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第十六話 カエルの子供は共食いします

「ちょっと待て!」

 目を開けた瞬間、驚異的な反射神経でそう言ってのけたアタシを褒めて欲しい。

 何故ならそこには、高く上げた腕を今にも振り下ろそうとしている恵美がいたからだ。

 お陰で寝起きのだるさも吹っ飛んだ。

「起こそうかと思って」

 と言って恵美は綺麗に笑うけど、今更アタシが恵美の笑顔に誤魔化されるハズもない。

「いや、余計寝るから」

 永遠に。

 何てったって昔も今も美人な恵美は、自らの尊厳を守るため、そして相手の尊厳を踏みにじるため、幼い頃から一通りの武術を習っているからだ。

 勿論、恵美は本気じゃない。と信じたい。

 けれど一応、注意だけはしておこう。アタシ達の明るい未来と友情のために。

「有段者が素人に拳使ったら、犯罪だから」

「拳違うし、平手だし。段取ってないし」

 直ぐさま切り返される言い訳は、多分最初から用意してあったのに違いない。

「確信犯か!」

 アタシがそうつっこむと、恵美は意外な程冷静な口調で返してきた。

「あのさ。確信犯ってのは、思想的な信念の下に敢えて違法行為を行う人間のことであって、所謂政治犯とか思想犯のこと。単に悪いことと分かってて悪いことをやる人間のことじゃないんだぜ?」

 アタシは恵美の答えそのものより、久しぶりに恵美の口から真っ当な言葉が出てきたことに驚いた。

「マジで?」

「マジで。ついでに言えば、有段者の拳は凶器扱いで罪が重くなるってのはデマだから。酌量に影響はあるだろうけどさ」

「じゃあ、有段者は警察に登録されてるってのは?」

「そりゃ都市伝説」

「おお、流石、腐っても法学部」

 アタシは恵美の知識に、というよりも、恵美もにちゃんと常識があるってことを久しぶりに再確認できて感動した。

「それを言うなら、文学部のアンタが、何故言葉を誤用するのかね?」

 ちょっと耳の痛い指摘だが、アタシにもちゃんと言い訳はある。

「そりゃあんた、『確信犯』は歴史用語じゃないし」

「おお~、歴女的発言」

 恵美は感心したように言ったけど、アタシは残念ながら歴女じゃない。

「歴女は『歴史上の人物に萌える女子』のことで、アタシは単なる史学科の学生。そもそもアタシは歴史上の人物には別に萌えない」

「じゃあさ、ムソウな三国志とかバサラな戦国とかは? 」

 それは歴史と言うより、ゲームの話だ。

 けれど、歴史に造詣のない恵美には、フィクションと史実の区別などつかないし、つける必要もないのだろう。

「さっぱり」

 とはいえ、ゲーム自体を否定する気はない。

 恐らくゲームマニアな歴女の皆さんは、アタシなんかよりもよっぽど歴史上の人物の名前を知っているのに違いない。

 史学ってのは専門的になればなるほど、あらゆる意味で扱う幅が短くなる。つまり覚える名前はとても少なく、そして実は覚えなくてもやっていける。そもそも空で研究発表することなどありえないからだ。

「じゃあ、何に萌えてんの?」

 問われて、アタシは考える。

「う~ん。動乱期より安定期かな。政治ってのはさ、安定したら次は腐ってくもんじゃん。逆に文化はどんどん成熟していって、外側の重箱は豪華のなっていくくせに、中身はどんどん腐ってくみたいな? けど腐りきっちゃうと動乱がやってくるから、腐りきっちゃう手前まで。ぶっちゃけ、腐っていくその課程が、辛抱たまらんわけよ」

 アタシとしては、成熟した社会がだんだん衰退していく様を政治的に追っていくのが面白いんだと言いたかっただけなんだけど。

 ちょっと言い方が、なんかヤバイ人みたいになってしまった。

「う~~ん。何でも腐る寸前が一番美味しいってヤツ?」

 どうして食べ物に例えるのかは不明だけど、言ってることは的を射ている。

「そんな感じ」

 そう答えると、恵美は満足したように頷いた。

「なるほど。子供の頃共食いなんかしちゃってるから、今更、血湧き肉躍るドラマなんか飽きちゃってるんだ」

 アタシは恵美の言葉にピンときた。

 カエルの中には、オタマジャクシの頃共食いする種類がいる。それをアタシに当てはめようとしているらしい。どう考えても無理矢理だけど、恐らくそれが近頃の恵美のマイブームなんだろう。

「今日もう既に何回か言ってると思うけどさ。アタシ、カエルじゃないから」

 何故こんな分かり切っていることをわざわざ言葉にしなくてはならないのか?

