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第九話 カエルの恋は合戦です その3

 とりあえず、ここに至るまでの流れは見えた。

 けれど、全く見えてこないもある。

 宰相側、もしくはイスマイル王国の思惑と、神殿、つまりアヌハーン神教の思惑ってヤツだ。

 どうして、噂が広がる前に、宰相側は何故何らかの対策をしなかったのか。

 リズが母親の形見を大切にしていて、それがカエルのぬいぐるみだってことは後宮ではよく知られてる事実だし、そのことをあの夜の時点で宰相側が知らなかったとしても、直ぐに知ることができたはずだ。勿論、なんでそんなものが前宮に「落ちてた」んだって話にはなるだろうけど、泥棒がわざわざ盗んだものを返すわけがないから、容疑者の可能性は低くなる。

 次に神殿側にしてみたら、後宮に侵入者があったとして、それって後宮の警備を受け持つ娘子軍の責任問題になるわけだから、本来ならオオゴトにはしたくないんじゃないだろうか。

 なのに神殿は神官長を送りつけて直接介入してきた。まあ、容疑者が宰相だから娘子軍だけじゃあどうにもならなかっただろうから、何らかの形で神殿が介入する必要はあったんだろうけど。

 疑問は浮かぶけど、答えは出ない。

 そもそも社会経験皆無の二一の小娘なんかに、政治の裏側なんてのが分かるわけもないわけで。

 要するに、アタシには荷が重い。

 せめてゆっくり考える時間があればと、切実に思う。

 双方の意図が分からんことにゃあ、何を言っていいのか、何を言うべきじゃないのかも見えてこないし、それがリズにどんな影響を及ぼしちゃうのかも、全く見当がつかない。

 だったらせめて現状把握して、最悪の事態だけは避けよう、避ければ、避けるとき、避けれ。

 なんか違う。

 う~ん、本格的に逃げたくなった。

 アタシはチラリと外を見る。

 期待に反して、まだまだ深夜真っ盛り。

 まだ暫くは「現実」に逃避行ってのは無理らしい。

 それにしてもよくもまあ、こうタイミング良く関係者全員が集まってたもんだと思う。

 全員で四六時中見張るなんてのはどう考えても効率悪い。普通は交代で見張ったりするんではないだろうか?

 そう訊ねてみると、セルリアンナさんが答えてくれた。

「侍女頭のコンスタンスが、王女殿下はケロタウロス殿方が動かれるのは夜だというようなことをおっしゃっていたと申しましたので。王女殿下はご成長遊ばされてからは、ケロタウロス殿のお話は余りなさらなくなりましたが、お小さい頃はよくお話しになられたと伺いました。お寂しさ故の行動だとばかりと思っておりましたが、こうして実際に動くクリス殿を目の当たりにいたしますと、王女殿下のお言葉が全て真であったのだと、深く感じ入る次第です」

 要するに、夜だけ見張ってたわけか。

 まあ、間違いじゃないけど。コンスタンスさん、よく覚えてたな。

 もう三年くらいにはなると思う。リズが人前でケロタン達のことを話さなくなったのは。

『だって、みんなのことを言うと、可哀想な目で見られるんだもの』

 何時だったか、ちょっと拗ねた口調でそう言ったリズは、不憫だったけど、同時に物凄く可愛かった。

 そっぽ向いたときのバラ色の頬のふくらみ具合とか、ツンと上がった顎のラインだとか、誤魔化すみたいに瞬く度にバッサバッサと上下する睫だとか。

 でへへ。

 アタシの可愛いリズは、細部に至るまで可愛らしくできている。

 アタシはちょっと和んだ。

 なんか変態くさいけど。

 お陰でもう少し頑張れるかも、と思う。

 そうだよ! 負けるな、アタシ!

 明けない夜はない!

 アタシは、心の中で力強く拳を掲げた。

 すると、まるでアタシの決意を挫くかのように、メリグリニーアさんが言った。

「では、改めてお伺いします。先程の『誘拐犯』という言葉はどういう意味なのでしょう」

 うわお。

 いきなりかいっ!

 唾液があったら、間違いなく生唾飲んでゴックンって感じに喉を鳴らしているとこだ。

 だってさ。

 メリグリニーアさんの口調はあくまでも穏やだけど、不可思議な銀色の瞳の奥には、冷たい何かがある。ような気がするのだ。

「どういうもそういうも何も、そのままの意味だよ、美しい人」

 必死で思考を巡らせながら、どうとでもとれる言葉を口にする。

 リズの周囲は神殿関係者で占められている。

 神殿には、リズを大切にする理由と意志と、それを実現できる権力と財力もある。

 ハッキリ言って、小国にしか過ぎないイスマイル王国よりも、全大陸的圧力団体のアヌハーン神教の方がよっぽど後ろ盾としては頼もしい。

 逆に言えば、神殿を敵に回す方が恐ろしい。

 だからアタシは、神殿の、ひいては娘子軍のメンツを潰すようなマネはしたくない。

 宰相側の主張通り二号が動いたってことは、二号が前宮をウロウロしてたってことにも信憑性が出てくる。アタシもまさか、そこを否定できるとは思わない。

 だったら問題は何かというと。

 どうやって二号が後宮から前宮に行ったのかってことだ。

 後宮から前宮に行くには、普通娘子軍の守る麗華門を通らなきゃいけないけど、勿論アタシは通っていない。かといって、バカ正直に言うつもりもない。あの地下迷宮のことをバラすのも、なんかマズイような気がするのだ。

