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第四一話 カエルの瞳孔は縦・横・三角です その2

東日本大震災から明日で丁度一ヶ月です。

被害の全容は未だ見えず、まだまだ避難生活を強いられている方々も沢山いらっしゃいます。

復興への道のりは緒にに就いたばかりですが、皆さん頑張りましょう!

 ふと気がつくと、アタシは仰向けになって横たわっていた。

 ぽっかりと浮かんだ赤い月が、アタシを所在なさげに見下ろしていた。

「アディー」

 アタシの吐息の様な呟きが、薄暗い空間にトロリと溶けて消えてゆく。

 アディーリアに届かなかった手を月に向かって伸ばしてみれば、指は空しく宙を掴んだだけだった。

 さっきのは何だったんだろう。

 万華鏡の様に次々と変わる風景。アタシの記憶と、アタシのじゃない記憶。

 それから、膜の中の、子供を宿しているアディーリア。

 あれは「アディーリアであってアディーリアでないアディーリア」だ。

 大きく膨れたお腹に、手を添えていたアディーリア。

 ――時間がない。

 この前しきりにそう言っていたのは、子供が生まれるって事じゃないだろうか?

 何となくだけど、そんな気がした。

 でも。






 誰が生まれるんだ??






 普通に考えれば「アディーリアの子供」だけれど。

 この前真っ平らだった腹が、さっきはもう生まれそうな程大きくなっていた。

 どう考えても普通じゃない。

 犬猫だって、生まれるのに二ヶ月はかかる。

 アタシが「昏睡」から目覚めたのが、一昨日の夕方だから。

 三日?

 カエルだって孵化するのに、もうちょっと掛かるだろうに。

 無性に誰かを問い詰めたいけど、誰を問い詰めれば良いのか分からない。

 アディーリアであってアディーリアではないアディーリアか?

 そりゃそうだ。「母親」なんだから、誰を産むのかくらいは分かっているだろう。

 でもどうやってアディーリアであってアディーリアでないアディーリアを呼びだしゃいいんだ?

 そういやこの前「寿限無」を聞いて目が覚めたとかって言ってたな。

 アディーリアを呼び出すために、「寿限無」唱えろってか??

 けれど、そしたらまた昏睡騒ぎになるかもしれない。

 昨日退院したばっかりで、それは流石に避けたい事態だ。

 あの時ばかりは、目覚ましにも、恵美の「殺気」にも反応しなかった。

 じゃあ一体どうやって目覚めたのかって話になるけど。

 恵美が言う様にアディーリアが昏睡の原因なら、まあそれはそれで説明はつく。

 恵美曰く。

 死者と交信してんだから、スミも殆ど死んでたってことじゃね?

 ということらしい。

 そう言われた時は、そうかも知れないとも思ったけど。

 よく考えたら、この前会ったアディーリアは「死者」じゃない。記憶だ。

 アディーリアという女性の記憶――特に二十歳前の――を収めた媒体みたいなもんだ。

 「二号行方不明事件」からこっち、アタシはアタシの周りで起こっている事を見定めようとしてきた。

 でも、ひょっとして、本当は。

 見定めるべきは、アタシの周囲に起きている事なんかじゃなくて、アタシ自身に起きている事なんじゃないだろうか。

 でも一体、アタシに何が起きてるんだろう??

 そこまで考えて、アタシはゆっくりと体を起こした。

 少し体が気怠いけれど、確実に気のせいだ。

 なんせここには「身体」はない。

 ため息を一つ吐きだして、辺りを見回せば。

 何時もは頼みもしないのにいる極彩色のカエル共は、今回に限って一匹たりとも見えなかった。

 どんなに目を凝らしても、アタシ以外の存在はなく、アタシの影すらもない。

 天と地の境すらない茫洋とした空間で、ただ赤い月だけが何かの目印のようにぽっかりと浮かんでいる。

 アタシは自分がどうしようもないくらい寄る辺ない存在に思えて、酷く心細くなった。

 月を見上げていると、九年前の事を思い出す。

 あの時も、こんな風に月を眺めていたなあ。

 ………んんんんん?

 月??

 月って、この手の空間で何時も出てたっけ??

