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第二話 カエルは脊椎動物ですが

 現実で三日しか経ってなくっても、夢の中じゃあ一ヶ月たってたり。

 現実で一ヶ月経ってても、夢の中じゃあ三日も経ってなかったり。

 或いは全く時間差がなかったり。

 そのくせ振り返ってみると、現実も夢の世界も経ってる月日は九年だ。

 夢の世界と現実の時間的相関関係は、未だもって皆目不明。

 でも九年間のキャリアは伊達じゃない。翌日が三日後でも今更気にしたりなんかしない。

 だからこそ、タイムラグを予想して、あのヤロウ共に返しておくように言っておいたのだ。わざわざリズのことを持ち出したのだって、王女縁のモノなら、どんな不審者ならぬ不審物だって、無体な扱いはしないと慮ってのことだ。

 ふふん、アタシにだってそれくらいの配慮はできるのだ。

 なのに。

 三日経ってもケロタン二号が戻って来ていないってっ。

 お陰で、リズがこんなに泣いてんじゃねぇかっ。

「で、この三日間誰からも何もクリスのことで言ってこなかったのね?」

 ひとしきり泣いて落ち着いたリズに、アタシは訊いてみる。

 クリスというのは、例の青いカエル、ケロタン二号のことだ。

 クリストファル・ウディノ・ケロタウロス。

 青いカエル、ケロタン二号の正式名だ。

 何度聞いても、馴染めない仰々しい名前だが、制作者である王妃の命名だ。

 しかも遺言で。

 遺言ってヤツにはYO! もっと他に書くことあるだろうYO!

 と思うのは、アタシだけじゃあないハズだ。

 アタシの言葉に、リズがコクンと頷いた。

 頷いた拍子でか、大きな瞳にまた涙がジワリと滲んでくる。

 アタシはリズの頭を抱きしめて、その艶やかな紫色の髪をなでた。

 そのお返しとばかりに、リズもアタシを抱きしめてくる。

 強く強く。

 正直な話、脊椎が折れても不思議がない程エビ反り状態だけど、幸いなことに、この体には脊椎はない。

 脊椎がないのに、なんで立っているんだとかいう疑問は、もう今更だろう。

 ついでに言うなら痛覚もない。

 触覚はあるし、くすぐったかったりはするけれど、どうやらこの体はアタシに肉体的不快感を与えないようにできているんじゃないかと思う。でなければ、リズの相手はムリだったろう。目ん玉ひっつかまれて引きずりまわされたり、首を絞めんばかりにリボンを結ばれたり、足つかまれて振り回された揚句に壁に激突させられたり…。

 うん。幼児ってのは、力加減を知らないものだ。

 そのリズも、今では十二歳。

 母親譲りの美貌は磨きがかかり、この年ですでに傾城もかくやとばかりの美少女っぷりである。

 天然名古屋巻きの紫の髪に、カラコンなんか踏みつぶしてしまえ! とばかりに美しい紫水晶の眼。バラ色のほほに陰を落とす長い睫は、付け睫毛なんかちゃんちゃらおかしいわと言わんばかり。小さな唇は、グロスをつけなくてもプルンプルンのラズベリーピンク。こんな色をアタシが付けたら、ヒト食ってきたのかと疑われそうだ。

 涙ダーダーだろうが鼻水ダラダラだろうが、アタシの王女様は今日も可愛い。

「ミリー。クリス、どこいっちゃったの? もう帰ってこないの?」

 可愛いリズが、アタシに可愛く尋ねてくる。

 ミリーってのは、今日の装いのことだ。通称ケロタン四号。正式名ミリュリアナ・アシェス・ケロタウロスは、毒々しいくらい鮮やかなオレンジの腹とおめでたい程デカイ頭の花がチャームポイントの緑のカエルである。

「クリスが帰ってこないなんてありえないわよ。きっと迷子になっちゃってると思うの」

 ミリーはちょっと内気な女の子。詩集とお花が大好きで、趣味はお裁縫の優しいお姉さんキャラである。

 現実のアタシにはないキャラだけど、リズのためにアタシは精いっぱいミリーを演じる。

「クリスはね、リズが大好きよ。でも冒険も好きよね?」

「うん」

「だから今回は、ちょっと遠くに行きすぎて、帰り道が分からなくなっちゃったのね。仕方ない子だわ」

「クリス、帰ってくる?」

「もちろん、帰ってくるわ。帰ってこないわけがないもの」

 アタシがケロタン二号、即ちクリスの中に「降り」れば、そのままスタコラサッサと戻ってくることができるんだけど。

 残念なことに、アタシには、アタシがその日入るカエルは選べない。

 いつどのカエルに入るのか、法則性があるのかどうかも、未だ不明だ。

 下手したら、何ヶ月も入んないときもある。

 確かに昨日、この世界では三日前、アタシはちょっとばかり羽目を外した。引き返すべきところで、引き返さなかった。

 だから、あんな連中に追いかけまわされたり、ケロタン二号を置いてきぼりにしてしまったり、てなことになってしまったわけだけど。

 なんだって、あの連中は、一言も何も言ってこないんだろう?

 この不審物はこちらの王女の所有物でしょうか? てな事くらい訊いてくりゃいいのにさ。

 アタシは、腹の中で例の無駄にイケメンな男どもに腹を立てつつ、にっこりと笑って言った。

「だからね、帰ってきたら、こっぴどく叱って、それからたくさんのお土産話を聞きましょう」

 まあ、ぬいぐるみに表情なんかないんだけれど。

 そもそもカエル自体に表情なんかないんだけれども。

 それでも笑うってのが、女の心意気ってヤツじゃねえ? 

「冒険話?」

 アタシの言葉に、リズの表情が少しだけ明るくなる。

 王女であるリズは、成人するまでは後宮をでることはない。

 おまけにリズの住むレゼル宮は、後宮の中でも一番奥まった場所にある。

 もちろんリズは女官や侍女にかしずかれて大切に育てられているけれど、後宮の勢力関係の都合ってヤツなんだろう、訪れる人間はほとんどいない。リズの父親である先王と、教育係の神官、それから侍医くらいのものだ。その中で、男は父親だけ。もちろん後宮なんだから、王様以外の男が出入りできるわけもないんだろうけど。その先王も半年前に亡くなってしまった。

 だから、リズの世界はとても狭い。

 そんなリズのために、アタシは「男の子」のときは秘密の通路を使って「冒険」に出るのである。ま、やむを得ない時は「女の子」でも出かけるけどね。

 幼いリズが眠った後物凄く暇だからとか、そういうことはないこともない、こともない。ということにしておいてくれたまえ。

「ええ。きっと、沢山の冒険話を持ち帰ってくるわ」

 そう。

 金髪の騎士に剣で切り付けられかかった話だとか、茶髪フェロモン男に言葉攻めされた話だとか、マッドなメガネに解剖されかかった話だとか、黒髪腹黒に燃やされそうになった話だとか、濃紺鉄面皮に頭つぶされかかった話だとか。

 次までに、リズが喜ぶよう楽しめるよう話を練っておこう。

 そのときのアタシには、とんでもないオオゴトになっているなんてことは、思いもよらなかった。

 ちょっとばかし不気味なカエルのぬいぐるみが一つ見あたらないってだけの話。

 それが何をどうやったら政治問題にまで発展するのか。

 アタシには、全然全く分からない。


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