「カレーズの月十一日の夜、何が起こったのか、詳しくお聞かせください」

「…そうだねえ。アレは月の綺麗な夜でね。夜露を含んだ風が僕の頬を撫で、夜の闇に紛れて月香花の香りが甘く漂い…」

 時間稼ぎって訳じゃないけど、アタシはボキャブラリーの限りを尽くして、詩的表現を試みる。だってそれが二号ってヤツだから。

「僕を誘うのは、煌めく星の瞬きか、或いは麗人の悩ましい吐息か…」

「もう少し簡潔に」

 メリグリニーアさんの声のトーンが、低くなる。

 ヒヤッとしたけど。

 アタシは耐えた。

 根性で、メリグリニーアさんを流し見る。

 ケロタン二号のキメフェイスは右斜め四十五度からのやや煽り目線だ。

「ふふ。我が儘かい? その麗しい唇から出る我が儘ならば、なんだって叶えたくなってしまう。では簡潔に言うよ? 僕が歩いていたら、剣を持った彼らに襲われてね。気が付いたら鳥かごの中だったってわけなんだ。これを誘拐と言わずしてなんと言う?」

 メリグリニーアさん満足そうに目を細め、アマリーアさんは鋭い眼差しで連中を睨み付け、イザベルさんは面白がるみたいに口元を綻ばせた。そしてセルリアンナさんは、何故かシミジミと頷いていた。

「誘拐だなんて人聞きの悪い」

 アタシの言葉にやんわりと反論したのは、黒髪腹黒の王佐だ。

「我々は保護したんですよ。その証拠に、王家の紋章の入った鳥かごで大切に保管していたでしょう?」

 心底心外だとでも言いたげな表情で言う。

 何も知らない人間なら、信じてしまいそうなくらい誠実そうだ。

 けれどアタシは、コイツが笑顔で二号を燃やそうとしたことを忘れやしない。

「剣で引き裂くことを、丁寧だと言うとは、この国も随分物騒になったねえ」

 アタシはそう言って、綻んで中綿がはみ出ている肩を指し示した。

「僕は第三王女のモノだと名乗ったにも関わらず、この仕打ち。まるで親の敵のような扱いだったよ」

 ただのぬいぐるみを剣でぶった切っても、精神に疑問は抱かれるだろうが、違法性はない。けれど王族のモノであれば、まあモノによるだろうけど、王族侮辱罪となって最悪死刑だ。なんせこの国は専制君主制なのだ。法律の上に王がいる。理不尽極まりないけれど、人一人の命よりも王族の所有物の方が価値がある。当然「基本的人権」は、その概念すらない。

 ま、連中は現国王の側近ってことだから、容易くどうこうできるとは思わないけど。

「貴様が第三王女と関係があると言ったのは、傷を付けた後だろうっ」

 金髪騎士がバカ正直に反論する。

 傷を付けたって認めちゃいかんよ、騎士君。

 いや実際に騎士なんだからこのあだ名はおかしいか。

 ええと、直情金髪とでもしておこう。

 ホラ見なさい。アンタんとこの副隊長が隣で額を押さえているよ。

「ふふ、おかしな事を言う。アディーリアの形見がカエルのぬいぐるみだってことを知らなかったわけあじゃないだろう? 前宮勤めの侍女だって知ってる事実じゃないか。もし君らが、そんな噂はこれっぽっちも耳にしたことなんかない、なんて言ったら、僕は正直この国の将来なんかどうでもいいから、まあいいか」

 つい本音をぶちまけてしまったら、直情金髪が声を荒げた。

「なんだそれは!!」

「隊長。話が進みませんから、少し黙ってて貰えませんかね」

 いさめる茶髪フェロモンを、直情金髪が睨み付ける。

「しかし、王国の将来をどうでもいいなどと!」

「まあ、実際そうでしょう。第三王女には必ずしもイスマイルは必要じゃないでしょうし?」

 お、いいとこ突くね、フェロモン男のくせに。伊達に近衛隊の副隊長なんてやってないってことだろう。

「シエル・イザベル」

 アタシは娘子軍の副隊長に話しかけた。

「なんでしょう。クリス殿」

「貴女の隊長は、自制心があってよかったね」

 直情金髪が目から殺人ビームでも飛ばしそうな勢いでアタシをを睨み付けてくるけど、勿論無視だ。

「いえ、結構感情が出やすいのですが、あれほど酷くはありません」

 イザベルさんはそう言って、花が綻ぶように笑った。

 思わず、

「君の笑顔に乾杯」

 とか言っちゃったよ。

 何も持ってないのにさ。

 その時不意に。

 ガチャッ。

 突然、ノックもなしにドアが開いた。

 全員がハッとなって振り返る。

「どうやら、間に合ったようだな」

 そう言いながら入ってきたのは、ガウンを肩に引っかけただけの寝乱れた姿の男。

 少し癖のある金の髪に海のような青い瞳。

 寝起きなんだろう、気怠そうな様子がなんだか色っぽい。

 その姿が、父親にそっくりだとアタシは思った。

 けれど、瞳に宿る力強い光は、その色と同じく父親とはまるで似ていない。

「陛下!?」

 皆が口々に彼を呼ぶ。

 そう。あの男の息子。

 現国王にしてリズの一番上のお兄ちゃん。

 名前は、ええと。うん、覚えてないわ。


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