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第四四話 カエルの瞳孔は縦・横・三角です その5

 納得した!

 うん! 納得した!

 拳大のスカルは、遠目にもハッキリと髑髏だと分かっただろう。

 そりゃ、一目見て逃げるだろうし、怯えもするよ!!

 でもさ。

「じゃあ何で、アレは逆に襲いかかってきたワケ?」

 そう言って、アタシは未だにピョンピョン跳ねてる鉄面皮を指差した。

 つもりだったけど。

 鉄面皮は、もう跳ねてはいなかった。

 代わりに、ジッと虚空を見つめてる。

 相当な美形だから、それだけでも風情があると言えばあるんだけど。

 いい年した大人が、ぼんやりと突っ立ってる様に見えなくもない。

「何アレ?」

 アタシがそう尋ねると、ジャイアンが肩を竦めて答えた。

「さあ。何か、考え事してるんだろ」

「ああ、クラリスは、考え事をしている時、よくあんな風に何もない所を見つめているな」

 続く直情金髪の言葉に、アタシは軽い頭痛を覚える。

 猫か!

 アタシがそう心の中でツッコむと、丁度いいタイミングで鉄面皮がクイッと小首を傾げてみせた。

 うわっ、ますます猫っぽい。

「あんなので、ホントに宰相なんて、やってけんの??」

 侍女さん達の噂によれば、新しい宰相は「美形で寡黙なデキる男」ならしいんだけど。

 顔だけで判断したんじゃないだろうか? と今の姿を見てると思っちゃうのは仕方がないと思う。

 今にも目には見えない蝶々を追っかけてどっか行きそうで。

 イスマイルの将来を思うと目頭が熱く…、なったりは、まあ、しないけどさ。

 リズをさっさと後宮から神殿に移した方がいいかもしれない、なんて思ってしまう。

「何と! 我々の素性までご存じとは…」

「ハッ。俺たちの事なんぞ、すっかりお見通しってか?」

 ん?

 コイツら、アタシの言葉を何か違う方向で取っていないか?

「こうなってはじたばたしても仕方がない。覚悟を決めるしか…」

「いや! まだ何か手があるハズだ!! 諦めるな! オール!」

「む。そうだな。我らには使命がある。何としても、生きて戻らねばならん」

「そうだ! あんな最期! 俺は絶対受け入れない!」

「無論、私もだ!」

 しかも何か、盛り上がってるし?

 ああ! そうか! そういやあ、アタシ「死神」だもんね!

 いやいや、忘れる所だった。はっはっはっはっは。

「ていうか、アレの行動の説明をして欲しいんだけど」

「だからそれは、考え事をしているだけだと」

「ああそうだ。時々、見えない何かを追いかける様に、フラッとどっか行ったりもするけどな」

 つまり、日常的にああなのか?

 そしてマジで、見えない蝶々を追いかけてるんだな??

 それは幾ら何でも、関係ないアタシでさえ、イスマイルの将来が心配になってくるぞ?

「いや、そっちじゃなくて。襲いかかってきた理由だよ」

 アタシが様々な疑問を飲み込みつつ改めてそう尋ねると、直情金髪とジャイアンは、顔を見合わせて深いため息をついた。

「多分、アレだろうな」

「ああ、アレだろう」

 ジャイアンと直情金髪が、大きく頷きながら言う。

「アレって??」

 アタシの問いに答えたのは、直情金髪だった。

「恐らく、ディレイン・ロウの伝説に倣おうとしたのかと」

「何それ?」

「知らねえのか?」

 ジャイアンが逆に訊き返す。

「ぜぇんぜん知らない」

「夜影殿がご存じないとは。やはり、ただの子供騙しの絵空事という事だな」

「そんなの分かりきった事だろう。本気に取るのは、子供かクラリスくらいだ」

「だからその、何とかかんとかの伝説って何?」

「………特別複雑な名でもないのに、何故一文字も覚えてないんだ?」

「………何かを彷彿とさせるな」

 訝しそうに考え込む直情金髪と、何かを見定めようとするかの様に見つめてくるジャイアン。

 ミリーに名前覚えて貰えなかった事を、まだ根に持ってんだろうか??

