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第三七話 カエルには舌がない場合もあります その2

 相当驚いているのだろう。

 リズの視線が、アタシと四号の間を忙しなく行き交っている。

 大きな瞳は、見開きすぎて今にも零れそうだ。

 そりゃそうだろう。

 この九年間、ケロタン達が鉢合わせる事なんてなかったんだから。

 アタシだって相当驚いている。

 アタシ自身に、自分と対峙する度胸があるって事に。

 だって考えてみて欲しい。

 リズがいる以上、二号のアタシも四号のアタシも、ケロタン仮面を被っていなきゃあならないのだ。

 つまり、自分自身の目の前で演技を披露するって事である。

 鏡の前で一人芝居やるようなもんだ。

 うわぁ。

 何考えてんだ、コイツ。

 てか、アタシか!

 所詮はツッコまれるのもツッコむのも自分なので、空しさばかりがデカくなる。

 けれどやはりツッコまずにはいられない。

 アタシは、ゴクリと唾液もないのに生唾を嚥下した。

 さあ。

 四号に何と声を掛けるべきだろう。

 やあ、ミリー。今日もおめでたいくらいに大きな花がよく似合ってるね?

 おい、バカにしてんのか。

 やあ、ミリー。その毒々しい程色鮮やかなお腹が、今日は一段と輝いてるね?

 なんだそりゃ。

 いかん。どうやっても一人ボケツッコミになってしまう。

 ていうか、目の前の四号が間違いなくアタシなら、てかアタシなんだけど、こんな葛藤も「いつか来た道」なんじゃないだろうか。

 ここはもうレディーファーストで、四号の出方を待つべきだろう。

 てか、四号のアタシ、早く喋れ!

 そんなアタシの心の叫びが聞こえたのか、徐に四号の口が開く。

「リズ、驚いてるわね」

「だって!」

「そうね。驚くのも無理はないわ。今まで私達が並ぶ事はなかったものね」

 四号の言葉にリズがコクリと頷いた。

「なのに、何故?」

 リズの問いかけに、四号は困った様に小さく笑った。

 んだと思う。

 改めて言うまでもないけれど、ケロタンに表情筋はない。

 開閉する口と微妙な角度で、表情を作っているのだ。

 物凄く良く言えば、能面の要領だ。

 夢でこちらに来る様になってから、一年程経った頃だろうか。

 リズが寝入った真夜中に鏡の前で特訓した。

 ふと我に返って、恥ずかしさの余り壁に頭を打ち付けた事も一度や二度じゃない。

 そんな血の滲む様な鍛錬の結果、アタシは能役者の如き演技力を身につけたのだ!

 はずだったのに。

 こうして改めて見ると、ぶっちゃけ言って不気味だ。

 伝統芸能とはほど遠い。

 しかも、口の動きと声とが合っていないから、物凄く作りが雑な人形劇を見てるみたいだ。

 ま、適当に口を開閉させてるだけだから仕方がないんだろうけど。

 リズは良くこんなのと九年間も付き合ってこれたなあと、今更ながら感心する。

 多分、リズにしてみれば物心つく前からケロタンの存在は当たり前になっていて、不気味に思う暇もなかったんだろうけど。

 ハッ!

 ひょっとしてリズが小さい頃よく泣いてたのは、ケロタンの不気味さ故か!?

「ねえ、聞いているの? クリス?」

 アタシが自分の思考に埋没している間に、幾らか話が進んだらしい。

 勿論、思いっきり聞いてない。

 それを誤魔化すために、ついつい二号が出てしまった。

「ああ、済まないね、シエラータ。二人が並んでいる様が余りに美しくて見とれていたよ」

 言った側から、羞恥心が込み上げてくる。

 シエラータってのは、「シエル」の複数形で「レディ達」って意味である。

 二号の台詞としては控えめな方だけど、自分に言っていると思うとどうにも居たたまれない。

「つまり、聞いてなかったのね…」

 ため息混じりにそう言う四号は、ダメな子を見る様な眼差しでこちらを見た。

「アンドリューならともかく、貴方が女性の話を聞かないなんて…。それ程までに気がかりなのね」

 何が?

