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第一〇二話 カエルの色素は虹色です その2

 我、ナイアルド=クルスト・ロルド・イスマイル・アウラ・エナ・エラハルド・ハジェク・イス・イスマイルは、こいねがう。











 セルリアンナさんの夢は、脈絡もなく転々と移ろって行く。

『母様、シセリゼスとは誰ですか?』

『父様、私は父様の本当の子供ではないのですか?』

 セルリアンナさんの子供時代は、疑惑と疑念に支配されているかのようだった。

『何故、母様には父様が見えないのですか?』

『何故、父様は母様にお会いにならないのですか?』

 ジェイディディアは、ヴィセリウス神官が殺されてから数年間はどうにか正気の縁にいたけれど、セルリアンナさんを産んだ後加速度的に壊れていったらしい。

『ああ、可愛いセルリアンナ。父様が恋しいのね。けれどキリアス兄様は父様じゃないのよ。シセリゼスが戻るまでキリアス兄様の元で過ごさせてもらってるの』

『私は、産んでいない! あなたなんか産んでいない! キアリス兄様との子供なんて、産むはずがない!』

 ジェイディディアは、壊れている時は穏やかだけど、セルリアンナさんをヴィセリウス神官との間の子供だと思い込む。けれどもセルリアンナさんの中に『キリアス兄様』に似たところを見つけた途端、正気に戻り恐慌を来す。

 ヴィセリウス神官とジェイディディアが男女の仲だったかどうかは分からない。

 ただ、ジェイディディアがヴィセリウス神官のことを好きだったのは、確かだろう。

『え? シセリゼスはどんな人か? そうねえ。物凄く頭の良い学者さんなんだけど、それと同じくらい物凄く抜けてるの。王宮で迷子になって泣きべそかいてるのを、何度も見たわ。あんまりにもその姿が情けないから、ついつい助けてしまうのね』

『ああああああ! あの人が何をしたというの!? 何故殺されなければならなかったの!? 返して! 返して! シセリゼスを返して! 私のあの人を!!』

 セルリアンナさんの父親『キアリス兄様』は、どうやらジェイディディアのことは本当に好きだったらしい。

『ジークリンデ! お前は戦渦に怯える中であの男しか頼る者がいなかった! 恐怖から逃れるためには、あの男に頼るしかなかった! お前のその思いは、勘違いに過ぎないのだ!』

『あの時、陛下の命に背いてでも、ジェイディディアの元へと駆けつけていれば! あんな男に! あのような男に!』

『ジークリンデを決して屋敷の外へは出すな! 私はもう二度とあれを失う気はない!』

『ジークリンデ! お前は私のものだ! 決して誰にも渡さぬ! 誰にも! あの男にも! 陛下にも! 神にさえも!』

 ジェイディディアへの執着としかいいようのない思いを抱く一方で、余所に愛人を囲って子供まで作っていたらしい。

『お初にお目にかかります、とご挨拶すべきでしょうか? 姉上。父上が母上を娶られないのは、姉上が反対しているからなのでしょう? 母君が亡くなってからもう三年も経ちます。父上のこともお考えになってはどうですか? せっかく狂人の妻から解放されたというのに。狂人の母親から解放された姉上になら、父上のお気持ちが誰よりお分かりになるはず』