 いや、出てなかった。

 カエルはいたけど、月はなかった。

 月を見たのは、九年前以来だ。

 あの時の月は、青かったけど。

 今の月は赤くて、何だかイヤな感じだ。

 ひょっとしてアタシ、またまたヤバい状況にあるんじゃね??

 マジで一体何が起こってんの!?

 アタシはサ――ッと血の気が引いていくのを感じた。

 うん、勿論それも気のせいだけど。

 ああ、もう、頭の中がグダグダだ。

 くそう。

 無性に癒されたい。リズに会いたい。

 そう思ってハッとなる。

 あああああ!!!

 いかん!! こんな所で足止め食らってる場合じゃねえじゃん!!

 地震が起きたんだよ!

 リズが危険だ!!

 早くリズの元に戻らなくっちゃ!

 棚の靴が落ちてきたから、震度五はあっただろう。

 イスマイルは地震が殆どない国だ。

 建築技術がどれくらい発達してんのかは分かんないけど、耐震工法なんてのがあるとも思えない。

 日本でなら震度五で倒壊する建物はないだろうけど、外国の地震の例を見ると、どうやっても安心できそうにない。

 当然リズは地震なんか遭った事もないだろう。

 怯えてるかも!

 泣いているかも!

 怪我してるかもっ!?

 あ~~~~~~っ、もう!

 取り敢えず、カエルだよっ。

 カエル取っ捕まえて、リズの所に戻ろうっ!

「カエル! カエル!?」

 大声で呼んでみるけど、出てこない。

 チッ。

 何時もは無駄にいるくせに。

 アタシは立ち上がると、パンッと両頬を叩いて気合いを入れる。

 少しだけ冷静になったアタシは、考えた。

 アタシはこの後、四号に入るはずだ。てか、入る。

 四号のアタシに会ったんだから、間違いない。

 つまりそれは、地震の前に戻れるって事だ。

 そうなれば、勿論リズに地震の事を知らせられるし、避難させることだってできる。

 あの頑丈そうなベッドの下に潜れば。

 いや待て、レゼル宮は石造りだけど、石造りは耐震性に弱い。

 日本に石造建築が定着しなかったのは、単純に建築に適した石材が手に入りにくかったって事もあるだろうけど、耐震性にも原因があったに違いない。地震大国日本じゃあ、耐震性の低さは致命的だ。

 てことは、中途半端にベッドの下に隠れるよりも、宮殿から出た方がいいかもしれない。

 幸いにして、後宮にはバカみたいに広い庭園がある。まあ、正妃同士が鉢合わせしないようにしてあるんだろうけど、この際それを利用しよう。

 勿論、侍女さん達も一緒に避難する。

 それにはセルリアンナさんの協力が必要だけど、その辺は四号で説得するしかない。

 でも何て言えば、信じてくれる?

 地震の滅多に起こらない国で、大きな地震が起こるとかって言っても、先ず人は信じない。明日も今日と変わらない日常が来ると、無意識的にかつ殆どパラノイアに近い頑固さで、そう信じているからだ。

 そんなものは、ある日突然ビックリする程あっけなくガラリと崩れ去ってしまうのに………。

 考えるべき事は山の様にある。

 アディーリアであってアディーリアでないアディーリアの事も、そのお腹の中の子供の事も、月が出てる事も。

 いきなりカエル間転送し始めた事、夜明けでもないのにカエルから離脱した理由。

 それから「寿限無」の謎、昏睡の原因。

 リズを神人にしない方法、リズがリズの望む様に生きられる方法。

 おまけに、無駄にイケメンな連中への報復方法。

 うわっ、マジで考える事多いな。

 でも今はそれら全部を置いといて、カエルを見つける事、それから地震対策。この二つに絞り込もう。

 でなけりゃ、アタシの大してない容量の脳みそがパンクしてしまう。

 アタシは取り敢えず歩き出した。

 闇雲に。

 だって特に目印があるわけじゃなし、どっちに行けばいいのかも分からない。

 けれども、四号に入る事は確定している。

 だったら今はただ、カエルに行き当たる事を願うだけだ。

 願え!

 アタシ!!

 ここはアタシの夢だ。

 アタシの思いが、この空間に影響する。!

