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第四五話 カエルの瞳孔は縦・横・三角です その6

「す、すまん! 悪かった! 別にそういうつもりではあああああああああああ!!」

「話せば分かる! な! な!! ナジャアアアアアアアアアアアア!!!」

「………………………………………死ぬ。ゴフッ」

 茫洋たる空間に阿鼻叫喚が轟き渡る。

 それに相対するは、何処までも何処までも静かな声。

「つまり二人は我が身可愛さに、見るからに幼気な夜影様をお救いしなかった、と?」

「それは! ナジャがあの攻撃の威力を知らんからだぁああああ!」

「そうだ! あの的確かつ容赦の欠片もない一撃! ナジャも見れば分かるぅううう!」

「クラリスは何十分も飛び跳ねていたんだぞぉおおおおおお!」

「二の舞はご免だぁあああああああ!」

 なるほど。

 だから直情金髪とジャイアンは、変態鉄面皮の魔の手から、アタシを助けようとはしなかったと。

「クラリス」

 その声音は、何処までも穏やかなのに、ヒヤリと肝が凍える程にドス黒い。

「貴方は余程自分の容姿に自信があると見える。確かに貴方のそれは、美の女神(スィラディーエ)の恋人と呼ばれるに相応しい容姿でしょう。しかし美の女神と夜の双性神とは、格が違うのですよ」

 ブンッ。

 物凄い高速で、鉄面皮の身体が目の前を横切って行く。

「っ!っ!っ!っ!っ!っ!っ!っ!!」

 鉄面皮は何かを言おうとしてるだけれど、余りにも高速で振り回されているため、声にならないらしかった。

 直情金髪はもはや人間車輪と化してグルングルンと回転し、ジャイアンはジャイアンで物凄い高低差の上昇と下降を繰り返している。

「ぐおおおおおおおおおおお!」

「ぎゃああああああああああ!」

「∵∽◯▽≫〒♯∫※♂⊃¶!!」

 ジェットコスターもフリーフォールも真っ青な阿鼻叫喚の地獄絵図。

 そんな光景を作り出しているのは、穏やかだけど真っ黒い笑みを浮かべている腹黒黒髪である。

 もっと正確に言えば、その背中から生えている黒いオーラだ。

 うわあ。凄いなあ。夢の中で何でもアリとはいえ、オーラを具現化しちゃうなんて。

 ていうか、オーラって言うより、もう触手だね!

 黒い触手は三人の男達を縦横無尽に振り回す。

「話せばわかるぅううううううううううう!!」

「と・も・か・く・止~め~ろぉおおおおおおおおおおおお!!」

「Π÷∵∽◯▽Θ☆〓≫〒♯∫※♂⊃¶££££££££££!!」

 う~ん。まさか、ドップラー現象を夢の中で体感する事になるとはね。

「ク、クラリスはともかく! 俺達は不可抗力だぁあああああ!!」

 おおっと! 一番実直そうな直情金髪が、鉄面皮を売りやがった!

「ナジャ! 鎮まれぇえ! 鎮まれぇえ! どうどうぅうううううううっ!」

 だからジャイアン、アンタはどうしてっ!

 不意に目頭が熱くなる。

 何だか、ジャイアンが不憫な子に思えてきたよ。

「……………………………吐っ§≫♭∴∃⊃⇒∃∇●!!」

 あ! 鉄面皮が口元を両手で押さえた!

 三人とも、顔真っ青だし、白目向いてるし。

 そろそろ止めるべきだろうか?

 このままじゃあ、ゲロの雨が降るのも時間の問題だろう。

 アタシは、その光景を思い浮かべてゾッとした。

 うわっ。それだけは、勘弁してっ!

