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第三五話 カエルは意外と毒性が強いです その4

 その薄暗い空間には、アディーリアとアタシと何時まで経っても欠けない月と。

 時々流れる星と。

 アディーリアは相変わらず高飛車な事ばかり言って。

 アタシもアタシで何時も殆ど同じ言葉を返してた。

 たった三歳でお母さんが死んじゃったそのお姫様は、確かに可哀想かもしれないけど。食べる物にも着る物にも困らない。大切に育てられる事は間違いない。おまけに父親は生きている。世の中にはもっとずっと悲惨で可愛そうな子なんて沢山いる。アタシには、その子にだけ同情しなきゃいけない理由がない。

 それから、また幾つか星が流れて。

 不意にアディーリアが静かな声で言ったのだ。

「だって貴女、――――でしょう?」

 その言葉があんまりにも自然に、ストンと心に落ちてきたから。

 アタシはアディーリアと契約した。











 アタシはビクリとなって目が覚めた。

 見慣れない天井に一瞬ドキリとしたけれど、廊下の明かりが透けるドアに病院だったと思い出す。

 夢を見た。

 昔見た夢を夢で見るってのも妙な話だけど、見ちゃったモンは仕方がない。

 アタシは気怠い体を起こして、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 キュッとキャップを捻って、水を飲む。

「どした?」

 不意に声が掛かって振り返ると、恵美が付き添い用の簡易ベッドからこちらを見ていた。

「眠れねえの?」

「いや、寝てたんだけど、目が覚めた」

「ふ~ん」

 恵美はそれだけ言って、またモゾモゾと布団の中に潜っていった。

 あれから恵美は一度悄気返る瞬市さんを連れて家に戻って、また病院にやって来た。

 お泊まりセットを携えて。

 遠藤医師の話では、夕べも泊まったらしい。

 身内が側にいない分、こういう時の恵美の存在は心強いと思う。

 瞬市さんにしたって、入院の手続きなんか全部やってくれたわけだし。

 何かお礼しなくちゃな。

 恵美には何か食い物奢る事にして、瞬市さんには、そうだなあ、恵美の隠し撮り写真でもやっとくか。

 アタシは飲みかけのペットボトルを冷蔵庫にしまって、もう一度布団を被った。

 正直言って、最初は寝るのが怖かった。

 また昏睡なんて騒ぎになったらどうしよう、ってのが心配だった。

 でも恵美の寝息を聞いていると、どうにかなるかもって思えてくるから不思議だ。

 その恵美の言葉を思い出す。

 ――よく考えてみなよ。アンタ、死人と交信してんだよ?

 アタシの昏睡の原因がアディーリアじゃないのかと言った恵美は、更に続けてそう言った。

 アタシは恐山のイタコか!

 というアタシのツッコミは、残念ながら不発に終わった。

 ――てか、電波?

 アタシは余りのショックに絶句した。

 そんなアタシに追い打ちを掛ける様に恵美は言った。

 ――金星人と交信するときは、是非招待してくれタマエ。

 ――いや、しないから。てかできないから。

 ――じゃあ、アンドロメダ星人と…。

 ――もっとできないから!

 何度思い返しても、不毛な会話だ。

 そもそも死人死人というけれど、全ては夢の話だ。

 アタシは天井をジッと見た。

 別にそこに何かがあるってワケじゃないけど。

 ジッと見てたら、何かが見えてくるかもしれない。

 なんてね。

 九年前も、こんな風に夜中に天井を見上げていたと思い出す。

 あの時、アタシは約二週間「昏睡」状態だった。

 らしい。

 というのも、アタシにはその自覚がないからだ。

 現実には、指一本動かせず瞬き一つできなかったけど。

 アタシにしてみれば、ちゃんと意識はあったし。

 繰り返し訪れるアディーリアを、一体どうやって撃退しようかと頭を悩ませていた。

 けれど、その実、アタシはアディーリアが来るのを待ってもいた。

 アディーリアがいないと、声が聞こえたから。

 それが妄想だったのか、現実のものだったのかは分からないけど。

 ――可哀想に、まだ小さいのに。

 ――命に別状はありません。

 ――どうして目覚めない?

 ――大丈夫ですよ、きっと。

 ――本当に、目は覚めるの?

 ――誰が引き取るの?

 ――覚悟しておいてください。

 知ってる声と知らない声と。

 やがて声は少なくなって。

 何時の頃からか、女の人にしては低めの声ばかりが聞こえるようになった。

 ああ、本当に。

 あれもこれも所詮は夢だ。

 夢なんだから「何でもアリ」だ。

 一生懸命考えるのは楽しいけれど、真剣に捉えるのはバカらしい。

 けれど多分、それじゃあもうダメなんだ。

 こうして現実に支障が出てきてる以上、アタシは考えなきゃいけないんだろう。

 アタシは目を閉じて、記憶の糸を手繰る。

 アディーリアとの最初の出会いのその時を。











 その時アタシは薄暗い空間にいた。

 一体何時からそこにいるのか分からなかったけど。

 頭上にはまん丸い月があって、時々思い出したみたいに星が流れてた。

 アタシはそれを夢だと思った。

 夢を見ているという自覚がある夢を見たのは、その時が初めてだった。

 そもそも、人は夢の中で夢を見ているという自覚はないものらしい。

 夢を見ている間は、夢こそが現実なのだ。

 けれど、アタシにはそこが夢の中だという確信があった。

 また幾つか星が流れて。

 アタシは周囲を見回したけど、相変わらず何もなく。

 ポツンと佇むアタシの足下には、影すらもなかった。

 どれくらいそうしていたのか。

 流れる星を数えるのにも飽きた頃。

 ふと気がついたら、目の前に紫の髪をした絶世の美女が立っていた。

 紫の髪って、アニメかよっ。

 なんて、内心で自分にツッコんだことは言わずもがなだ。

 アタシだって子供らしくアニメは好きだった。

 けれど、不思議な髪色のキャラクターに特に惹かれるって事はなかった。

 美容院に行って染めて貰うとき、何て言って染めて貰うんだろう?