 あれからもう二日も経ってるのに。

 何て執念深いんだ。

「名前とか、どうでもいいじゃんっ。さっさと教えなよっ」

 誤魔化す意図もあって声を荒げてそう言うと、二人は仕方がないとばかりに語り始めた。

 それを要約すると、こういう事らしい。

 昔々、神代の昔、何とかっていうすんごい美形がいたそうな。

 あ、「神代」ってのは「創世記」の後から「皇国時代」のまでの時代の事で、まだ国というものがなくて、神サマが気軽に人間に干渉してたっていう時代の事だ。

 で、そのすんごい美形、当然ながらモテモテだった。老若男女問わず、モテモテだった。

 ところがコイツ、来る者は拒まず去る者は追わず、貰うモンは貰うけど相手には何も与えない、という巫山戯たヤツだった。

 んなもんだから、ある日痴情のもつれで死んじゃったワケ。

 可愛さ余って憎さ百倍というけれど、五千倍くらいの勢いで惨い殺され方をしたらしい。

 でも、魂は美形のままだった。

 黄泉路を下っている途中その事に気づいた美形は、あ、俺まだイケてんじゃん! と全く反省しなかった。そしてあの世に連れて行こうと迎えにきた夜影を誘惑して、見事成功した。そして美形にメロメロになった夜影は、その口車に乗って美形を生き返らせてしまいました。めでたくもありがたくもありませんでした。

「………つまり、アレは何とかっていう美形のマネをして、アタシを落とそうとしてたワケか」

「恐らく」

「間違いねえだろうな」

 そう同意する二人の表情は、諦めとやるせなさが入り交じっていた。

「………あのさ」

「皆まで言ってくれるな、承知している」

「無理矢理キスって…」

「俺たちだって、分かっているっ」

 苦悶の表情を隠そうとしてか、俯いて拳を握りしめる直情金髪とジャイアン。

 相変わらず体育座りのままなので、「小学生が駈けっこで一番をとれなかったの図」みたいな事になっているけど、二人の心情を慮って敢えて指摘しないでおこう。

 アタシは二人の旋毛を見比べながら、心の中でだけ慰めた。

 そうか。分かっているのか。そりゃまあ、多少の常識があれば分かるよね。苦労してんだね、見かけによらず。

 けれど敢えて言わせて貰おう。

「マジでただの変た…」

 そう言いかけた時、不意に背筋に悪寒を感じて咄嗟に飛び退く。

「ちっ。失敗したか」

 不機嫌な声に振り返って見れば、いつの間にそこにいたのか、濃紺鉄面皮が掌をワキワキさせながら立っていた。

 あっっっっっぶねえええええ。

 色んな意味で、コイツ、マジで危なくないか?

 だって、無表情でワキワキだよ? ワキワキ!

 しかも。

 明らかに。

 酷い目に遭ったにも関わらず、同じ過ちを繰り返そうとしてるよね!

「ク、クラリス!?」

「お前! ちょっとは懲りろよ!」

 直情金髪とジャイアンが声を大にして諫めるけれど、鉄面皮は仲間の声に耳を貸すつもりはないらしい。

「俺は、一度や二度の失敗で、諦めるような男ではない」

 その不屈の意志は天晴れだけどね!

 使い道間違ってるよ! 絶対!!

「ちょっと! アンタらどうにかしなよ! このド変態!」

 ジリジリと間合いを詰めようとする鉄面皮を警戒しながら、アタシはヤツらに怒鳴り散らした。

 それに応えて、二人が叫ぶ。

「止めろ! クラリス! 無理矢理は犯罪だぞ!」

「どうどう! クラリス! どうどう!」

 直情金髪の台詞はともかく、ジャイアン、何で馬を宥める時の掛け声なワケ??

 しかも何故二人とも、立ち上がらん!?

 そんなに体育座りが気に入ったのかぁあ!?

「大丈夫だ。必ず同意になる」

 こちらに腕を伸ばしながら、鉄面皮が言った。

 それを間一髪で避けながら、アタシは返した。

「何をだ!!」

「はっきり言って欲しいのか?」

「欲しくねえわっ」

「照れているのだな」

「何でそうなるっ」

 ヤツがヌッと手を出せば、アタシはスルリと避け、ヤツがズイッと足を踏み出せば、アタシはビョンと飛び退いた。

 腰を落とし、互いの間合いを計りながらの攻防だ。

 脳内で無神経な小人さん達が「カバディカバディカバディ」ってな掛け声を連呼していたけれど、アタシはそれを聞こえていない事にした。

「クラリス! よく見ろ! 夜影殿は小さい! 恐らくまだ未分化だ!」

 直情金髪が声を張り上げて鉄面皮に語りかける。

「子供だぞ! クラリス! 子供に手を出すと、もうただの変人では済まなくなるぞ! 正真正銘変態だぞ!」

 誰が子供だ!

 アタシが小さいんじゃなくて、テメエらがデカ過ぎんだろうがっ。

 それともアレか!? 胸か!? 胸の事を言ってんのか!?

