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第二三話 カエルに横隔膜はありません その3

 オゲゲー、オゲェ、オゲー。

 アタシが夢の世界から「離脱」する条件は、今のところ三つ。

 オゲゲー。

 夢の世界で夜が明けること。

 オゲェ。

 現実の世界で、目覚ましが鳴ること。

 オゲゲゲェ。

 それから、現実の世界でアタシの体が危険に晒されること。

 オゲー。

 三番目の条件は、定かじゃないんだけど。

 オゲゲゲ、オゲ、オゲェエ。

 ただ、先の二つの条件以外で目が覚めたとき、そこには殆ど必ずと言って良い程恵美がいた。

 オゲ。

 腕を大きく振りかぶった恵美だとか。

 オゲゲゲ。

 肘を構えた格好でのし掛かろうとした恵美だとか。

 オゲェー。

 背後からスリーパーホールドを掛けようとしていた恵美だとか…。

 オゲゲー。

 実際に攻撃を受けたことはないけれど、どう控えめに言っても恵美の行為はアグレッシブすぎる。

 オゲゲ、ゲゲ、ゲェー。

 それでも恵美がいることで、ちゃんと現実に戻れる保証がある。

 オゲー。

 うん、大丈夫。

 オゲゲゲゲー。

 アタシは、どうにか冷静さを取り戻した。

 オゲェエエエエ。

「ていうか、五月蠅いっ」

「オゲッ」

 アタシは真っ赤なカエルと見つめ合った。

 カエルは数瞬の間沈黙を守った。

 けれど。

「オゲゲゲゲェエー、オゲー、オゲゲゲェ、オゲオゲ、オゲェ、ゲェオゲ、オゲゲゲゲ、オゲェエ、オゲー、オゲオゲ、オゲッ、オゲッオゲゲッ、オゲゲゲゲェエ、オゲーーー」

「あ~、分かった、分かった、分かったからっ」

 思いがけない大音量に、アタシは耳を塞いで言った。

 何が分かったのか全然分かんないけど。

「取り敢えず、冷静に話し合おう」

 冷静になって何を話し合うのかは、全くもってサッパリたけど。

「オゲー」

 それは了解か? 了解したのか?

 アタシはカエルの表情をマジマジと伺ってみたけれど、カエルの表情なんて分かるはずもない。そりゃそうだ、そもそもカエルに表情筋がない。多分、あの鉄面皮宰相もカエルの無表情っぷりには負けるに違いない。ていうか、勝ったらヒトとして終わってる。

「え~と」

 アタシは前回、この薄暗い空間に来た時のことを思い出す。

 あの時目の前にいたのは青いカエルで、青いカエルに付いていったら青いドアがあって、青いドアをくぐったら二号の中に入ったと。

「つまり、今回はアンタについていったら赤いドアがあって、赤いドアを潜ったら、一号に入ると」

 てか、さっきまで一号に入ってたんだけど。

 わざわざ「どこ○もドア」じゃなくて「カエル転送ドア」を使う必要はないんじゃないか。

 アタシがそう言うと、赤いカエルは目を半眼にしてジットリと見つめてくる。

 その目が言っている。

 なんて残念な子なんだ、と。

 表情筋がなくっても、何考えてるのかは分かるらしい。

 これは確実に呆れてる。若しくは馬鹿にしてる。

 両生類に馬鹿にされた!

 ガンッとショックを受けて、次の瞬間ハッとなった。

 いや待て。そんな種差別主義的な了見では、今後カエルとつき合っていくのに支障を来す。そもそも人間は優れた動物ではない。食物連鎖の頂点に立ってもいないし、文明は知性の高さの証明になりはしない! それらは全て、人間至上主義者によるプロパガンダに過ぎないのだ!

「……………」

「…………オゲ」

「ゴメン、今ちょっとどっかに飛んでたわ」

「オゲェ」

 カエルはアタシを慰めるみたいに、小さく鳴いた。

 その後、何だかよく分からないままに、アタシはカエルの後を付いて歩くことになった。

「オゲゲ、オゲェ、オゲゲゲゲ、オゲェエ、オゲ?」

 器用なことにカエルは飛び跳ねながら、鳴いた。

 それはまるで何事かを説明している様に聞こえなくもなかったけれど、相変わらず何を言っているのかはサッパリだった。

 けれどアタシは返事した。

「ふ~ん、そうなんだ~」

 一体何に対して「そう」なのか、言ってる側からサッパリだけど。

「オゲー、オゲゲェ、オゲェエ」

「ふんふん、それで?」

「オゲゲ、オゲ~、ゲ、オゲェ」

「へ~、そういうワケだったんだ」

 言いながら、一体どういうワケなのか、誰でも良いから説明して欲しいと思った。心の底から切実に。

 そう言えば昔、これと同じような会話をしたことがある。

 勿論相手はカエルじゃなくて人間だけど。

 まだリズが小さい頃、言葉もちゃんとしゃべれなくて、アタシ自身もまだ夢の世界の言葉をちゃんと使いこなせなくて。何事かをフニャフニャ語りかけてくるリズに、アタシはワケも分からず「へ~、凄いね~。へ~、そうなんだ~」なんて相槌を打ったものだ。

 リズはキャッキャッと喜んでいたので、結局内容はサッパリだったものの、ちゃんと会話として成立していたんだろう。

 それにしたって一体ここは、どういう空間なんだろう。

 アタシはふと思って、周囲を見渡してみる。

 三六〇度、何処を向いても「果て」がない。

 上を向いても薄暗くて、空があるのかどうかも定かじゃない。

 月や星でもあれば、距離感だとかもあるんだろうけど。

 それすらも分からない。

 確実なのは、歩ける地面があるってことだ。

 このまま果てしなく歩かされるんじゃないだろうか?

