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第二八話 カエルに横隔膜はありません その8

「次何時来るのかって聞かれてもさ~、アタシ自身分かんないんだから、答えようがないってぇの」

 アタシの殆どくだ巻き状態の愚痴に、恵美は飲み屋で蘊蓄垂れてるオヤジの如く答えた。

「そんなのさあ、『神様仏様裏のご主人様の言う通り、左へ回って三軒目、トントコピーのピッポッパー』とか何とか答えときゃいいじゃん」

 そんな会話をしたのは、午前二時を回った頃の事。

 それはひとときの休息時間。

 子供の頃の懐かしい「呪文」に、暫し心が和んだ。

 「神様仏様」はともかく何故「裏のご主人様」なんだろう、てか「裏のご主人」はどんだけ権力持ってんだ? なんて子供心にも思ったものだ。

 ところで紅天女への道とやらは何処まで行けば、恵美は納得してくれるのか?

 そもそも原作が辿り着いていない道を、どうやって究めようというんだろうか?

 是非とも「裏のご主人様」とやらに訊いてみたい。

 なんて事をぼんやりと考えた。

 あれから一体どのくらいの時間が経ったのか、随分昔の事の様だ。

 恵美の凄いところは、全くピントが合ってないのに、あながち間違いとも言えないトコだ。

 その時アタシは、実際どこかの誰かが「どれにしようかな」で今夜のカエルを決めてんじゃないかと思った程だ。

 なんて感慨にふけりながら、アタシが何をやっているのかというと。

 気絶した連中を、横一列に並べている真っ最中だ。

 アタシは、二メートル近い男達の足首を持って、ズルズルと引きずっていく。

 仰向けだろうが俯せだろうが取り敢えず引きずって、所定の場所に着いたところで、俯せだったらひっくり返す。

 アタシはそれらの作業を黙々と繰り返しながら、人間って意外と仰向けに倒れないもんなんだなあと、妙なことに感心する。

 あと、鼻が高いと損をすることもあるんだとか。

 体がデカイと、真っ直ぐ引きずれなくて蛇行しがちだとか。

 擦りむき加減が特に酷い鼻を見て思う。

 アタシは四人の死体、じゃなくて遺体、でもなくて死骸…。

 ああ、いかん、アタシかなり疲れてきてんな。つい願望がだだ漏れに…。

 ともかくアタシは四つのデカいブツを並び終えたわけである。

「これぞ枕を並べて死屍累々?」

 なんか違うような気もするけど。

 まあいいか。

 気絶した連中を目の前にして、逆にアタシは冷静さを取り戻した。

 というか、気が抜けた。

 連中がなんで気絶したんだとか。

 アタシの朗々たる「寿限無」をちゃんと最後まで聞いたのか? とか。

 大体さっきのスーパーハイテンションなトランス状態は何だったんだとか。

 なんてことも、今はいい。

 取り敢えず、息ははしてるから無問題。

 ただ折角こうして気絶してくれたんだから、それを利用しない手はないと思うのだ。

 さて。

 こっちの男の人の服装ってのは、三国志と三銃士を合わせて二で割ってコサックダンスを大さじ二杯足した感じだ。

 ちょっと分かり難いので言い換えると、三銃士のトップとボトムに三国志のアウター着て、アクセントにコサックダンスを取り入れている。更に言えばで文官は三国志色が強くて、武官はコサック色が強い。

 う~ん、余計分かり難いか。

 でもまあ、コイツらのファッションなんてどうでもいいから、まあいいか。

 アタシは先ず、鉄面皮の懐を探った。

 言っておくけど、別に痴漢行為をしているわけじゃない。

 大体文官ってのは、懐に携帯用筆記用具を持っている。

 アタシは、それを探しているだけだ。

 ところがどっこい。

 意外と厚い胸板以外に、コイツは何も持ってなかった。

 懐の中はスッカスカ。小銭入れさえ入っていない。

 ちっ。

 宰相の癖に、何で持ってないんだ?

