第四八話 カエルの擬態にハンパはありません その2
「とりあえず、質問は三つある。何故そなたからアディーリアの気配がするのか? カウゼルの側近達とそなたの関係はどのようなものなのか? イスマイルに地震が起こるというのは本当なのか?」
少年――イスマイル王国第三八代国王ナイアルド=以下略は、むっつりと不機嫌を隠さずにそう言った。
別に怪我したわけでもないんだから、そんなに怒る事ないのに。
なんて思いつつ、アタシも言ってやった。
「アタシも質問がある。アンタ、何で若返ってんの? 何で素直にあの世に行ってないの? 言っておくけど、アンタは生き返らないからね?」
「最後のは質問ではあるまい」
「疑問形にしたじゃん」
「語尾を上げただけだろうがっ」
まさか地下水道が大神殿に通じてるなんて、思ってもみなかった。
ベチョン。
あんな隠し仕掛けがあるなんてさ。
グシャン。
やっぱり国王ともなると、そこら辺の情報はハンパないんだな。
ベシャン、バシャン。
けどさ、だったら絶対知ってたはずだ。
グチャン。
女子用シャワールームに通じてるってっ。
ドシャン、バチャン。
アタシは今、ツルッツルに磨かれた階段を上っている。
先程から響いている、やたらと水気の多い効果音は、五号の足音だ。
なんせびっしょびしょに濡れたままなので、まあ謂わばこれも不可抗力だ。
そんな風に心の中で言い訳しながら来た道を振り返れば、B級ホラーに出てきそうな濡れた足跡が続いている。
流石にこれはマズいか?
なんて思っていると、
「あの……」
案内役の神官さんがおずおずと声を掛けてきた。
「如何した?」
向き直って問い返すと、神官さんは視線をふらふらと泳がせながら言った。
「その、お絞りしましょうか?」
何を?
とは敢えて聞かないけど。
そりゃまあ、これだけ綺麗に磨き上げた廊下やら階段やらを汚されるのは嫌だろうし、アタシだって気が引ける。
けどさ。
今ココで絞って貰うわけにはいかないよね??
だからってまさかまたあのシャワールームに戻るとなると…。
ガランゴロンガシャ――――ン!
金属製のパイプがあちこちで弾け飛ぶ音と。
ドドドドドドドドドド。
「水が流れ落ちる音」と言うには威勢がよすぎる流水音。
床にはどんどんと水が貯まっていって。
パニックになって叫び出す巫女さん達。
――きゃ~ん! 何これ! かわいい!!
――動いてる! すっご~~い!
――なんで? どうして? 触らせて~!
――あたしも、あたしも!
――いや~ん、ブッサイク! チョー可愛い!!
………女の子って………。
いやまあ、それはともかく。
アタシはどうやら、シャワー室の給水管を壊してしまったらしいのだ。
言い訳をするつもりじゃないけど、正確に言えば壊したのは、水だ。
通常の数倍の水量に、給水管が耐えられなかったのだろう。
通常の数倍の水量にしたのは、まあ、アタシなんだけどさ。
どんどん水かさが増していくのを見て、ちょっとヤバいかな? とは思ったけどね。
騒ぎを聞きつけてやってきた神官さんがどうにか給水バルブを閉じた時には、水は広いシャワールームからあふれ出していた。
マンションだったら、確実に弁償モノだ。
………どうしよう。修理代の請求書がリズに回されたら。
つまりアタシは、その事をとても恐れているのだ。
小市民だと笑いたくば笑え。所詮アタシは、夢の中でカエルに憑依できるだけの、しがない一般ピーポーなのだ。
「………構うな」
アタシは言葉少なにそれだけ言うと、神官さんに先を急ぐ様促した。
とてもじゃないけど、あの惨状を再び見る勇気はないし、あの可愛らしくも姦しい巫女さん達にもみくちゃにされる勇気もない。
それに確かに急いでるのだ。
「………畏まりました」
神官さんは僅かに不満そうな顔をしながらも、再び前を向いて歩き出す。
聞き分けの言い神官さんでよかったよ。
それからまた暫く階段を上がって、次に長い廊下を歩いた。
「こちらでございます」
そう示された扉の両脇には、神聖騎士が守るべく立っている。
神聖騎士は、神殿騎士団の中でも超がつくエリートにしか与えられない称号だ。
髪の結い方で他の神殿騎士とは区別されてるらしい。
確かに二人の神聖騎士の髪型は、どうなってんのか分からない程複雑だ。これを毎朝するとなると、かなりの手間に違いない。
キャバ嬢の支度時間とどっちが長いだろう?