 そう不安になった時。

「オゲエ」

 赤いカエルが立ち止まって、一際高く鳴いた。

 すると、どこからともなく別の声。

「キュルルルルルルル」

 てか、腹の虫??

 声の方を振り返ると、いつの間にそこにいたのか、ピンクの腹の白いカエルが鳴いていた。

「キュルキュルキュル~」

 白いカエルはドライアイでもあるまいし、デカイ目をやたらとパチパチ瞬きさせている。

 その白いカエルに、赤いカエルが何事かを鳴いて伝えた。

「オゲゲゲゲェー」

「キュル~」

 嘔吐と腹の虫。

 まともに鳴けるカエルはいないのか?

 そう思ったら。

「ゲコ、ゲコゲコゲコ」

 おお、コレだよコレ! これぞカエルの鳴き声だよ。

 と、またも声のした方向を振り返る。

 そこにいたのは、黄色い腹の青いカエル。

 多分、この前出会ったカエルだろう。

 カエルの個体識別はできないけれど、こんな色合いのカエルなんて世の中に二匹といないに違いない。と思う。

 ま、何事にも絶対はない。

 絶対の正義も絶対の真実も絶対の愛も、世の中には存在しない。

 なんて五号みたいなことを思ってたら、やたらと強い視線を感じた。

「ん?」

 強い視線の主を捜して当たりを見回すと、紫の腹の黒いカエルがジイイイイイイイイイイイイイイッとアタシを見てた。何だろうと思って視線を合わせてみるも、黒いカエルはピクリとも口を動かしそうにない。

 そんな一人と一匹を差し置いて、赤と白と青のカエルが何事かを話してる。

「ゲコ~、ゲコゲコ、ゲコ~」

「キュルルルルル」

「オゲゲー、オゲ」

「キュルッ」

「ゲコゲコゲ」

「オゲゲゲ、オゲェ、オゲ」

 彼らには、せめて人語を話すという親切心はないんだろうか?

 アタシは思った。

 ないんだろうな。カエルだもんな。

 これまた思った。

 勿論、ここまでくればアタシにだって分かってる。

 これらのカエルが、一号、二号、三号、五号に関係してるってことくらい。

 でもその関係性は全く以て掴めない。

 誰か説明してくれないかな。

 アタシは果てのない「空」を見上げると、見えない星に向かって祈った。

 すると祈りに応える様に、鈴を転がす様な鳴き声がした。

「ケロロ」

 この涼やかな鳴き声は、きっとケロレンジャーの良心四号に違いない!

 バッと振り返ると、確かにそこにはオレンジの腹の緑のカエルが佇んでいた。

「ケロロ、ケロ、ケロロロロ」

「よんご~~う!」

 アタシは緑のカエルに飛びついた。

 いや、飛びつこうとしたんだけど、パッと素早く避けられた。

 それから鈴を転がすような可憐な声で。

「ケロ、ケロロケロ、ケロケロケロ、ケロロ、ケロ、ケロロロロロロ!」

 多分アタシは怒られてる。

 そりゃそうか。アタシなんかが飛びついたら、カエルなんか潰れちゃうわな。

 でも上手くいったら、シャツに張り付いて例のあの根性溢れる平面ガエルができあがるかも…。

 と、ちょっぴり期待したことは内緒だ。

 特にけたたましく鳴いている緑のカエルに対しては。

 だって、夢の中なんだもん! ちょっと夢見たっていいじゃないか!

 とは勿論口が裂けても言えないので。

「ごめんなさい」

 素直に謝っておいた。

「ケロ~」

 緑のカエルは仕方がないとでも言いたげに、ため息混じりに鳴いてくれた。

 何だろう、アタシ、物凄くダメな子になった気がする。

 これで全てのケロレンジャーに対応するカエルが揃ったわけだけど。

「オゲゲゲゲ、オゲェー」

「キュルキュルル、キュルルッ」

「ケロケロ、ケロロ」

「……………」

「ゲコゲコ、ゲェコォォ」

 アタシを置いてきぼりにして、何やら話し合いが始まったらしい。

「キュキュッ」

「オゲェ、オゲー」

「……………」

「ゲコッ、ゲェコ、ゲコッ」

「ケロロ、ケロ」

 相変わらずサッパリ何を言っているのか分からない。

 けれども、そんなカエル達の話も何某かの結論を見たらしい。

 カエル達がアタシを見ながら言った。てか鳴いた。

「ケロ」

「キュル」

「オゲ」

「ゲコ~」

「………」

 若干一匹、何も言わなかったけど。

 アタシは物凄くイヤな予感がした。

 本能的な危機感すら覚えた。

 その瞬間。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 アタシは落ちた。

 文字通り、落下した。

 今度はどこ○もドアじゃなくって、ど○でもホールだったのか!

 てか、どこで○ホールは地中の洞窟に繋がるだけで、どこにでも行けるわけじゃない!

 アタシは道具の不備を訴えたかった。

 でもよく考えたらと、前回もドアを開けたら落ちたことを思い出す。

 ちっくしょうっ!

 てことは、前回のは偽装どこ○もドアだったのか!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 アタシは雄叫びを上げながら、妙な具合に醒めた頭でそんなことを考えた。

 急激に遠ざかる丸い穴が、月みたいだと思った。



どこだかドアって道具があるらしいです。

どこにいくのか分かんないドア。いらないと思います。

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