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第十一話 カエルは水を経皮吸収するんです

 キャ―――――――――――――――――――――!!

 バッシャ―――――ン!!

「うぷっ」

 子供の奇声と激しい水飛沫とに容赦なく襲いかかられ、アタシはもうちょっとで鼻から水を飲むところだった。

 燦々というよりギラギラと照りつける太陽、むき出しのコンクリートの照り返し。

 何年何組と書いたゼッケンを付けたスクール水着の子供の群れ。子供を御すことを諦めた母親達。ひたすら水中往復歩行を繰り返しているおばさま方一行。

 これもそれも全部、地球温暖化のせいに違いない。

「で、なんで市民プール?」

 アタシは隣の恵美に訊いた。

 朝起きて、アタシは恵美にメールした。

 相談したいことがあるのだと。

 メールは直ぐに返ってきた。

 水着持参で、九時に市民プール前集合って。

 要するに、市民プールの料金が相談料というヤツだ。我が親友の余りの安上がりっぷりに、思わず目頭が熱くなった。

 典雅な美貌に相応しく、恵美は結構良いところのお嬢さんだ。大学に通うのに少し遠いからと一人暮らしをしたいと言った娘に、一人暮らしは許せんと運転手付の車を与えようとしたくらいに、だ。

 とはいえ、そのセレブな生活は母親の再婚で手に入れたモノなので、由緒正しい庶民のプライドに掛けて断固拒否したらしい。

 だからって、流れるプールもウォータースライダーもない市民プールはどうかと思う。せめて健康ランドにすればいいのに、と思うアタシの庶民っぷりも相当なもんだ。

 ま、料金はアタシの払いだから、安いに超したことはないんだけどさ。

「海はちょっと遠いし、キケンだし」

 恵美が水中メガネを装着しながら言う。

 海難事故の事を言ってるんだろうか。

「確かに、波がある分キケンだけどさ」

「いやそうじゃなく。海水はダメじゃん」

「海水がダメ?」

「カエルは淡水棲で、水分は経皮吸収。浸透圧であっという間に浅漬けのできあがり?」

「いや、カエル違うし。カエルの浅漬けとか聞いたことないし」

 カルキ臭い水だって、カエルには十分毒だと思う。

「あ、この前、お兄ちゃんとフレンチ行って、カエル食べた。結構美味かった」

「………ふうん、そう。よかったね」

 アタシは何を言うべきか迷ったけれど、結局それだけ言った。

「うん」

 と屈託なく笑うと、恵美はバシャバシャと子供の群れに向かって泳いでいった。

 伸ばした両腕にはしっかりとビート板が握られている。

 昨年の水着を着てるアタシもアタシだけど、競泳用水着を着てその泳ぎはないんじゃないだろうか。白い水泳帽が、哀愁すらそそる。

 いやでも、一昨年の「三年A組」のゼッケンつけたスクール水着に比べれば、随分と進化したと思う。いや、アレはいかん。一部の熱烈なマニアによる犯罪の誘発を意図しているとしか思えない程、キケンな代物だった。

 その時恵美はキッパリと言い切った。

「周りにも同じ様なのがいるじゃん」

 いや、体のデコボコ具合が全然違うからっ。

 アタシはあの後直ぐ、恵美の兄という人にコンコンと説教をかましたものだ。

 恵美にはそういった常識がないのだから、身内であるアナタ方が気をつけずにどうするのだと。

 アタシはその時、大人の男の人に説教する快楽というものを知った。






 二時間程泳いで、アタシ達は市民プール近くの喫茶店に入った。

 今時のカフェじゃなくて、喫茶店だ。ライスカレーだとかナポリタンとかが普通にメニューにあるような、アレである。

 そこでアタシはミックスサンドとカフェオレをチョイスして、恵美は冷やし中華とフルーツパフェを頼むと言った。

「小学校の時さ、プール行って、散々体冷やしてんのにバカだから気がつかなくてさ、帰りにアイスクリーム食べて腹壊す、なんてことなかった?」

 暗に冷たいモノは控えろと言ったんだけど。

 アタシの言葉に、恵美は数瞬思案して。

「じゃあ、デラックスパフェに変えるか」

 写真によると、デラックスパフェってのはチョコパフェにフルーツが盛ってあって、その上更にアイスとプリンが乗ってるってゴージャスなシロモノだ。

「更に冷やしてどうする」

「スミは海鮮焼きそばも食べなよ。あ、ミックスジュース追加で」

 無視かよ。って、人の食べる物まで決めんなよ。てか、それ確実に食い過ぎだし。腹壊すし。

「………好きだね、ミックスジュース」

 アタシはイロイロ考えたけど、やっぱりそれだけを言った。

「うん。あの嘘くさくて安っぽい甘みが好き」

 嫌いな理由を聞いたと錯覚を起こしそうな答えだ。

 きっと、庶民からセレブにのし上がった人間特有の屈託ってのがあるんだろう。多分。

「焼きそば、半分コしよう。だったらスミの小さい胃にも優しいし」

 アタシの胃が小さいんじゃなくて、てめえの胃がデカイんだよ。

 てか、最初っからそのつもりで焼きそば勧めただろう。

「焼きそばと冷やし中華、迷ったんだよね」

 どこまでも欲望に忠実な女だよ、アンタって女はよ。

 アタシはウエイトレスを呼んでオーダーした。勿論ちゃんと焼きそばも注文した。しなかったら後が五月蠅そうだから。ウエイトレスはちょっとビックリした顔で「ご注文を繰り返します」と言って、全部で六品のメニューを間違いなく繰り返した。

