第一〇三話 カエルの色素は虹色です その3
さて、ここで問題です。
アディーリアの遺体は、どこにあるでしょう?
答え。
イスマイル王族の墓です。
大陸全体では土葬が一般的だけど、一部では風葬が行われている。
風葬って言っても野ざらしにするワケじゃなくて、ちょっとした家みたいな墓の中で自然に白骨化するのを待つって方式らしい。んで白骨化したものを、箱に詰めてたり、どっかに撒いたりするらしい。そこら辺は、個人の裁量次第である。
イスマイルでは、庶民も貴族も基本風葬だ。
風葬は、歴史的に言えば土葬よりも古く、皇国時代には風葬が一般的だった。
そして、由緒正しき大公家の領民であるイスマイルの人々は、風葬という古いしきたりを連綿と受け継いでいるというコトらしい。
ま、ぶっちゃけ言って、乏しい土地を死人に使う余地がないってのもあるんだろう。
庶民は町や村単位の共同墓を使うけど、王侯貴族はその家専用の豪華な墓を持っている。
この場合の墓は、墓というより家っぽい。そして貴族のそれは屋敷っぽい。
そして王族の墓は、もやは宮殿と言った方がいいような規模である。
そんな王族の墓には、風化を待つ遺体の入った棺桶がずらら~と並べられてるワケなんだけど。
アディーリアの遺体は腐らない。そして、風化もしない。
きっちり防腐処理されてるから。
ハイカラな言い方をすれば、エンバーミングというヤツだ。
このエンバーミング、ヒジョ~に高度な技術らしい。
当然と言うべきか、必然と言うべきか、神教の独占市場だ。
資格を持つ神官だけが、エンバーミングできるコトになっている。
とはいえ、庶民がエンバーミングすることは殆どない。貴族も基本的にはしない。王族だって、あまりしない。
じゃあ、一体誰の遺体にエンバーミングするのか?
聖者の遺体に、だ。
といっても、全員ってワケじゃないらしい。
例えばド変態は「玉の聖者」だけど、イスマイル国王としての地位が優先されてるから、イスマイルの法に則った葬り方をされる。
とはいえ、国王じゃなくてもド変態がエンバーミングされる可能性は低いだろう。
エンバーミングするかどうかの基準は、何か物凄い功績を残したとかなんとか、そういうヤツらしいから。
では、ここで更に問題です。
エンバーミングされた聖者の遺体は、どこに安置されるのでしょう?
答え。
大神殿の聖廟です。
そして、聖廟は数年に一度公開される。
そこら辺のスケジュールは、暦の制作を独占している神教が、計算して決めるらしい。
何の計算なのかは、ちょっと分かんないけど。
大安とか仏滅とかそういう感じのアレな日のコトなんだろう。
公開中の巡礼者の数は普段にも増して多く、勿論お布施も相当多くなる。
聖者の遺体見たところで何の御利益もないんだけど、アヌハーン神教は神サマにすら御利益を期待していないので、何もなくても気にしないのだろう。
要するに、聖者の遺体は、神教にとって重要な観光資源。
つまり、資源は大切にしましょうというコトで、エンバーミングとなるワケだ。
で、ここからが重要なんだけど、神教はアディーリアの死後、遺体の引き取りを希望した。
アディーリアが何かしたってワケじゃない。
けど、皇女の遺体だ。
皇族には、皇族の眠るべき場所がある。
ところがド変態が強硬に反対したので、折衷案として、ド変態が存命中は王族の墓に置いておいて、死後聖廟に引き取られる、というコトになった。
アディーリアが皇女だということは秘密なので、神教としても強引にコトを進めることはできなかったらしい。
なんでド変態が反対したのかは、アタシには分からない。
死後も一緒にいたかったから、と思うかも知れないが、ド変態の遺体が安置されるのは王宮の地下にある「王家の墓」で、王都の北にある「王族の墓」じゃない。
王家の墓に入れるのは国王と国母となった正妃のみ。つまり、今後も二人の遺体が並ぶ可能性は全くない。
それでもド変態は、アディーリアの遺体を渡したくないらしい。
何にも。
誰にも。
自分が死んだ後すらも。
さて、ここでまたまた問題で、