 いや、財布じゃなくて筆記用具だよ?

 宰相は書く方の人間じゃなくて、書かせる方だからってか?

 偉ぶりやがってっ。

 てか、この筋肉はいらんだろう?

 胸板なんてなあ、意味ねえんだよ。

 殴る時に必要なのは、背筋と安定した下半身だよっ。

 ………何か、八つ当たりくさくなっちゃった。

 仕方がないのでアタシは、黒髪腹黒の方へ向かった。

 正直言って、コイツの懐は探りたくなかった。寝てても黒いオーラが垂れ流されていそうで、イヤな感じだし。

 さっきのトランス状態だって、きっとコイツの黒いプレッシャーでイっちゃったとしか思えない。

 だだまあ、あの時至った考えが否定しがたいことは事実だ。

 とはいえ、あの時は間違いないと思ったけれど、冷静になってみると確信は薄れてくる。

 イスマイルの隠れ建国史を読んだのだって、随分前の話でうろ覚えだし。

 そもそもアレが信頼できる史料なのかどうかも分からない。

 ただ分かるのは、調べるべき事がまた増えてしまったということだけだ。

 アタシは嘆息をつきながら、先程よりも若干慎重に黒髪腹黒の懐を探った。

 うん、コイツも結構いい筋肉持ってんな。

 じゃなくて。

 あった。

 アタシは何かを掴み当てた手を引き抜いた。

 筆だ。

 蓋の方にちょっとインクが入ってて、一筆くらいならサラサラと書けるようになっている。

 あ、筆だけじゃなく、インク壺まで。

 どんだけ書くつもりだよ。

 と思ったら、和綴じになった紙束が出てきた。

 大体B4くらいの大きさだろうか。

 結構分厚い。

 良くこんなの入れてたな。

 四次元ポケットも真っ青なくらいの懐具合だ。

 心は物凄く狭そうなのに。

 けっ。

 なんて思いながら、一体何を書いてんだろうと、パラパラと捲ってみる。

 すると。

「ぷっ。ぷぷぷ」

 アタシは思わず声を出して笑った。

 いや、これが笑わずにはいらりょうかっ。

 そこに書いてあったのは、多分、いや間違いなく、アタシが隠し通路に書いた字を書き写したものだ。

 平仮名や片仮名や英字は、まあ良く書けてるとは思うけど。

 漢字に関しては、どこの楔形文字だ? って感じである。

 コレなんか、多分「袋小路」だとは思うけど、物凄くエライことになっている。

 こちらでは、文字というのはアラビア文字に似た表音文字だ。

 右から左へと横に書くのもアラビア語と同じところだ。

 この大陸には五つの語圏があるけれど、基本的に文字は同じだ。

 そんな連中にしてみれば、特に漢字なんかは「訳の分からん落書き」にしか見えないことだろう。

 この文字の拙さから、連中の苦労が伝わってくる。

「たっぷりと悩みなさいな、人の子らよ」

 なんちゃって。

 アタシは、和綴じのノートを黒髪腹黒の懐へと戻す。

 用事があるのは、筆とインクの方だからだ。

 アタシはインク壺の蓋を外し、筆を突っ込んでタップリとインクを含ませる。

 ニヤリ。

 と、自然と口が緩んでくる。

 おお、いかんいかん。

 淑女にあるまじき笑い方をしてしまった。

 まあいいか。

 誰も見てはいない。

 アタシは連中の胸の上に乗り上げた。

 ケロタンは軽いので、上に乗っても連中が目を覚ます気配はない。

 アタシは徐にサッと筆を構え。

 連中の顔を便せん代わりに。

 サラサラサラサラサラサラサラ~~~~ッと、字を書いた。

 ――君がため惜しからざりし命さへ、夢の通ひ路人目よくらむ 。

 百人一首だ。

 但し、上の句と下の句は別の歌だけど。

 元ネタは、上の句が。

 アンタのためなら死ねる! って言ったけど、ぶっちゃけ命惜しいです!

