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第一〇四話 カエルは爪を隠しません

 チビアディーがクルクルと華麗に回る。

 その度に、周囲に螺旋状の虹が飛び出す。

 虹は弾けて光の粒子となって、粉雪のように降り注ぐ。

 チビアディーは、回転する勢いのまま流れるようにジャンプ。

 そして目にも留まらぬ鮮やかさで、後方伸身三回宙返り五回ひねり。

 シュタッと片膝をついて着地すると、一呼吸置いてからサッと腕を組んでモデル立ち。

「くれないてんにゃ! 見参!!」

 シャララ~ンという効果音と共にキラキラと色とりどりの粒子が渦状にチビアディーを取り囲む。

 チビアディーは数秒間そのままのポーズをとった後、偉そうに腰に手を当てながら言った。

「さ、やってみなさい」

 チビアディーが一体何をやっているのかというと。

 アタシを如何にも高位の精霊らしくみせるための効果的なキメポーズ、というヤツらしい。

「………あのさ。何度も言うけど、キメポーズはいらないんじゃないの? ヒーローでも美少女戦士でもないんだからさ」

 精霊はキメポーズはしないと思う。多分。会ったことないから分かんないけど。

 というか、そんな精霊はイヤだ。

 というのは、勿論アタシの趣向に過ぎないけれど。

「大丈夫よ。セルリアンナ達だって精霊に会ったことなんかないんだから。あなたがキメポーズをすれば、精霊とはそういうものだと思うわよ」

 そうかもしれないけれど、セルリアンナさん達の精霊へのイメージだけじゃなく、色んなモノが別モノになるような気がするのだ。

 他人様のパラダイムを強制的に変えるのは、流石に気が引ける。

 て程でもないけど。

「もう、我が儘ねえ。一体どんなポーズなら、あなたは満足するわけ?」

 チビアディーがプリプリと怒るワケは、先程のポーズが既に八種類目だからだ。

 その度にポーズはいらないと言ってるのに、チビアディーは聞く耳を持たないとばかりに次々とキメポーズのバリエーションを増やしていく。

「あ、もしかして、エフェクトが気に入らないの? じゃあ、ハートとか乱舞させる?」

 チビアディーの言葉が終わるやいなや、アタシの頭の中にパステルカラーのハートマークを舞い踊らせてる自分が現れた。

 想像の中のアタシが何故かバチリとウインクする。

 と同時に、目尻から大量の小さなハートがキララ~~ンと飛び出した。

 その瞬間、酷い目眩と吐き気で気絶しそうになった。

 なんだこの羞恥プレイは!?

 憤死もののその映像は、チビアディーにも伝わったのだろう。

「やだ! あはははははははは!!」

 三頭身の身体を折って笑い転げるチビアディーに、殺意を覚えたのは言うまでもない。











 結論として、アタシが勝った。

 かろうじて。

 キメポーズをとらない代わりに、チビアディーが自由にエフェクトかけてもいいという結果になったのだ。

 肉を切らせて骨を断つ、みたいな?

 但しハートマークは断固却下ってコトで。

 ハートマークを周囲に舞い踊らせるくらいなら、リアル心臓ハートと血飛沫を舞い踊らせた方がまだマシというものだ。

 ラブリーハート戦士になるくらいなら、ダークヒーローになってやる!

 そんなアタシの決意も余所に、

「私にはプリインストールで一〇八のエフェクトが入ってるけど、澄香にはもう少し違うものが似合うわね。新しいエフェクト、ダウンロードしなくちゃ。でもフリーエフェクトってあんまりいいのないのよね」

 ウキウキとした表情でそんなことを言うチビアディー。

 一〇八って煩悩じゃねえんだから。

 ていうか、ダウンロードって何だよ。

 しかも有料のもあるのかよっ。

 こんなとこにも、貨幣経済が侵攻してんのか!?

 アタシの頭の中に様々なツッコミが思い浮かぶ。

 当然伝わっているだろうに、チビアディーは歯牙にもかけず、

「ねえ!? ダウンロードしていいわよね!?」

 余程嬉しいのか、キラキラとしたシャボン玉のようなエフェクトがチビアディーの周りをクルクルと回ってる。

 そんな姿を見ていると、最初からこっちが目的だったんじゃないかと思ってしまう。

 ま、どっちでもいいけど。

 キメポーズをしなくていいなら。

「すればいいんじゃないの。フリーなら」

「有料のは??」

「ていうか、金ないし」

 一応ポケットを探してみるけど、部屋着なんだから当然一円も入っていない。

「あら、やあね。払うのはお金じゃないわよ」

「え? じゃあ何で払うの?」

「決まってるじゃない、魂よ」

「却下!!」

 何だその設定!

 悪魔か!? 悪魔のネットショップからダウンロードするのか??

 するとチビアディーが、少し拗ねたような口調で言った。

「何も魂丸ごと払うわけじゃないのよ。ほんのちょっと、エフェクト一つにつき、大体十コンパク程度でいいのよ?」

 コンパク?