 と思う、多分。

 テクテクテク。

 テクテクテク。

 テクテクテク。

「…………」

 たまに方向変えたりして。

 また歩く。

 テクテクテク。

 テクテクテク。

「…………………」

 また方向変えて。

 テクテクテク。

 テクテクテク。

 テクテクテク。

「………実際問題、地震の規模ってどれくらいなんだろう」

 イスマイルは高山地帯の国だ。

 高山と地震の組み合わせで思い浮かぶのは、世界の屋根ヒマラヤくらいだ。

 アタシは頑張って、般教で取った地学の授業を思い出す。

 ヒマラヤ山脈は、インド亜大陸が乗ってるプレートとユーラシア大陸が乗ってるプレートとが衝突して出来たものだ。つまりあの地域での地震は大抵、二つのプレートのせめぎ合いが原因だ。

 今でも毎年数センチ高くなってるちゅうんだから、プレート間はギシギシなんだろう

 だからまあ大抵、地震の規模がデカい。

 プレート間地震の頻度は数十年から数百年だったはず。

 けれどイスマイルには地震が殆どないから、原因がプレートとは考えにくい。

 少なくとも、リズが習っている「イスマイル国史」には地震の事なんて一つも書いてない。幾ら何でも、デカいのがありゃ流石に歴史で習うだろう。

 てことは断層型地震なのかもしれない。

 断層型地震は、断層によって周期が数百年から数十万年とまちまちだ。

 つまり周期が長いものだと、「この前起きた地震」ってのが先史の更に前って事だって十分あり得るワケだ。

 アタシは歩いた。

 頭の中では目まぐるしく考えを巡らせながら、黙々と。

 テクテクテク…。

 テクテクテク……。

 テクテクテク………。

「ダァ!! やってられっか!! ウオラァ! 責任者、出てこいやぁあ!!」

 アタシ月に向かって拳を突き上げ怒鳴り散らした。

 焦る気持ちが、アタシの口を三割増しに悪くする。

「舐めてんじゃねえぞ! おんどりゃあ!! 鼻の穴に割り箸突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたっぞっっっ!!」

 月の鼻の穴が何処にあるのかは知らないけれど、気合いだけは十分だった。

「あ! 流れ星!!」

 不意に星が流れたのを見つけて、アタシは慌てて願いを言った。

「リズリズリズ!!」

 本来ならば「リズが無事でありますように」と言いたいところだけれど、流れ星はそんなに悠長に待ってはくれないから仕方がない。

 取り敢えず三回言う事には成功した。

 一体どんな願いが星に届いたのかは謎だけれど、心意気だけは伝わったに違いない。

 多分。

 アタシは星の流れた先へと目を懲らす。

 ん?

「星…?」

 この手の空間で星が流れる事なんて…。

 あの時以来だ。

 アディーリアと初めて会った、あの時。

 月と。

 星と。

 後は死者の魂が現れれば完璧な再現だ。

 いや待て。

 それはない。

 ないないないっ。ないないないないな~~いっ。

 勘弁してっ。

 もうこれ以上誰かの願いのために動く余裕はないしっ。

 イヤな予感がヒシヒシと迫ってくる。

 それを追い払おうと躍起になって考えた。

 冷静になれ、アタシ。

 そうだ。

 今のアタシには、誰かと契約しなくちゃならない理由がないっ。

 そう。

 だから。

 カエル以外の誰かにぶち当たったら、速攻逃げよう!

 全速力で。

 よしっ。

 アタシは決意を込めて固く拳を握りしめた。

 その時だった。

 ボンッ。

 てな効果音でも聞こえそうな勢いで、二つの人影が現れたのは。

 先ず目に入ったのは、真っ直ぐな金の髪と少し癖のある茶髪。それから黒い近衛の制服。

 そいつらはアタシを見つけた途端ギョッとして、その次の瞬間には背中を向けて走り去っていた。

 ダダダダダダダダダ―――――!!

 物凄い速さで小さくなっていく背中に、アタシは怒声を浴びせかけた。

「ぅおい! ゴラァ! テメエら待ちやがれ!!」

 逃たら追う。

 それって、人類普遍の力学的法則だと思うのだ。



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