 言いながら、アタシは甚だしい疑問を感じる。

 けれど恵美が、そんなアタシの心情を汲んでくれるはずもなく。

「さっき昼寝してるときに、子供の頃の夢見てさ~」

 清々しいまでに、アタシの言葉を無視してくれた。

「それで思い出したんだけど。ばーちゃん家が田舎にあってさ。夏休みによく行ってたんだけど。向こうの方に山があってさ、入道雲が湧いててさ、蝉の声が物凄くて。田んぼがず~~~~っと続いてんの。んでさ、ため池があってさ。アメンボだとかタニシだとかカエルだとかがいるわけよ。そこである時、オタマジャクシが親カエルに群がってるのを見たんだよねっ。んで、よく見たらオタマジャクシが親食ってんの。当時はまだ、アタシも純真無垢な子供だったもんだから、物凄くショッキングでさ。カエルがオタマジャクシにどんどん食われていく様をずっと眺めてたんだよね。まあ、今思えば、親かどうかは定かじゃないんだけど」

 まるで夢見るように遠くを見つめて、思い出を語る恵美。

 その横顔は、一言で言えば麗しい。

 麗しいんだけどなあ。

 途中までは確かに長閑な田園風景だったのに、突然猟奇な世界になっちゃったな、うん。

「………物凄くポエティックな思い出話をありがとう。うん、思い出したよ。確かに親も兄弟も食ってたよ」

 アタシはやけくそになってそう言ってやった。






 とにもかくにも、アタシは恵美に避けられない状態の人間に手を挙げるんじゃないと言った。

 そしたら恵美は、悪びれもせず、

「昔はよく、授業中に寝てたアンタを起こしてやったじゃん」

 言われて、そんなこともあったなあと思い出す。

「けど、アンタの起こし方は派手すぎて、アタシが居眠りしてたの先生にバレバレだったじゃん」

「そりゃだって、親切心で起こしてたわけじゃないからね」

 曰く。

 自分が眠いのを我慢しているのに、他人が寝ているのを見るとムカついたから。

 だそうだ。

 非常に恵美らしい非常識な理由だった。

「そんなことよりさ。昼寝んとき、スミ、お姫様んとこ行ってたよね」

 恵美の言葉に、アタシは頷く。

「ああ、だからさっきアタシを叩き起こそうとしたわけか」

 どうやら恵美には、アタシが向こうに行ってることが分かるらしいのだ。

 そもそもそのせいで、恵美に夢のことを話すハメになったわけだが。

 恵美が言うには、呼吸も脈も正常なのに気配が全くないらしい。

 それが一体どういう状況なのか、当然ながらアタシにはイマイチ分からないけど、武術を嗜む恵美には「気」とかそう言うヤツが読めるらしい。

 例えて言うなら、死体が息をしているみたいで、非常に気持ちが悪いらしい。

 らしいらしいで不確かな言い方だが、アタシには自覚がないからそうとしか言いようがない。

「だって、まだ報復計画立ててないのに。例の宰相とやらに会ったら困るじゃん」

 恵美の言葉に、一瞬アタシのことを気遣ってくれたのかとも思ったが。

「仕返しが中途半端になったら、面白くなくなるし」

 結局は自分の楽しみが減るのが惜しいらしい。

 まあ、いいんだけどさ。

「アタシも、最初は焦ったんだけどさ。今回は三号に入ったし。まあ、二号もリズんとこに戻ってたんだけど。後宮に連中は入ってこれないからなんとか無事だった」

 そんなことよりも、とんでもないことを聞いてしまったのを思い出す。

 聖者とか奇跡とか神人だとか。

 アタシの頭の隅で、赤い警告灯が明滅してる。

「隠し通路使ったら入ってこれるじゃん」

 恵美の言葉に、一瞬何の話かと思ったけど。

 直ぐに話の流れを思い出す。

「ああ、それは大丈夫。どの通路がレゼル宮に続くか分かんなくしてあるから」

 地下水路へ向かう道の分岐点には、パッと見には分からないけど、触るとそれと分かる道標が彫られてある。

 けれどもアタシはそれを、一々削り落として日本語に書き換えたのだ。当然日本語の分からない連中には、意味不明の文字である。

 ダミーの横道は沢山あるので、よっぽど運が良くなければちょっとやそっとでレゼル宮に辿り着くことはできないだろう。

「それに、流石にリスクが高すぎる。連中だってバカじゃない」

 運良くレゼル宮にたどり着けたとしても、寝室の直ぐ隣には侍女や侍従武官が控えてて、紐を引っ張れば直ぐに誰かがやってくる。

 レゼル宮は神殿関係者ばかりだから、神殿が連中と取引すれば口止めはできるだろう。

 けれどそうなったら、連中はもう神殿との対等な取引などできなくなってしまう。

 イスマイルという国は、代々神殿の影響力を抑えようとしてきた。それが一気に神殿に攻勢を掛けられて、下手をすれば神殿の傀儡王国と成り果ててしまうかもしれないのだ。

「ていうか、今は連中のことはどうでもいいから」

「まさか報復止めるわけ?」

 恵美が不満そうに眉間に皺を寄せる。

 アタシはそれに慌てて言い返す。

「まさかっ」

 勿論、そんなことはありえない。

 報復はキッチリとさせて貰う。

 けれど今は、小さな国の政治的陰謀よりも、もっとデカい問題がある。

 その方が、リズにとっては切実かつ重要なのだ。

「ひょっとしたら神教は、リズを一生縛る気かもしれない」

 アタシが真剣な眼差しで恵美にそう言った時。

 チャラチャチャチャチャン、チャラチャチャチャチャン、チャラチャチャチャチャチャチャチャチャチャン。

 今更のように、携帯の目覚ましが間抜けな曲を奏でた。

 三分間で料理の下ごしらえから盛りつけまでしてしまおうっていう無謀な料理番組のテーマ曲だ。

 途端に恵美の腹が鳴った。

 ギュルギュルギュルギュル~~~~~~~。

 典雅な美貌に似合わない、豪快な音色だった。

 まさか、脊髄反射に仕込んでるんじゃないだろうな。

 色んなタイミングの間抜けさに、アタシは思わず脱力した。



三分クッ○ングって、三分じゃないですよね。


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