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第四九話 カエルの擬態にハンパはありません その3

お久しぶりです。私事でお休みしてしまいましたが、またよろしくお願い致しますm(_ _)m。

 世界に七つしかない大神殿の一つ、ユージェニア大神殿には、現在五人の神官長がいる。

 その中で高齢となったヴィセリウス大神官の後継と見なされているのは、何とかっていう神官と、これまた何とかっていう神官の二人。名前はこの際どうでもいい。何故覚えない? とかっていうツッコミは今更だ。答えはズバリ、興味がないからだ。

 もっともその二人、特別抜きん出て優秀っていうより、「後継をアグレッシブなまでに狙っている」という意味においてのみ、後継候補なんだとか。

 何だか悲しい運命が待ち受けていそうな人物評である。

 そんな中メリグリニーアさんの表だっての評判はといえば。

 控えめで職務に忠実な中道穏健派。平たく言えば現実路線の平和主義者って事だ。

 けれど実際は、知る人ぞ知るヴィセリウス大神官の懐刀、らしい。

 ――余の印象を率直に申せば。

 と、リズ父は前置きしてこう言った。

 ――洞察力に富み、先見の明がある。同時に計算高く冷徹な人物でもある。

 ああ、うん、そんな感じはするよ。

 と思ったけど、続く言葉に途方に暮れた。

 ――腹の底を読み取ろうとしても、さっぱりしっぽを掴ません。得体が知れないと言ってもいい。

 その言葉を、アタシは今、シミジミと噛みしめている。

 穏やかな微笑みを浮かべながら、何一つ心の中を見せない銀色の瞳と対峙しながら。

「黒のケロタウロス様の行啓、我ら神官一同望外の喜びではありますが、お呼びいただければ喜んで参上つかまつりましたものを…」

 メリグリニーアさんは相変わらず両膝を床についたままの、神官最上級礼の姿勢のままだ。

 ええと、翻訳すると。

 突然あんなとっから現れるんじゃねえ、こちとらイロイロ探られたくない腹があんだよ、用事があるならそっちに行くって言ってんだろ、バーカ。

 てトコか?

 それとも、そう聞こえちゃうアタシの耳に問題があるんだろうか?

 銀色の眼差しは、強くもないのに心の奥底を見透かされそうな得体の知れなさがあった。

 それは王府で会った時とは格段の差で、ひょっとしたらあの時はそういったモノをセーブしてたんじゃないかと思う。

 今は何て言うか、だだ漏れって感じ?

 こうして二人っきりで向かい合うと、嫌と言うほど実感する。

 マジで格が違い過ぎマス。ゴメンナサイ。

 けれどアタシは、リズのために、引くつもりは毛頭ないっ。

 ああ、思い出す! リズがケロタン達の名前を初めて呼んだ時の、あの感激をっ!

 いやまあ、リズは初日に全部覚えたんだけどね。何せリズは、とってもとっても賢いからねっ。言っておくけど、身贔屓じゃないよ!?

 なんて心の中でちょっぴり現実逃避しつつ、

「我はサウザード・ネルス・ケロタウロス。我が主の養い子、リズナターシュの守護者である」

 あの男に入れ知恵して貰った通りの台詞を抑揚のない声で言うと、メリグリニーアさんは口元にこれまた何とも意味深な笑みを掃いた。

 だからさあ、その笑顔の意味は何なんだよっ。

 と問い質したところで答えてくれる相手じゃなし、今はそんな事に拘っている場合じゃない。

 ここに来るまでに確実に半時間(ジナス)はかかってる。

 王都から大神殿まで馬で二時間(ジナス)ってトコらしいから、十分上出来なんだけど。

 地震が起こるまで、あと一時間(ジナス)半ってトコだろう。

 地球時間に換算すれば二時間強。

 うわ~、そんなんで、一体何ができるんだよって話だけど。

 大神殿周辺は巡礼者が沢山宿泊してるだろうし、そもそも大神殿内の人口だって相当なもんだ。神殿騎士団が上手く誘導して彼らがパニック起こさなきゃ、どうにかなるかもしれない。うん。希望は持てる。多分。

