第四二話 カエルの瞳孔は縦・横・三角です その3
ニュースで立ち上がろうとしている被災者の方々の姿に、勇気づけられます。そこに希望が見えます。日本の力を信じています。てか、信じなきゃいけないんだと思います。
アタシは走った。
全速力で。
ヤツらの背中を追いかけた。
「このクソガキャア! テメエら、逃げるってどうゆう了見だっ!!」
そりゃ、キッチリ制服着込んでるアンタらと違って、アタシは所詮パジャマ兼用の部屋着だよ?
ちょっとゴムが伸びてて、ちょっと毛玉が浮いてて、胸元にワンポイントでハミガキコがくっついてるかもしれないけどね。
このスカル柄のパーカーとショートパンツは、アタシのお気に入りなんだよ?
それを何?
まるで。
見てはいけないモノでも見てしまった!
みたいな勢いで逃げ出すって!?
二号を見ても逃げるどころか追いかけてきたくせにぃいいいいいいいいい!!
シュタタタタタタタタッ!
多分、この時アタシは、百メートル十秒以下で走ってたと思う。
夢の中ってスバラシイッ。
息切れしないし、乳酸出ないし。
ドーピングなしで人類最速だっ。
アタシは自分でもちょっとどうかと思うくらいの速さで、ヤツらの背中にグングンと迫ってく。
目標補足。
ターゲットは、え~とえ~と、聞いたけど名前忘れた!
もういいかっ、直情金髪とジャイアンでっ。
とにかく。
ターゲット・ロックオン!
シュタタタタタタタタッ!
「うわっ」
アタシの気配を察したジャイアンが、肩越しに振り返って目をひんむいた。
「振り返るな! 追いつかれるぞ!!」
直情金髪がそう叫んで更に速度を上げていく。
ジャイアンもそれに倣って、少しヤツらとの距離が開く。
ムダメンでも軍人。キッチリと鍛えてあるってか?
けどさ。
連中は、ここがどういう所なのか知らない。
まあ、アタシだって知ってるわけじゃないけどさ。
でも九年間肉体のないところで活動してきたアタシとじゃあ、経験値が違う。
連中は、肉体の感覚を捨てられない。
だから疲れる。苦しくなる。手足の動きが乱れてくる。
「ふへへへへへ」
「わ、笑ってやがるっ」
「無視しろっ!!」
無視だとう~~?
無視ってのはなあ、最低な行為なんだぞ?
そいつの人間性を丸ごと否定するって事なんだぞ??
「とうっ!! てんちゅう~~~~~っ!!」
アタシは跳んだ。
ドゴッ!!
アタシの華麗なドロップキックが、直情金髪の背中に炸裂する。
「ぐがっ!!」
直情金髪は派手に倒れ、ゴロンゴロンと転げて行った。
おおお! 慣性の法則のままに何処までも転げて行きそうだ。
「オール!」
転げて行く直情金髪を、ジャイアンが慌てて止めようとする。
その背中に向かって、アタシは駆け寄りジャンプした。
空中でアタシの身体がドリルの様に回転する。
ドガッ!
「うあっ!!」
ああ! 身体がないってホント凄いっ。
スピニングアタックができるとはっ!
お父さん! あなたの娘は今、仮面ライダーになりましたっ!
変身ポーズはしないけどっ。
ていうか、ジャイアンの身体も、ゴロンゴロン転がっていくんですけど。
ここの地面、摩擦係数が小さいのかね?
二人の身体はゴロンゴロン転がってゆき、アタシはそれを為す術もなく見送ったのであった。
てな事もなく、二人の身体はぶつかって無事(?)回転は止まった。
目が回ったのか、ぶつかった時の打ち所が悪かったのか、二人は地面に伸びたままピクリとも動かない。
え~~と。
アタシはふと我に返って考えた。
アタシ、なんでコイツら追いかけてたんだったっけ?
む~ん、逃げたから追いかけただけであって、特に理由はないな。うん。
てか寧ろ追いかけなかった方がよかったんじゃないだろうか?
