第四三話 カエルの瞳孔は縦・横・三角です その4
その後の騒ぎは、出来の悪いコントみたいだった。
「だ、大丈夫か!? クラリス!?」
「生きてるか!?」
直情金髪とジャイアンが口々に叫びながら鉄面皮に駆け寄るものの、ヤツはおキレイな顔をいっそう歪めるだけで返事をする余裕がない。
実際は「身体」がないわけだから、「痛み」もないハズなんだけど。
まあそれを言ったら、殴ったり蹴ったりってのも本当は出来ないワケだから、そこら辺には目を瞑ろう。ぶっちゃけ言って、痛がってくれないと蹴った甲斐もないし。
要するに、大切なのは「気持ち」って事だよね。
心がそれを望むのなら、痛みもアリなんだろう。ま、所詮夢だし。
二人は鉄面皮の惨状に既に青かった顔色をますます青くさせた。
「な、何と非道な…!」
「てめえ! こいつが一体何をした!?」
青ざめた顔のままムダメン二人が、ギリリと睨み付けてくる。
したじゃん。
オトメの唇を奪おうと。
アタシは鉄面皮のうっすらと開いた唇を思い出す。
アレは絶対、ベロチューかます気だった!!
アタシは背筋に寒気が走るのを感じた。
キスが初めてとは言わないけれど、いきなりベロチューって!!
ないないないないないっ。
未遂だったとはいえ、何て危険な男なんだ!
あのヤロー、美形は何でも許されるとかって、考えてるのに違いない。
ケッ。
だからアタシは言ってやった。
「はあ? 変態を成敗して何が悪いわけぇ?」
因みにアタシはずっと日本語で喋っている。
九年間の修練のお陰で、ケロタンに入れば殆ど自動的に向こうの言葉になるんだけど、
流石に「宮本澄香」本人のままじゃあ、言語スイッチはそう簡単には切り替わらないらしい。
まあネイティブ並に上達したとはいえ、アレだけの罵詈雑言は難しいって事もある。
なんてったってさ、アディーリアの記憶がベースなもんだからさ、あんまり汚い言葉ってボキャブラリーにないんだよね。
ま、ご都合主義的自動翻訳機能のお陰で会話に不自由はないので、そのまま日本語で通してるってワケである。
「変態!? クラリスが変態??」
アタシの言葉に、あからさまに動揺したのは直情金髪の方だった。
「そりゃそうでしょ~。だってさ~、アンタらだって見たでしょ~。コイツがいきなり襲いかかってきたのをさ~」
アタシは未だに倒れている濃紺鉄面皮を指差して言った。
すると直情金髪はハッとした顔になり、
「た、確かにっ。先程のクラリスの行動は常軌を逸してはいたが…。ディン! クラリスは変態だったのか!?」
助けを求める様にジャイアンを見た。
「落ち着け! オール! クラリスは変人だが変態じゃねえっ!」
ジャイアン…。
それ、微妙にっていうか、全くフォローになってないから。
ジャイアンてば、「天然ボケ」の異名は伊達じゃないってか?
「いやいや、初対面でいきなりキスしようとしたんだから、十分変態だよ」
アタシがせせら笑いながらそう言うと、直情金髪はますます混乱したらしい。
「そ、そうだ! クラリスは、い、いきなりせせ精霊にせせせ接吻を!?」
ぶはっ。
アタシは思わず吹き出した。
せっぷんてっ。
今時、その言い方ってどうなの?
いや「今時」も何もないか。そもそも世界が違うんだし。
ていうか。
今アタシ、物凄く重要な事を聞いたんじゃないだろうか??
精霊がどうとか…。
んんんんん??
アタシの疑念を余所に、二人の会話は続いて行く。
「落ち着け! オール! クラリスの事だ。何か深い訳があるに違いない!」
「深い訳!? 何だそれは!?」
「分からん! だがしかし、俺たちを動揺させるのがヤツの狙いだ!」
「精霊が、そんな汚い手を!? それではまるで悪霊ではないのか!?」
「間違えるな、オール。余程の事でもない限り、精霊は聖者以外には冷たいものだっ」
「ハッ。そうかっ」
「そうだ。ヤツは我々の動揺を誘って、言葉を引き出そうとしているんだ!」
「ううむ。強制的に冥導の秘蹟を受けさせようというのか!」
「そうだ! だから、オール! ヤツの言葉には答えるな!」
互いに見つめ合い、大きく頷き合う直情金髪とジャイアン。
何て言うか。
二人ともツッコミキャラだと思ってたら、実はボケキャラだったとは。
となれば、ここはもう、アタシがツッコムしかないんじゃね?