「ナジャ」

 アタシは腹黒黒髪の名を呼んだ。

 コイツの名前は覚えたくて覚えたわけじゃない。

 けれどアレだけ連呼されてりゃあ、嫌でも覚えてしまう。

「如何致しましたか? 夜影様」

 腹黒黒髪改め腹黒ナジャは穏やかに微笑んでるけど、やっぱり黒い。

 その黒々さに一瞬口を挟むのを躊躇ったけど、それでもゲロまみれになる自分を想像して、思い切って言う事にする

「ええと。もう、離してあげたら? その、ゲロ撒かれるのも迷惑だし?」

「夜影様が、そうおっしゃるのであれば」

 恭しくそう答えた腹黒ナジャは、ほんの僅かにだけど、纏う空気が緩んだような気がした。

 それでアタシは気がついた。

 ああ、なるほど。

 過剰ともいえる振り回しっぷりは、「夜影」へのパフォーマンスか。

 もし精霊に疎まれれば「悪霊憑き」になる。

 ナジャはその額の入れ墨が示す様に「異教徒」だけど、確かその辺の解釈はどの宗教も変わらなかったと思う。

 悪霊憑きは生まれ変わっても悪霊憑きで、永遠に魂が呪われる。

 だからこの腹黒は、連中が「夜影」から罰せられる前に、自ら仲間に罰を与えたってトコロだろう。

 ふうん、こりゃまた厚い友情だねえ。

「夜影様の寛容さに、あの者達も感激にむせび泣く事でしょう」

 ナジャがそう言うと、黒い触手は三人を解放した。

 空中で。

 連中の身体が、地面に叩き付けられる。

「ぐがっ」

「げへっ」

「ぐぶっ」

 連中はピクピクと痙攣して、パタリと動かなくなった。

 ええと。

 うん。

 凍傷しそうなくらい熱い友情だね!

 という事にしておこう。













 そしてアタシは再び、ヤツらの前に立っている。

 鉄面皮、直情金髪、ジャイアンの三人は、座るのがやっととばかりにグッタリしてる。

 その中で腹黒黒髪だけは、「ああ、いい汗かいた」みたいなスッキリ顔だ。

 例の黒い触手は、背中に収納されてる。どういう造りになってんだって思うけど、そこら辺は決して深くツッコむまい。

 四人とも体育座りなので、かなりハードな体育の授業の後に見えなくもない。

 しかも、あんまり体育が得意そうじゃないクラスの副委員長が実はスポーツ万能だった、みたいな感じ。

 因みに委員長は鉄面皮で、直情金髪とジャイアンは悪ガキその一その二ってトコだろう。

 ジッと見上げてくる四対の目に、何だか体育教師にでもなった気分になる。

 思わず、頭の中で連中に赤白帽と体操着を着せてしまったアタシは、

「ぶほっ」

 盛大に吹き出してしまった。

「なっ! 何故笑われるのか!?」

「巫山戯てんのか!?」

「夜影様!?」

「あ、いや、ゴメン、ゴメン。ちょっとイロイロ思うことがあってさ」

 アタシは必死で笑いを堪えながら、誤魔化す様に言った。

 そんなアタシに、腹黒ナジャが決然とした顔で言う。

「夜影様」

「はい、ナジャ君」

 アタシは、思わず教師口調で指名した。

 それはご都合主義的自動翻訳で「ザディ・ナジャ」となった。

 「ザディ」は幼い男の子に呼びかける時に使う言葉で、大人に使うと「ケツの青い坊や」という小バカにした意味合いになる。

 断っておくけど、あくまでも不可抗力だ。

 一瞬不味いかな? と思ったけど、ナジャは僅かに憮然とした顔をしたものの、それに関しては何も言ってこなかった。

「『冥道の審判』の前に、確かめておきたい事があります」

 メイドウノシンパン。

 て何じゃ?