 とか。

 あの髪の量じゃあ、時間掛かりそうだな。

 とか。

 考える事はあったけど。

 というのもウチの母親が、そういう事を言う人間だったのだ。

 あのコスチュームはお手製だから、ヒロインになりたきゃ裁縫習え。

 なんて事も言ってた様な気がする。

 料理は好きだけど裁縫は嫌いだったアタシは、早々にヒロインになることを諦めた。

 てことでもなかったけれど。

 アタシは自分が性格的にヒロインには向いていないという事は、随分早くから気がついていた。

 何の羞恥心もなくあんなポーズができるヒロインは勇者だと。

 アタシと母親の一致した意見だった。

 因みに父親は、何の羞恥心もなく仮面ラ○ダーの変身ポーズができる人間だった。

 けれど娘と妻の理解と尊敬は、得られなかった。

 そんなことをボ~~ッと美女を見ながら思い出してたら。

「漸く見つけたわよ!」

 美女はアタシをビシッと指差して言った。

 てか、さっきから目の前に居ましたが?

 と言う前に、美女は言った。

「神妙にアタシの願いを叶えなさい!」

「意味分かんないから」










 アタシはパチリと目を空けた。

 ホント、ロクな出会いじゃないな。

 しみじみと思う。

 王女で王妃で美女で聖者なんだから、まあ、高飛車にもなるんだろうけど。

 必死だったってことを差し引いても、アディーリアのそれは、人にものを頼む態度じゃなかった。

 アタシはゴロリと寝返りを打って、恵美の方を向いた。

 恵美は、真夏だって言うのに頭までスッポリ布団を被ってる。

 まあ空調が効いてるから、暑いってこともないけれど。

 収まりきらない長い髪がシーツの上をうねってるのが、ちょっと怖い。

 高感度のカメラがあれば撮って、瞬市さんにあげたいくらいだ。

 けれど、瞬市さんの事だから、ひょっとしたらこの手の写真なんかは既に持っているかもしれない。

 恐るべし、変態シスコン

 なんて事を思いつつ、アタシの思考は記憶の海を漂い出す。










 あんまりにも暇だから、そしてあんまりにもしつこいから。

 話くらいは聞いてやっても良いと言うと。

 アディーリアは早速話し始めた。

 愛しい国王との出会いから。

「あれは花の咲き乱れるイーリアスの月の事だったわ。私が愛しいあの方との運命の出会いをしたのは」

「ちょっと待て。アンタの子供の話じゃないの?」

「あの子は、私とあの方との愛の結晶ですもの。その生命の根源を辿るのは重要じゃなくって?」

「それはいい」

「何故?」

 アディーリアは片眉を上げて言った。

 その仕草が物凄く不機嫌そうだったので、面倒臭い事になりそうだからと、

「興味ないから」

 と正直には言わずに、

「後からゆっくり聞くから」

 とお茶を濁した。

 アディーリアは少し考えてから、

「まあいいわ」

 と肩を竦めて言った。

「よく考えれば、何処の馬の骨とも分からない様な子供に、軽々しく話して聞かせていい話じゃないものね」

「その何処の馬の骨とも分からないガキに、大切な愛の結晶の事を頼もうとしてんのは何処の誰だよっ」

「仕方がないわ。今私の目の前には貴女しかいないんだもの」

「もう、アンタさっさと死ねば」

「おバかさんね! 私ならもう死んでるわ! オ~ホッホッホッホ!」

「ジョーブツしろって言ってんの」

「まあっ。思いやりのない子ね! 私を可哀想だと思わないの!?」

「可哀想なのはアタシの方っ。変な女に絡まれてさっ」

「ふんっ、良い事? 貴女が私の話を聞き入れない限りは、何が何でも離さなくってよっ」

「呪いかっ」









 なんちゅう会話だ。

 自分がアレをやったんだと思うと、何だか悲しくなってくる。

 その後も、奇妙なカエルのぬいぐるみを見せられた時や、それが五体もあるなんて事を聞かされた時には、やっぱり不毛な言い合いをした。

 ――なんでカエルなわけ??

 ――カエルは出産の象徴じゃない。

 向こうでは、産婆さんの家には目印としてカエルの看板が掛かっているらしい。

 ――もう産んじゃってるじゃんっ。

 ――そうだけど~。でもでも、可愛いからいいじゃないっ。

 ――本当の理由はそっちか!

 どうやらアディーリアは熱烈なカエル愛好家だったらしい。

 ――じゃあなんで五つもあんの??

 ――う~ん、五人捕まえようと思ったから?

 ――じゃあ、今何人目?

 ――貴女が最初で、多分最後ね。

 ――全然足りないじゃん!

 ――そうなのよね~。だから貴女が、一人五役?

 ――もっとちゃんと計画的に死になよ!

 ――計画したわよっ! けど世の中思い通りにならない事だってあるのよ!

 ――そ、そりゃそうだけど…。

 ――私は死んで、つくづくとその事を知ったのよ。

 ――死んでからかよ!

 アディーリアは長患いで亡くなったと言うけれど、そんなことも感じさせないくらい彼女は夢の中で生き生きと威張り散らしていた。

 アディーリアの言う事は、正直人としてどうかと思う事も多いけど、彼女の生命力には惹かれずにはいられなかった。

 だから多分、アタシはアディーリアの言葉に頷いたのだ。











 だって貴女、











 生きたいでしょう?




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