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第五十話 カエルの擬態にハンパはありません その4

 それから後の展開は予想以上に速かった。

 メリグリニーアさんは神殿騎士団に驚くほど適切な指示を出し、彼らは彼女の命令に疑問を挟むことなく行動した。

 その殆ど迷いのない指示に、メリグリニーアさんは地震に遭ったことがあるのかもしれないと思った。

 どうやら彼らは、大神殿前の広場に人々を集めるつもりらしい。

 何でも、大神殿前の広場は、王城前の広場よりもずっと広いんだとか。

 大神官就任式には、そりゃもう普段の何倍もの巡礼者が訪れるので、それに備えて相当広く作られているのだそうだ。

「黒のケロタウロス様。避難の際に特に気をつけるべき事はございますか?」

 どうやって編み込んでんだろう? と訊きたい様な訊きたくない様な複雑な髪型の神聖騎士を前に、メリグリニーアさんが訊いてきた。

 神聖騎士はあたかも神官長からの指示を待っているかの様に目を伏せているけど、実際は五号の姿を直視したくないだけなんじゃないだろうか?

 だってさ。

 カエルだよ? 布製の。

 しかも珍妙としか言いようのない。

 ソレが神官長サマの上座に座ってさ、しかも神官長サマがソレにお伺い立ててんだもん。

 世に名だたる誉れ高き神聖騎士だって、見なかった事にしたくなるってもんだろう。

 分かるよ。その気持ちは分かる。

 けどさ、これから先のことを考えるとさ、どんなに受け入れがたい事だろうと現実として受け止めてもわらなきゃあいかんワケよ。

「クッションを持て」

 アタシは五号のキャラを守って、言葉少なに言った。

 それをメリグリニーアさんが、エスパーか!? と問い質したくなる様な正確さで補足する。

「ああ、そうでした。落下物から頭部を守るものが必要なのですね?」

「うむ」

 てか、分かってんなら訊くなって話なんだけどさ。

 多分、メリグリニーアさんとアタシの意図は、一致している。

 それは、神殿内へのケロタンの周知だ。

 だからメリグリニーアさんは、自分でも分かることをわざわざ五号に訊いてくるんだろう。

 そしてだからアタシも、この場に留まっている。

 ま、帰りようがないってのもあるんだけどね。

 だって帰り道、分かんないし。

 ホラ、アタシってば、殆ど後宮から出たことのない、箱入りじゃん??

 まあ箱入りというには、地下迷宮で「見てはいけないモノ」を散々目にしてるんだけれどさ。

 ところでその後宮は、今頃どうなってんだろう。

 多分四号が何かやってるんだとは思うけどさ。

 しっかりしている様に見るあの四号も所詮アタシだからな~。











 アタシが五号に入ったのは、二号が地下迷宮に降りるのと殆ど入れ替わりだった。

 覚醒した途端、「ヒッ!」という二号の短い悲鳴を聞いて思った。

 気の毒に。

 いやまあ、悲鳴を上げてるのも上げさせてるのも、アタシだけれどさっ。

 のど元過ぎれば何とやら、結局過ぎてしまえば全ては思い出となり体験は記憶の海に沈むのだ。

 なんてね。

 ウォークインシューズクローゼットに二号のアタシを放り込んだ四号のアタシは、五号のアタシに向かって頷いた。

 ややこしいなっ。

 ともかく、四号の後に続いて、アタシは天蓋のカーテンをくぐった。

「サウザ!?」

 四号に引き続いて五号まで現れた事にリズは驚いて、希有な紫色の瞳をこぼれ落ちそうなくらいに見開いた。

 思わず、落ちてきた眼球を受け取ろうと手を差し出しそうになったくらいだ。

 けれどそれは直ぐに神妙な表情に取って代わり、

「サウザも、英霊の元へ行くの?」

 英霊? 英霊って、なんじゃそりゃ?

