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第三八話 カエルには舌がない場合もあります その3

 水時計をネックレスのように首から下げて、アタシは奥へと進んだ。

 ウォークインシューズクローゼットは、「ウォークイン」と言うだけあって、結構な広さがある。そこら辺のワンルームマンションよりも確実に広い。

 そこに整然と並ぶ棚は、当然ながら靴だらけだ。

 その数は、どこぞの元大統領夫人程じゃないけれど、相当なものである。

 それもそのはずで、リズが生まれて以来あつらえてきた全ての靴があるからだ。

 隠し扉の仕掛けがある一番奥の棚には、大体三、四歳頃のものが並んでる。

 色とりどりの刺繍や宝石なんかを縫い付けられた靴は柔らかい布製で、ケロタンの掌には余るけど、それでも十分小さいものだ。

 それらを目にすると、自然と出会った頃を思い出す。

 幼児というものは、ただそれだけで可愛らしい。

 それがすこぶる付きの美少女とくれば、その可愛らしさは尋常じゃない。

 だけど、世話をするのは大変だ。

 何せ、幼児ってのは容赦を知らない。

 夜なんだから寝てりゃいいのに、なんで深夜に目を覚まして、尚かつそんなにハイテンションなのか?? そりゃまあ頭突きかまされても噛みつかれても、全然痛くはないけどさ。コレは愛情だけじゃあやってけないよ。世の母親と言う母親を、尊敬するね。

 なんてことを、ヨダレまみれになった体で思ったものだ。

 アタシは小さな靴を眺めては、暫し思い出を噛みしめる。

 そんなアタシを注意するかのように、水時計が煌めいた。

 おおっと、いかん。

 思い出にふけってる場合じゃなかった。

 アタシは直ぐ側の壁にくっついているレバーを握った。

 普通に右に回るそれを、普通に右に回せば、棚がスライドして奥の棚が現れる。

 そこには更に小さな頃のリズの靴があるんだけど。

 アタシはレバーの下の辺りを撫でて、微妙に出っ張ってる場所を探り当てる。

 そこをグッと押しながら、レバーを左に回すと。

 ズズズッという鈍い音と共に、棚全体が弧を描きながら開いていく。

 この隠し扉は他の二つと違って、アディーリアの記憶になかったものだ。

 それを探し当てたのは、ほんの偶然からだった。

 この靴部屋を含むウォークインクローゼットの直ぐ隣には、隠し通路が通っている。

 そこを通っている時、微妙な違和感を感じてたんだけど、それが何かは分からなかった。

 ところが、高校に入ったばかりの頃、とある推理小説に出くわした。

 その中に、外観から推測される部屋の大きさより、実際の部屋の大きさが小さかった事から、隠し部屋を探し当てるってのがあって。

 アタシはその時、もしやと思ってクローゼットの奥行きと隠し通路の距離を比べてみたのだ。

 すると壁の厚さを差し引いても、一メートル以上は隠し通路が長かった。

 そこでイロイロ弄って、漸くこの仕掛けを見つけたのだ。

 ケロタンが通れそうな程の隙間が空くと、アタシはレバーを回す手を止めた。

 そこへ体を滑り込ませて、地下への階段を下りて行く。

 アタシの記憶に間違いがなければ、目的のシロモノは「闘牛部屋」にあったはずだ。

 「闘牛部屋」ってのは、壁といい家具といい全てが深紅で統一されていて、如何にも牛が闘志を燃やしそうな部屋の事だ。

 ま、牛は色じゃなくて動きに反応してるって話しだから、実際に牛を入れても暴れたりはしないだろうけど。

 その「闘牛部屋」へは、ちょっと複雑な手順が必要だ。

 何せ隠し部屋の隠し部屋の更にまた隠し部屋を通らなければ、入れないからだ。

 ここを見つけたのは、確か大学一年の冬だったと思う。

 この念入りな隠し方からして、余程の物が隠されているのに違いない! と見つけた当初は思ったものだ。確かに調度品そのものは高そうだったけど、めぼしい物と言えば数冊の本と、何時の時代の物かよく分からない地図と、随分古ぼけた『アヌハーン聖典』くらいで、後は書き散らしたメモの様な物しかなかった。

 とは言え、本そのものは面白かった。

 何せ正史とは異なる建国史が、書かれていたからだ。

 イスマイル王国正史によれば、イスマイルの建国は今から八三六年前に遡る。

 イスマイル王家の血筋そのものは、『名の秘された皇国』の第五三代イザレス帝まで遡る。

 イザレス帝の第二王子が臣籍降下しイスマイル大公となったのがその始まりである。

 ついでに言えば、アヌハーン神殿の定める血筋ランキングでは、一位を皇統「エス・エイシアン」、二位を皇統の分家筋の「庶王」とし、三位を臣籍降下した皇族の内「大公家」の称号を頂く家柄と定めている。

