、二号はハッとして顔を上げた。

「ああ、済まないね、シエラータ。二人が並んでいる様が余りに美しくて見とれていたよ」

 悩ましげな溜め息を吐きながら、二号が言った。

 ギャ~~~ッ!

 言ってた時も寒かったけど、言われた方が遙かに寒いっ!!

 リズの前で殴らなかったアタシの理性を、誰か褒めてくれないだろうか?



 

磐境いわさかというのは、祭壇とされる磐座を含んだ儀式用の施設のこととされていますが、詳細は分かっていません。その解釈があっているのかも、考古学的には不明です。というわけで、敢えてその言葉を使ってみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