第二六話 カエルに横隔膜はありません その6
ここはツッコミを入れられる場面じゃなく。
二号のいい加減さで盛り上がって。
盛り上がって油断してたところで。
でも四マタは犯罪じゃないけど、誘拐は犯罪だよね~。
と、落とす。
ウケケケケ、ザマーミロ。
というのがアタシの目論みだったんだけど、連中の早すぎるツッコミによって脆くも崩れ去ってしまった。
なんでだ?
と疑問を浮かべて、ハッとなる。
この世界では、庶民はともかく王侯貴族じゃあ一夫多妻制が普通だ。
そんな世界じゃあ、同時に複数の女性とつき合うこと自体別に問題ない、なんてことは…。
「もしやあなた方、複数の女性と同時につき合ったりしているの?」
アタシがまさかと思いつつもそう訊ねると。
「ゲホゲホゲホッ」
「ゲフンゲフンッ」
「ゴホゴホッ」
「………グッ」
態とらしい咳払い。
うわ~、全員かよ。
しかも真面目そうな直情金髪までもか!
なんだかちょっと裏切られた気分だ。
これが文化のカベってヤツか?
アタシは文化ってのは、理解できなくても尊重すべきものだと思ってる。
でもこれはちょっと、生理的に受け付けない。
こっちの女子は、それを受け入れてるんだろうか?
アタシはリズのことを思って不安になった。
周囲も憚らず身悶えそうになったけど。
イヤ待てよ。
と思い直す。
侍女さん達のガールズトークによれば、浮気や二股はは許せないとか言ってたな。
そうだ。
アタシはそれで、女子の言い分は世界が違ってもそう違わないんだな~なんて思ったものだ。
そもそも、王侯貴族の婚姻は政治的なものだ。
複数の婚姻で、多重多層のネットワークを造るためのものだ。
政略結婚なら仕方がないと割り切れるけど、事恋愛となれば話は別なんだとか。
アタシなら先ず政略結婚そのものがお断りなんだけど、「良いトコのお嬢さん」である彼女たちはそうも言ってられないんだろう。
そこでアタシは気が付いた。
何に気が付いたかって?
態とらしい咳は、連中の後ろめたさを物語ってるんじゃないかって。
要するに、この連中は。
女子が嫌がると分かっていてやってる。
ってことにだよねっ!
チョーサイアク。
「……………」
アタシは冷たい眼差しを連中に向けた。
「「「「……………」」」」
連中は、アタシの視線を避ける様に顔を背けた。
その態度にまたムカつく。
悪いことと思ってんなら、最初からやんなってんだっ。
とはいえ、堂々とされてもムカつくことに違いない。
かといって、アタシには連中の素行について文句を言う権利はない。
けれど、こんな女の敵がリズの側にいるかと思うとゾッとする。
「………リズには半径一万リグダ以内に近づかないでいただきたいわ」
一リグダは約一キロメートルだ。
この大陸がどのくらいの大きさなのかは知らないけれど、これくらい離れれば十分だろう。
「それでは、国から出て行かなければなりませんが?」
ヒクリと口元を引きつらせながら黒髪腹黒が言う。
アタシは、女の子らしくポンと手を合わせて言ってみた。
「あら、素敵。国外追放ね」
可能ならば、可憐に頬だって染めて見せたことだろう。
「『素敵』じゃねえ!」
すかさずフェロモン男からツッコミが入る。
勿論そんなの予想済みで、アタシは反論に口を開きかけた。
ところが。
「おいっ。女性に暴言を吐くんじゃない」
と、直情金髪がフェロモン男の腕を掴む。
意外だ。
直情金髪からこんな紳士的な台詞が聞けるとは。
フェロモン男の方がフェミニスト臭いのに。
「女性だぁ? ただのカエルじゃねえか」
フェロモン男は直情金髪の腕を乱暴に振り払う。
何だろう。男の二号より女子の四号への辺りがキツい。
ひょっとして女性不信か何かだろうか。そんだけフェロモン撒き散らしておいて、それはないんじゃないだろうか。
「いえ、流石に『ただのカエル』ではないと思いますが…」
黒髪腹黒が冷静なツッコミを入れるものの。
「何庇ってんだ。お前だって、カエルのことは嫌ってるんだろっ」
フェロモン男の苛立ちの前にサラッとなかったことにされてしまった。
アタシは見た!
