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第二二話 カエルに横隔膜はありません その2

 ともかく、神殿に答えを出すにしても半年は猶予がある。

 神殿側は準備があるからとかなんとか言って返事を早く聞きたがるだろうけど、そんなものはほっときゃいいのだ。

「リズがレゼル宮に居たいのなら、居ればいいさ。リズの兄ちゃんなら、泣いて喜んで飛び上がるぜ」

 一号の脳天気な口調でアタシは言った。

 あのヘイカが実際そんなことをやるとは思えないけど、そうなったら是が非でもやらせよう、と心に誓う。

「周りのことなんか、関係ねえぜ! 後のことはまかせとけ!」

 アタシは親指を立ててニッカリと笑って言った。

 一号は頼もしい男だ。

 但し、頼れるわけじゃない。

 何せフリーダムな一号は、自分の言動に責任を背負わない。

 言いたい事を言って、やりたい事をやるだけだ。

 誰もが憧れるけど、実在すれば間違いなく傍迷惑な人間だ。

 多分、聖者として或いは王妃として常に大きな責任を背負わされたアディーリアは、そういう人間に憧れたんだろう。神殿や王宮に閉じこもった生活も、トレジャーハンターなんて職業を夢見る要因になったに違いない。

 因みにこの世界でのトレジャーハンターってのは、『名の秘された皇国』時代の遺跡の発掘が主な仕事だ。新しい遺跡を発見すれば、神殿から莫大な賞金が出るらしい。

 リズもアディーリアと一緒で、一号には憧れている。

 一号の荒唐無稽な冒険話に、幼心を時めかせながら聞き入るのだ。

「リズ、眠れないんなら、何時だったか女の子と旅した時の話をしてやろう。竜巻に家ごと吹っ飛ばされて無事だったっていう、不幸なんだか幸運なんだか分かんねえ女の子なんだがな」

 アタシはそう言ってリズをベッドに寝かせた。

「竜巻って何?」

 リズは毛布を被りながら興味津津で訊いてくる。

「お、竜巻のことは教えてなかったかな? 竜巻ってのは…」

 何だったっけ?

 アタシはちょっと考えた。

 何時だったか竜巻が頻発したってニュースで話題になったことがある。

 確か積乱雲で渦巻き状の上昇気流が発生して、それが地上にまで伸びたものが竜巻だったと思うけど。勿論そんな解説楽しくない。

「風の精霊が旋転舞踏でぐるぐる回ってたら、勢いがつきすぎて止まらなくなったってヤツさ」

 旋転舞踏ってのは神官が儀式の時に踊る奉納舞ってヤツで、見たことはないけれど、ひたすらぐるぐる回って神に祈りを捧げるらしい。

 どう考えても気分が悪くなりそうだけど、多分、気分が悪いのを乗り越えて初めて神様に祈りが届くってなノリなんだろう。アタシなら、どんなバツゲームだよって思うけど。寧ろそんな祈りを捧げられた神様も、迷惑なんじゃないだろうか?

「じゃあ、その女の子のお家は、風の精霊の旋転舞踏に巻き込まれて飛ばされちゃったの?」

「そうさ。しかも別の世界に」

「別の世界!?」

 この世界では神様が住むのが「神界」、人間が住むのが「現界」、その間にあるのが「夢幻界」で、それらひっくるめて一つの世界でありそれ以外の「世界」は存在しない。ってことになっている。

 けれど物語や伝説の中に「異世界」はちゃんとある。こちらの世界にも「浦島太郎」だとか「壺中天」に似た話が存在してるのだ。

「そう。俺はたまたま女の子が飛ばされた所へ行き合わせたんだ。で、俺は女の子に教えてやった。『この世界は魔法使いが支配していて、元の世界に帰るためにはその魔法使いに会いに行かなきゃなんねえぞ』ってな」

 一号の言葉に、リズがハッと息を飲む。

 魔法のないこの世界では、魔法使いもまたフィクションでしかありえない。けれど魔法使いってのは、何と言ってもイメージが悪い。魔法使いは精霊を無理やり捕まえて使役するとされていて、神様の眷属たる精霊をそんな風に利用するのは神への冒涜であり、そのため魔法使いは必ず悲惨な最期を遂げることになっている。

 だから一号版『オズ』には、ヒロインに加護を与える魔法使いは出てこない。

「魔法使いに会いに行くなんて、危ないわっ」

 リズが一号の赤い腕をギュッと握って訴える。

 必死さの滲む紫の瞳には、既に物語の世界に引き込まれていることが見て取れる。

 そんな姿を心の中で微笑ましく思いながら、アタシはあくまでも素知らぬふりで肩を竦めた。

「俺もそう言ったさ。それでもドロシーはどうしても元の世界に帰りたがった。おじさんとおばさんのいる世界へね」

「おじさんとおばさん?」

 リズが小首を傾げて訊ねてくる。

 アタシはそれに頷き返し、

「彼女の両親は彼女が小さい頃に死んじゃったのさ」

「私と同じ?」

 リズは訊ねるように呟いた。

 アタシはそんなリズの頭を撫でる。

「そうだな。おじさんとおばさんはいつも忙しく働いていて、ドロシーとは余り遊んではくれない。いつも難しい顔をして、ドロシーの頼みごとを聞いてくれやしない。それでもドロシーはお家に帰りたいと言ったんだ」