 いやまあ、英霊自体は知ってるけどさ。

 ああ、そういやあ、二号のアタシに四号が何か言ってたな。

 ――英霊が、女性である事を祈るわ。

 あの時、四号のアタシはリズに何て言ってたんだっけ? 二号のアタシはぼんやりしてて聞いてなかった。

 だからこの場で適切な台詞を言える自信が全くない。

 どう答えるべきか考えてると、四号のアタシが言った。

「いいえ。サウザには別の使命があるわ。でも、それをなす前に、リズに伝えなければならない事があるの」

 四号のアタシはそう言って、五号のアタシを促す様に頷いた。

 その言葉につられてか、リズがアタシを見つめてくる。

 あのさ~。

 そりゃ、アンタには「何時か来た道」なワケだからさ~、全部分かってんだろうけどさ~、それはムチャぶりってやつじゃね??

 との思いを込めて、アタシは四号を睨み付けた。

 そんなアタシの心情など当然お見通しなんだろう未来のアタシは、早く言えこんのボンクラッ! とばかりにギッと歯を剥いてきた。

 すっとぼけた表情のカエルのぬいぐるみが、顔の中心に皺を寄せ歯を剥き出しにしている姿は、正直言って不気味だ。

 怖いわ! ボケ!!

 と思ったけど、五号のキャラでは反論できない。

 くっそう。それも分かって全部やってるのかと思うと、我ながら、何てたちの悪い女なんだ。

 けれど、四号の言う通り、アタシはリズに言うべき事があるのも事実だった。

「リズ」

「サウザ?」

 戸惑う様に、けれども疑いのない目で真っ直ぐに見つめ返してくるリズに、アタシは覚悟を決めて言う。

「リズナターシュ」

 アタシはその柔らかな頬を撫でながら、リズの名前を口にする。

 声に、目一杯の愛おしさを乗せて。

 アタシは時々思う。

 アタシのリズへの思いは、アディーリアから写し取ったもんじゃないだろうかと。

 だって、それくらいリズが愛おしい。

 九年間見守っていたって言っても四六時中じゃないし、ひと月近く会わない時だってある。

 けれどアタシには、アディーリアのリズを生んだ時の記憶があって、リズを初めて抱いた時の記憶があって、リズを残して逝ってしまった記憶がある。

 アディーリアの記憶は映画を見ている様なもんだけど、徹底的に語り手視点の映像は、語り手の感情を追体験させる。

 だからと言って、この気持ちが紛い物だとは思わない。

 リズが愛しい。

 だから、守りたいと思う。

 なのに、アタシはリズに、「神人なりたくないか」とは訊けない。

 アタシは無力でちっぽけすぎて、それを阻止する力がないから。

「そなたは何時か、我らを憎む日が来るかも知れん」

 アタシの言葉をリズは直ぐさま否定する。

「そんな事、あるわけないわ!」

 アタシはそれを肯定も否定もしない。

 ケロタンがいなかったとしても、リズは神教によって神人に仕立て上げられるだろう。

 皇国再興の魁に相応しい「奇跡」を、神教は用意していた事だろう 。

 でも。

 ケロタンさえいなければ。

 リズがそう考える様になっても仕方がないと思う。

 だって、アタシでさえ思うんだもん。

 ひょっとしたらって。

 決して訪れない未来には、「もしも」の願望が強く映し出される。

 アタシはその事を、よく知っている。

「未来の事は誰にも分からん」

「でもっ!」

 アタシはリズの唇に指先を当てた。

 何のためについてんのか分かんない五号の柔らかい布製の爪は、リズの唇を傷つけることなく、プニュッとへこませるだけだ。

 その感触が余りにも愛おしくて、プニュプニュと何度も押してしまった。

「サウザ…」

 呆れかえった四号の声に、ハッと我に返る。

 いかん、和んでる場合じゃなかった。

 これからの事を思うと現実逃避したくなるけど、リズの唇に逃げちゃいかん。