黒髪腹黒の表情が凍るのを!
「私が気に入らないのは、青いカエルであって、ミリュリアナ殿ではない」
「ハンッ。カエルはカエルだろうが」
「そもそも、生物学的に言えば彼らはカエルですらないのでは」
「カエルに見えればカエルでいいだろうがっ」
「最初とてもじゃないがカエルには見えないと言っていたのは何処のどなたでしたでしょうか?」
「カエルにだって雌雄の別はあるぞっ」
う~ん。
何が何だか、グッチャグチャである。
これが仮にも国の要職に就く人間の会話だろうか??
アタシは彼らの会話を聞くともなしに聞きながら、始終無言でいる鉄面皮を振り返ると。
「ふぁあ」
大きな欠伸をしていた。
お綺麗な顔というのは、欠伸しても綺麗なもんだ。
歯医者で大口開けて色んな器具を突っ込まれても、きっと美しいのに違いない。
「………寝不足?」
答えるかどうかは怪しかったけど、アタシは一応訊いてみた。
「ここのところ徹夜続きでな」
驚いたことに、鉄面皮は頷きながら素直に答えた。
「特にこの三日は、殆ど寝ていない」
「ああ、だから彼らはあんなに苛ついてるのね?」
人間、生理的欲求が満たされないと苛つくもんだ。
理性だって容易く吹き飛ぶ。
それにしたってあの会話はどうかと思うけど。
「新しい国王は、随分と人使いが荒いのねぇ」
アタシがボソリと呟くと、鉄面皮は金色の眼差しでギロリと睨んできやがった。
「誰のせいだと思ってやがんだ」
「さあ?」
多分二号のせいなんだろうけど、アタシは勿論すっとぼけた。
「………アンタの仲間の青いカエルのせいだろうが」
何て言うか。
ひょっとして、この鉄面皮、口悪い??
「あンの青カエル。地下通路を使っているなどとぬかしやがって。王も王だ。何故俺たちが地下探索なんぞをせねばならんっ。それならそれでテメェの代わりに処理してやってる書類を片づけてくれりゃあいいものを」
そして意外な程、饒舌だった。
しかもその間も、顔に殆ど表情はない。
怖いよ。ある意味、すっごく怖いよっ。
アタシはある種の危険を感じて、ソッと後退ろうとする。
ところが鉄面皮ときたら、アタシを逃がすまいとするようにズイッとこちらに踏み出してきて。
「大体なあ! アレはなんだ! 本来の道標を消して、訳の分からん落書きを書きやがって!! 一体ここに辿り着くまで何日かかったと思ってんだ!」
寝不足で理性が吹っ飛んでんのは、コイツもか!