 何その単位??

 重さ的な方? 体積的な方? ひょっとして個数的な方??

 どっちにしても、魂削られるのはイヤだ。

 削られすぎて、永遠に目覚めなくなったらどうすんだ!?

 何て女だ、チビアディー!

 やっぱりそこら辺はアディーリアだよ!!

「断固拒否する!! フリーでも探せばいいものあるから! 絶対!!」

 キツイ口調で却下するも、三頭身妖精には微塵も堪えた様子がない。

 可愛らしく唇を尖らせて拗ねてみせる。

「澄香は概ね二人分余計に持ってるんだから、ちょっとくらい払っても問題ないのよ?」

 そういう問題でなくっ。

「他人様の魂で、モノを買ってはいけません」

「あら、私とあなたは一心同体。あなたの魂は私の魂、私の魂はあなたの魂。大丈夫よ、無駄遣いはしないから」

 ネッと可愛らしく小首を傾げながら言われても、できないものはできません。

 アタシは、断固拒否します。

 とは思うものの、シュンと項垂れる姿にちょっと心が動かされる。

 三頭身体型は、幼い頃のリズを彷彿とさせるのだ。

 そのせいで、余計に持ってるんだからちょっとくらいならいいかも、なんて思ってしまう。

「………ド変態の分なら許す」

 言ってしまった!

 つい、言ってしまった!

「本当!? 嬉しいわ! ありがとう!!」

 パッと顔を上げたチビアディーは、喜色も露わにそう言った。

 そこには先程までの悄然とした色は微塵もない。

 完全に演技だったのだろう。アタシがその姿にリズを重ねることも計算済みで。

 ま、予想できたコトだから、別にいいんだけど。

 あのチビアディーからお礼を言われたことで、ヨシとしよう。

 何せアディーリアには、契約を承諾した時すら言われなかったのだ。

 人にちゃんと感謝できる。チビアディーのそこら辺は、やっぱりアタシってコトなんだろう。

「あ、そうそう。セルリアンナ達と話す時は、ちゃんと向こうの言葉を使うのよ」

 何故かあらぬ方向を見つめながら、弾むような声でそんなことをいうチビアディー。

 その姿は猫が虚空をジッと見つめるのに似て、何かに集中しているような、或いはどこかから電波でも受信しているような…。

「ちょっと、訊いているの?」

「え? 何だったっけ?」

「セルリアンナ達と話す時は大陸公用語フェデルガードを話しなさいと言ったのよ」

「何で?」

 向こうの世界に行ってる時なら仕方がないけど、ここにはご都合主義的自動翻訳がある。

 アタシがそう指摘すると、

「ムダメン共のときを思い出しなさいな。向こうにない言葉が変な風に翻訳されてたでしょう? あの連中に何がどう伝わろうとどうでもいいけれど。セルリアンナ達には、こちら側の意図を予断なく伝えておく必要があると思わなくって?」

 それはそうかも。

 ムダメン共にどんな誤解を与えても全然関係ないけど、セルリアンナさん達相手にそれじゃあマズい。

「う~ん、ケロタンに入ると、勝手に向こうの言葉に切り替わるんだけど。素で向こうの言葉使ったことないからなあ」

「画面越しなんだから、似たようなものでしょう?」

「ソレとコレとは別だよ。画面越しだろうがなんだろうがアタシの素顔が晒されるワケだし」

 その時アタシは、ふとあることを思い出す。

「どうかした?」

「いや、今日の服装はスカル柄じゃないから、夜影には見えないだろうなと」

「そうね」

「だったら、何影に見えると思う?」

 アタシには、何がどんな作用してどう見えるのかが分からない。

 アタシの常識から言えば、スカル柄着てるってだけで夜の精霊だなんて思ったりはしない。

 単に、スカル柄が好きなんだなって思うだけだ。

 因みに本日の装いは上下揃いの部屋着、キャミとサブリナ丈のパンツである。色は黒で、とある生物の形をしたグレーのシルエットが左脇腹と右太ももに大胆にプリントされている。一目惚れしてネットで買った。送料込みで一着一九八〇円だ。当然ながら中国製、と思いきやベトナム製である。