今更になってそう思う。
だってさ~、流れ的に言ってさ~~~。
アタシは空に浮かぶ赤い月を見上げた。
星が一筋、そしてまた一筋、流れた。
視線を地上に戻してみると、ムダメン二人はまだ伸びたままだ。
何でアタシ見て逃げたのか問い質したいトコだけど、コイツらと契約なんてハメになるのはお断りだ。
だからさ。
ここはそっと立ち去るべきだとは思うんだよね。
コイツらが伸びてる間に。
でもさ。
コイツらってさ。
もしかして、もしかすると、もしかしなくても。
もう、死んじゃってると思うんだよね。
イロイロ思い通りに行かなくてもさ、やっぱり、ここはアタシの夢なんだよ。
んでさ、他人の夢に入り込んじゃうなんてさ、死んだ人間じゃなきゃできない芸当だと思うワケよ。
だからさ~。
願い事とか聞く耳なんかサラッサラのマッサラサラにないんだけどさ。
話聞くくらいなら、とかさ。
別にコイツらの事とか、ホントどうでもいいんだけど。
好きじゃないし、寧ろ敵だし。
だからって、死んでくれてラッキーだとは思わない。
だってさ、死んじゃったらお終いだもん。
全部お終い。
ぜんぶ、ぜ~~んぶ、なくなっちゃう。
なもんだから、ふと湧き上がっちゃうワケよ。
ホトケゴコロてヤツがさ。
アタシだって鬼じゃないんだし。
まあ、流れでイロイロ吐いて貰うかもしれないけどね。
でもさ、何て言うの? イロイロ吐き出して、スッキリした方が、成仏もしやすいと思うんだよね~。
人よ、こんなアタシを人非人と呼ぶなかれ。人には誰しも、絶対に譲れないものってのがあるモンだ。
アタシは、用心深く近づいた。
でも近づきすぎるのもヤバそうなので、二メートルくらいの所で立ち止まる。
「う…、うう…」
「くっ…」
うん、呻いてるな。
そんな二人に、とりあえず訊いてみた。
「何で、逃げたわけ?」
うん。やっぱり、これを訊いとかなきゃ、話が進めらんないよね。
アタシの声に二人はピクリと身じろぎするけど、何も答えない。
身体が反応したから、聞こえてないハズはない。
「ね~、何で逃げたのかって訊いてんだけど」
「「……………」」
やっぱり何も言わない。
アタシの方にに視線を向けようともせず、全身で拒絶してるって感じだ。
いい年した大人が、何だそりゃ。
反抗期か?
思春期か?
更年期障害か??
「あのさ~。人様に会ったら、先ず挨拶でしょ? 基本中の基本だよね? 習わなかったわけ? それなのに逃げ出すって、何様? おバカ様?」
わざとバカにした口調で言ってみる。
普通の感性を持つ人間なら、先ず間違いなく怒るだろう。
何か言い返して来るのに違いない。
と思ったのに。
ヤツらはピクピクと顔を引きつらせながら、あくまでも無言だ。
どうやら無視を決め込んでいるらしい。
おっや~ん。二号や四号への反応の良さは何処へやった?
「せめて名前くらいさ~」
と言ってみたものの、よく考えたら覚えられないんだった。
「あ、やっぱ名前はいいわ。ど~でもいいし」
なんて言いつつ、チラリと横目で見てみるけれど。
「「……………」」
やっぱり、無反応。
全身に緊張を漲らせ、めちゃめちゃアタシの事を意識しているくせに。
無視。
だんまり。
何だ? この頑なさ。
駄々っ子か??
そんな二人を眺めながら、思案する。
ところで、コイツら、何で死んじゃったんだ?
この前会ったときはピンピンしてたのに。
いやまあ、最後は気絶してたけど。
持病か? 持病のシャクか? シャクが死因か?
なわけねえか。
やっぱり、アレだろうな。
地震。
コイツら近衛だから、お城に住んでると思うんだよね。
お城でさ~、人死にがあったとなりゃさ~、それって相当な被害じゃね?
幾ら石造が地震に弱いたって、お城だよ? それなりに頑丈に作ってると思うんだよね。
ひょっとして、思ってる以上に地震の規模がデカいとか?
アタシは勝手に震度五くらいと思ってたけど、本当は六とか七なのかもしれない。
アタシはゾッとなって身震いした。
こりゃいかんっ、ますますリズを避難させなきゃ!
