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第三話 カエルだって、白い歯が命です

 一体全体、なんだってこんなことになったのか。

 とりあえず、あの夜のことを振り返ってみよう。

 あの日は水曜日で、次の日には朝イチに講義があるものだから、さっさと風呂入ってさっさとベッドに入った。

 どこも特別なことはない、何時もと変らない夜。

 そしてアタシは、夢の世界で目を覚ます。

 現実の世界と夢の世界の時間的相関関係はないけれど、唯一つ決まっていることがある。

 それは、朝寝しようと昼寝しようと、夢の世界はいつでも夜だということだ。

 その夜のアタシの装いは、青いカエルのケロタン二号。

 普段カエルたちは、リズの寝室のカウチに並べられている。

 ロココ風って感じの、珍妙なカエルが座るには優美過ぎるカウチだけれど、なんせ大切な形見の品だ。そこら辺に転がしておくわけにもいかないのだろう。

 ああ、全く。カエルのぬいぐるみの扱いに苦慮する侍女さんたちのことを思うと、なんだか目頭が熱くなってくる。ような気がする。

 けれどきっと、カエルになる苦労に比べれば、些細なことに違いない。

「ねえクリス?」

 眠たい目をこすりながら、リズがアタシに訊いてくる。

 その夜の訪問は少し遅かったけど、リズは尋ねたいことがあって待っていたらしい。

 アタシはリズのベッドにヒラリと華麗に飛び乗って(なぜって身長が1メートルしかないからだよっ)、ベッドヘッドに足を組んで腰かけた。

「なんだい、子リスちゃん」

 我ながら「頭おかしいんじゃないの?」としか言いようのない言動だが、それがクリスってヤツだから仕方がない。

 キザでナンパな青いカエルは、恋多き男らしい。

 もちろん、王妃の設定だ。

「あのね。エリーザが今度結婚するんだって」

 エリーザってのはリズ付きの侍女である。会ったことはないけれど、部屋に忍び込んで寝顔をのぞきこんだことがある。

 いや、だって、ほら。

 大切なリズのお世話を任せるわけだから?

 人となりを確かめておきたいというか?

 寝顔で何が分かるのかとか、こういう非常識な状態で常識的なことは、ワタクシ、聞きたくなんかありませんことヨ。

 で。

 エリーザって子は、この世界の女子には珍しい童顔(要するにアタシから見てちゃんと十代に見えるってこと)で巨乳のマニア受けしそうな美少女だ。確かまだ十八歳。

 この世界では十代後半と、結婚適齢期が異様に早い。二十歳すぎれば年増である。

 ま、たとえ極上のシルクでできていようとも、綿の詰まった布製品には関係ない話である。

 第一、十八で結婚なんか、マジでありえねえ。

 とは思うんだけれどさ。

 年増で悪かったな! ちっくしょう!

 と思っちゃうのは、複雑な乙女心ってヤツである。

「へえ、エリーザが。で、どこのどいつだい? 可愛いエリーザを浚っていくヤツは」

 アタシは、複雑なオトメゴコロを押し隠して、うすら寒いキザなセリフを吐きだした。

 ここだけの話、二号程難しいキャラはいない。

 自分で言うのも何なんだけど、アタシは恋愛ごとに疎い。いや、そもそも男でもないアタシに、一体どんな女性遍歴を語れと??

 ま、幸いにして、純粋培養のリズには、せいぜいシンデレラだとか眠り姫だとかをアレンジして聞かせればよかったんだけれども。

 後宮なんてところは華やかに見えて、実は昼ドラも裸足で逃げだそうとして転んで生爪はがしちゃうほどのドロッドロな世界である。

 嫌でも耳年増になろうってもんだ。

 そんな環境のせいか、十を過ぎた頃からリズは、愛だの恋だのに興味を持つようになった。

 あれはいつだったろう。

 春まだ浅い、おぼろ月夜のことだった。

 突然アタシにリズが言った。

「ねえ、ディー。『やり逃げ』って何?」

 そのとき白いカエル、ケロタン三号だったアタシは。

「やだ、リズ。そんなこと、女の口からは言えないわ」

 と言って逃げたのだ。

 それからアタシはがんばって、大して興味のない少女漫画を読んだり、これまた大して好きでもない自称フェミニストのナンパ男と付き合ったりしたものだ。

 そして見事エセ恋愛マイスターとなったアタシは、リズにささやきかける。

「エリーザを取られちゃったみたいで寂しいのかい? 子リスちゃん」

 アタシの言葉に、リズはちょっとびっくりしたみたいに目を見開いた。

 結婚すれば、退職する場合が多い。やめなきゃいけないわけじゃないけれど、後宮に仕える女官や侍女は住み込みだから、要するに旦那や子供と別居しなけりゃいけないからだ。

「寂しい? うん、そうね、それもあるけど…」

 どうやら、リズが考えていたのは別なことらしい。

「エリーザはね、れんあいけっこん、なの」

 それは珍しい。

 この世界では、上流階級ともなれば大抵は見合いか政略結婚である。

 エリーザは貴族でこそないけれど、後宮で侍女をできるくらいには「いいとこのお嬢さん」ってヤツである。 

 しっかし、護衛ですら女ばっかりのこの後宮で、どうやって男と知り合うんだろうか?