 そう言い返したいのは山々だけど、鉄面皮から意識をそらすワケにもいかないので、心の中でだけ反論する。

「どうどう! クラリス! どうどう! 鎮まれ! 鎮まれ! ホーリャ!」

 ジャイアン! だから何でテメエは馬扱いなんだよっ! しかも最後は犬扱いかっ!

 てかさ! 二人とも立ち上がって、実力行使でコイツを止めろよ!!

 ツッコみたいのにツッコめないストレスが、アタシの苛立ちを更に煽る。

 何度目かに伸びてきた鉄面皮の腕を、アタシは強か叩き払った。

「何故拒む?」

 鉄面皮は心底不思議そうに言った。

「拒むわ、ボケェッ!」

「女に今まで拒絶された事はないぞ?」

 平然とそんな事を言ってのける鉄面皮に、心底怒りが込み上げてくる。

 クッソ~~~ッ! これだから美形はよっ!

「クラリス! 未分化の精霊に性別はないぞ!」

「むっ。そうだったか?」

 自分の事を子供(体型)だと認めるのは業腹だけど、背に腹は代えられない。

「そうだよっ。このド変態!! きっしょいんじゃ、ボケ、こなクソ、おんどりゃあっ、ドタマかち割って脳みそ吸い出すぞっ!!」

 自分でもイマイチ何言ってるのか分かんないけど、兎にも角にも威嚇する。

「………ならば大人なればいい」

 ブワッて! ブワッって! 今もの凄い鳥肌立った!

 い~~~や~~~っ!

 無表情のまま色気垂れ流しって! 何なの!? コイツ!!

 余りの気持ち悪さに一瞬動きの止まったアタシの隙を、鉄面皮は見逃さなかった。

 ガシリッと手首を取られる。

「ぎゃ~~~~!! は~な~せ~~~!!」

 転ぶのを覚悟で思いっきり身体を後ろに倒したけど、鉄面皮の手は外れない。

「大丈夫、怖くない」

 ヤツの手を引き剥がそうとして、逆にその手を取られる。

「怖ぇえわ! テメエの思考が心底怖ぇえ!」

 ならばと蹴りをかまそうとして、その足もまた取られる。

 お陰で腕は一本自由になったけど、二人の身体の間で突っ張って、更に迫ろうとしてくる鉄面皮を防ぐのに精一杯だ。これじゃあ、反撃には使えない。

 うわあ。アタシ、マジで貞操の危機!?

「直ぐに慣れる」

「慣れるかああああ!」

 アタシは渾身の力を振り絞ってブンブンと腕を振る。

 なのに鉄面皮の腕は離れない。

 アタシの夢なのに! アタシの夢なのに! アタシの心が! アタシの意志が! コイツより弱いハズがない!!

 バキィイイイイッ!

 不意に物凄い音がして、拘束から解放される。

 視界の端で、鉄面皮の身体が横薙ぎに吹っ飛んでいく。

 片足が浮いたままだったのでバランスを保てず、後ろに身体が傾いでいく。

 背中から倒れると内臓にクる。

 バック宙の練習で散々経験したアタシは、痛みを覚悟してギュッと目を瞑った。

 けれど予想したような衝撃は来ず、ふわりと背後から何かに支えられる。

 ドサァアアッ!

 派手な音にそちらを向くと、鉄面皮が地面に倒れていた。

「「クラリス!」」

 直情金髪とジャイアンが、腰を浮かせる。

 鉄面皮の着地した位置からすると、明らかに二メートル近く吹っ飛ばされた計算になる。

 完全に意識を失っているらしく、ピクリとも動かない。

 そしてその直ぐそばには、何故かイスマイルの伝統的な部屋履きが落ちていた。

 ええと。

 一体何が起こったのか。

 状況がイマイチ掴めず、アタシは呆然とした。

 そんなアタシの肩を、気遣うように誰かが撫でる。

 その優しい感触に一瞬緊張を緩めようとしたけれど。

「よりにもよって、夜影様に不埒なマネをするとは。クラリス、覚悟はいいですね」

 背中から伝わってきた穏やかだけど確実に黒い声に、ピシリと固まった。

 まさか…?

「ナジャ!?」

「ナジャか!?」

 アタシの背後に向かって口々に呼びかける直情金髪とジャイアンの声に、アタシはますます振り返る勇気を失っていくのだった。


宰相クラリスは、最初の設定では、無口でクールな美形でした。

何故にこの様な事態に…??

世の中って、何がどうなるのか分からないものですね。


カバディはインドの国技です。

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