第十二話 カエルは水を経皮吸収するんです その2
「店の人が気の毒だから、普通に食え」
アタシは恵美にそう言い含めて、プスリとレタスにフォークを突き刺した。
いつも思うんだけど、サラダにフォークって意外と食べにくい。葉っぱモノって、これがまた、フォークが、刺さらんっ。
何度も果敢に挑戦するアタシを見かねて恵美が言った。
「焼きそばについてる箸で食えばいいんじゃないの?」
「あ、そうか」
アタシはフォークを箸に持ち替えて、意気揚々とレタスを口につっこんだ。
ドレッシングがやや酸っぱい。
「で、差し迫った問題って?」
おお、覚えていたか、我が友よ
「つるし上げ食らったけど、間一髪でばっくれたこと?」
うわ~、身も蓋もない。
けど、確かにその通りなので、アタシは素直に頷いた。
「ばっくれたことはまあ、返って良かったと思う。連中の意図が分からん以上、下手な行動とりたくないからね」
「ああ、お姫様に何があるか分かんないし?」
完全に他人事だとばかりに暢気にそう言って、恵美は冷やし中華の汁を飲んだ。
冷やし中華の汁って、飲むものだっただろうか?
いや寧ろ、千々に崩れたプリンを飲みたかったのか?
うむ、そうやって、まっとうな食べ物を汚してしまった証拠を、綺麗サッパリ隠滅してしまいなさい。
ゴホッ。
あ、噎せた。
「てか、寧ろ、それだけが重要」
アタシはやっぱりいろんな言葉を飲み込んで、ついでにサンドイッチも飲み込んで、厳かに言った。
恵美は見た目に反してツッコミ処が満載な人間だ。
けれどそれをイチイチつっこんでたら、キリがない。
恵美はやりたいときにやりたいことをやりたいようにやる。そういう人間だと分かっていれば、大抵のことは受け流せるものだ。多分。
ただ、小市民的友人としては、他人の目というものをもう少し気にして欲しいところだ。
「なるほどねえ」
冷やし中華(プリン風味)をすっかり片付け終わった恵美は、焼きそばに箸を向けた。
今度は焼きそばとパフェのコラボなんてことをするつもりじゃねえだろうな。
「連中はさ、噂がそんだけ広がる前に、なんで何もしなかったのかな。少なくとも、神殿に介入される前に。自分は無実だから潔白は必ず証明される、なんて暢気なこと考えてるようなヤカラじゃないよ、アレは」
アタシはそう言って、一癖二癖どころか、十も二十も癖がありそうな連中の顔を思い浮かべる。
あのメンツだと、直情金髪の直情ぶりが、なんとも微笑ましいような気さえするから不思議だ。
「ヘイカもな~、何考えてんだか分かんないし。二号が動いたからよかったものの、動かなかったら無条件に処罰って。自分の側近だよ? ギャンブラーどころの話じゃないよ。寧ろ側近達を処分したがってんじゃないかと思うね」
「その可能性は?」
恵美はそう言って、焼きそばを口に入れた直後に生チョコを更に口に入れる。
皿の上でコラボするのはやめたけど、口の中でコラボするのはやめないんだな。
一体恵美は、何にチャレンジしてるんだ?
「う~ん」
イスマイルでは立太子後直ぐに側近が揃えられるはずだ。将来的に宰相、王佐、近衛となる人間は、エルハラ宮に部屋を与えられて王太子と一緒に長い時間を一緒に過ごす。
つまり、国王と側近の絆は強い。ハズだ。
その事を恵美に言うと、
「ま、一緒に過ごしたからこその憎悪ってのもあるかもよ?」
と怖いことを言った。
なるほど。
直情金髪の忠誠心は疑いの余地もなさそうだけど、あとの四人は分からない。
まあ、ヘイカが来て殆ど直ぐにばっくれちゃったからね。
一般ピーポーなアタシに、一目で人間関係を見極める程の眼力はない。
「人間関係がぐちゃぐちゃかどうかは、分かんないな~」
そう言って、卵サンドをゆっくりと咀嚼する。
あ、ここの卵サンド。卵がゆで卵のマヨネーズ和えじゃなくて、卵焼きになっている。
そういやあ、関西圏の友人が、逆にサンドイッチの卵が卵焼きじゃないのにビックリしてたな。きっとここのマスターは関西人なのだろう。
そんなことを考えながらズズズッとカフェオレを啜ったら、ふと思い出した。
「あ、でも、現実問題として、宰相コケたら、ヘイカもコケる」
「なんで?」
「宰相んちのなんとかって侯爵家は、第一正妃の後見。つまり国王サマの後ろ盾ってヤツだもん」
「じゃあ、国王の側近更迭したいデス説はなしか。因みにデスはDeathね」
「何のこだわりだよ…」
これまでのところ、糸口すら掴めてない。
やっぱり、二一の小娘が二人揃ったところで、どうにもなんないもんか。
三人寄れば文殊の知恵っていうくらいだから、せめてもう一人必要なのか。
アタシはその時、何故かセルリアンナさんの事を思い浮かべた。
あの中で、一番話を聞いてくれそうな雰囲気ではあったけど。
セルリアンナさんは多分二一じゃない。いや、問題はそこじゃないか。
結局は、セルリアンナさんも神殿の息の掛かった人間だ。
「う~ん、神殿の考えてることも分かんないしなぁ」
