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第一一〇話 カエルは小者だからといって油断してはいけません その3

「あ、描いてる途中は見せんなよ」

 スケッチブックをテーブルの上に置いて描こうとする恵美に、アタシは言った。

「なんで?」

「できあがりが楽しみだから」

 そう前置きを言って、アタシはそっと目を閉じる。

 「ニャン」の姿を鮮明に思い出すためである。

 とはいえ、残念ながら「うろ覚えの落書き」絵から「ニャン」の特徴全てを抽出できる度量が、アタシにはない。

 なので相当デフォルメされているけど、着ぐるみの方を参考にしよう。

 ポヤヤヤヤ~ンと心の中で効果音をつけつつ、着ぐるみの映像を脳裏に描く。

 ハッキリと浮かび上がったそれを瞼に焼き付けると、アタシは再び目を開けた。

 真剣な面持ちでスケッチブックに向かう恵美に、アタシは厳かに告げる。

「『ニャン』には翼はない。けど羽根はある」

「意味が分からん」

 いきなり一刀両断されてしまった。

 けれど、その気持ちは分からないでもない。

「まんまだよ。翼はないけど、飾り羽根っての? 極楽鳥とかについてる派手な羽根。ああいうのがさ、尾長鶏の尾っぽみたいな感じで、ダララ~~ンとケツについてんだよ」

「ああ、そういうコトね。そんなに長げぇの?」

「すげえ長い」

「飾り羽根ってどんな感じ?」

「何か、クルクルってなってるヤツとか、クジャクみたいなヤツとか、エクステみたいに玉ついてんのとか、イロイロいっぱい」

「ふうん」

「んで脚はさ、デカくて太くて爪が凄い。ダチョウみたいな感じ?」

「翼がなくて脚がダチョウって。『天翔る』つってるワリに、完全に空飛ぶ気ねえな、その神獣」

「飛ぶ気ねえんじゃね? 胴体キウイだし」

「キウイ?」

「鳥の方だよ? ってもあんま変わんないか」

「変わんねえな。けど、あくまでも脚はダチョウなんだな?」

「うん、ダチョウ。デカい爪で獲物をズシャッて感じ」

「ダチョウって狩りしたっけ?」

「さあ。そこら辺は、イメージだよ、イメージ」

 ダチョウが本当に獲物をズシャッと踏みつぶすかどうかは分からない。

 けれど、あの脚なら確実にできそうだ。

「あ~、なるほど」

 シャッシャッシャッシャッ。

 慣れたタッチで軽快に鉛筆が走る。

 シャッシャッシャッシャッ。

 経過を見たい欲求を抑えながら、アタシは更に「ニャン」について語る。

「あ、上半身はウサギだから」

「は? 上半身?」

「だから、まんま上半身。ケンタウロスの馬部分がキウイで人間部分がウサギ、みたいな?」

「前半身、じゃなくて上半身、なんだな?」

「うん。地面に対する角度が違うから。ウサギ部分は、ウサギが後ろ足で立ってる感じ」

「なるほど。んで脚はダチョウっと。逃げるの速そうだな」

「相当速いんじゃね? それが『ニャン』のウリみたいなもんだし」

「ウリ?」

「あんまりにも速すぎて、人間の目に見えるのは、長い長い尾羽の先っぽだけなんだってさ」

「へ~。上半身ウサギってコトは、前脚は?」

「あるある。すげえシザーハンズ状態のが」

「シザーハンズ?」

「長い爪で獲物の喉をザシュー!」

「脚でズシャッ! 手でザシュー! ぎゃはは、すげえなっ。もしかしてめっちゃ凶暴?」

「魔物食うって話だから、それなりに凶暴なんじゃね?」

「魔物? ああ、なんかそれって元人間とかじゃなかったっけ?」

「よく覚えてんな~。そうそう、人間が呪われて変化しちゃったヤツだよ」

「てことは、人間喰うってこと?」