 と平安貴族にあるまじき本音ぶちまけな歌で。

 下の句は。

 夢の中でさえも会いに来ねえって、アンタ、気持ち冷めたんかよ!

 と平安貴族らしく失恋にむせび泣く歌だ。

 両方とも恋を詠ったところが共通点だけど、一緒にしちゃうと当然ながら意味不明だ。

 それをこちらの定型詩クレアリートの形式に沿って、翻訳する。

 定型詩は古語や雅語を使うので、物凄くもったいぶった文になる。

 すると、意味不明な文章が、物凄く意味深なものになる。

 これをこの連中がどういう風に解釈して、どんなことになるのかと思うと。

「ウケケケケケ」

 いかん。思わず笑い声が。

 思わず漏れた声に、連中の様子を伺い見るけど。

 連中が目を覚ます様子はない。

 そりゃそうだ。

 あんだけ顔に擦り傷作って、目が覚めないんだもんな。

 インクがキズに浸みそうなのに、とことん昏倒してる連中はどこまでも昏倒したままだ。

 上機嫌になったアタシは、最後にデカデカとハートマークを描いてみた。

 真っ黒いハートマーク。

 真っ黒い腹のアンタに、物凄くお似合いだよ。

 と心の中でほくそ笑みつつ、一番左に寝転んでいる黒髪腹黒の懐へと筆とインクを戻した。

「さっ。リズが待ってるから、帰らなくっちゃ♪」

 アタシは超高速でスキップしながら、レゼル宮へ戻った。

 と言っても帰りは、飾り棚の裏じゃなくタペストリーの裏へ通じてる近道を使う。

 隠し扉の横のレバーを回せば、少し擦る様な音と共に扉が開く。

 こちらの扉は、レバーを押さえていないと直ぐに閉まってしまうので、パッと手を離すと同時に扉をくぐる。

 直ぐさまカシュッと背後で扉が閉まる。

 実は一度、隠し通路に入ろうとして間に合わず、挟まってしまったことがある。

 その時は、上半身は辛うじて隠し通路の中だったので、何とか腕を伸ばしてレバーを回すことができたけど。ケロタンの体は痛みを感じないものの、くすぐったくって笑い死にしそうだったのだ。でも盛大に笑ってリズを起こすわけにもいかず、必死で笑いを堪える余り腕に力が入らなくて困ったものだ。

 アタシはそっとタペストリーを捲り、部屋の中の様子を伺う。

 一号のアタシに、気づかれるわけにはいかないからだ。

 気づかれても問題はないのかもしれないけれど、気づかれたところで何をどう話していいのか分からない。

 なので、また四つん這いになって、カウチまで戻るとするか。

 なんて思って身を屈めると。

 ぬっと目の前に黒い影が立ちはだかった。

 いや、「立ちはだかる」ってのは正確じゃない。

 何せアタシも相手もしゃがんでたから。

「ごっ」

 思わず相手の名を呼びそうになったアタシの口は、相手の手で塞がれた。

 いや、口塞がれても、声自体は出るんだけれど。

「五号…」

 だから勿論、アタシは相手の名を呼んだ。

 すると黒いカエルは若草色の目で、キッとアタシを睨み付けた。

「しっ。黙って。それより早くしないと、夜が明けちゃうわ」

 五号じゃない声で、五号が喋った。

 しかも女言葉で。

「も~、どれだけヒヤヒヤさせるのよっ」

 と声を潜めながら五号は言った。

 ええ!? 五号、何時からニューハーフに!?

 と思った瞬間、アタシの、つまり四号の体は宙に舞った。

 


ウチの地方では。

「どれにしようかな裏の天神さんに聞いたらよく分かる、きんこんかんこんアブラムシ、裏から回って三軒目、チントンシャン」

でした。

最後のチントンシャンは、やってる人間が自分にあたった時に、裏技的に付け加えます。

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