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第一〇五話 カエルは爪を隠しません その2

 半分にまで欠けた月が、高窓から覗いてる。

 降り注ぐ月光がキラキラと降り注ぎ、壁一面を占める壮大なタペストリーを銀色に染め上げていた。

 どうやら、ひょっとしたら次こそは、という期待は見事に裏切られたらしい。

 何に対する期待かっていうと、昼間動けるかもっていうアレだ。

 前回は夕暮れ時という微妙な時間帯だった。

 微妙に太陽を、いや太陽光を拝めたには拝めたけれど。

 アレはどう考えてもノーカウントだろう。

 アタシは月に手を伸ばす。

 特に意味はない。

 ちょっとした思いつきというヤツだ。

 ギュッと拳を握って、月を握りつぶすマネをしたところで、それもまた特に意味はない。

 厄介事に出くわした時いつも月がそこにあるような気がする、とは思っても、月に恨みを持ってるワケじゃないのだ。

 そういえば、とふと子供の頃の記憶が蘇る。

 赤白帽子と、青空に浮かぶ白い月。

 確か、体育の授業とかでグラウンドに出てた時に、空に浮かぶ白い月を見たような気がする。

 アレは、満月に近いくらい丸く太った月だった。

 誰かが言った。

 本当は月齢からすれば半分くらいの月なんだけど、地球からの反射光で太陽から逆の方にも光があたって、丸く見えるのだと。

 とかなんとか。

 そんな内容だった気がする。

 小学生らしからぬ博識を披露したのは、委員長だったか副委員長だったのか。

 その二人はいつも一緒にいたので、そこら辺の記憶は曖昧だ。

 その時の月と同じように、白い腕が月光を反射して仄かに輝く。

 う~ん、流石はシルク百パーセント。無駄に素材がいいのは、ただ単にアディーリアが手に入れられる素材が唯一それだけだったってだけの話なんだけど。

 ――本当は、麻や木綿で素朴な感じにしたかったのよ。

 とアディーリアは言ってたけれど、何とも贅沢な悩みである。

 ところで。

 同じく月光に浮かび上がる壁のドデカいタペストリーなんだけど。

 アタシには全く覚えのないものだ。

 いや、正確に言えば、絵柄自体には見覚えがある。

 人類創造という、宗教画としてはメジャーなシーンだからだ。

 「尾のない獣」が神々にその似姿を望んだ。

 その願いを聞き届けた夢の神が、人間を創った。

 正しくその瞬間、というヤツなのだろう。

 本来ならば荘厳で神聖極まりないシーンなんだけれど、相も変わらず「尾のない獣」は小学生の芋版状態なので、そこだけ違和感ありまくりで全体的になんだか微妙な感じになっている。

 ほんの少し。ほんの少しでいいから。

 夢の神サマの中性的かつ神秘的でありながら慈愛に満ちた美貌を空想できる能力を、「尾のない獣」に分け与えることはできないもんだろうか?

 と思うんだけど、そこら辺は宗教画にありがちな制約とかなんとかがあるのだろう。

 ソレよりも問題は、この手の宗教画は個人の部屋には普通飾らない。

 聖堂とか礼拝堂ってのが定石だ。

 つまり。

 ここが聖堂なのか礼拝堂なのかは分かんないけど、リズの寝室じゃないことだけは確かである。

 ケロタンの居場所はリズの側。

 リズの寝室ってのが暗黙の了解事ってヤツである。

 なのに、なんでアタシはリズの側にいないのか?

