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  挿話 耳に残るはカエルの歌声

「あ~~~~っはっはっはっは、い~~~~ひっひっひっひっ、ひゃ~~~はっはっはっはっはっはっ」

 世界で最も天に近い城とされるイスマイル王城。

 清澄な朝日を受けて輝く黄金の意匠を纏う白亜の城に、盛大な笑い声が響き渡る。

「え~~~~~へっへっへっ、にょ~~~~ほっほっほっ、だ~~~~はっはっはっはっ」

 一体何の鳴き声だ? と思わず問い質したくなる笑い声の発信源は、王太子の住まうエルハラ宮。

 その一室で、朝早くに叩き起こされたためか普段よりも二・三倍(自社比)鳥の巣がかった銀色の癖毛を威勢良く跳ねさせた国王侍医が、希有な紫の瞳に涙すら浮かべて爆笑していた。

「あっはっはっはっはっ! 全く可笑しいね! そろいも揃って君らがさ!!」

 やや薬品で荒れた指が、不躾な子供の様に指し示す先には。

「いい加減そのバカ笑いを止めろっ」

 唸る様にそう言って、ギリギリと奥歯を噛みしめる第一近衛隊隊長。

「いやはや、私としたことが、しくじりました」

 穏やかに微笑みながらドス黒いオーラを垂れ流すのは王佐。

 その隣では。

「あんのカエル、巫山戯た事しやがって! 絶対今度会ったら串刺しだ!!」

 第一近衛隊副隊長が、いつもの飄々とした薄笑いの仮面を何処へやってしまったのか、辺り構わず怒鳴り散らす。

 そして、本来ならば彼らのまとめ役でもある宰相はと言えば。

「……………こんなに顔を擦りむいたのは生まれて初めてだ」

 などと、何故か酷く感慨深げに呟いていた。

 彼らは揃いも揃って女性達が憧れて止まない秀麗な美貌に、派手な擦り傷を作っていた。

 しかもそれだけではない。

 彼らの顔には、べったりと黒いインクで何やら文字が書かれている。

 彼らが正しい順番で並べばちゃんとした一つの詩として読めるのだが、彼らはそれを拒絶するようにバラバラに立っていた。

 お陰で彼らは単に悪戯書きをされた人間にしか見えないのだが、今の彼らにはその事に気づく余裕は無かった。

「あ、朝っぱらから、へへへ陛下に叩きお、起こされて、な、何事かと思って、かかか駆けつけてっみったらっっ」

 国王侍医は笑いを堪えながら何事かを伝えようとするものの。

「ひ~~~~っ。わ、笑いすぎて、て、手が震えるっ。じ、字が書けないよ~~~~っ、ひゃはははははははは!!」

 シャルルートは、国王より直々に、彼らの顔に書かれた文字を書き留める様に命じられたのだが。

 彼の手元からは、ミミズがのたくる様な歪んだ線が延々と生み出されてゆくだけである。

 天才的な頭脳の持ち主である彼が、この様な事態を予測できなかったはずもなく。

 彼は、出来そうもないと国王陛下に一旦は断りを入れたのだが。

「私には、大切な家臣を延々と笑い続けることに良心の呵責を感じる故に、無理だ」

 かといって、この様な有様の彼らを余人の目に晒す訳にもいかない。

 そう言って、国王カウゼル四世は、ヒクつく口元を隠しながら去っていった。

 忠実なる家臣である彼らが、その後ろ姿に感動するよりショックを受けたのは言うまでもない。

 そして彼らに残されたのは、バカ笑いを止めようともしない国王侍医だけとなった。












 どうにか文字を写し終えた後、彼ら四人は顔を洗ってさっぱりとした。

 気分の方も違う意味でさっぱりだったが、それを口にしたら最後、目の前でキラキラと子供の様に目を輝かせている国王侍医に、何を言われるのか分かったものではなかった。

 国王侍医が無垢な子供の様な目をしている時は要注意だ。

 何故なら彼は間違いなく、無責任に面白がっているだけだからだ。

「へっへ~ん。僕を連れていかないから、こんな事になるんだよ?」

 救急箱から消毒液を取り出しながら、やたらと楽しげに国王侍医が言う。

「お前が自分から行かないと言ったんだろうがっ」

 容赦なく睨み付けるオーランドの怒気を含んだ口調に、シャルルートはしかし、肩を竦めただけだった。

「だあって、イシュ・メリグリニーア辺りに『隠し扉の在処は?』な~んて訊かれたら、ぺらぺら喋っちゃうでしょ。だからね、僕は知らないのに限るのさ。僕だって、イロイロ気を遣ってんだから」

 幼い頃から「聖者」として神殿で育てられた彼は、教育という名の洗脳の下、恩義という名の刷り込みで、神殿に逆らえないように育てられた。殆どの聖者がそうであるため彼が特別というわけではないが、ただ彼が他の聖者と異なるのは、そのことを十二分に自覚しているということだ。

