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第十八話 カエルの子供は共食いします その3

 恵美は四つの味を食べるために、Мサイズのハーフ&ハーフを二枚頼もうと言った。

 アタシは、宅配ピザは結構高いのでLサイズのハーフ&ハーフを一枚だけ頼むべきだと主張した。それで足りないのならインスタントラーメンでも食えと。

 恵美は散々悩んだあげく、照り焼きチキンを選んだ。但し、生地はイタリアンタイプは断固として拒否すると主張した。

 僅かでもボリュームを出そうとする恵美の涙ぐましい主張を、アタシは広い心で受け入れた。

 ま、アタシは生地にこだわりはないんだけど。

 恵美の執拗なサイドメニューの要求も受け付けず、無事宅配ピザ屋に電話で注文し終えると、何となく今日初めて恵美に勝利したような気がした。

 けれどアタシは直ぐに、勝利の味というものは時として空しいものだと気が付いた。

 何故なら恵美が、ナスの浅漬けにウスターソースをかけていたからだ。

 いつの間にそんなもの持ってきてたのか。

 アタシはその行為に、怒りよりも悲しさを覚えた。

「あのさ。素朴な疑問なんだけど」

 アタシの気持ちなんて構いもせず、ウスターソース色に染まったナスの浅漬けをパリポリと咀嚼する。

 マヨもろキュウを食べるのは用心したくせに、その動作には何の躊躇もなかった。

 パリポリパリポリ。

 余程気に言ったのか、恵美は猫のように目を細める。

 その小気味の良い音を聞いてると、恵美の口の中であらゆる常識までも細かく粉砕されていくような気がしてくる。恵美にとって一般常識なんてものは、ナスの浅漬け程の歯ごたえもないのに違いない。

 だから多分、アタシは恵美に夢の話をするのだろう。

「そのシンジンって、一体何?」

 恵美の疑問に、アタシは何も説明していないことに気がついた。

「『奇跡』を授かった『聖者』のこと」

 余りにも簡潔すぎたかもしれないが、それ以上に説明のしようがないというのが実際のところだ。

 恵美はアタシの答えを数瞬だけ吟味して、

「つまり、アンタのお姫様はセイジャってヤツなんだ?」

「そう」

「じゃあ、そのセイジャってのは?」

「生まれつき紫の髪か目、もしくは両方を持ってる人間のこと」

 またもやアタシの答えは、簡潔だった。

 それが不満なのだろう、恵美の切れ長の瞳が胡乱気に細められる。

 アタシはそんな恵美に、最後のマヨもろキュウを挟んだ箸をクルクルと回して見せた。

 恵美の視線がマヨもろキュウに引き寄せられて、クルクルと回る。

 こういうところが、一々物凄く猫っぽい。

 けれど猫は猫でも、尾が九つくらいに分かれた化け猫に違いない。

 なんてことを思いながら、マヨもろキュウを口の中に放り込むと、恵美は何故か恨みがましそうな顔をした。

 どうやら食べさせて貰えると思ったらしい。

 ふん。可愛い可愛いリズでもない女に、なんで「あ~~ん」をしてやらねばならんのだ。

 パリパリポリポリと咀嚼したマヨもろキュウを飲み込んで、アタシは言った。

「紫ってのはさ、向こうでは物凄く高貴な色なんだよね」

「何で?」

 恵美はそう言って、マヨもろキュウへの未練を断ち切るように、芥子をたっぷりとつけたソースナスをポイッと口の中に放り込んだ。

 流石に芥子を付けすぎたらしく、クッと呻いた後、眉間を指で抑えながらパンパンとテーブルを叩いた。

 そんな恵美に発泡酒を注ぎ足してやりながら、アタシは言った。

「人間の創造主っていう夢の神様のイメージカラーだから。なんでも、最初の人間ってのが紫の目と髪をしてたらしいよ」

「向こうのアダムとイブってヤツか。でもそれなら、向こうの人間全員紫の髪と目してなきゃなんないじゃん」

「全員がそうなら、そりゃただの普通の人だよ」

 正確な割合は分からないけど、紫の目や髪というのは向こうでも相当珍しい。

 紫よりも更に違和感のある紺やピンクの方が、多いくらいだ。

「珍しいのは劣性遺伝ってことだよね。紫の目や髪が発現してる人間に、紫以外の遺伝子はないってことじゃないの?」

 所謂、メンデルの法則ってヤツである。

 中学生で習うその初歩的な生物学的情報だけしか持たなくても、最初の人間=紫の目と髪説は疑わしい。

 けれど、それが真実かどうかは問題じゃない。

「そこら辺は神話なんだからさ、勘弁してやってよ」

 要するに、そう信じられていることが重要なのだ。

「ともかくさ、紫の目だとか髪だとかってのは神様の寵愛の証だってんで、大切にされるわけよ」

 紫の目を持ってる人間を「ぎょくの聖者」、紫の髪を持ってる人間を「さいの聖者」、目も髪も紫色の人間を「かんの聖者」と呼ぶ。その地位は希少性に比例して「冠」「彩」「玉」の順に高い。