二人の神聖騎士は五号を見て一瞬ギョッとしたけど、直ぐに無表情に徹した。
おおっ、流石エリート。
巫女さん達と違って、訓練が行き届いてらっしゃる。
でもまあ仕方がないだろう。
アヌハーン神教で言う巫女さんってのは、ファンタジーなんかでよくある様な「神サマの依り代」とかそんな大それたモンじゃなくて、どちらかと言うと神社でお土産売ってる「巫女さん」に近い。巡礼者の参拝受付とか案内とか、神殿食――名前だけ聞くと精進料理っぽいけど、そもそも神教には食に関する制限がないので、単なる「粗食」にしか見えないらしい――を出す食堂のウェイトレスなんかが主な仕事だ。
神官や神殿騎士になるには修行やら勉強やらが必要だけど、巫女さんになるには年齢制限が多少あるくらいで、採用面接に受かればいいだけだ。
つまり、彼女達は普通の女の子なんだよね。
そんな彼女達に免じて、ギュッと歯を食いしばる余りプルプルと唇や肩が震えているのは、見逃してやろう。吹き出したいのか、叫びたいのかは、最早問うまい。
「お連れしました」
「入っていただきなさい」
扉越しの短いやりとりの後、神聖騎士が両開きの扉を押し開く。
招き入れられた部屋の如何にも高そうな絨毯に、アタシは一瞬怯んだ。
この絨毯を汚すのは、処女雪を汚す様な倒錯的な罪悪感を。
まあ、感じたりはしないけどさ。
グチャリ。
アタシは容赦なく、濡れた足で踏みしめた。
グチョン、ベチャン、グシャン。
部屋の奥には、メリグリニーアさんが穏やかな微笑みを浮かべて立っている。
全く内心を読ませない不可思議な笑み。
パタン、と背後で扉が閉まる。
そして部屋には、アタシとメリグリニーアさんの二人だけ。
「あやつらが幸運にも、ここでの事を思い出したとしても、そうおおっぴらに動く事はできまい」
「なんで? 軍隊とか動かせばいいじゃん」
「どのような名目で?」
「専制君主制なんだから、国王の鶴の一声でできるんじゃないの?」
「その国王をどうやって説得する? 夢で予言を受けたのだと? そんな事を口にすれば、余計に国王は軍を動かせなくなるぞ?」
「なんで!?」
「歴史上、予言を授かった人間は二人しかいない。始祖皇太后と始祖皇帝のみだ。一王国の側近如きが予言を授かったなどということは、あってはならんのだ」
「だからって! 実際に地震が起こるのに!?」
「だからこそだ。万が一神殿に漏れたら如何する? 間違いなくあの四人は粛正されるだろう」
「誰に??」
「神教にだ。確実に暗殺される。連中もその事は分かっているだろう」
「じゃあ何? あの四人に教えても意味がなかったって事?」
「そうとは限らん。地震が起こるという名目では動けんが。ヤツらの事だ。何某かの対策はするだろう」
「でも大々的に避難させることはできない?」
「それは寧ろ、大神殿にさせた方がいいだろう。神殿騎士団を動かすのだ」
「どうやって?」
「神殿騎士団に影響力のある人間に訴えればいい」
「誰?? ヴィセリウス大神官?」
「いや。メリグリニーア神官長だ」
「お初にお目にかかり、恐悦至極に存じます。これなるは、テレザリア=グルシェニカ・クラン・メリグリニーア・アウラ・キズワース・ハジェク・メファスと申す者。しがなき神の僕でございます」
メリグリニーアさんは腕を胸の前で組んで両膝をつくと、厳かな口調で言った。
そのポーズは、神官の最上級の礼だ。
神官はどんな大国の王だろうとも、膝をつかない。彼らが膝をつくのは神だけだ。
二号に会った時には、しなかった礼。
それが意味する事は、アタシにだって分かる。
ケロタンを「奇跡」認定する事が、神教内で公式決定したって事だろう。
その事に、アタシはゾクリと身震いしそうになった。
ケロタンが地震の予言をしたとなれば、リズの神人認定は、ますます免れなくなる。
だから、迷った。
本当に、迷ったのだ。
大神殿に来る事を。
地震で犠牲者がでると分かっていても。
「どうかしたか?」
「ケロタンが大神殿に行ったら、『奇跡』認定は避けられないんじゃないかと思ってさ?」
「リズナターシュが神人になるのが嫌か」
「ただの神人ならいいよ。聖者とそんなに扱いはかわんないだろうし」
「では言い方を変えよう。『名の秘された皇国』再興の旗頭にされるのは嫌か?」
「何で知ってんの?? いや、知ってて当然か…」
「リズナターシュが『聖者』として生まれた瞬間から、『神人』になる事は決まっている。………ヤツらは用意周到だ。逃れる事より、利用する事を選ぶ方が賢明だ」
「そうだとは思う。けど…」
「自信がないか?」
「あるわけない。アタシはただの学生だし。絶対的に経験値が不足してる」
「ならば余を利用するが良い」
「アンタもう死んでんじゃん」
「 」
アタシは迷う。
アタシは惑う。
そしてアタシは、決意する。