 夜の夜中にリズがお祈りしにきてる、なんてこともあるかもしれない。

 けれど、側にリズの気配がないのは確実だ。

 アタシはイライラと落ち着かない気持ちを募らせながら、ゆっくりと身体を起こす。

 どうやらマジでここは聖堂らしいと、大小の宗教画だらけの周囲を見渡し――ギョッとした。

 何故なら、床の上に蹲ってる人間がいたからだ。

 一瞬、病人か!? と思ったけど、その人物が神官の服を着ていることで、そうではないと気がついた。

 勿論、神官だって神官服着てるときに具合が悪くなって蹲ったりはするだろう。

 けれど、両膝をつき腕を胸の前で交差させて額を床につけていれば、それが神官の最上級の礼だと知れる。

 相手が皇帝だろうと人間相手には絶対しないっていうアレだ。

 つまり、蹲っているのではなく、額ずいているというワケだ。

 多分、三号が動き出すのを待ってるんだろうけど。

 何時動き出すかなんて分からないし、今夜動くかどうかも分からない。

 そんな状況で唯一人、この暗がりの中で、微動だにせず…。

 その異様さに、嫌な予感がビシバシとする。

 いや、アタシが見てないトコロで、モジモジとかしてたかもしれないけど。

 ひょっとしたら、足とか延ばしてたかもしれないけど。

 ていうか、寧ろそうしていて欲しいんだけどっ。

「セル・アルバディーダ・ドゥエイレイザン」

 その聞き覚えのある声に、それはないだろうことを直ぐさま悟る。

「……メリグリニーア」

 辛うじて、「イシュ」を付けることは免れた。

 三号が人間に敬称付けるとかありえないし。

 名前を呼ばれた人影は、僅かに揺らいだもののその姿勢が崩れることはない。

 アタシは、平身低頭しているメリグリニーアさんの後ろ頭を見つめながら、さっきの言葉を反芻する。

 セル・アルバディーダ・ドゥエイレイザン。

 セルは冠詞で「聖なる何とか」って感じで使われる。んでもってアルバディーダは「奇跡」、ドゥエイは「闇」、レイスは「影」とか「補佐」って意味で、ドゥエイレイスで「闇影」、それがレイ「ザン」と変化すと所有を意味するようになる。

 以上を訳すと、「闇の精霊のトコのお奇跡サマ」って感じだろうか。

「……………」

 奇跡ってのは分かるけど、ケロタンは「奇跡」を騙ってる、じゃなくて語ってるワケだし?

 けど、闇影云々ってのは、どっからきた??

 黒い五号なら、そんな呼び名もアリかもしれないけど。

 う~ん。

 と、考えても仕方がないので訊いてみる。

「お前、何故アタシをそう呼ぶの?」

 年上にお前とか、礼節を弁えた本来のアタシにはあり得ない行為だけど、今は三号に入っているので仕方がない。

 というか、二号以外のケロタンならば人間相手に敬称はつけんだろう。

 断っておくけれど、この性格設定はあくまでもアディーリアがやったのであって、決してアタシがやったんじゃない、というコトをここに明言しておこう。

 そして、アタシは契約でキャラになりきることに同意した。

 メリグリニーアさんにはイロイロと思うトコロがないわけじゃないけれど。

 それとこれとは別である。

 そう。

 つまり、不可抗力というヤツだ。

 「お前」呼ばわりされたメリグリニーアさんは、特に不快感も表さずに――ていうか顔伏せたままなので表情が分からない――答えてくれた。

「先だってミリュリアナ様がイスマイル宰相閣下に送られた定型詩を、読み解いた由にございます」

 定型詩? なんじゃそりゃ。

 と思ったけど、直ぐに思い出した。

 多分、ムダメン共の顔に書いた落書きのことだろう。

 アレは確か、知ってる百人一首を適当にこちらの定型詩形式で書いただけで、しかも上の句と下の句が別ものなので、全く意味が通らないという、悪戯心満載の詩だったハズだ。

 当然ながらそこには、闇影のやの字も存在しない。

 何がどうなってそうなった!?

 と厳しく問い質したい気持ちには、ならなかった。

 ファンタジーな常識の中で生きている人間から、納得のできる説明が得られるとは思えないからだ。

 そうと分かっている以上、訊いても無駄というものだ。

 だから敢えてそのコトには触れず、

「ミリーの詩、ねえ。アレはあのおバカさんたちにくれてやったものでしょう? どうしてお前が知っているの?」

 と、そちらの方を訊いてみた。

「怖れながら、彼らだけではかの定型詩を読み解くことは能わず、他者に助力を願いましてございます」

 なるほど。

 つまり、その助っ人が神教の息が掛かってる人間だったってコトだろう。

 バカじゃないの。

 あの連中、情報ダダ漏れじゃんか。

 まあ、地震のことでなんやかんやあったから、外部に委託したのかもしれないけど。

 くっそう。

 ムダメン共の頭を悩ませるのが目的だったのにっ。

 外部委託とかっ!

