第四六話 カエルの瞳孔は縦・横・三角です その7
地震は!?
地震で死んじゃったんじゃないの??
一体何がどうなってんの!?
ミリーって??
呪いの言葉って!?
まさか。
まさか。
まさか。
じゅげむうううううううううううううううう!?
「寿限無」で死んじゃった!?
んなバカな!
いやいや、それ以前に。
ミリーでコイツらに会ったのは、現地時間で二日前、一昨日の夜じゃんか!
「我々は、断固として闘うぞ!」「「「オ――!!」」」
「俺達には、その権利があるはずだ!」「「「オ――!!」」」
と、賃上げ闘争に盛り上がる労働団体――座ったまま拳を振り上げているので余計にそう見える――みたいな事になってる連中に、アタシはがなり立てた。
「ちょっと、アンタ達!」
「どうした?」
「如何したのだ? 夜影殿」
「何か用か?」
「まさか、夜影様、我々の行動を阻止しようと…?」
ナジャの背中からニュルリと触手、じゃなくてオーラが伸びる。
怖っ。
テメエ、ヨグナ教だろうっ。「夜影様」を威嚇してどうすんだ!?
アタシは心の中で悪態をつきながら、逸る気持ちのままを口にした。
「『今日』は何日!?」
「は?」
「日付がどうかしたか?」
「いいから、言ってっ!」
そう言って詰め寄ると、直情金髪が気圧される様に答えた。
「………カレーズの月二十日だが?」
「いや、深夜は過ぎていただろう? もう二一日になっているんじゃないか?」
「む。今宵は望月だったな。ここに月はないが」
「仕方がありません、死出の道は月も星もない夜道と決まっています」
今日は二二日だしっ! 月ならあるし! 星だってガンガン流れてるし! そんな決まり事知らねえし!
どっからツッコめばいいんだか! ああっ。もう、分からんっ。
「じゃあ! 地震は!?」
アタシは勢い込んで問い詰める。
けれど返ってきたのは、的外れなものばかり。
「地震って何だ?」
「大地が揺れるアレだろう」
「ああ、『地神の寝返』りか」
「地震がどうかしましたか?」
地震があった事を知らない!? 結構、デカかったよね?? 靴落ちてきたしっ。
てことはコイツらマジで、今日のコイツらじゃなくて一昨日のコイツらか!?
単に記憶が飛んでるってワケじゃなく??
強い衝撃で記憶が飛ぶことがある。事実、アタシには事故の時の記憶がない。
でもさ、コイツらハッキリ言ったよね?
ミリーに呪い殺されたって。
じゃあ、マジで「寿限無」で死んだワケ?
アタシ、殺人犯??
いやいやいやいや。
冷静になれ、アタシ。
「夜影様?」
「如何した?」
「地震がどうとかって、俺達と何の関係があるんだ?」
「……………」
頻りに訝しがる連中に、アタシは確信を得る。
考えてみれば、アレだけ引きずり回されて顔に傷作ってんのに、気がつかなかったってのがそもそもおかしな話なのだ。アレは単に気絶してたんじゃなく、昏睡状態だったんだ。
それってさ、現実世界のアタシと同じじゃね?
恵美に顔がヒリつくまで叩かれても目を覚まさなかったアタシと。
ひょっとして、アタシの昏睡の原因は、アディーリアじゃなくて「寿限無」?
でもコイツらは死んでいて、アタシは生きている。
いや。
待てよ。
もし、国の要職に就いてる人間が四人も同時に死んじゃったら、今頃物凄い大騒ぎになってるハズだ。多分葬式だって、国葬級だろうしさ。
幾ら後宮が閉鎖されていると言っても、そんな騒ぎがあれば伝わってくるだろう。侍女ネットワークの情報伝達速度はは半端なく速い。何と言ってもコイツらは、女子に人気の優良物件だしね。
けど、リズはそれらしいことは何も言っていなかったし、レゼル宮も何時もと代わらない雰囲気だった。
勿論、優秀な侍女さん達が、細心の注意を払ってリズの耳に入れないようにしてるって可能性もあるけれど。
でも、昨日訪ねて来たって言う娘子軍の二人が、ケロタンに何のメッセージも残していないってのはあり得ないんじゃないだろうか?