 その疑問は、すぐにリズによって解消される。

「この前の宿下がりのときにね、会って、一目ぼれだったんだって」

 宿下がり、要するに休暇で実家に帰った時ってことだ。

 なるほど、彼女たちにはその手があったのか!

 けど多分、親が仕込んだ見合いだろうな、とアタシは推測する。

 恋に恋するオトシゴロのリズには悪いが、現実ってのはそんなもんだ。

「ねえ、クリス」

「なんだい、子リスちゃん」

「恋するって、どういうこと? 一目ぼれって、どうやったらできるのかな?」

 リズの言葉にアタシはフッとキザったらしく笑う。

 前髪でもあればかき上げたいところだが、残念なことにカエルに前髪はない。てか体毛がない。

 代わりにアタシは、キラリと白い歯を輝かせて言った。

 歯はあるのだ。カエルにも。

「ふふふ、子リスちゃん。大人びてきたといっても、まだまだネンネだね。恋なんてものはね、しようと思ってするもんじゃないんだぜ。恋ってヤツはさ、気がついたときには、もう堕ちてるものなんだ」

 ちなみにこれは、アタシのうすら寒い元彼が、合コンで恋愛について騙ってた(誤字じゃないよ)セリフである。アタシの脳みそじゃあ、今後何万年経ったところでひねり出せそうにない迷言だ。

「じゃあ、どうやって恋人を見つけるの?」

「それはね、子リスちゃん。第三の目ってヤツが知らせてくれるのさ」

 アタシは飛び出た目と目の間を指さして言った。

 カエルには第三の目がある。頭皮に隠れているが、光を感じることができるらしい。

 もちろん、恋とは全く関係はない。

 恋愛漫画に飽きて読み始めた手塚漫画の主人公、某古代種族の少年に憧れて言ってみたかっただけである。

 だけど、カエルに第三の眼があるのも、れっきとした事実である。

「何にもないじゃない」

「あるよ。物凄く大切だから、隠してあるんだ」

「でも、人間にはないもの」

「バカだね、リズ」

 アタシは青い指でリズの額を突っついた。

 ちゃんと水かきまであるこの手は、王妃が特に力を入れて作った部位だ。

 王妃が。

 瀕死の床で。

 アタシは、この指を見るたびにしみじみ思う。

 王妃とアタシの間に立ちはだかる、深くて広い溝ってヤツを。

「人間にだって、ちゃんとあるさ。恋をすれば、そこにあることを思い出す。だからね、リズ。決して、第三の眼を感じない男には、指一本髪の毛一筋たりとも、触らせるんじゃないんだよ」

 王族という身分と母親譲りの美貌を持つリズには、それを目当てに群がる男は掃いて捨てて、死体遺棄してもゾンビになって戻ってくるほどいるに違いない。

 アタシがリズを見守れるのは、リズが成人する十六までのこと。

 でも本当に危険なのは、成人してからだ。 

 だからアタシは、リズに語りかける。男に気を許さないよう。用心深く立ち回るよう。

「クリスは、いつも第三の眼を感じるの?」

「そう。この前もね。物凄く、高い高い塔に住む女の子と知り合ったんだけどさ」

 恋多き青いカエルは、優しいけれど誠実じゃない。

 次から次へと、女の子と恋してる。

 リズはクリスが好きだけど、クリスの恋愛話も好きだけど、信頼はできないと感じている。

 元ネタがラプンツェルの恋愛話は、男が自殺せずに、女の子も妊娠しない。けれど別の日、三号か四号が、女の子との間に子供までできたけど結局はクリスの浮気で破局したって話をリズにするだろう。

 クリスは、優しい男が誠実とは限らないと、リズに教えるための存在だ。

 多分、これは王妃の経験から、そうなんだろうと思う。

 話が終わるころには、リズはすっかり夢の中だ。

 さて。

 問題は、ここからだ。

 夜はまだまだ長い。

 この夜のメインイベントは。

 ほぼ一年ぶりに、新しい隠し通路を見つけたってことである。

 

********************

ヒキガエルやガマガエルには歯はないらしいです。

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