「食うってコトなんじゃね? 口とか歯がギザギザで思いっきり裂けてて、捕食動物って感じ満々だし」

 とはいえ、魔物は人間の範疇からはみ出した存在だから、「人喰い」という認識はないらしい。寧ろ怖い魔物をやっつけてくれる的な感じだ。

「ウサギはドコ行った? ウサギの要素殆どねえじゃん」

「いや、耳だよ、耳。耳が長いんだよ」

「タレてんの? 立ってんの?」

「う~ん、半折れってヤツ? んで耳にも飾り羽根がついてる。それも超長い。美少女戦士のツインテールみたい」

「ほっそい首がもげそうな感じ? ケンシロウの首くらい太くねえとダメだろそれ、みたいな?」

「や~、そこら辺はやっぱ獣だから、首はしっかりしてるし。それなりに節操のある長さと多さだよ」

「なるほど。んじゃあ、身体の毛は?」

「そっちは短い」

 シャッシャッ、シャッシャッシャッ。

 シャッシャッ、シャッシャッシャッ。

 恵美は時折手を止めては、何かを確かめるようにスケッチブックを遠目に見る。

「目は? ココまで来て、まさか二つとか言わねえよな?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと三つあるから」

「額に第三の目?」

「そうそう、第三の目」

「それって、縦? 横?」

「いや、どっちでもない。ゲゲゲの目玉オヤジの頭がめり込んでる感じ」

「てことは、『三目が通る』のシャラク君か」

「あ~、そうそう。んで、残りの二つは、羊の目ね」

「羊の目なんか知らん」

「虹彩が横に三日月」

「猫目の横バージョンか」

「そうとも言う」

 シャッ、シャッ、シャッ、シャー、シャッシャッ、シャッ、シャー。

 細かい箇所は顔を近づけ、慎重に描く。

「他に、何かねえの?」

「う~ん、あ、確か、耳の間にちっさい角があった」

「幾つ?」

「二つ」

「ヒゲは?」

「ない」

 シャッシャッ、シャッシャッ。

 キュッキュッ。

 シャッシャッ、シャッシャ。

 シャッシャッ、シャッシャ。

 細部を何度か消しては書き直しながら、鉛筆を走らせる。

 シャッシャッシャッ。

 シャッシャッシャッ。

 マスターは調理を放棄したのか、いつの間にか店内は静寂に包まれて、鉛筆の走る音だけが幽かに響く。

 恵美の表情は静謐そのもので、それは正しく一枚の絵画のようだった。

「色とか分かんの?」

「う~ん」

 「ニャン」の公式想像図に色はない。けれど、それなりに言い伝えがあるらしく、それに沿って着ぐるみの「ニャン」も配色されている。

「身体は上も下も紺色。飾り羽根は、白、いや銀かな? パールっぽい感じ。他にもピンクとか紫とか水色とかのイロイロ入ってる。まあ、飾りって言うくらいだから、派手だよ。目は額のは赤、残りは緑。脚はオレンジで、爪と角はキラキラしてて、見る角度によって色が違って見える感じ?」

 アタシがそう言うと、恵美は色鉛筆(コレも恐らく天パの私物)を手に取った。

 ゆっくりと慎重に輪郭をなぞり、内部を埋めるように塗っていく。

 シャシャシャシャシャシャシャシャ。

「ところでさ」

 スケッチブックから目を離さず見恵美が言う。

「『ニャン』って何の神獣?」

「何って??」

「ほら、青龍は水とか、白虎は風とか、あんじゃん」

「ああ。そういうヤツね」

 シャシャシャシャシャシャシャシャ。

「やっぱさ、処刑人とか、そういうヤツ?」

 まあ、その姿形じゃあそう思うのはムリもないけど。

「違う違う。向こうの神獣ってのはさ、何かを司るってな感じじゃないんだよ。そういうのはあくまでも神サマの役目でさ。なんつうの? 行動の結果として何かが起こる的な?」