 ま、女子二人で食う量じゃないわな。

「で? 相談て?」

 空腹を誤魔化すためかお冷やをゴクゴク飲んでから、恵美が言った。

「実はさ、夕べ向こうに行ってきたんだけどさ」

 恵美はその美少女っぷりからは全く想像もつかない程エキセントリックな人間なので、正直言って策略には向いていない。それならアタシの方がまだマシなくらいだ。けれど、おつむのできはアタシなんかより遙かに良くできているので、相手の意図を読むことには長けている。と思うのだ。

 ま、恵美以外に例の夢のことで相談できる人間なんか、そもそもいないわけだけど。

 アタシはお冷やで喉を潤して、昨夜の夢のあらましを語った。

 その間に、注文したメニューが運ばれてくる。

「ミニサラダはサービスです」

 ウエイトレスはそう言って、最後に本当に「気持ち」程度のミニサラダを置いていった。






「どこで○ドアでカエル間転送っ?」

 恵美が食いついたのは、先ずそこだった。

 なんだよそりゃ。「亜空間転送」の親戚みたいな言葉は。

「アンタ、最近何のドラマ見た?」

「スタートレック」

 やっぱり。

「宇宙大作戦からヴォイジャーまで観たけどね。ワタシは、やっぱりネクストジェネレーションだと思う。データだよ、データ。データ少佐最高」

 解説しよう。『スタートレックネクストジェネレーション』は、『スタートレック』シリーズの二番目の作品で、五センチくらいあるんじゃないかと思う程鼻の高い艦長率いる個性的なクルー達が宇宙を舞台に繰り広げる壮大なSFドラマである。データ少佐は中でも人気のキャラクターで、陽電子頭脳を搭載した高性能アンドロイドだ。感情チップ未搭載のため、感情というものを基本的に持っていないが、芸術に関心を持ち、飼い猫を題材とした詩を披露したこともある。

「ああ、うん、そう」

 アタシは寧ろ『ディープスペースナイン』の方が好きだけど、スタートレックに関するコメントは差し控えた。なぜなら恵美の綺麗な切れ長の眼差しが、データ少佐への愛に燃えていたからだ。

「フィリス・カダス、それがお前の正式な学名、四足歩行の動物、生まれながらに肉食…」

 案の定、恵美はウットリとした顔で、データ少佐の作った詩を朗読している。

 その詩の一体何処にそんなにウットリとする要素があるのかは不明だが、触らぬナントカに祟りなし、というヤツだ。大変残念なことに、ナントカの部分はこの場合「神」ではない。いや、ある意味「神」か?

「あのさ。今は、カエル間転送(?)より差し迫った問題があるんだわ」

 カエル間転送も、そりゃ問題だけど。

 便利な機能が一つ増えたくらいで、害はない。今のところ。

「けど、カエル間転送の方法が分かったら、自分で『本日のカエル』を選べるかもしんないじゃん」

 切り替えの早い恵美は、瞬く間にデータ少佐の事を頭の隅に追いやったらしい。

 冷やし中華の酸っぱい出汁の味がまだ十分残ってる口に、生チョコがたっぷりと乗ったスプーンを差し込みながら、恵美は言った。

 アタシは頭の隅で、冷やし中華とミックスジュースを同時に口の中で咀嚼するのとどっちが味覚的にアレだろうと考えながら答えた。

「そんな、日替わりランチじゃないんだからさ」

「同じようなもんよ。今まではさ『シェフの気まぐれランチ』しかなかったのが、自分でメニュー選べるようになるんだよ。凄くない?」

 そりゃ凄いだろうけど。

 もっっと凄いのは、プリンを冷やし中華に乗せかえてるアンタだよっ。

「『シェフの気まぐれランチ』も何が出てくるのか分からないドキドキ感があって、結構楽しいくない?」

 もっとも、アンタの食べ方以上のドキドキはないけどね。

「そっか。まあ、スミはさ、ちょっとギャンブラー体質なとこあるからね」

 恵美はそう言いながら、何故かプリンをグシャグシャと潰し始めた。

 何故潰す!?

 そして何故攪拌する!?

 アレか? それはこの間一緒にテレビで見たご当地C級グルメ名古屋編に触発されてのことか? 謎の小倉抹茶味のパスタだとか、お汁粉味のうどんだとか。アレを目指してんのか?

 何故に!?

 アタシの頭の中ではグルグルといろんな言葉が乱舞したけど、結局アタシはそのどれも口にしなかった。

「何それ、ギャンブラーって、そんなの初耳だよ」

「じゃあ、行き当たりばったり?」

 恵美はそう言って、プリンまみれの冷やし中華を口にした。

「ありゃ、ひょっとして結構イケる?」

「マジか!?」

 こればっかりは、つっこまずにはいられなかったアタシであった。



恵美のキャラが、なんか可笑しい??


データ少佐に関しては

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF_%28%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%29

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