ううん、リズだけじゃない。
レゼル宮のみんなも、後宮にも、お城にも、町にも…。
アタシは別に博愛主義で言ってるわけじゃない。博愛主義とかチャンチャラ可笑しくって、蹴っ飛ばして簀巻きにして五トンの錘付けて海に投げ落としてもいいくらいだ。
でも、リズは違う。
「余計な」と言いたくなる程の質の高い教育のお陰で、王女としての責任感も聖者としての使命感も、着実に育ってる。
そんなリズが、もし自分一人だけが無事なんて事になったら。
心に大きな傷が残るだろう。
あのアディーリアだって。
王女でありながら、国を捨てて生き延びた事に、深い罪悪感を持っていた。
アディーリアは幼くてどうしようもない事だったのに。
それでもその事実は、生涯彼女を苛み続けた。
リズはまだ十二だけど、もう十二だ。
アディーリアの時よりも、更に深い傷となるだろう。
でもさ。
現実的に考えて、全ての人を救うなんて無理な話だ。
第一、どうやって、地震の事を知らせる?
知らせたところで、信じて貰えないだろう。
じゃあ、どうするんだって話だけど。
そんなの分かるワケがない。
「あ~、もうっ、イライラするっ」
ままならない何もかもに。
アタシが腹立ち紛れにそう叫ぶと、直情金髪とジャイアンの身体がビクリと跳ねた。
ひょっとして怯えてる?
このアタシに?
まさか。
理由がない。
動く布製品にだって果敢にいちゃもん付けてきた二人だよ?
アタシは、未だにこちらを一生懸命無視しようとしている二人を改めて見る。
コイツら、ムダメン二人。
地震の時の事、覚えているだろうか?
覚えてるんだとしたら、詳しい状況が聞き出せるかも。
「あのさ、ちょっとつかぬ事を聞くけどさ」
けれど内容が内容だから、どうやって聞き出すかは考えどころだ。
「アタシとしてもさ、訊き難いんだけど。う~ん、何て言えばいいのかな」
直接的な言葉は憚られるし、かといって遠回しになり過ぎて伝わらないんじゃ意味がない。
「え~~~と」
死因? 死因を訊けばいいのか? けど、「死因」の遠回しな言い方って、何??
この時アタシは、二人に集中しすぎていた。
だから背後に別の影が近づいてきている事に気がつかなかった。
不意に背後に気配を感じたときには。
「あのさ、アンタ達のしいん、んん?」
既に、手遅れだった。
背後から回された長い腕が、アタシを固く拘束する。
「捕まえた」
頭上から降り注いだ美低音に、ゾゾゾゾゾッと怖気が走る。
一瞬硬直したアタシの身体はクルリと向きを変えられて、濃紺色のベールの中に閉じ込められた。
ハッと我に返った時には、やたらと綺麗な男の顔がドアップで迫っていた。
奇跡的な素早さで、ビタンッと相手のおでこと顎に手を掛ける。
「ぎやあ~~~~~~~~!! 近い近い近いっ!!」
両腕を突っぱねて必死で引き離そうとするけれど、背中に腕を回されたままでは限界があった。
その腕を引っぺがしたいけれど、肝心の両手は今戦いの真っ最中だ。
その間も、男の顔はグイグイと迫ろうとする。
うっすらと閉じた瞼、半開きの唇、ちょっと傾いだ首。
その意図は経験値の低いアタシにだって明白だった。
「ぎゃあっ。変態! バカ! 離せ!」
変態!
そうだ!
変態の対処法は、恵美に散々習ったじゃないか!!
目は抉れ! 歯は全部抜け!
躊躇うな! 容赦するな!
一撃で仕留めろ!!
ドガッ!
「ぐっ」
アタシの足は、ヤツの急所にクリーンヒットした。
ヤツの身体がズルリと地面に崩れ落ちる。
その急所が何処かとかは、年頃のオトメとして明言は控えさせていただきたい。
ただ一言、視界の端で、直情金髪とジャイアンが青ざめていたとだけ言っておく。
「はあ、はあ、はあ」
さっき走った時には全く乱れなかった息づかいが、荒々しく跳ねる。
くそう。アタシもまだまだ修行が足りないって事か。
しかし、一体全体何だってキスしようとしてたんだ!?
この鉄面皮はよっ!!
当作品は、恋愛モノにあらず、デスよ?