それにセルリアンナさん。
神殿の動向を教えてくれた彼女なら、コイツらの事も教えてくれて良さそうなモンじゃね?
てことは。
多分。
てか、絶対に。
「はあああああああああああああああああ」
アタシはガックリと項垂れて、大きな溜め息を吐いた。
いや別に、死んで欲しかったワケじゃないよ?
けどさ。
コイツらに寄せた同情とか気遣いとか遠慮とかさ。
ああ、もったいない。
後に悔いると書いて「後悔」とはよく言ったモンだ。
「夜影様?」
「何か随分落ち込んでるぞ?」
「如何したのだ?」
「………腹痛か?」
気遣ってんだか気遣ってないんだか分かんない微妙な言葉を掛けてくる連中の、やたらと整った顔がこれまたやたらと腹立たしい。
いっそこのまま何も言わずに、勝手に煩悶するがいい! とか思わなくもないんだけどさ。
アタシは頭をポリポリと掻く。
流石にそれは、余りにもフェアじゃない。まあ、フェアに行こうとは思ってはないけどね。連中だってそうだろう。
けどこの問題は、次元が違いすぎる。
「アンタらさ」
アタシは一つため息を挟んでから言った。
「死んでねえわ」
「は?」
「死んでない」
「いや、しかしっ」
「死んでないんだよ」
「はあ? 下手な慰め言うんじゃねえっ。返って質悪ぃぞ?」
む。
なんだそりゃ。せっかく人が親切で本当の事教えてやったのに。
「そんなに死んでいたいなら、今ここで死んじゃう??」
と脅してやったら、漸く得心したらしい。
「真か!?」
「マジか!?」
「本当ですか!?」
「嘘か?」
嘘じゃねえし。アタシは余計な事ばかり口走る鉄面皮の頭を軽く叩くと、呆れ口調で言ってやった。
「大体さ~。何で自分の事死んでるとか思ったわけ?」
自分の事だろ? 気がつけよ。
「そっちこそ、案内人のくせに死者と生者の区別がつかなねえのか?」
「精霊だって万能じゃないんだし。間違いだってするし、勘違いだってするよ。ていうかさ。もう、アンタらに用事はないから、さっさと帰れば?」
アタシは体の向きを変え、シッシと追い払う様に手を振った。
背後で、連中がブチブチと文句を言いながら立ち上がる気配がする。
あ~、全くの時間のロスだよ。
尤も、一昨日のコイツらと出くわす辺り、ここに時間があるのかどうかも疑わしい。
けれどまあ、精神的な意味でもロスだった。
地震の情報は手に入んないし。
こうなりゃ、さっさとカエル探してリズんトコに戻らなきゃ。
チェッ。
と、大きく舌打ちした瞬間、閃いた。
いや待てよ。
コイツらの時間座標は一昨日だ。
てことは、地震の事を知らせれば、前もって対策ができるんじゃね??
おおお! ナイスアイデア!
アタシ天才??
と思ったけど、その気持ちは一気に萎んだ。
だってさ。夢って、目が覚めたら覚えてないよね?
いやまあ、アタシはしっかり覚えてるけれどさ。
それはまあ、いわば契約の副作用みたいなもんだし。
けど、何もしないよりはまだマシか。
ひょっとしたら、運良く覚えているか、思い出したりするかもしれないし。
「あのさ、一つアンタらに情報があるんだけど」
自分のグッドアイディアに少しばかり気分を上らせながら振り返ると。
ムダメン共が物凄い勢いで食いついて来た。
「それは、元に戻る方法か!?」
「マジか!? どうすれば、体に戻れる!?」
「夜影様! どうぞお知恵をお授けください!」
「教えなければ…」
ドアップで上から迫ってくるムダメン共を、手当たり次第に打ち払う。
「わ~~~っ。近い近い近いっ! 近いわっ!!」
タダでさえデカくて威圧感があるのに、そんなに間近に迫られたら、怖いわっ!