「火急の事にて、要件のみを言う」

 アタシは口調が速くならない様に、気をつけながら言った。

「今宵、大地が揺れる」

 たったそれだけの言葉だったけど、メリグリニーアさんはちゃんと理解してくれたらしい。

「地神の寝返り、ですか?」

 アタシはその言葉のに無言で頷く。

 地震は、こちらの世界では「地神の寝返り」と呼ばれている。

 その災害規模を考えると、なんだかなあってネーミングだけど。

 そこには何の意図もないってのを表すには、よく出来た言葉だと思う。

 アヌハーン神教では、神は人を罰したりしない。

 だからつまり、天災は「天罰」じゃない。

 台風は風神のくしゃみで、津波は海神のでんぐり返り、噴火に至っては山神のゲロだ。

 ぶっちゃけどうかと思う設定だけど――そもそも海神は何故前転するのか? 運動好きとかいう設定なのか?――、そこには悪意も善意もない。

 謂わば不可抗力ってヤツだ。甚だしく迷惑な、ある意味理不尽の極みだと思うけど、アタシはそういう神教の考え方は嫌いじゃない。

 てのも、「天罰」だって言えば幾らでも人々の不安を煽ることができる。不安に煽られた人達に寄進させて私服肥やすとか、幾らでもしようと思えばできる。それを敢えてするつもりはないって事だからね。

 神サマは人間に無関心だなんて、一体何だってそんな教義を採用したんだかは全く謎だけど、その点に関してだけは評価している。まあアタシの評価なんかいらないだろうけど。

 大体さ、天災にもし誰かの意図があるなら、被災者として選ばれた理由と選ばれなかった理由を、生き残った人達は考えるよね。でもさ、納得出来る理由なんか絶対見つからないだろうし、挙げ句の果てに罪悪感の無限ループに陥って精神を病む何てことになっちゃうんじゃないだろうか。

「時間はもうあまりない。しかるべき時に向けて備えるがいい」

 メリグリニーアさんは、ヴィセリウス大神官じゃなくて、敢えてメリグリニーアさんを指名した意図を分かってくれるだろうか? 大々的に神殿騎士団を動かすには大神官の承認が必要だけど、メリグリニーアさんなら「後から」でも承認を取り付けられるはずだ。大神官に会うにはイロイロと手間が必要だし、そもそもヴィセリウス大神官は神殿騎士団を掌握し切れていない。メリグリニーアさんが大神官に付いてるから、神殿騎士団は従っているだけらしいのだ。

 メリグリニーアさんは数瞬何かを思案して、銀の瞳でまっすぐに見据えてきた。

「何故とお伺いしても?」

 曖昧な言い方は態とだろうか?

 何故この英霊に守られた聖地で地震が起こるのか?

 何故地震が起こることをわざわざ知らせに来たのか?