「二人とも、さっきからアタシと散々会話してるよね??」
アタシがそう言い終わるや否や。
直情金髪とジャイアンは、ムンクの叫びの様な表情になり。
そのままピキリと固まってしまった。
「かくして、薄暗い茫漠たる空間に再び静寂が訪れたのであった。めでたしめでたし」
アタシは赤い月を見上げながら、感慨深く呟いた。
そこへすかさず入る賛同の声。
「い、一体何の事を言っているんだ??」
「はあ? これの何処がめでたいって言うんだよっ」
「うっさいなぁ。脳内でちょっとした回想シーンが繰り広げられていたんだよっ」
直情金髪とジャイアンを見下ろしながら、アタシは言った。
二人は不満そうな顔つきで、膝を抱えて座っている。
所謂体育座りってヤツである。
勿論アタシがさせた。
本当は正座させたかったんだけど、ヤツらは正座ができなかったのだ。
コレだから、椅子文化の連中はよっ。
てことで、仕方なく体育座りをさせててるってワケなんだけど。
意外な事に、こちらの方がトホホホ感が強い様な気がするから、まあいいかとも思う。
「何故このような姿勢で話を聞かねばならんのだっ」
「これなら直立不動の方が、まだマシだっ」
往生際悪くブツクサ言ってるのが、また余計に情けない。
「うっせえな。『正しい座り方』ができねえテメエらが悪いんだろうが」
ケッと吐き捨てる様にそう言ってやると、途端に二人は言葉に詰まって黙りこくる。
「正しい座り方」ってのは、言わずもがなの正座の事だ。
向こうの世界には「正座」の様な座り方がない。
なもんだから、ご都合主義的自動翻訳機能は「正しい座り方」と訳してしまった。
まあ、あながち間違った翻訳ではないんだけれど。
それを二人は「精霊に相対する際の正しい作法」として解釈したらしい。
何故かは分からないけど、連中はアタシの事を精霊と思い込んでる。
だから不満タラタラながらも、大人しく座っているんだろう。
不満気なあたり、精霊に対する尊敬の念が足りない様な気もするけど。
精霊でも何でもないアタシは、そこら辺には目を瞑ってやっている。
因みに濃紺鉄面皮は、ちょっと離れた所でピョンピョン飛び跳ねている。
身体がない以上、その行為に治療効果があるとも思えないけど。
というか、ぶっちゃけ必要ないと思うんだけど。
すんごいイケメンが真剣な顔で跳ねている姿が余りにも可笑しかったので、心の広いアタシは好きなだけ跳ばせてやることにした。
「クソッ、一体何故こんなことにっ」
「我らが一体何をしたと言うのだっ…」
そんでもってこっちはこっちで、体育座りのまま己の悲劇に浸っている。
間抜けだ。間抜け過ぎる。
死人じゃなかったら、容赦なくツッコむトコロなんだけど。
流石にそこまで鬼じゃない。
でも、説明責任はキッチリとと果たしてもらうけどねっ。
勿論その上で、地震の事もちゃんと訊く。
さて何から説明してもらおうか。
何てアタシが思案してると。
「夜影殿!」
直情金髪が唐突に叫んだ。
何事かと思って見てみると、直情金髪は思い詰めた表情でこちらを真っ直ぐに見つめていた。
てことはつまり。
夜影って、ひょっとしてアタシの事か??
アタシが疑問を発する前に、直情金髪の言葉が続く。
「我らはまだ死ぬわけにはいかぬのだ!」
「夜影!」
続いてジャイアンも言い募る。
「いや、夜影殿! 俺たちには使命がある! 何とか生き返る手立てはねえのか!?」
二人は、必死の形相で追いすがる様にアタシを見つめる。
まあ、気持ちは分かるよ。
誰だって、死にたくはないもんね。
でもさ。
そもそもアタシ、「夜影」じゃないしっ。
夜影ってのは、夜の精霊の事だ。
向こうの世界では、神々の世界は夢の向こうに、あの世は夜の向こうにあるって事になっている。
そして夜影ってのは、死者の魂をあの世への送る役割を持っている。という事になっている。
要するに、現実世界で言うところの死神みたいなもんだ。
向こうの世界はそれが一般常識で、アタシだってそれくらいは知っている。
だけどさ。
何でアタシが、その死神になってんの??
アタシの疑問は当然だと思う。
だからアタシは訊いてみた。
「あのさ。何でアタシを夜影だと思うワケ?」
けれど直情金髪とジャイアンは、アタシの疑問が疑問らしい。
「何故と言われても…。夜影殿は『夜の姿に髑髏で己を飾る』とか聞き及んでおりますが…?」
「幾ら俺たちが精霊に疎いからといって、それくらいは知っている」
「それとも、我らの無知を試しておられるのか?」
え~~っと。
夜の姿に髑髏で己を飾る?
何じゃそりゃ。
「夜の姿」ってのはちょっと良く分かんないけど。
取り敢えず、「しゃれこうべ」の意味は分かる。
白骨化した頭部。
要するに、頭蓋骨の事だ。
そこでアタシはふと、自分の着ているパジャマ兼部屋着を見つめた。
それはアタシのお気に入りの、水色の地に黒のスカル柄。
全面にランダムに並ぶスカルは、たまにウインクしたり目がバッテンだったりするのが、お茶目だったりするんだけれど。
スカルは英語。日本語に訳すと頭蓋骨。
「……………」
つまりアタシの服には、髑髏がビッシリ?
アタシはパーカーの裾を引っ張ってマジマジと見た。
「こ」
「「こ?」」
「こ」
「「こ!?」」
「これか――――――――――!!」
アタシの雄叫びが、薄暗い茫洋たる世界に響き渡った。