「てか死んでないなら、その内自然に元に戻るから。多分」
「多分って何だ!?」
「そんないい加減な!」
「夜影様! お慈悲を!」
「ならばやはりここは…」
「うぜえわっ!!」
アタシは怒鳴りながら、ムダにデカい体を次々と突き飛ばす。
ついでに蹴りと肘も入れて、よろめいたところを思いっきりどついてやた。
ここまでされて、尚も懲りずに掌をワキワキさせてる鉄面皮に、プチリとアタシの中の何かがキレた。
「生きたかったら、生きたいって願えっ。何が何でも生きるんだって思え! 何を犠牲にしてもっ、どんな代償を払ってでもっ、生きたいって望め!!」
ゼイゼイと肩で息をしながら、ヤツらを睨み付ける。
あの時、青い月をぼんやりと見上げながら、アタシはただ生きたかった。
ただ、生きたかった。
生きいと願っていた。
魂の根源から湧き上がってくる様な、余りにも自分本位な本能に、怖じ気づきながらも、それを捨てられなかった。
アタシは固く目を瞑り、大きく息を吐く。
次に目を開くと、見つめるムダメン達が呆然とこちらを見ていた。
その顔を見てたら、何だか可笑しくなってきた。
ただの小娘があんな事言ったって、コイツらは歯牙にも掛けないだろう。
けれど今のアタシは「夜影」、精霊なのだ。
だったらそれを、利用しないって手はないんじゃね?
「アンタらに、一つ予言を授けてあげる。確実に起こる予言だから、心して聞く様に」
アタシはそこで一呼吸置いて、出来るだけ厳かに聞こえる様に言った。
「カレーズの月二二日の深夜、イスマイルで地震が起こる」
ナジャと直情金髪は驚きに瞠目し、ジャイアンと鉄面皮は疑わしげに顔を顰める。
連中の反応に無関心なふりをして、アタシは言葉を続けた。
「地震の殆どないイスマイルは、地震への耐性が低い。震源地に近ければ、家屋の倒壊は免れない。対策を誤れば、間違いなく国全体が混乱する」
多少大袈裟かもしれないけれど、地震対策ってのはしすぎという事はない。
これは一つの賭だ。
アタシには、イスマイル国民全てを救う事はできない。
アタシの腕は、リズ一人を抱きしめるので精一杯だから。
連中は、少しの間真偽を見定め様とするかのように、アタシを睨み付けていた。
アタシはそのキツイ視線を、キリキリと胃の痛む様な思いをしながら耐えた。
「それが真実という保証は?」
「アタシは何も保証しない」
鉄面皮の問いかけを、アタシはにべもなく撥ね除ける。
「なっ!」
「巫山戯んな!」
「何のつもりだ!?」
「知りたいのなら、生きて、自分の目で確かめれば?」
アタシの嘲る様な声に、連中がハッとなる。
次の瞬間には、連中のムダにイケてる顔に強い決意が漲っていた。
不意に、スゥッと連中の姿が薄くなっていく。
自分達でもその事に気がついたんだろう。驚いたちょっと間抜けな顔をして、そのまま消えてしまった。
「目が覚めた時に、覚えておいてくれるといいんだけどね」
連中が先程まで立っていた場所を見つめながら、ため息混じりに呟いた。
「なかなかに、見事な扇動であったな」
唐突な声にギョッとして振り返ると、そこには十五、六歳くらいの少年が立っていた。
少年は、その年には似つかわしくない鷹揚な笑みを浮かべながら言った。
「今宵は一段と、赤い月が美しい。そう思わぬか?」
その言葉で、何故かアタシは気がついた。
コイツがアタシの、新たな「契約者」だって事に。
次回は挿話になります。