 さて。

 今から九七三年前、『名の秘された皇国』最後の皇帝が亡くなった時、彼には後を継ぐべき子供がいなかった。何をトチ狂ったのか、皇帝自身が殺しちゃったからだ。

 そこから皇国の滅びが始まる。

 まあ、そういうのは得てしてきっかけでしかないんだけど。

 皇位を争って庶王が戦いを始めちゃったワケ。

 大規模な内乱はそれまでもあったんだけど。

 今度のは、収拾が付かなかった。まあ、ウソかホントか知らないけれど、三千年も大陸を牛耳ってたって話だから、あちこち腐って壊死しちゃってたんだろう。

 ところがイスマイル大公家は、戦乱には参加せず静観を決め込んだ。

 攻められれば火の粉を払う程度の戦いはあったものの、自分達からは仕掛けなかった。

 なぜならば、大公家には「聖地」を守るという重要な任務があったからだ。

 そもそも各大公家は、「聖地」を守るために作られた家柄なのだ。

 戦乱は最初の五十年で全ての庶王が滅び、あとの五十年は混乱を極めた。

 国が興ったと思えばたちまち潰え、人々は支えとなるものを失い疲弊していった。

 そこで、一人の神官がイスマイル大公に進言した。

 どうか、人々の心の支えとなるために、国を興してくださいと。

 大公は言った。

 ――しかし、それでは我らが主家皇国の再興を諦めるという事となる。

 ――大公の皇国を思うお気持ちお察ししますが、ここはどうか人々の安寧ために。

 ――いやいや、そうは言っても、我が大公家が「王」を名乗るのは云々…。

 ――まあまあそう言わずに、神殿も助力を惜しみませんから、ここは一つ…。

 てな感じで綺麗事ぶった薄ら寒い会話が、実際にされたかどうかは定かじゃないんだけれど。

 要するにアヌハーン神教の要請を受けて、皇国暦三二五八年――皇後暦元年、イスマイル王国は建国された。

 らしい。

 アタシに言わせれば、なんちゅう嘘くさい話だってなモンだけど。

 コレを国民の皆さんは信じちゃってんだろうか?

 ぶっちゃけ言って。

 ――大公閣下、皇国も滅んじまったことだし、ここは一つ思い切って国作っちまいませんか?

 ――しかし資金繰りがのう…。

 ――そこはそれ、蛇の道は蛇と申します。

 ――大神官、そちも悪よのう…。

 てな会話があったって言われた方が、よっぽど納得できるんだけど。

 なんて事を思いつつ、アタシは一冊の分厚い本を手に取った。

 印刷技術そのものは皇国時代に既にあったって話だけれど、この本は手書きで、装丁こそされてるものの本というよりはノートに近い。

 最後のページには、日付と著者の名前が記してある。

 皇後暦四七三年ヨグナ-トの月二十日。

 ニルセード=アウレリウス・ロエル・イスマイル・アウラ・サリダ・ハジェク・イス・イスマイル。

 まあ、何時もながらもったいぶった名前だけれど、三六十年前の王位継承権を持つ人間が書いたらしいって事は分かる。

 で、問題の内容だけど。

 正史を真っ向から否定するようなものなのだ。

 しかも神教を痛烈に批判している。

 読んだ時思った。

 コレじゃ幽閉されるわな。

 王位に近い人間がそんな事書いたとなりゃあ、そりゃもう大問題だろう。

 けれどその問題の本が、今回の作戦の要なのだ。

 さて。

 この分厚い本を今は読んでる暇はないから、持って帰るとして。

 他に何か持って帰るべき物がないか探してみる。

 メモの類は、癖のある字が読みづらくて、直ぐには解読できそうにないシロモノだし。

 残るめぼしい物と言えば、地図ぐらいだ。

 一緒に置かれてあるんだから、何らかの関連があるんだとは思うんだけど。

 羊皮紙に描かれたそれを、アタシは注意深く広げる。

 羊皮紙は紙に比べれば丈夫だけど、何せ随分古そうだし、破きでもしたら大変だ。

 史学を専攻する人間としては、古文書の扱いは慎重に、慎重に…。

 む~ん。

 地図にはイスマイルはあるけれど、現在の大国ゴーシェ、ナディシス、エラハルドの名は見当たらない。三つの大国の内一番古いのがエラハルドで建国約三百年だ。てことで、少なくともこの地図は、三百年以上前の物だって事は分かってるんだけど…。

「んん??」

 アタシはある事に気がついて、マジマジと地図を見た。

 リズは去年から地理の勉強を始めた。

 勿論地図を使ってる。

 地図って言っても、山とか川とかがあって、大街道と国境が描かれている程度のもんだ。

 今の世界状況は安定しているとは言え、小競り合いは相変わらず続いている。

 そのため軍事的な理由から、どの国でも自国の詳細な地図は門外不出となっている。

 だからまあ、それだけ書かれていれば、上等な部類に入るんだけど。

 そのリズが教材に使っている地図とこの地図とでは、イスマイルの位置が違うのだ。

 今よりちょっとばかり東にある。

 大昔の地図だから、測量の精度の問題って思うかも知れないけれど。

 まあ確かに、精度っていう点では怪しいとは思うけど。

 この場合、地図の精度は問題じゃない。

 何故なら、イスマイルがあるはずのゲマイシェル高地が、この地図ではイスマイルより西にあるからだ。

 ていうか、今気がついたんだけど。

 イスマイルが「王国レグラード」じゃなくて「大公ラグレード」になっている!?

 ガバリと身を乗り出して、何度も何度も確かめる。

 けれどやっぱり。

 そこにあるのは「大公領」の文字で。

 もしかしてもしかすると、コレ、皇国時代の地図??

 いやいや、まさかまさかまさかまさか。

 正史によれば、イスマイル王家は皇国時代から現在の領土である「聖地」を守護してたって事になっている。

 それが、イスマイル王国建国の何より強い正当性なのだ。

 そして件の本は、それを否定している。

 ひょっとして、この地図が、その論拠になるんじゃねえの??


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