アタシは、メリグリニーアさんの不可思議な銀色の瞳を思い浮かべた。
冷たいような冷たくないような、何考えてんだか分かんない眼差し。
まあ、あん中で何考えてんのか分かるのは、直情金髪くらいのもんだ。
「後宮の警備を、その神殿とこの女子軍がやってるんだっけ?」
惜しい、女子じゃなくて娘子なだけど。
まあ、意味的には同じか。
「後宮に泥棒が入ったってことは、女子軍の引責問題だから、名誉挽回のために犯人タイホに躍起になってんじゃないの?」
「う~ん、アタシだったらさあ、隠蔽に躍起になるけどね。賊なんぞ入ったこともございませんって。宰相と裏取引するね。何でカエルを持ってんのか問わない代わりに、黙って返せってね」
「うわ~、保身に走ってるよ、この女」
「保身に走って何が悪い。正義感でメシが食えるかってんだ」
「でもさ、噂がそんだけ広まった時点で、無理じゃね?」
「噂が広がる前にだよ」
そうか。娘子軍の方も、なんで噂が広がる前に行動しなかったんだろうって疑問がでてくる。宰相にしても娘子軍にしても、ちゃんと情報網は持ってるはずだから、そんだけ噂が広がる前にどうにかしようと思えばできたはずだ。
「隠蔽する気なら、そういう疑問もアリだろうけど。する気がなかったら?」
恵美の問いかけに、アタシは思案する。
「そりゃ、犯人逮捕しかないよ。娘子軍は後宮内で起こった問題を処理するのが役目なんだし」
後宮内のゴタゴタは娘子軍の権限で処理することができるけど、殺人、姦通罪、王族侮辱罪の三大犯罪は大審院に報告する義務がある。勿論報告するには、証拠を揃えなきゃなんないわけだけど。
「あのさ、娘子軍は二号が動くってこれっぽっちも知らなかったわけ」
「まあ、常識的に考えて、そんなこと考えつきもしないわな」
「だから娘子軍は、何者かが忍び込んで、二号を取ったと思ってる。でもさ、娘子軍といやあ、鉄壁の警備網で知られてるんだよ」
「女子達としてはさ、どうやって忍び込んだか知りたいと思うんじゃね?」
う~ん。間違ってない。間違ってないんだけどな~~~。
「じゃあさ、恵美が忍び込むとしたら、どうやって忍び込む?」
夜中にコッソリと? 或いは昼間堂々と業者になりすまして?
どっちにしても。
「ワタシは忍者じゃないんだから、内部の人間に手引きさせるよ」
「だよねえ」
となりゃ、当然、手引きした人間は誰かって話しになる。
侍女か女官か、或いは妃の誰かか、娘子軍の人間か。
宰相に疑いの目を向けてるフリをして、犯人を泳がすため? 或いはあぶり出すため?
いや、彼女たちは宰相達も疑っていた。
「う~~~~ん、分からん!!」
ますます頭がこんがらがってきた。
「まあ、どっちにしろ、陰謀があるんだよ、陰謀が。王家、宗教、権力、とくりゃあ陰謀だよ」
ケラケラと、恵美は面白そうに笑って言った。
他人事だよね、他人事だよね! 確かに他人事だけれども!!
それでもやっぱり、話を聞いてはくれるのだ。
荒唐無稽な、夢の中の出来事なのに。
「はあ」
アタシは盛大なため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるっていうけれど、リアルに気力が逃げていく。
陰謀なんかアタシの手に余る。平穏無事に、事なかれ主義で生きていきたいのに。
「スミ。お姫様、守りたいんでしょ?」
「そうだった!」
恵美の言葉にハッとなって、アタシはガバリと頭を上げた。
弱腰になってる場合じゃなかった。陰謀があるなら尚更、リズにだって危険が及ぶかもしれないのだ。
アタシはサンドイッチの最後の一切れをパクリと食べた。
トマトの酸味とレタスの青臭さが、口の中で混ざり合う。
それを、お冷やでゴクゴクと流し込んだ。
トンッとグラスを置くと、恵美がアタシに言った。
「アンタはさ、知りすぎてることと知らなすぎることのバランスが悪いんだよ。だから全くの第三者からの視点で見直してみたら、何か別のものが見えてくるんじゃないの?」
客観的に見て、彼らの行動がどう人の目に映るのか、考えてみるのもいいかもしれない。
てか、視点変えなきゃ、多分ダメなんだ。
「そうか」
アタシは箸を取って焼きぞばの皿へと伸ばす。
腹が減っては戦が出来ぬっていうからね。
ところが、アタシは焼きぞばを掴む直前でピタリと箸を止めた。
「おい」
アタシはドスを効かせた声で言った。
「どした?」
意地汚くもパフェの底を浚えている恵美は、こちらを見ずに答えた。
「どした? じゃねえよ。エビやイカは何処やった」
海鮮焼きそばは、見るも無惨なキャベツ焼きそばと化していた。
いやだからって、チョコレートまみれのイカは差し出さんでよしっ。
註)関西圏だからといって、卵サンドは卵焼きサンドとは限りません。寧ろゆで卵サンドの方がメジャーですが、しかしながらある種の喫茶店では卵焼きサンドが未だ根を張っております。なので、卵焼きサンドを食べたい場合は、関西に行くよりもご自宅で作られた方が確実です。あしからず。