 これじゃあ、意味ないじゃんっ。

 こうなったらっ。

 今度会うまでに、ムダメン共に仕掛ける何か意地の悪いことを考えておこう!!

 アタシはそう心の中で決意して、闇影云々についてはそれ以上触れないことにした。

 いやだって、否定するにしても肯定するにしても、イロイロ面倒そうだし。

 そんなコトより。

 今はもっと問い質すべきコトがある。

 アタシは祭壇の上に足を組んで座り直した。

「そう、まあいいわ。そんなことり、ねえ、お前」

 と、退屈そうにドデカいリボンを弄びながら、徒っぽい口調で問いかける。

「リズナターシュに内緒で、アタシに一体何を訊きたいの?」

 つまり、そういうコトなんだろう。

 どんな理由をつけてリズから三号を引き離したのかは分からないけど、でなけりゃワザワザこんなコトするワケがない。

 因みに、未だにメリグリニーアさんは顔を上げていない。

 三号が許可してないから。

 だって、表情が分かると怖そうだし。そんでもって目なんか合ったりなんかしたら、もっと怖そうだし。

 所詮アタシは社会経験の乏しい小市民。権謀術策の中で生きてる聖職者なんぞに、適うわけがないのである。

 なんて内心で恐々としつつ、

「つまんない内容だったら、承知しないわよ。詫びとしてお前の目を自ら刳り抜いてみせなさい」

 ホントに目を刳り抜かれたら怖いけど。

 メリグリニーアさんのコトだから、きっと多分、つまんない内容じゃないと、願っているよ!

 心の中でメリグリニーアさんにエールを送りつつ、掌を前に突き出して、まるでネイルの出来具合を確かめるかのように吸盤を見る。

 メリグリニーアさんは顔を伏せてるわけだから、ここまで細かい演技しなくてもいいんじゃないかとも思うけど、中途半端な演技だと地が出てしまうので手を抜くワケにはいかないのだ。

 メリグリニーアさんは、額を床につけたまま――イスラム教徒がお祈りするときみたいな敷物があるので正確には床ではない――重々しい、けれどもよどみない口調で言った。

「セルリアンナ=リーゼロッテ、ハーネルマイアー=グラディウーザ、グィネヴィア=ナディルシャルセ、エセルヴィーナ=アンネミルナ。なにとぞ、この四名にお慈悲を賜りたく…」

「………」

 一瞬、何の呪文言われてるのかと思った。

 けど、それが四人の侍従武官さん達の個人名と神聖名だって、直ぐに分かった。

 うん! 直ぐに分かったよ!

 直ぐに分かったけど、反応には遅れた。

 だって、「お慈悲」とか言われる意味が分からない。

 それじゃあまるでケロタンが彼女達を虐めてるみたいじゃないか。

 いやまあ確かに、責める予定ではあるけれど。

 まだ一言も責めてないし、虐めてもいない。

 それどころか、少なくとも三人は思いっきり生き生きしてるよ! 生き生きと、輝きまくってるよ!!

 アタシは、バトルマニアなハーネルマイアーさん、求愛者達を容赦なく崖から落とすグィネヴィアさん、変身美女(少女ではない)戦士エセルヴィーナさん、三人の姿を思い浮かべる。

 あの三人の夢に、どうやって割って入るべきか?

 いや、どうやれば割っては入れるのか?

 それを考えると、頭がイタイ。色んな意味でイタイ。

 モニター越しに語りかけたところで、モニターに注目してくれるかどうかも分からない。

 何せ彼女達は、自分の夢に夢中だからだ。

 とついつい思案してしまったアタシは、メリグリニーアさんに対して沈黙という態度をとっていた。

 それをどう思ったのか、メリグリニーアさんが言い募る。

「あの者達は、もう三日も眠ったままでございます! 聖下に慮外者如きを近づけさせた咎は重々承知しております! ですが、このままでは!」

 メリグリニーアさんらしくもない切羽詰まった声が、聖堂に鳴り響く。

「………」

 え?

 三日?

 三日って言った??

 ひょっとして、アタシ、また時間飛んじゃった?

 時間が飛ぶのは、バグのせいじゃなかったワケ??

 人命よりもそのコトの方が気になったアタシを、どうか責めないで欲しい。

 

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