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第一〇七話 カエルは爪を隠しません その4

 ――ていうかさ「くれないてんにゃ」ってそもそも何なの??

 ――知らんがな。

 恵美にそう返された瞬間。

 なんで関西弁やねん!

 とツッコむべきか。

 散々ここまで引っ張っておいて知らないってどういうワケ?

 と冷静に問い質すべきか迷った。

 迷った挙げ句にアタシがとった行動はと言えば。

 ――イタタタタタタタタッ!

 恵美の弾力性のある頬を限界まで引っ張ることだった。

 うむ。

 何の参考にもならなかったな。

 アタシは回想を終えて、それが無駄に終わってしまったコトに内心で溜め息を吐いた。

 勿論、恵美は恵美で「くれないてんにゃ」について熱く語ってはくれた。

 主に「千の名前」の部分を。

 というか、「千の名前」の部分だけを。

 恵美曰く、まだ三五九個しか考えられていないのだという。

 その時の表情は酷く悔しげだった。

 いや、千個考えてもらったところで、覚えられないからっ。

 というツッコミは、気遣いと誤解されつつスルーされた。

 因みに「千の名前」の中には「寿限無」も入っている。

 ついでに言えば、「宮本澄香」も入っている。

 いや、入れなくていいから。

 というツッコミは、遠慮と誤解されつつスルーされた。

 ところが散々名前について語ってくれた恵美だったが、肝心の「くれないてんにゃ」そのものについては、殆ど語ってくれなかった。

 なもんで、冒頭の質問となるわけだけど。

 返ってきた答えに、呆れよりも「やっぱりな」という気持ちの方が大きかった。

 何かに没頭する余り、別の何かを失念する。

 しかも些末な事に没頭し、重要な部分を失念する傾向にあるので、足し引きゼロ、というかマイナスとなる。

 それが桧山恵美子という人間である。

 ところが恵美は恵美なりに、アタシの問いに思うところがあったらしい。

 次の日、恵美からメールがきた。

 件名もなく。ただ一言。

『玖麗那威天猫』

 と書かれたメールが。

 ヤンキーか!

 というツッコミすら返信する気にもなれず、アタシはそのままスルーした。

 「く」を「苦」にしなかったのは、きっと恵美なりの気遣いだろうとイイ方向に解釈しながら。

 もし返信して詳しいコトを訊いておけば、今の状況も少しは変わっていたかもしれない。けれどロクでもない答えが返ってくることは分かりきっているので、後悔はしていない。

 後悔してるとすれば、恵美からのメールを見てしまったことだろう。

 何の役にも立ちそうにない「琥麗那威天猫」の六文字が、クルクルと頭の中を回って消えそうにないからだ。

 「玖麗那威」は「くれない」だろうけど、「紅」の一文字ではいけなかったんだろうか?

 とか。

 「天猫」って何だそりゃ? 「天馬」の親戚か?

 とか。

 というか「猫」は「にゃ」とは読まんだろう。

 とか。

 余計なコトまで考えてしまうじゃないか!

 アタシが恵美への脳内ツッコミに勤しんでいるのを、リズは逡巡ととったらしい。

「ねえ、ディー。やっぱり訊いちゃいけないことだった?」

 気遣わしげな声に、反射的に笑みを浮かべながら言った。

「そうじゃないのよ。何から話せばいいのか分からなくて。ミリーなら上手に話せると思うんだけど」

 と、言外に四号に入るまで待ってくれないかなあという願望を乗せてみるものの、気遣いのできる良い子のリズは、小さく首を振って言った。

「ディーの話し易い話してくれればいいの」

「アラそお?」

 コレは困った。

 マジで困った。

 やっぱり、むちゃくちゃでも『玖麗那威天猫』の解説を聞いておけば良かったか?

 そしたらちょっとはヒントになったかもしれない。

 主に反面教師的な意味で。

 だが、その反面教師はここにはいない。

 仕方がないので、アタシは考えた。

 ない頭で、どうにかひねり出す。

 リズは英才教育を受けて優秀だけど、アタシはフツーの教育しか受けていない凡人だ。

 だったら、リズにも考えて貰おう!

「じゃあ、こうしない? リズが訊きたいことをアタシに訊くの。アタシが答えられるコトなら、答えてあ・げ・る。答えられないコトでも、ヒントを与えてあ・げ・る。それでリズが思い浮かんだ答えを言ってみてちょうだい」

 んでもって、リズの答えで「くれないてんにゃ」の設定練っていこうっ!

 十二歳に頼るとか、笑いたければ笑えばいいさ!

 けど、リズはアタシなんかよりもず~~っとず~~っと頭がいいんだも~~~ん!!