「そうねえ…」

 チビアディーはそう言いながら顎先に短い人差し指をあて、改めて上から下までアタシを見る。

「ねえ、それってイモリなの? ヤモリなの?」

 やっぱりそう来たか。

 けれど残念ながら、アタシにも明確な答えは分からない。

「指が尖ってないから、イモリの方じゃないかと思うけど…」

 ヤモリは爬虫類なので指の先には爪があって鋭くなっている。

 一方イモリは両生類で爪がない。

 両生類だから爪がないってワケじゃなく、カエルにも爪を持つ種類はいる。

 アフリカに棲むカエルで、残念ながら能があろうがなかろうが爪を隠すという芸当のできない不器用さんだ。

「そう。でもイモリを眷属にもつ神なんていたかしら?」

 多神教であるアヌハーン神教の神サマは多い。日本人が日本神話の神サマを全部は知らないように、向こうの世界の人間だって神サマ全部を知ってるワケじゃない。

「アディーから見て、アタシはハッキリと何かだっては思うような何かはないんだ?」

「そうね。あなたはどう見ても精霊には見えないわ。その辺は個人差があると思うの。私にはあなたが髑髏模様の服を着ていようと夜影には思えないもの」

「それは、アディーリアが精霊に関する通説ってか言い伝えってのを知らないからなんじゃないの? ほら、神教は精霊の研究を禁じてるし」

「だからって、一般常識まで知らないわけじゃないわよ」

 アタシからすれば、「精霊に関する一般常識」ってのが既に常識の範疇にないんだけれど。

 ま、そこら辺は世界が違うから、目を瞑ろう。

「でもアタシ、夜影がスカル柄の服着てるとか知らなかったし」

「『髑髏で飾る』であって、別に髑髏模様の服を着ているとは言ってはいないわ。曖昧な表現だから解釈は人それぞれということになるのでしょうね」

 なるほど。

 「髑髏で飾る」なんて聞くと、普通は頭蓋骨のアクセサリーなんかを思い浮かべると思うんだけど、そこら辺が「個人差」ってコトなんだろう。

「言って置くけれど、あなたが精霊についてアディーリアの知識から掘り起こせなかったのは、単純にあなたの中にはないからよ。『精霊に関する一般常識』なんて」

「そりゃそうかもしれないけど。でもアタシの中になくても、アディーリアの中にあれば話は別じゃないの? 一部とは言えアディーリアの記憶を持ってるワケだし」

「逆に言えば、記憶と関連づけられてない知識は、対応する鍵がなければ手に入れるのは難しいということよ」

 つまり、アディーリアにとっても「精霊に関する一般常識」は単なる知識でしかないってコトか。

 ま、大概そうだろうとは思うけど。

「結局さ、今アレコレ考えたトコロで、セルリアンナさん達がアタシをどう捉えるかは分かんないってコトだよね」

「そういうことね」

「じゃあさ、こうしよう。『アタシ』の詳しい身元については、訊かれてもハッキリとは言わないでそれとなくぼかしとく。あとはセルリアンナさん達の解釈にお任せってコトで」

「またそんな、行き当たりばったりなこと言って。リズに説明するときはどうするの?」

「だからさ、リズに説明するときまでには、ちゃんと考えておくんだよ」

「それが、セルリアンナ達との解釈と矛盾することになったらどうするの?」

「そりゃアンタらが勝手に思い込んだだけじゃん、みたいな?」

 アタシがそう言うと、チビアディーが呆れたように顔を顰めた。

「だって、仕方がないじゃん。くれないてんにゃが何の精霊か、恵美は言ってなかったし」

「だったら、今考えればいいじゃないの」

「え~~。だったらいっそ『くれないてんにゃ』止めねえ?」

「またそんなこと言って。セルリアンナ達とは『今』話さなければいけないし、『今』ある案は恵美のものだけだけなのよ?」

「まあ、そうなんだけどさ」

 チビアディーの言うことは尤もだ。

 アタシの気が進まないってダケで。

 ただ、アタシにだって言い分はある。

 リズより先にセルリアンナさん達に「ケロタン達の主」について教えることになるってコトである。

 勿論、リズはそんなコトで怒ったりはしないだろうけど。

 拗ねるかも知れない。

 それはそれで可愛いんだけど。

 そんなコトを考えながらリズの唇を尖らせた表情を思い浮かべ、ついついぽややんとなってしまった。

 アタシとチビアディーが、そんな風にああでもないこうでもないと議論している間。

 文字通り、アタシの背後で陰謀が渦巻いていた。

 いや、陰謀が輪になってスクラム組んでいた。

 後にチビアディーに確認したトコロによると。

「カエル達が輪になって、ヒソヒソと相談していたような気がするわ」

 つまり、アタシ達はカエル共のコトをすっかり放置していたワケで。

「キュルキュルキュルキュルキュルルルルルルルルルルル~~~!!」

 突如空間を切り裂くような甲高い雄叫びが轟いた!

「!?」

 驚いて反射的に振り返った瞬間。

 ビタンッ!!

 ヒンヤリとしたピンクの何かが視界を覆う。

 事態が飲み込めず絶句してると。

 ガッ!

 強烈な蹴りが顔面を襲う。

 と同時に、足下の地面が消えて。

「ぎいいいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! カエル選べるようになったんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 視界の端に、急速に小さくなっていく白い脚が見えたような気がした。











 どうやら真実は、「カエルを選べるように()なった」というコトらしい。

 


誤字修正いたしました。ご協力ありがとうございましたm(_ _)m。

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