「ねえ」
アタシが一生懸命アレやコレやと思案しているトコロへ、チビアディーの声が掛かる。
「何?」
気もそぞろに問い返すと、チビアディーもまた問うてきた。
「誰にクイズ出してるの?」
「………」
「ねえ、誰に?」
チビアディーがアタシの心の声を読む。
それは、まあ、いい。
よくはないけど、どうしようもないコトなので、いいことにする。
けれど、心の声にツッコミを入れるのは、いや、これもいいだろう。
ただ、冷静に問い質すようなマネだけは、決してしてはいけない。
という心の声もキッチリ聞こえてるだろうに。
この三頭身エセ妖精ときやがったらっ。
「それに、一体誰に説明しているの?」
「アディー」
「なあに?」
「人としてやってはいけないコトというのが、世の中にはあるんだよ」
「大丈夫、私、妖精だから」
ニッコリと一点の曇りもないイイ笑顔で言うチビアディー。
その笑顔にちょっとイラッとしながら、アタシも負けじと笑顔で言った。
「妖精にも、やっちゃいけないことはあるんだよっ」
「やあね。妖精にタブーはないのよっ。だから妖精なのよっ」
そんな理由で「妖精」なのかよっ。
「妖精にもタブーはあるよっ」
「じゃあ、それは何?」
「いや、それは。アタシは妖精じゃないし…」
分からない。
ていうか、分かってたまるか、バカヤロー!
チビアディーの勝ち誇ったような微笑みに、アタシは心の中で叫んだ。
「フフン、人間風情は黙ってなさいな」
人間風情って…。
そりゃまあ? 天下無双の傾城美女ハリセン戦士に変身できる、超絶可憐な三頭身美少女妖精サマからすれば? 人間なんかフゼイ程度の生き物なんだろうけどさ。
何か、システムが正常化してから、チビアディーの性格の悪さがグレードアップしたような気がする。
そもそもチビアディーには、アタシが頭の中を整理するために、自問自答の形式をとってることくらい分かりきってるコトだろうに。
アタシがそんな不満を視線に乗せてチビアディーにぶつけると、チビアディーはバッとハリセンを広げて跳ね返す。
なんじゃそりゃっ。
とツッコム前に、チビアディーが今度はハリセンを勢いよくバシンと閉じて、より一層高飛車な口調で言った。
「グダグダ考えている暇などなくってよ。さっさとセルリアンナ達を従わせなさい。じゃないと、自力で帰ってしまうわよっ」
「え? 勝手に帰れちゃうワケ?」
「あたりまえじゃないの。ここに引きずり込まれているわけじゃなし。昔のあなたみたいに魂が足らないなんてことにもなっていないのだもの」
引きずり込むって、人聞きの悪い。
アタシは、蟻地獄じゃないんだから。
ちょっとばかし強引に招待しただけじゃんか。
という抗議は、心の中だけで止めておこう。
チビアディーがピクリと片眉を上げながら、グッとハリセンを握り込んだから。
アレに叩かれても、痛くはない。
痛くはないんだけれど、妙に心がヘコむから。
「でもさ~、簡単に言うけど、どうやるワケ? 例えば何て言えば、素直にこっちの言うことに従うと思う?」
仲間になってくれって言ってなって貰えるようなぬるい関係は、お呼びじゃないし。
というか、仲間じゃないし。
アタシとセルリアンナさん達は、どうやったって対等にはなり得ないんだし。
神教すらも欺くような行為をさせるワケだから、そんな熱くて温い仲間ごっこみたいなことやってる場合じゃない。
アタシに物凄いカリスマ性とかあったらさあ、「アタシについてきなっ!」の一言で…。
そう考えたアタシは、そんな台詞を言ってる自分を想像して、
(うわ~、ないわ~)
と、無駄に精神的ダメージを負ってしまった。
そんな風にアレコレと思い悩むアタシに、チビアディーは呆れたような口調で言った。
「彼女達をどうしてここに引きずり込もうとしたのか、忘れたの?」
「忘れてないよ。神教内の派閥争いにリズを巻き込もうとしたコトを、注意するためじゃん」
注意つったって、厳重にだよ、厳重に。
けれども、アタシの言葉はチビアディーのお気に召さなかったらしい。
