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第三十話 カエルの鼓膜は剥き出しです その2

「いたんだ」

 カエル共。

 アタシの声に答える様にカエルが鳴いた。

「オゲゲゲゲェ」

「ゲコゲコゲコッ」

「キュルキュルキュルルルッ」

「ケロ、ケロケロケロロ」

「…………」

 何やら非難がましく聞こえるのは、きっと気のせいに違いない。

 所詮人間でしかないアタシには、カエル語を理解する日は来ないだろう。

「ゴメン、アタシには種の壁を乗り越えられそうもないわ」

 ご都合主義的翻訳機能すら越えられないものを、一介の小娘が越えられるとは思わない。

 てかぶっちゃけ言って、越えたくもない。

 それでも、一生懸命何事かを訴える様に鳴いている彼らに、酷く申し訳ない様な気がしないでもない事もない様な気がしないでもなかった。

 ………自分で言ってて何だが、結局どっちなのか分からない。

「貴女、一体何の話をしてるのよ」

 戸惑うようなアディーリアの問いに、アタシは答えた。

「カエルと人間の相互理解について」

 するとアディーリアは奇妙なモノを見るような目でアタシを見た。

 ケロタンに入ってる分けでもないのに、そんな視線を浴びせられるとは。

 アタシは憮然となって言い返す。

「だって仕方がないじゃんか。両生類と人類じゃあ、脳の構造が違いすぎる。あ、勿論、人間の方が脳の構造が複雑だから高等だなんてバカなことは言わないよ」

 そもそも人間以外の生き物は本能のままに行動しても「のり」を越えることなんてないけれど、人間はどんなに頑張っても七十にならなきゃ「矩」を弁えるようにならない生き物だ。

 本当に高等生物ならば、自分のしてる事が一体何を引き起こすか理解できるはずだ。

 氷の無くなった北極で何日も泳ぎ続けるシロクマ。

 パーム椰子の栽培のため、森を失って傷ついたオランウータン。

 象牙のためだけに密漁されるアフリカゾウ。

 今更地球温暖化だとか生態系の破壊だとか騒ぎ始めても遅いのだ。

 彼らはもう既に、「矩」を越えた人類のツケを支払わされている。

「だからもう、人類は宇宙人とかに絶滅させて貰えばいいと思う」

 文明を捨てる勇気も自殺する気概もないアタシは、時々本気でそう思う。

 まあ、実際に宇宙人が攻めてきたら、足掻きまくって逃げまくると思うけど。

 つまり、人間なんて、アタシを含めて、心底しょうもない生き物なのだ。

「貴女の根源的な人間不信の話はいいわ」

 アディーリアの言葉で、アタシは自分の思考がズレてたことに気が付いた。

 けれど同時に、アディーリアの言葉を疑問に思う。

「ええと、アタシ、人間不信?」

 そうだろうかとアタシは思う。

 アタシには信頼できる友人も家族もいる。

 けれどアタシの問いに、アディーリアは肩を竦めただけだった。

 今はそんな話をしてる場合じゃないってことだろう。

 そりゃそうだ。

 アディーリアだって、まさかアタシの人間観について議論するために出てきたワケじゃないはずだ。

 アタシは黙って頷くと、それを承諾と思ったのか、アディーリアが話し始めた。

「私が言いたいのはね、何故彼らが貴女にはカエルに見えているかということよ」

 彼女が行儀良く掌で差しし示した先には、カエルがこれまた行儀良く並んでる。

「………カエルだからカエルに見えてるんだと思うけど」

 カエルをカエル以外に見ろと言っても、妙なフィルターが掛かってるワケでもないアタシの視神経は、そんな素敵なことをしでかしてはくれないだろう。

「貴女がそんなのだから、彼らの言葉も理解できないのよ」

「いやだから、それはさっきも言った様に、種の壁は越えられないっていうかさぁ」

 一体何が言いたいんだろう、この女は。いや、お姫様は。じゃなくてお妃様は。

 アタシがそんな事を思いつつ生温い視線を投げかけると、アディーリアはキッとアタシを睨み付けた。

「あのね! ここは貴女の夢なのよ!」

「ああうん。それはそうなんだとは思うけど」

 現実にアタシは寝ているワケだから、確かにこれは夢なのだろう。

 というか、アタシ以外の夢だったらビックリだ。

 と思ったのもつかの間。

「まあ、厳密には貴女だけの夢ではないのだけれど」

「えええええっ」

 うわあ、ビックリだよ!

 思わず、ここ数年無いくらい大きな声を出してしまった。

 そんなアタシにアディーリアは、形の良い片耳を綺麗な指で押さえて言った。

「嫌ね、大きな声出さないでよ」

「ええっ!?」

 こりゃまた更にビックリだ。

 今まで散々アタシを怒鳴りつけてた人間の言葉とは思えない。

 アタシが目を皿の様にして見つめていると、その視線の意味に気が付いたのか、アディーリアはツンッと顎を上げて、

「貴女が私に大声をださせたのよ」

 と言い切った。

「うわあああ」

 女王様だ、女王様がここにいる!

 リアルに王妃だから、そのまんまを言ってるようなものなんだけどっ。

 アタシが更にマジマジ見詰めていると、アディーリアは何故かカッと頬を染めて、

「今はそんな込み入った話をしている時間はないのよっ」

 と言い放った。

 アディーリアの性格が「女王様」だというのは、そんなに込み入った話だろうか?