 とは訊けなかった。

 雰囲気的に。

「ねえ、リズ。これで分かったでしょう?」

 言い含める様な四号の問いかけに、リズがコクリと頷いた。

 そんなリズに四号はいい子だとばかりに、チュッと頬にキスをする。

 いや、顔面押しつけてるだけだけどさ。

 何て言うか。

 四号のアタシには、演技に躊躇いがない。

 一体何処にどうやって、この羞恥心を捨ててきたんだろう。

 二号から四号に移る間に、一体アタシに何が!?

「だからクリス」

「は、はいぃ?」

 またしても自分の思考に埋没しそうになっていたアタシは、突然呼ばれて思わず声が上擦ってしまった。

 それにリズが一瞬目を見開いて、クスクスと笑い出す。

「やだ。クリス。ミリーに叱られてるみたい」

 リズの鈴を転がす様な笑い声に、アタシは己を取り戻す。

 てか、二号のキャラを、なんだけど。

 そうだ。

 アタシの相手は自分じゃない。

 あくまでもリズなのだ。

 リズの前で、キャラを崩すなんて言語道断だ!

 アタシはリズの顎にそっと指を添えて、クイッと顔を上げさせる。

「そうじゃないよ、子リスちゃん。男というものは、何時だって女性には弱いものさ」

 リズが見てない事をいい事に、視界の端で四号が、四号にあるまじき砂でも吐き出しそうな顔をする。

 舌があったら、確実にデロンと出してることだろう。

 ふふん。気持ち悪かろう。アタシはもっと気持ち悪い!

「それにね。僕は女性に叱られる事が嫌いじゃない」

「叱られるのはイヤだわ」

「ふふ。子リスちゃん。君はまだネンネだから分かるまいがね。女性が男を叱るのは、そこに愛があるからさ」

 アタシはそう言って、リズの顔を四号に向ける。

 そりゃ勿論、四号のアタシを素の状態で居られなくするためだ。

 さあ! アタシよ! 四号として振る舞え!

「そうなの? ミリー?」

「………そうね。クリスは弟みたいなものだから、とても大切に思っているわ」

 ちっ。

 兄弟愛に逃げやがったか。

「弟だから大切なの?」

 あ、いっか~ん!

 リズには異母兄弟達との面識は皆無に近い。

 唯一会った事があるのが、現国王の長兄だけだ。

 そんなリズには、兄弟愛がピンと来ないに違いない。

「いいえ。そうじゃないわ。大切だから弟みたいに思うのよ」

「恋人じゃなく?」

「ふふ。クリスとの恋愛は、私には無理よ」

 そりゃそうだ。

 自分自身と恋愛するのは重度のナルシストしかありえない。

 くっそう。

 四号は設定がまともな分、言葉のミスチョイスさえ、まっとうな言葉で逃げられるのか!