 と思ったけど、何だか訊ける雰囲気じゃなかったので、敢えて訊くのは止めておく。

「いいけど。その確かめたいことって?」

 アタシの問いに、ナジャは神妙な顔で答えた。

「我々は、真に死んでしまったのかという事です」

 こりゃまた、根本的なトコロを突いてきたな。

「う~ん。本当に死んでるかどうか疑問なワケね?」

「はい」

「なんで?」

「それは勿論、納得がいかないからです」

 まあ、これだけ若いんだから、そりゃ当然だろうけど。

「大抵はそうだよ。納得して死んでいく人間なんて、そうそういない」

 『死』なんてものは、どんな形であろうと納得出来ないモンだ。

 事故だろうが病気だろうが天災だろうが。

 例えそれが寿命だろうが。

 逝く者にも、残される者にも。

「何時でも何処でも誰にでも、『死』は理不尽なもんだ」

「それはそうかもしれませんが…」

 ナジャは何かを言い募ろうとして、けれど言葉が見つからないらしい。

 それでもナジャの瞳には、断固たる意志が宿っていた。

 アタシは四人の顔を順繰りに見た。

 どの顔にも生きたいという切実な願いと、納得できない事への怒り、それから「死」を受け入れまいとする意地が、ありありと浮かんでいる。

 ふと、アディーリアはどうだっただろうと記憶を辿る。

 幼いリズを残して逝く事が、どれほど心残りだっただろう。

 青い月の下で、アディーリアはたくさんリズの事を喋った。

 たくさんたくさん喋った。

 その膨大な言葉の数も及ばない程、リズの事を愛していた。

 アディーリアには、自分が死ぬことが分かっていたし、死んだ後の準備をする事だってできた。

 けれど、誰よりも何よりも、アディーリアこそが一番納得していなかったに違いない。

「あのさ。『納得できる死』なんか、きっとないんだよ。どんな理由も、どんな意味も、納得する材料にはならないんだよ」

 我ながら何の力もない、虚しい言葉だと思う。

 けれど死にゆく人に、一体どんな慰めがあるだろう。

「ただ受け入れるしかないという事でしょうか」

 力ないナジャの言葉に、他の三人がピクリと身体を揺らす。

 固く目を閉じる者、爪が食い込む程に拳を握る者、虚空を睨み付ける者。

 彼らはそれぞれに、自分に降りかかった理不尽な死を受け入れようとしているのだろう。

 と思いきや。

「断る!!」

 突然鉄面皮が、言い放った。

「そうだ! 納得できるか! あんな死に方!」

 続いてジャイアンが、拳を振り上げながら訴える。

 それに直情金髪が同調する。

「そうだ! 絶対お断りだ! あの様な死、末代までの恥だ!」

 何なの!? この唐突なテンションは!?

 しかも地震が末代までの恥って。

 いや待てよ、地震が起こったのは深夜だから。

 人には言えないような事をしている最中だったとか…?

「そうですね。私も、断固として受け入れません」

 ナジャが毅然としてそう言うと、彼らは更に盛り上がった。

「俺達は死ぬかもしれん。だがしかし、それを受け入れる事はない!」

「決して受け入れたりはしない! あの様な死に様を!」

「断固拒否する!」

 うわあ。何か今にもシュプレヒコールが始まりそうな勢いだ。

 きっとアドレナリンが大量に分泌されているのに違いない。

 アタシには付いていけそうにないテンションに、さっさとセロトニン出しやがれっと願うんだけど。

 連中の勢いは止まらない。

「そうです! 緑のカエルもどきに、まんまとしてやられたなどと!」

 ん?

「勿論! そんな事があっていいはずがねえ! あンの淑女ぶったアマガエル!」

 んん?

 何だろう。物凄く嫌な予感が、ヒシヒシとするんだけれど。

「ミリュリアナ・アシェス・ケロタウロス…」

 直情金髪よ。何故に今、ミリーの名前が出てくるワケ??

 アタシは混乱した。

 連中は、一体何の話をしてるのか?

 落書きの腹癒せか? 擦り傷の仕返しか?

 でも今はもう、落書きも擦り傷も消えてるじゃん!

 アタシは、嫌な汗がタラリと背中を伝っていくのを感じた。

 そして地の底から響くような鉄面皮の言葉に、アタシは愕然となる。

「呪いの言葉で我らを死に追いやった、憎き珍妙なカエルめ…」

 ………。

 ………。

 ………。

 えええええええええええええええええええええええええええええ!?


アヌハーン神教では『冥導の秘跡』ですが、ヨグナ教では『冥道の審判』となっておりますデス。


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