「何か?」

「例えば台風とかさ。干ばつとかさ」

「あ~、そういうコト。んじゃ、『ニャン』は?」

「流星群」

「どの?」

「どのって?」

「ほら、獅子座流星群とかジャコビニ流星群とか、イロイロあんじゃん」

「それは知らないけど、どの流星群とか関係ないかな。さっきもちょっと言ったけど、『ニャン』はさ、そのすげえ脚でもの凄~~~~く速く走んだよ。速すぎて人間には見えねえの。んでも飾り羽根がすげえ長いからさ、飾り羽根の先だけ見える。それが流星群ってコトになってる。でその流れ星の落ち方で何かイロイロ占うんだけど、それが女子の間ではさ、恋占いってコトで人気らしい」

 因みに、単体の流れ星や彗星は別の神獣の仕業ってコトらしい。

「恋ねえ。世界が違っても、女子の考えるコトは同じってヤツか」

 そう言う恵美は、見た目だけ言えばアロマキャンドル焚いてタロットカードでも捲ってそうだけど、ウノどころかババ抜きすらできないカードには興味の欠片もない女である。

 シャシャシャシャシャシャシャシャ。

 シャッシャッ、シャッシャッ、シャッシャッ、シャッシャッ。

 飾り羽根の部分に色をつけているのだろう、恵美の繊細な指が何本もの色鉛筆を同時に持って、スケッチブックの上を行き来する。

 あの指が実はすんごい握力あるとか、誰も思わないだろうな。

 恵美のアイアンクローの威力は、それはそれは凄いらしい。当然ながら、パンチの威力も凄いらしい。

 受けた本人の談によれば、人体の構造を超える重さらしい。

 ――彼女の身体は絶対義体だ。

 完全にSFアニメに侵蝕されてる台詞だけれど、それが恵美のパンチを受けたショックからなのか、元からなのかは不明である。

 そんなどうでもいいことを考えていると、カラランッと乾いた音がした。

 テーブルの上を色鉛筆が転がる。

 どうやら完成したらしい。

「できたっ!」

 恵美が晴れ晴れとした笑みを浮かべながら、スケッチブックをこちら側に返して見せた。

「ぶはははははははははははははははっ!!」

 腹筋が引き連れる程の笑いが、発作のように口から飛び出す。

 断って置くけれど、さっき散々笑われた腹いせとかでは決してない。

 恵美の絵が、あの「うろ覚えの落書き」を遙かに凌駕する出来映えだったからだ。

 恵美の絵の才能。

 名付けるとすれば、それは「画伯」。もしくは「巨匠」。

 それは並び立つ者がない程の、トンデモ絵。

 そこには、ダチョウもウサギもキウイも最早存在していなかった。

 けれどもこれこそが本当の「ニャン」だと思ってしまいそうになる、奇妙な力強さがあった。

「絶対この『ニャン』、呪われてるよ。相変わらずすげえな!! やっぱアンタ天才!!」

 アタシはグッと親指を立てて、恵美を讃えた。




















 シャラ――――ン。

 無数の鈴の音が鳴り響き、不意に夜が訪れる。

 シャラ――――ン。

 シャラ――――ン。

 シャララ――――ン。

 鈴の音に呼応するように、天空で星が弾けた。

 シャラ――――ン。

「あれは…?」

 水色の肌の巨人の屍に剣を突き立て額の汗を拭いながら、ハーネルマイアーさんは空を見上げた。

「あれは…?」

 断崖から眼下を睥睨していたグィネヴィアさんは、近くの大岩に飛び乗って天を仰ぎ見た。

「あれは…?」

 地方役人の首を屋根の上に晒し終わったエセルヴィーナさんは、両手を挙げて伸び上がり、そのままの姿勢で星空に魅入った。

「あれは…?」

 ジェイディディアのお墓に花を手向けていたセルリアンナさんは、片膝を付いたまま流れる星の行方を追った。

 まるで花火のような流星群に、四人の唇が同じ動きをした。

「あれは」

「まさか」

「天翔る」

「ニャン」

 それを確認したチビアディーが、小さな指を折りながら合図する。

『三、二、一、キュー』


澄香は小アルカナを知りません。大アルカナ22枚ぽっきりだと思っています。

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