 そんなアタシの内心など勿論知らず、リズは真剣な面持ちでコクリと頷いた。

 素直なリズがアタシは好きだ。

 勿論、素直じゃないリズも好きだ。

 そっぽ向いて拗ねたりなんかしてると、尚良し!

 てなコト呑気に言ってる場合じゃないか。

「但し、一つだけ約束して欲しいの」

 アタシはそっと口元に人差し指をあてながら囁くように言った。

「約束?」

「今ここで話すコトは、誰にも言わないってコト」

 だって、リズの会話から更に練り上げないといけないからね!

 他言するには時期尚早なのだよっ、ふはははは!

「じゃあ、最初の質問をドーゾ?」

 アタシはどんな質問が来るのかとドキドキしながら、それをおくびにも出さず軽い口調で促した。

 リズの可愛らしい唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ディーの主様は、闇影なの?」

 おおっと、いきなりソコからきたか!

 肯定すべきか? 否定すべきか?

 メリグリニーアさんに言われた時は、否定も肯定もしなかったけど。

 ちょっと考えれば、答えは簡単。

 ムダメン共め! 他力本願しやがって! テメエら全員脳ミソ洗って出直してこい!!

 てことで。

「いいえ、違うわ」

 ドキッパリと否定する。

「えっと、じゃあ、イシュ・メリグリニーアはどうして…?」

「さあ? 何か勘違いしてるんじゃないかしら」

 メリグリニーアさんは、ガセネタ掴まされたってコトで。

 リズの元にスパイが来るように仕向けた首謀者ってコトだし、これくらいの意趣返しは当然だろう。

「じゃあ、ミリーが残した詩は…?」

 戸惑うように問いかけてくるリズに、アタシは肩を竦めながら返す。

「そもそもあの詩は、ミリーが作ったものじゃないのよね」

「え? そうなの?」

「あれはぁ、大昔の人間が書いた詩なの」

 アタシの言葉を吟味するように少し間を置いてから、リズが更に問いかける。

「どうしてミリーはそれを書き残したの?」

 どうしてって、そりゃ、単なる悪戯心からだよっ!

 とは勿論言えない。

 他のケロタンなら言えるけど、四号というキャラではありえない。

 というわけで。

「確かあの詩は、普通に読んだら意味が通らないものなのよ」

 だって、上の句と下の句が別モノだからねっ。

「いわば、謎かけね。それを正しく解けるかどうか、あの連中の技量を試したのだと思うわ」

「……正しく解けていなかった?」

「ええそうよ。アタシ達の主人が闇影とか、何をどう勘違いしてそうなったのか、逆にアタシが知りたいくらいだわ」

 完全にバカにした口調で、ケラケラとこれまたバカにしたような笑い声を上げる。

「そもそもリズに話してないことを、どうしてミリーが他の人間に? 例えほのめかしだってあり得ないわよぉ」

 もしこの場にムダメン共がいたら、さぞかし悔しがるだろう。

 いや、悔しがるのは解釈したどっかの学者か?

 ……まさか、これで罰を受けるとかないだろうな。

 …………うん、それについては、考えないコトにしよう。

 ま、どっちにしろムダメン共かメリグリニーアさんの子飼いだ。

 何かあっても、アタシの良心は痛まない。

 アタシはそう結論づけると、さっさとこの話題を切り上げることにした。

「じゃあ、次の質問は?」

「う~んとね。じゃあ、ディー達の主様は、どんな方?」

 二一の社会経験の全くない平々凡々な小娘です。

 とはこれまた勿論言えないので。

 てか、言えないコトばっかだな!

 その代わり、リズの質問にはちゃんと答えるよ。

 ウソだけど。ウソいっぱいついてるけれどっ。

 アタシは俄に罪悪感を覚えながらも、心に決めた通り答えを差し出す。

「そうねえ、我が主は千の名前をお持ちだわ」

 アタシがそう言うと、リズは驚きに一瞬目を見開き、次にはキラキラとした眼差しで見つめてきた。

 うわっ。何その期待に満ちた眼差しっ!

「千も名前をお持ちだなんて! 物凄く位が高いお方なのね!」

 どうやらアヌハーン神教では、名前が多い程各が高くなる設定らしい。

 そうだったっけ?

 と記憶を手繰ってみるけれど、神サマや精霊の名前は秘密ってコトくらいしか今は思い浮かばない。

 神サマやその手の類の存在が、名前を複数持つことは良くあることだ。

 一神教ではそうはいかないけれど、多神教では征服した他民族や他部族の宗教を取り込む課程で神サマの名前がどんどん増えていくものだ。

 考えようによっちゃあ、名前が多い分征服した数も多いってコトにもなるワケで。

 何か一気に血なまぐさい感じになっちゃったな、くれないてんにゃ。

 いや、「玖麗那威天猫」と書けば、そんな背景も似合う、ような…?