 ………なんか卑猥な表現になっちゃったな。

 くれぐれも断っておくけれど、アタシにその手の趣味はないっ。

「サウザ?」

 五号の不審な行動に小首を傾げるリズに、アタシは苦笑する。

「寧ろ憎んでくれてもいいのだ。その資格がそなたにはある」

 神人になることは、今まで以上のプレッシャーがのし掛かるって事だ。

 常に期待され、常に人の模範である事を求められ、常に公正でらねばならない。

 神人は神にも等しい人だから、誰かをひいきしちゃいけないし、誰かを嫌ってもいけない。

 そこにあるのは、孤高という名の孤独だ。

 でも人じゃないケロタンなら、リズは嫌っても憎んでもいいのだ。

 本当は嫌われるのも憎まれるのも嫌だけど、だってアタシは決めたのだ。

 リズを「神人にさせられる」んじゃなくて、アタシがリズを「神人にする」って事を。

 自分から責任を被るくらいの勢いがなきゃ、多分この先やってけない。

 この先何があっても自分が選んだ道なら仕方がないって思えるけど、流された先の道なら誰かに責任転嫁してしまい、決してリズの支えにはなれないだろう。

 ぶっちゃけ言って、覚悟はない。

 アタシは弱い。

 けれど、これだけは信じて欲しい。

「我らのそなたを愛おしいと思う気持ちだけは、疑ってくれるな」

 もしリズが信じてくれるなら、アタシは多分なんだってできる。

 何を犠牲にしてもいいし、誰を犠牲にしてもいい。

 迷うだろうし、怖じ気づくだろう。けれど後悔だけは絶対しない。

「意味、分かんない…」

 困惑気味に俯くリズに、四号のアタシが言う。

「今は分からなくてもいいの。普段私たち相手にすら殆ど喋らないコレの言うことを、どうか覚えていてちょうだい」

 五号のアタシは、言葉もなく頷きもしないリズの頭をゆっくりと撫でる。

 それを黙って受け取るリズに、聡い子だからこれから起こることの全ては知らなくても、重大さを理解しているのかもしれないと思う。

 そんなリズを、アタシは支えられるだろうか?

 ううん、そうじゃない。支えてみせる。

「もう時間がないわ」

 四号の言葉を合図に、アタシはベッドから飛び降りた。

「サウザ!」












「黒のケロタウロス様」

 アタシを呼ぶ柔らかい声に、ハッと我に返る。

「そろそろ我々も…」

 メリグリニーアさんの言葉に、どうやら大神殿内の避難は殆ど完了したらしいと悟る。

 リズ、不安がってないかな?

 リズの五号を呼ぶ声が鼓膜に蘇る。

 あの時リズに言った言葉は、謂わばアタシの覚悟だ。

 これから起こる出来事に、今までみたいに漫然とただ流されるだけじゃなく、ちゃんと責任を負うっていう覚悟。成り行き任せじゃなくて、自分から行動するって覚悟。

「うむ」

 アタシの言葉に、

「失礼します」

 と行って、凛々しげな神聖騎士が五号の身体を抱き上げる。

 まだ強か濡れてる五号の身体から水が染み出て、見る見る内に神聖騎士の白い制服にシミを作った。

 小心者のアタシとしては、申し訳ない気持ちになるけど。

 五号のアタシは、気にもしてないフリをする。

 自分で歩けるけど。

 しかも全力で走れば、確実にこの神聖騎士より速いけど。

 てか、ここが何階か知らないけど、ぶっちゃけ窓から放り投げられても、全然平気なんだけど。

 とは言わずに、

「行け。時間はもうない」

 アタシはこの時、すっかり失念していた。

 ヴィセリウス大神官がどうなってるのかって事を。

 後から考えたら、直ぐに分かった事なのに。

 リズの後見人である大神官が、リズの「奇跡」であるケロタンに、挨拶に来なかった事を。

 アタシの思惑とは関係なく、何かが蠢いていた。 


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