「生ぬるいっ! きっちり罰を与えて悔い改めさせるのよっ!」
「罰?」
「そう。つまり、罰として、命令するのよ」
「ええ? それとこれとは話が別なんじゃ…」
「『呪ってやる』なんて脅しかけた人間が、今更何を言うの?」
「アレは、その場のノリって言うか、言葉のアヤ? 的な? 実際呪えるワケじゃないんだし。それに、それだと命令されたから従うだけであって、納得してるワケじゃないよね?」
「あら、納得させる必要があって?」
「ええ? 必要じゃないの??」
アタシだったら、自分の行動には納得したいと思う。
犯罪だろうが、インモラルだろうが、納得した上でのコトなら…。
「その方が、裏切り難いと思うんだけど」
「バカね。セルリアンナ達が裏切れるはずがないでしょう?」
やけにキッパリ言い切るチビアディーに、アタシは不審を隠さず問い返す。
「なんで?」
「精霊を裏切るなんて、そんな恐ろしいことしやしないわ」
なるほど。
それもそうか。
「って、精霊って誰が??」
「あなたじゃないの」
にやりと、悪戯っぽいと言うよりは完全に悪辣としか言いようのない微笑みに、アタシはゾクリと怖気が走るのを感じる。
それを振り払うように、アタシは強い口調で言った。
「アタシ、そんなファンタジーな生き物じゃないよっ」
「勿論よ。あなたは、欲にまみれた人間よ」
いや、欲まみれってワケでもないと思う。
勿論、欲がないワケじゃないけど。まみれって言う程まみれてはない。と思う。多分。
「でも、フリはできるでしょう? 一度やったんだし」
チビアディーのけしかけるような視線に、アタシはウッと言葉に詰まる。
そりゃまあ確かに、夜の精霊の役はやったけど。
アレは、フリっていうより、向こうが勝手に思い込んだだけって言うか。
ぶっちゃけ黒歴史って言うか。
「今更何を言ってるの。元からそう言うつもりだったでしょうに。そのために、精霊に関する本を地下迷宮から持ち出したのでしょう?」
それはそうだけど。
まだ心の準備ができてないっていうか。
キャラクターの設定ができてないっていうか。
アタシが焦りながらそう言うと、
「あら、恵美子から知恵を授けてもらったじゃないの」
そう言ってチビアディーがニンマリと眼を細めて笑う姿は、妖精というより妖怪じみていた。
嫌な予感をヒシヒシと感じながら、アタシはチビアディーの言葉を吟味する。
知恵?
恵美から?
そんなモンあったっけ?
そう思った瞬間、恵美の声が脳裏に響く。
――じゃあ、ワタシのネタでいっとくか?
その時の恵美の表情は、今のチビアディーに負けず劣らず悪辣だった。
ああ…。
アレ、か。
けれど、アレは恵美も言ってる通り、知恵っていうより、ネタ。
完全にネタである。
そのネタであるところの、
「アレを、やれと? このアタシに?」
「そうよ。アレをやるのよっ」
アタシの否定して欲しいという切実な願いは、チビアディーのグッとハリセンを握り込む小さな拳に潰された。
拒否すれば、確実にその巨大ハリセンで殴られる。
何度も言うが、殴られても痛くはない。
痛くはないけど、アタシの何かが確実に削られるのだ。
主に、精神的な何かが。
それでもアタシは懸命に言い募る。
「いやあ、あの設定は、ちょっと…。もうちょっと、こう、本とか参考にしながら、まともな設定を練り直したいなあなんて…」
「そんな悠長なことを言っている時間なんてないことくらい、分かってるでしょう?」
我は千の名前を持つ精霊。
我が名を許しなく口にすれば、命はない。
汝らが、我が養い子に全てを捧げるならば、汝らに最も短く最も力なき、だが只人には身に余る程の霊威を宿した我が名前を許そう。
心して呼ぶがよい。
我が名を。
くれないてんにゃ、と。
「いやいやいやいやっ!! ないないないないっ!! この設定はないっ、ないって絶対にいいいいいいっっっ!!!」
アタシの渾身の雄叫びが、茫漠たる空間にこだました。
くれないてんにゃ、再び。
すいません、更新直後1時間くらい、最後の数行がコピれてなくて抜けてました。申し訳ありませんでしたm(_ _)m。