 とは思ったものの、頬を上気させた表情がリズに似ているので、勘弁することにした。

「ああ、うん、そうだねえ」

 そもそも「時間がない」の意味が分からないけど。

 その事も含めて勘弁する。

「もうっ。貴女と話していると、話が逸れて困るわっ」

 困っているのは寧ろアタシの方だと思う。

 けれど勿論、そんなことを口にするような愚かなマネはしない。

 ここでリズなら、教え諭すような事もするんだけれど。それはアタシにはリズに対する責任があるからで、ぶっちゃけ言ってアディーリアにはそれがない。

「ああ、うん、ゴメンよ。全部アタシが悪いんだよ」

「分かればいいのよっ」

 ふて腐れたような表情が、何かを誤魔化すために怒ってる時のリズにそっくり過ぎて、物凄く可愛いと思うアタシは、多分末期だ。

「もう、何の話してたのか、忘れちゃったじゃないの」

 多分ここで、健忘症なんじゃないの? なんて言おうものなら、ヘソを曲げて暫く口も利いてくれない事だろう。

 ヘソを曲げた顔も可愛いかもしんない、なんて思いつつ、アタシは素直に教えてあげた。

「ここがアタシの見てる夢だって話」

「ああ、そうだったわね」

 アディーリアはそう言って頷くと、完全に思い出したのだろう。

「だから貴女の意識がこの世界を形作っているの!」

「………」

 片手を腰に当てて、もう片方の手でアタシをビシッと指差してる。

 ただ単にそれだけのポーズなのに、美少女戦士も真っ青な程のキマリッぷりだ。

 けれどカエル相手には掌で、アタシには人差し指ってのは、どんな差別なんだろう??

「ええと、夢はどっちかっていうと無意識の領域じゃないかと」

「意識だろうが無意識だろうが、貴女は貴女でしょ!」

 アタシは何で怒られてるんだろうと思いつつ、ある事に気が付いた。

「『無意識』なんて言葉、よく知ってたね」

 夢の世界、つまりアディーリアの生きた世界には「無意識」や「深層心理」にあたる概念がない。例えば夢は「夢幻界」に魂が訪れた状態で、それは精霊の領域ということになる。

 初めてアディーリアと会った時も「精霊のお導き」云々なんて言ってたもんだから、「こんな夢見がちな美女が出てくる様な夢を見ているアタシって、相当ヤバいんんじゃねえの?」と思った程だ。

「だから、私はアディーリアであってアディーリアではない存在なの」

「意味が分かんないんだけど」

 アタシの端的な答えに、アディーリアは思案気に首を傾げた。

「そうねえ」

 それを見てアタシは、そのちょっとした仕草で一体どれくらいの男が落ちるんだろう、なんて考える。

「私は『宮本澄香の記憶の中のアディーリア』とでも言えばいいかしら?」

 もっと分からん。

 アタシの心の声を察知したのか、アディーリアは更に続けた。

「貴女はね、アディーリアの記憶を受け継いだ時、無意識に全てを受け入れる事を拒絶したのよ。でもそれは当たり前の事。他人の人生の記憶を丸ごと受け入れるなんてことをすれば、貴女という人格は間違いなく崩壊していたわ」

 アタシはその言葉に顔を顰めた。

 てことは、アディーリアはアタシに随分と危険な事を強いたという事だ。

「でもだからといって、貴女に必要な知識だけを移すなんて便利な事は不可能だった」

 そこまで言うと、アディーリアはコホンと小さく咳払いして、

「言っておくけど、アディーリアにだって、随分危険な賭だったのよ?」

 言い訳がましい言葉なのに、高飛車に聞こえるのは何故だろう。

 でも、確かにそうかもしれない。

 アタシが壊れたら、アディーリアは希望を失うわけだから。

 けれどどちらにしろ、死んだ人間の「危険」と生きてる人間の「危険」は、相当意味が違うと思う。

「結局貴女は上手く対処したんだから、それでいいじゃない」

 いや、それはアタシが言うべき言葉だと思うけど。

 アンタが言ったんじゃあ、単なる開き直りにしか聞こえない。

 とは思うものの、実際済んでしまった事をアレコレ言っても仕方がない。

 アタシはアディーリアの切実な「願い」を知っている。

 危険だとは分かっていても、結局アタシはアディーリアの「願い」を受け入れたのに違いない。

「で? アタシは何をどうやって危険を回避したわけ?」

 アタシの問いに、アディーリアは小さく頷く。

「貴女は『アディーリア』という器、つまりこの私ね。それを作って、そこに『有害』な記憶を封印し意識の奥底に沈めたのよ」

「有害って…」

 流石に他人様の人生を「有害」と言うのは気が引ける。

 けれどアディーリアはキッパリと言い切った。

「貴女という人格を破戒するかもしれないモノだもの。それはつまり『有害』なのよ。実際アディーリアは、ご両親に大切に育てられた貴女には耐えきれない様な酷い経験もしているわ」

「………」

 それは多分、子供の頃の話だろう。

 アタシには、アディーリアの子供の頃の記憶が殆ど無い。

 その多くは、二十歳を過ぎてからのものだ。

 十二のアタシに、「大人の記憶」は他人事として一歩退いた目線で見る事ができた。

 けれど、子供のアタシに「子供の記憶」は混乱を招いたに違いない。

 なるほど、それならアタシは「結構上手くやった」らしい。

「で、そのアディーリアであってアディーリアでないアディーリアが、今更何で出てきちゃったのさ?」

 アタシがそう訊ねると、アディーリアは途端に険しい顔をして。

「それは貴女が、『日本語』を話したからよ」

 更に意味が分かりませんが?


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