 こう、何ていうか、鉄パイプ持って、大型バイクに跨がって、夜のハイウエイを疾走する、的な?

 そう考えた瞬間、アタシの脳裏に浮かんだのは、特効服を着込んだケロタン達で…。

 笑うなっ。

 今はリズとマジメなお話をしているのであって、笑う場面じゃないっ。

 アタシがどうにか自分の中の笑いから目を逸らそうと必死で格闘している間、リズはリズでイロイロと考えていたらしい。

「ねえ、ディー?」

「……なあに?」

 アタシは口から笑いが飛び出しそうになるのを必死で堪えながら、絞り出すように返事する。

「ディー達の主様は…」

 リズの希有な紫の瞳が、ヒタリとこちらを見据えてくる。

 その透き通った眼差しには、真実を見極めようとする強さがあった。

 アタシは心の中でゴクリと喉を鳴らしながら、リズの次の言葉を待った。

「ディーの主様は、本当に精霊なの?」

「え?」

 思っても見なかった問いかけに、三号の口から呆けたような声が出た。

 え? ええ? 何で??

「どうして、そう思うの?」

 この時程、三号の声質に感謝したことはない。

 早口で言っても、揶揄ってるように聞こえるコトはあっても、焦ってるようには聞こえないからだ。

「だって、英霊様でも五百くらいしか名前がないのでしょう?」

 そうなの!?

 やっぱ名前千個はやり過ぎだったか!

 じゃあ、精霊じゃなかったら、何?? 何になるワケ??

 はっ! まさか!! まさか、神!?

 うわあ、それはちょっと勘弁してっ!

 幾ら何でも大物過ぎるっ。

 神サマがいるかいないかはおいといてっ。

 世界(現実のね)三大宗教の教祖だって、神サマ騙ってないっつうのっ!

「そういえば、ディー達は、主様のことを精霊だとは一度も言ったことがない…?」

 リズが自分の考えを纏めるように小さく呟く。

 というか、主云々はここ最近出てきた設定だしっ!

 アタシはどうにか、リズが神サマだとか言い出さないように、思考を誘導できないものかと考えた。

 ここは、精霊と言い張るか??

 けど、じゃあ何の精霊だと聞かれたら?

 玖麗那威天猫って、何の精霊だ??

 ヤンキーの精霊か?

 なわけねえわっ!

 って、一人ボケツッコミなんてやってる場合じゃないっ。

「ねえ、ディー?」

 みなまで言わず、リズの真っ直ぐな眼差しが問いかけてくる。

 え~とえ~と。

 「玖」は漢数字の九の代わりに使われたりする字でっ、「麗」はうるわしい、「那」はナナナナナ、は分からんっ。

 「威」は威力の威っ! 天は天空の天っ!

 んでもってっ、「猫」はニャンコのニャン!!

 ただ単に単語を文字に分解しただけである。

 けれども、そう心の中で唱えた瞬間、まるで天啓でも得たようにポンッと頭の中に不可思議な動物の姿が思い浮かんだ。

 ふっさふさの九つのしっぽを持つ翼の生えた猫。

 「麗」の一字に相応しくそのゴージャスな長毛は、ノルウェージャンかメインクーンか。

 アタシは犬派か猫派かと訊かれれば、どちらかというと猫派である。

 勿論犬も好きだけど。

 飼うなら、猫がいいなと思ってる。

 うむ。

 いつか絶対猫を飼おう。

 そんな細やかな幸せを夢見た瞬間、

「ねえ、ディーってばっ!」

 焦れたリズに名前を呼ばれた。

 束の間現実(夢だけど)を見失ってたアタシが、慌てて何か答えなければと咄嗟に口にした言葉は。

「我が主は麗しの天翔る『ニャン』」

 猫を現地語の「カディット」と言わなかったのは、せめてもの理性のなせるワザである。

 するとリズは一瞬キョトンとして、けれども次の瞬間には驚きが顔全体に広がっていった。そしてやがてそれは感動へと変化した。

 キラキラと瞳を輝かせながらリズが言った。

「ディーの主様は、神獣様なのね!」

 知らんがな。

 とは、勿論言わなかったよっ!

 


更新が遅れて申し訳ありませんでしたm(_ _)m。

因みにワタシは、ニャンコもワンコも好きですが、実はどちらかというとワンコ派です。とはいえ、勿論我が家のニャンコは世界一可愛いですともっ!


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