「黙っていれば分からないでしょうに」

 ナジャの呆れたような言葉に、

「ダメダメ。そんなことをしたら精神的な負荷が掛かっちゃって、下手したら発狂しちゃうから」

 シャルルートは何処までも軽い口調で言うが、そこに強い暗示の存在が垣間見える。

 神殿のやり口の汚さに、職業柄人間の闇の部分を嫌という程見てきた彼らですら、嫌気がさす程だ。

「天才の僕が発狂なんかしちゃったら、世界の損失だよ。間違いなく文明の発達が千年分は遅れちゃうね~」

 千年と随分大きく出たものだが、実際に彼がいなければ、幾つかの難病の特効薬は作られておらず、多くの命が失われた事だろう。

 彼は確かに、優秀なのだ。

 例え人間性に問題があろうとも。

「まあ、僕は訊かれれば答えるけど、訊かれなければ答えない。『ケロタウロス殿は地下通路にどのような記号を書いていましたか?』なんて訊かれない限り、答えやしないよ」

 そう言って国王侍医は、空いている片手で紙束をパラパラと捲る。

 一度使った紙を漉き直して作られた紙は薄墨色で、そこには彼らが地下通路で見つけた意味不明の記号が書き写されている。

 本来ならばシャルルートに任せるべきではないのだが、謎の記号を解読できるとすれば、彼以外にいないというのが現状だ。

 何故なら彼には、十歳にしてそれまで謎とされていた古代ローダス文字を、見事解読した実績があるからだ。

 恐らくそれらの記号は、あのカエル達の正体について知る手がかりとなるだろう。

 化け物か、悪霊か、或いは他のモノなのか。

 未だに布製のカエルが生きているかのように動くということを受け入れられずにいるが、目の前で起こった事実は否定しようがない。

「問題は、定型詩クレアリートの方だが…」

「そっちは、君らの方でどうにかしなよ。文学は僕の専門じゃないし。文学博士のリオラード教授に助言を請うといい。彼は古文体の権威だから、きっと隠された意味も読み取れるだろうね」

 シャルルートの珍しくもまともな助言に、宰相達は素直に頷く。

 そんな風にしていると、実は彼がこの中で一番年長だということを思い出す。

 恐らく彼の知性を以てすれば、定型詩の解読など大した仕事ではないだろう。

 しかしそれをしないのは、その内容が神殿側に漏れるのを懸念してのことだろう。

 シャルルートは分別のない人間の様で、実際分別は皆無だが、神殿よりは自分たちの方に情の様なものを感じてくれている事は明らかだった。

 そのくせ、彼の二面性を利用していると十二分に自覚のある自分たちには、彼に完全にこちら側に来いとも言えない。

 けれども、決して短くはない付き合いで、言ってしまいたい衝動に駆られたこともある。

 利用されたままでいいのかと。

 けれど、彼はヘラリと笑って答えるだろう。

 利用しているのは自分の方だと。

 そして、それも彼にとっては真実なのだろう。

 年を経る毎に、距離が近くなる程に、言えない事が増えていく。

 ――神殿はイスマイルの解体など瞬く間に終えるでしょうね。

 緑のカエルが何気なく言った一言を、シャルルートには伝えていない。

 神殿に属する彼になら、この言葉の意味も分かるかも知れないが、彼に訊ねるということは即ち神殿側に情報を与えるということだからだ。

 そして恐らく彼とて、自分にもたらされない情報があることを承知している。

「で、頭打ったって聞いたけど、目眩や吐き気はない?」

 不意にシャルルートが医者の顔になって言う。

「それはないな」

「ありません」

「ない」

「ねえな」

「ふ~ん。でも念のために、今日一日は激しい運動は控えてね」

「分かった」

「承知しました」

「うむ」

「りょーかい」

「あと、顔に傷があるから、お化粧はしないように」

「「「「何の話だ!」」」」

「え~、ノリ悪いなあ」

「ったく、ちょっとまともな事言ったと思えば」

「僕はいつでもまともです~」

 シャルルートはそう言って、利かん気のない子供の様に唇を尖らせた。

 シャルルートの内面が気がかりなのは事実だが、このしゃべり方に腹が立つのも事実である。

「お前ね」

「バカか」

「子供か」

「アホウですか」

 苛立ちを隠すことなく、顔を顰める。

 整った顔立ちの人間がそんな表情をすると、並みの人間よりも遙かに迫力がある。

 それが本来の姿だったなら。

「ぷっ」

 険しい表情を浮かべる擦り傷だらけの顔に、国王侍医は逆にまた笑いが込み上げてきたらしい。

「ぷははははははははっ! も、もう勘弁して~~っ、ひ~~~~ひっひっひっ、わ、笑い死ぬ~~~~っ。あ~~~~~っはっはっはっは! い~~ひっひっひっひっ! ひゃ~~~はっはっはっはっ!」

 恐らく、せめて治療中はと我慢していた反動だろう。

 何時までも止まない笑い声に、痺れを切らした宰相が、その秀麗な顔をピクリとも動かさずに王佐を呼んだ。

「ナジャ」

「はい」

「投げるぞ」

「是非」

 その短い会話が何を示しているのか、近衛隊の二人には分からなかったが、しかしそれも直ぐに悟ることとなる。

 バキッ。

「あがっ!!」

 ガタ――ン!

 宰相がどこからともなく取り出した本がシャルルートの頭を直撃し、彼の体は椅子ごと床に倒れた。

「約束通り予告はしたぞ」

 宰相の言葉に、王佐は頷きながら答えた。

「はい、確かに承りました」

 宰相はつい先日、運動神経の鈍いシャルルートにモノを投げつけるのは予告してからと、王佐に約束したばかりだった。

 それは本来ならば「シャルルートに」予告するという内容だったはずだが、賢明な王佐はそれについては敢えて指摘しなかった。

 その朝、エルハラ宮に国王の体調不良のため急遽呼び出されたはず国王侍医が、何故か担架に乗せられて運び出される姿があったとかなかったとか。



副題の元ネタは映画『耳に残るは君の歌声』です。

勿論この話とは全く関係ありませんが、切ない話という点では似ています(笑)。


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