 リズは少し考え込むように俯いた。

 リズの周囲の女官さんや侍女さんたちは、何時も忙しく働いている。勿論、常に誰かが側にいて相手をしてくれるけど。リズはそれが彼女たちの仕事だって知っている。

 愛情を感じないわけじゃない。けれどもそこには確かに隔たりがある。

 リズが、ドロシーと自分を重ね合わせていくのが手に取るように分かった。

 きっとリズは、同じ状況になった時自分ならどうするだろうって、その小さな頭で考えているのに違いない。

「どうしてドロシーは帰りたかったのかな?」

 リズは答えを欲しがるけれど、アタシはそれには応えない。

「さあね、人間じゃねぇ俺には分からんよ。けれど俺は、そんな小さな女の子の魔法使いに会いに行こうって心意気に惚れたのさ。だから俺はついていくことにしたんだよ」

 リズに分かって欲しいのは、リズ自身が本当に何を望んでいるのかって確り考えなきゃいけないってことだ。この先どんな道を選ぶにしても、それを分かった上でして欲しいのだ。

 もしそれが分からないままだと、後悔すらできないからだ。

 旅の途中、ドロシーは仲間たちに出会うだろう。

 そうだな。浮気癖の治らない案山子と、厭世家のブリキの樵、刺繍が趣味のライオン、それから生意気でコケティッシュなニワトリなんてどうだろう。勿論モデルはケロレンジャーだ。となると一号だけそのままってわけにもいかない。

「俺はその時、カボチャ頭をやっててな」

 カボチャ頭とニワトリは『オズシリーズ』の別の話に出てくるキャラだ。

 話が変わることになるけど、キャラが足りないんだから仕方がない。

 彼らは力を合わせて次々と立ちはだかる五人の魔物を倒し、ついでに魔法使いも倒しちゃおう。

 五人の魔物は、直情噴火男、マッドな眼鏡、慇懃腹黒、色気過多に鉄面皮。

 言わずと知れたにっくき宰相連中がモデルである。

 けれど結局のところリズは、浮気癖の治らない案山子に出会った辺りで寝入ってしまった。

 そもそもリズに夜更かしは無理なのだ。

 リズは日中、勉強だけじゃなく礼儀作法やダンスのレッスン、楽器の練習だとか護身術だとか、なんせやるべきことがてんこ盛り。

 これで眠たくならないわけがない。

 リズの教育の殆どを監督してる神殿なら、その状況を知らないはずがないのに、何故この時期にリズの心を煩わせるようなことを言い出したりしやがったんだ。

 そういやあ、二号が必要以上に宰相の手元に置かれたのは、神殿の意向もあったはずだ。

 まさかリズを不眠症にさせるのが目的なんじゃないだろうな。

 なんて冗談は置いておいて。

 神殿ってのは、基本的にリズを大切に扱っている。

 けれど、世の中自分が正しいと信じている人間程質が悪いものはない。

 独善的過ぎて、他者の意思を尊重しない。

 自分たちは正しいことをやっているのだから、彼らも何時かそれを理解して受け入れ感謝するだろう、なんてことを平気で言いやがるのだ。

 アディーリアはそんな彼らの典型的な被害者だ。

 リズの父親との出会いすら、神殿が仕組んだものだった。

 二人の間に愛情が生まれたお陰で、決定的な悲劇にならずには済んだけど。

 リズもそうならないようにすることが、アタシの使命だ。

 アタシはリズの手を毛布の中に仕舞いこみ、その隣に寝転がる。

 さて、今夜はおとなしくリズの側でいるとしよう。

 本当は、隠し通路を使って情報収集したかったんだけど。

 勿論宰相達の動向を知るためだ。

『麗華門をくぐらずに後宮を抜ける方法なら、そこのヘイカとやらがよく知ってるじゃないか』

 三日前の夜、去り際に二号が残した言葉。

 よっぽどのボンクラじゃなけりゃあ、隠し通路を調べるはずだ。

 ま、隠し通路の道標はアタシがすっかり削り落しちゃってるから、そりゃもう迷いまくったことだろう。

 ふふん、ザマーミロってんだっ。

 アタシは連中の右往左往する姿を思い浮かべて、ほくそ笑む。

 ただ、連中がそれにどう対処したのかも気になるところだ。

 三日もあれば、正しい道を見つけることもできただろう。

 こんな風に過ごしてる間に、連中はそこのタペストリーの掛った壁の向こうにいるかもしれない。

 或いは、仕返しとばかりに、アタシが書いた道標を削り落したりもしたかもしれない。

 アタシなら、間違いなくそうしてる。

 そうなったら、次の手段を考えなきゃ。

 なんてことをつらつらと考えてたら、ふと気がつくと空が白みがかっていた。

 今夜はこれでタイムアウトだなと、遠のいていく意識の隅で思った。

 起きたら恵美に「く、くれないてんにゃ」の意味について訊ねてみよう。










 と思ったのに。

 目を開けると、そこは薄暗闇の空間で。

「オゲー。オゲゲゲゲゲェー」

 緑の腹の真っ赤なカエルが、何か吐いてんのか? って感じの声で鳴いていた。

 酷く具合の悪そうな鳴き声だけど、赤いカエル自身は至って元気そうである。

「オゲェ。オゲェェェェ、オゲー」

 どうやらアタシは、「カエル間転送」の場面に来ちゃったらしい。

 その時になってアタシは初めて、目覚まし時計をセットし忘れてたことに気がついた。


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