アタシは驚きつつも、内心でほくそ笑んだ。
迷えばいいと思ってたけど、本当に迷ったのかと思うと、ウケケと笑いがこみ上げてくる。
「あら、そうなの? それは知らなかったわ。私、ここより先には行ったことがないから」
素知らぬふりで無実を装う。
「………それを信じろと?」
いつの間にバカバカしい言い争いを止めたのか、黒髪腹黒がアタシ達の会話に割ってきた。
てか、いい加減名前覚えなきゃいけないな。
何て言ったかな、こいつ。
ホラ。
小説であったじゃん、同じ名前がさあ。
主人公の女性の言動がシュール過ぎて何が言いたいんだかよく分かんなかった小説。
ええと。
「ナジャ?」
「はい」
アタシの問いかけに、黒髪腹黒が頷いた。
良かった。合ってたか。
アタシは内心で胸をなで下ろしながら、ニッコリと笑って言った。
「別にあなた方に信じてもらう必要なんてないもの」
ここで信じて欲しいと言ったところで、連中がそれを受け入れるとは思わない。
「何故と訊いても?」
だからアタシは逆に連中を突き放す。
「人というものは、信じたいものを信じたい様に信じるだけの生き物じゃなくって?」
その言葉にあからさまに顔を顰めたのは、直情金髪だ。
「我々の信頼や信用など、意味がないと?」
コイツの名前は、アレだよ。ハリウッド俳優と同じ名前。
ほら、海賊と一緒に海賊退治に出かけるヘタレな好青年役の。
「オーランド」
「何だ」
合ってたかと、思わず頷くアタシ。
もうちょっとで「ブルーム」って付けるトコだったけど。
名前を当てたことに気をよくして、アタシは思わず満面の笑顔を浮かべた。
「それは、『意味がない』ものに対して失礼じゃなくって?」
瞬間、ピシッと空気が凍った。
う~ん。流石に満面の笑顔で言う台詞じゃなかったか。
直情金髪は、グッと拳を握って怒りを抑えようとしているらしい。
二号の時の様に取り乱したりしないのは、四号が女子だからだろうか?
けれど勿論アタシが、ありがたがるハズもない。
へんっ。テメエらと馴れ合う気持ちは、こちとらサラサラねえんだよっ。
と、江戸っ子みたいなことを心の中で言ってみる。
「こんなカエルと無駄話してる場合じゃないだろう。こんなの無視して、さっさと先へ進もうぜ」
我慢しきれないとばかりに、フェロモン男がそう言ったけれど。
「ならアンタは、こんなところに何しに来た?」
冷ややかな鉄面皮の言葉が、フェロモン男の言葉を打ち消してしまった。
あ、コイツの名前は、実は覚えてる。
忘れるハズがない。
なんてったって、永遠のヒロインの名前である。
ロリコン伯爵に捕らわれて、世界的大泥棒の孫に助けられる、あの美少女だ。
「クラリス」
アタシは心持ちウキウキとした気分で、その名を呼んだ。
だってさ~。
リアルで堂々とこの名前を呼ぶ機会なんてないもんね。
「何だ?」
だけど美形は美形でも、デカくてゴツい美形じゃなあ。
返ってきた声の野太さに、ガッカリだ。
「別に」
「………………」
イヤな沈黙が支配する。
流石に名前呼んでおいて「別に」はなかったか。
と思ったものの。
「だから、こんなカエル相手にしても仕方がねえって言ってんだろ」
痺れを切らしたフェロモン男が、大げさに両手を広げて言い放った。
コイツの名前かあ。
コイツの名前はなんだったかなあ。
アタシは名前を思い出そうと、ジッとフェロモン男の顔を見た。
「何だ。文句あんのかっ」
フェロモン男は喧嘩腰に言うけれど、アタシは思い出すことに集中した。
う~ん。最初の音は何だったかな。
濁音だったうような。
「ダ」
ビンチ、じゃねえな。
「ボ」
ッカチオ、でもねえな。
「ビ」
ザンチン、は人の名前ですらないな。
う~~ん。
「ひょっとして、俺の名前だけ覚えてねえとか言うんじゃねえだろうな」
フェロモン男がドスの利いた声で言う。
「ド」
ビッシュー、これも何か違うな。
待てよ。二文字目は小さい「ァ」とか「ャ」だったような…。
あ!
閃いたアタシは、ポンッと両手を合わせて言った。
「ジャイアン!」
「全然違う!!」
あ、やっぱり?
名前連想ゲームの元ネタが分からなかった方のために。
ナジャ → アンドレ・ブルトンの小説。
オーランド → 名字がブルームのヒト(<まんまや)。ワタシはジョニデの方がが好きです。
クラリス → ジブリアニメ『カリオストロの城』のヒロイン。
モーリス・ルブランの原作『カリオストロ伯爵夫人』ではクラリスは伯爵夫人に誘拐されたルパンの恋人です。