 どちらとも取れる問いを、アタシは敢えて後者の方に捉えた。

「リズナターシュが悲しむ故に」

 アタシがそれだけ言うと、メリグリニーアさんは口元に弧を描いた。

 頭のいいメリグリニーアさんなら、何故リズが悲しむ事になるのか分かったはずだ。

 なのになんで今そんな笑みが出てくるのか。

 アタシには分からない。

 まるで猫が獲物を見つけたみたいな、不穏な微笑み。

 アタシはゾワゾワとした嫌な予感が足下から這い上ってくる様な気がした。

 ああ、ケロタンに入っててよかったよ。

 でなきゃ、怖じ気づいてんのが丸わかりだ。

 メリグリニーアさんは、笑みを掃いたまま深々と頭を垂れた。

「このメリグリニーア、ラナヤーディス・イディスレーダ・リズナターシュに心よりお仕え申し上げます」

 リズの聖者としての称号は「玉の聖者セラーディス・クレメンセーダ」だ。

 だけどこの騒動が終わった後、神人となる。けれど、ただの神人(ラナヤーディス)じゃなくて、「神の最愛人ラナヤーディス・イディスレーダ」になるって事だろう。

 それは即ち『名の秘された皇国』初代皇帝以来の、称号だ。

 これで、嫌になるくらい、皇国復興の条件は揃ってしまった。











 「余が何故この様な姿をしているのか? 知れたこと。死したる魂は生前最も幸福を感じた時の姿になるからだ」

 男が当然だとばかりの顔でそんな事を言うから、アタシは猛然と抗議した。

「何それ、ちょっと待ってよっ。それじゃあアディーリアと過ごした時間は幸せじゃなかったって事? リズが生まれて嬉しくなかったみたいじゃんっ!」

 アディーリアの魂は、死んだ時のままだった。

 いやまあ死んだ時は病気でやせ細っていたから、アレは病気になる前の姿なんだろうけど。極端に若かったり何て事はなかった。言動はどうかと思うけど、少なくとも見た目は、二十代半ばの大人の女性だ。

 アディーリアにとって幸福だと言えたのは、この男とリズとと共にあった時間だ。

 なのにこの男は、思春期真っ盛りみたいな姿をしている。

 疑うべくもなくアディーリア側の人間としては、当然の疑問だろう。

 すると男は、そうではないと首をゆるく振った。

「この姿は、アディーリアと初めて会った頃のものだ。まだあの頃は、この美しい少女を娶ることが出来ると、ただ無邪気に喜ぶ事ができたのだ。無論、アディーリアを妻としてからも幸福ではあったが、その頃の余は、アディーリアの事だけを考えているわけにはいかず、寧ろアディーリアを苦しめた事を思えば、諸手を挙げて幸福だったとは言い難いのだ。ああ、今でも昨日のことの様に思い出す。初めて会った時の、アディーリアのあの愛らしさ」

「ちょちょちょちょ、ちょと待て!」

 遠い目をしてそのまま回想に入ろうとした男を、アタシは慌てて止めた。

「アディーリアとアンタって、十歳以上離れてるよね? 今のアンタってどう見ても十代前半じゃんっ。それって、アディーリアが幾つの時よ??」

「三歳になるかならぬかの頃だろう。クリシアが滅びる前であったな」

「三歳児にときめいたのか!?」

 それって完全にロリじゃんか!!

「三歳児であろうとも、アディーリアは美しかったぞ?」

「そりゃ綺麗な子だっただろうよ!」

 リズの母親なんだからっ。

 三歳のリズに出会った時の衝撃は、今でも忘れられないくらいだ。

 けどさ、だからって、ときめいちゃいかんよ、君!

 何て思いながらアタシがワタワタしていると、男は不遜げに笑って言った。

「恋をするのに、年齢は関係ないだろう?」

「それは恋をする方の話であって、される方の年齢は考慮しようよっ」

「別に何かしたわけでもあるまい。それ程騒ぐことでもなかろう」

 それはそうかもしれないけど。

「じゃあちょっと聞くけど、三歳のリズにどっかの男が懸想したらどうすんのさ」

「勿論殺す!! いや、殺すだけでは飽き足りん! 生きたまま内臓をえぐり、四肢を裂いてやろうぞ!」

 ああ、うん。その意見には大いに賛成するよ!

 でもちゃんと自分にも当てはめようね!!












 もう既に、その頃にはリズの運命は決まっていたんだろう。

 リズの人生が、リズ以外の意図で決められている。

 それはリズの生まれを思うとある程度は仕方がないかもしれないけれど、あの男の言葉にアタシは心底ゾッとした。

「リズナターシュばかりではないぞ。神教は、リズナターシュを娶せるための皇統の男子を用意しているはずだ」











 だからアタシは「奇跡」になる。

 神教が、手出し出来ない本物の(・・・)「奇跡」に。


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