 というか、四号を困らせたところで、結局困るのは未来のアタシだ。

 その事に気がついて、アタシはがっくりと肩を落とした。

「あら、どうしたの? クリス」

 四号の気遣う様な声に、全部分かってんだろうがぁあ! と叫びたいのを押さえ込みつつアタシは言った。

「酷いよ、ミリー。僕の愛は兄弟愛だとか家族愛だとか、そんな風に分類できるものじゃない。もっと大きなものなんだ」

「それは何? いいえ、言わなくてもいいわ」

「いいや! 言わせてくれ! 僕の愛はね! 世界愛さ!」

 正直に言おう。

 アタシはこのとき自棄になっていた。

 後に、四号となったアタシは、甚だしい後悔に苛まれるわけだけど。

 この時のアタシには、それと気がついていても、ザマーミロとしか思わなかったに違いない。

 我ながら、その愚かさに辟易する。

 けれどそれもこれも、後の祭りってヤツである。

「けれど僕は懺悔しなければならない!」

「懺悔?」

「ああ、子リスちゃん。何故なら僕は世界を愛すると言いながら、その実三分の二しか愛せないのだから」

「三分の二?」

「そう。僕は女性しか愛せないからさ」

「三分の二が女の子なの?」

「数えた事はないけどね。多分そのくらいだ」

 一般的に雌雄の比率は一対一と言われているけど、は虫類なんかだと卵の時の温度差で雌雄が決まるし、蟻や蜂に関しては比べるまでもなく雌が断然多い。

「何せ生物の基本は女性だからね。ま、僕としては僕以外の雄は死滅しても一向に支障はないけど。でもそれだと比較対象がないから、僕の素晴らしさが十分に理解されないかもしれない。いいかい、子リスちゃん。物事の価値というのは、相対的なものなんだよ」

 アタシの長台詞を、リズはキョトン顔で聞いていた。

 四号はアタシを生温い目で見ていたけれど、堅く握った拳がプルプルと震えてた。

 きっと身悶えたいのを我慢しているのに違いない。

 何せアタシだ。気持ちは分かる。

 つまりそれは、間もなくアタシが経験するってことである。

 ………やっぱり止せばよかったか。

 アタシの反省は、けれど、長くは続かなかった。

「それじゃあ、英霊が、女性である事を祈るわ」

 四号は突き放す様にそう言って、何かを手渡してきた。

 英霊って、なんじゃそりゃ。

 と聞く前に、渡されたそれに目を見張る。

 受け取ったのは、水時計だった。

 形も使い方も砂時計と殆ど同じだけど、中には砂じゃなくて水が入っている。

 正確には水じゃなくて、粘度の高い液体だ。

 水時計自体は一般的な物だけど、渡されたそれは中の液体が、一体何で着色してるのか濃い紫色をしている。飲めば確実に死にそうな色だけど、聖者しか持てない代物だ。

 更には土台の部分が銀で出来ていて、ご丁寧にも宝石までくっついている。

 宝石には詳しくないから定かじゃないけど、紫とピンクの石は、アメジストとローズクォーツじゃないかと思う。

 宝石には精霊が宿ると信じられているから、お守り的な意味合いがあるんだろう。

 はっきり言って綺麗である。

 けれど。

 しがない庶民は思うのだ。

 きっちり一時間(ジナス)(地球時間で九十分)しか計れない、ぶっちゃけキッチンタイマーよりも使えない代物に、何てことをしてくれてんだ。

 これは所謂アレだろうか。

 無駄こそが贅沢というブルジョワジー的な何か。

 きっと無くした日にゃあ、エライ騒ぎになるだろう。

 なんじゃこりゃあ! テメェどういう了見でこんなもん渡してんだよぉ!

 アタシは心の叫びを二号の言葉に変換した。

「こんな大事な物、幾ら僕への愛故であっても、貰えやしないよ」

 すると四号は、ニッコリと笑って言った。

「あげる訳じゃないわ。預けるだけよ。これはいわばお守りね。この前みたいに、フラフラと遊びに行かないようにね」

「遊びに行ってたわけじゃない。愛の逃避行さ」

 アタシはキラリンッと歯を輝かせるけど、当然ながら四号相手には通じない。

「あらそう。それは凄い冒険ねぇ」

 か、軽くあしらわれた!

 自分自身に!

 ショックを受けていると、あれよあれよという間にポイッとウォークイングシューズクローゼットに放り込まれた。

「水が二度落ち切る前に、必ず帰ってるのよ」

 その言葉に振り返ると、四号が四号にあるまじき鬼の様な形相をしていた。

「ヒッ!」

 四号はアタシの悲鳴にニヤリと笑うと、パタリと扉を閉めた。

 自分自身を威嚇してどうする…。

 我ながら余りの恐ろしさに気を取られて、部屋の片隅で五号がのっそりと身じろぎした事に、アタシは全く気がつかなかった。


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