 つまり紫の髪と目を持つリズは、一番位の高い「冠の聖者」ということになる。

「けどさ~、目はともかく、髪なんか染めたら分かんないじゃん」

 まだ納得いかないのか、恵美が不満げに言葉を漏らす。

 多分、本人には何ら責任のない遺伝上の理由で特別視する姿勢が、気に入らないのだろう。それは逆に言えば、遺伝上の理由での差別もありうるからだ。

 恵美はぶっちゃけ言って公正な人間ではないけれど、そういう意味での差別はしない主義だ。

「紫の染料は神殿が独占してて、一般には流通してないし。それを手に入れるとなるとそりゃもうバカ高い金が必要なんだよ」

 紫は聖者と神人にだけ許された色だ。

 何せどんな大国の王族も、大神官ですら純粋な紫は着られない。

 下手に紫色の服なんか着た日にゃあ、神への冒涜だってことで成敗されかねないのだ。

 因みに、ケロタン五号の腹に使われている紫の布は、アディーリアが「彩の聖者」だったからこそ手に入れられた一品である。

「一ヶ月もすれば根本から地毛の色がバレバレだし。聖者を騙ったって知れたら極刑だよ」

 そもそも聖者は、一部の例外を除いて生まれるのと殆ど同時に神殿に引き取られるから、偽物を仕立て上げるのは難しい。一部の例外ってのは王族や有力貴族の家に生まれた聖者のことで、というのも彼らには経済的な保護が必要ないからだ。

 聖者は大抵虚弱体質で生まれる。

 向こうの世界は、こちら程医療技術が発達していない上に、社会福祉だとか医療保障なんて概念がない。

 ぶっちゃけ言えば、医者にかかるなんてのは裕福な人間の特権だ。

 そんなだから、乳幼児の死亡率が高くて平均寿命も短い。

 だから神教は貴重な「聖者」を死なせないように引き取るのだ。

「でもさ、相当な見返りがあるんなら、するんじゃね?」

「見返りって言ってもさ、医療費とか学費の免除くらいだよ。まあ就職や結婚では、相当有利に働くことは確かだけど。紫の染料がコンスタントに買えるだけの財力のある人間には、意味がないと思うよ」

「でも崇め奉られたりするんじゃないの? そういうのって自己顕示欲の強い人間にはたまんないと思うけど」

「『聖者』は信仰の対象じゃないんだよ。ただ物凄く尊敬はされるね。その分、プレッシャーも凄いけど」

「神様に愛されてる人間が、優秀でないハズがないってか?」

「そう。だからさ、子供の頃から神教系の学校で英才教育を受けさせられる」

 聖者が優秀なら、その後ろ盾になっている神教の評判も上がる。

 聖者の優秀さを喧伝するのも神教なら、優秀に育てるのも神教なのだ。

 それが聖者の「保護」の内幕ってヤツである。

「それってマッチポンプってヤツなんじゃねえの」

 身も蓋もない言い方だけど、つまりはそういうことである。

「ふ~~ん。じゃあさ『奇跡』って何? やっぱりさ預言しちゃったり、海が割れたりしちゃうわけ」

 恵美の言葉にアタシは思わず想像した。

 後光を引っさげて神々しく預言を放つケロタンを。

 もしくは、暴風にマントをはためかせながら海を割るケロタンの堂々たる姿を。

「ぶはははは」

「そこ笑うとこ?」

「いやゴメン。ちょっと想像しちゃってさ」

 アタシの言葉に、恵美はピンときたらしい。

 途端に恵美はゲラゲラと笑い出した。

 恵美には以前、ケロタンの姿を描いて見せたことがある。

 上手いとは言えないアタシの絵なので、恵美の頭の中ではドえらい想像図ができあがっているのに違いない。

 けれど残念なことに、そんなスペクタクルな展開はない。

 「神人」の物語なら幾つかリズに読んで聞かせたことがあるけれど、大抵の場合聖者が何らかの事情で困っていると、神様の使いである精霊がやってきて便利アイテムを授けるってだけの話である。

 ある時井戸の水が濁って聖者が困ってると、精霊がやってきて水を綺麗にする装置を置いていったとか。

 ある時聖者がずぶ濡れで風邪ひきそうになってたら、一発で火をおこす装置をくれたとか。

 ある時聖者がちょっと寂しくなって音楽でも聞きたいな~と思ったら、掌サイズの音楽がなる器械をくれたとか。

 アタシが恵美にそれを言うと、

「それってさ。浄水器とチャッ○マンとiPODじゃね?」

「あ、やっぱそう思う?」

「…何て言うかさあ。神様っていうよりド○えもん?」

 恐らく、日本人なら誰もが同じようなことを思うだろう。

 恵美の正直な感想に、アタシも頷くより他はない。

 誰だってドラ○もんは欲しい。ドラえ○んは人類の夢である。

 けれど、の○太君依存症の猫型ロボットと同列では、神様もありがたみはイマイチだ。

「大体それが神様から貰ったもんだって、どうやって分かるのさ」

「貰った本人にしか使えないこと。動力が不明なこと。そこら辺がポイントだったと思うよ」

「怪しいな~~。意外とその神教ってのが、何か仕込んでんじゃないの?」

 アタシはそれを肯定も否定もしなかった。

 神様の存在自体が信じがたいアタシ達には、結局のところ何がどうなっても胡散臭く思えてしまう。けれど、夢の中の出来事に近代科学を当てはめようとすること自体、無茶な話じゃないだろうか。

「ま、いいけどさ。で、そのシンジンとやらになると、何が不味いわけ?」

 恵美の問いかけに、アタシは苦虫を噛み潰したような気分になった。

 リズがもしタダの聖者だったなら、不味いということはない。

 そう。

 リズが、リズでさえなかったら。


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