 存在すら知らなかった弟に憎々しげな視線を向けられて、けれどもセルリアンナさんは欠片も動揺しなかった。

『父様、私には弟がいるそうですね。ならば、私が家督を継ぐ必要がないのでは?』

 平然とした顔で、父親にそう言った。

『ならん! 家名を継ぐのは、お前だけだ! ジークリンデと私との間に生まれたお前だけだ!』

 ジェイディディアは静寂の中で夢を紡ぎ、混乱の中で神憑った言葉を吐き出した。

『セルリアンナ、フィオリナに会いたいでしょう? いやね、あなたの妹じゃないの。

あら? お姉さんだったかしら? あなたはあの時いなかった。いいえ、フィオリナはセルリアンナの妹よ。だから、セルリアンナは、フィオリナ様を守ってあげてね』

『ああ! サタナシア様! 幼いフィオリナ様を残して逝かれてしまう!』

『フィオリナはひとりぼっちで寂しくないか? いいえ、大丈夫よ。フィオリナにはお友達がいるから。それは可愛らしい、秘密のお友達なのよ』

『サタナシア様は神々に愛されし方! サタナシア様の思いに、精霊は必ず応えます!』

『でも、内緒よ。フィオリナを守るために。秘密のお友達は、秘密のままよ。その時が来るまで』

『その時が来ても、誰もいない。私も、あの人も。あなたも、あの方も!! もう誰もいない!』

 そして再び、静かな丘の風景。

 小さなお墓と、白い花束。

『今日、私は家督を継ぐ義務を放棄して、神殿騎士団に入ることになりました』

 決意を秘めた瞳が、遙か彼方へと注がれる。












 プツリ。

 アタシは無言のままビデオチャットの電源を切って、深い溜め息を吐いた。

 重い。

 重すぎる。

 背中にアフリカ象でも背負ってるような気持ちだ。

 侍従武官の中でも、セルリアンナさんは特に穏やかな雰囲気の持ち主だ。

 そんなセルリアンナさんの過去が、これほどハードだったとは、思ってもみなかった。

 そりゃ、ジェイディディアのコトがあるから、イロイロ大変だっただろうなとは思ってたけど。

 「大変」が裸足で逃げ出すくらいにディープでハードな半生だった。

 見るんじゃなかった、と言っても今更遅い。

 見ようと決めたのはアタシなのだ。

「う~~~~~~~ん」

 セルリアンナさんのリズへの思いは、何て言えば良いんだろう。

 セルリアンナさんは、ジェイディディアが亡くなるまで、殆どの時間をジェイディディアと二人きりで過ごした。

 夢の中に父親は殆ど出てこなかったから、多分そうなのだろう。

 つまり、セルリアンナさんにとっては、ジェイディディアが世界の全てだった。

 やがて、ジェイディディアは壊れてる時も取り乱してる時も、リズのことばかり語るようになる。

 フィオリナ様が。

 フィオリナ様を。

 フィオリナ様に。

 フィオリナ様の。

 フィオリナ様と。

 一体何がジェイディディアをそこまで駆り立てるのか、まるで何か暗示でもかけるかのように、何度も何度も語った。

 ここで一つ疑問がある。

 まだ生まれていないリズの事を、ジェイディディアは何で知ってるんだろう?

 現実的な解釈をすれば、アディーリアには逃亡生活の記憶は残らなかったけど、繰り返し呼ばれた「フィオリナ」という名前を深層では覚えていて、それを自分の娘の名前にした。ひょっとしたら逃亡生活の中で、子供が生まれたらフィオリナという名前にする、とかなんとかいう会話があったのかもしれない。ジェイディディアはジェイディディアで、自分の中で話を作ったのだろう。

 平均寿命五十年ってのを考えれば、クリシア国王が孫が成人する前に死んでもおかしくないし、ジェイディディアは恐らくクリシア国王の死を願っただろう。

 そしてそれが、現実(夢だけど)と、たまたま合致した。

 ああ、偶然って恐ろしい。

 というコトにしておこう。うん、そうしよう。

 そんな風に、アタシが心密かに自分に言い聞かせてると、

「神懸かりというのはね、心が精霊に触れたときに起こるのよ」

 いや、そんな説明求めてません。

 と言っても素直に聞いてくれそうにもないので、仕方なくアタシは話に乗ることにした。

「精霊が何かするのは聖者に対してだけなんじゃねえの?」

「精霊は何もしてないわ。何かの拍子に人の心が勝手に精霊の領域に触れてしまったということ」

 なんだそのご都合主義的解釈は。。

 神懸かりってのは、所謂トランス状態のコトだろう。

 ある種の心身症や精神疾患の患者が陥る「意識状態」の一種である。

 クスリ使えば簡単になれる、場合もある。

 つまり誰でもなる可能性がある。

 当然、聖者だってなるだろう。

「聖者が神懸かりになったらどうすんの?」

「聖者は神懸かりにならないわ」

「なんで?」

「精霊に触れても聖者は狂わないけれど、だたの人ならその霊威に耐えきれずに狂うからよ」

「………」

 多分、狂った聖者は隔離されて、聖者じゃなきゃ放置されてるだけの話なんだろうな。

 じゃなきゃ、神懸かりになった聖者じゃない人間は、狂わされるんだろう。クスリとか使って。

 うわ~。

 宗教って怖いな~。

 勿論、アタシの推測に過ぎないんだけど。

 でも、これまで神教のやらかしてきたコト考えるとな~~~。

 何となくイヤな気持ちになりながらそんなコトを思案してると、チビアディーがおもむろに訊いてきた。

「で、どうするの?」

「え?」

 意味が分からず問い返すと、チビアディーが呆れたような口調で言った。

「セルリアンナのことよ。使うのか使わないのか、か訊いているのよ」

「あ~」

 何と答えたものか迷ったアタシは、つい間抜けな声を出してしまった。

「いや、迷ってる、というか、迷ってる」

「何よ、その答えは」

「いや、だってさあ」

 言い淀むアタシに、後押しするようにチビアディーは言った。

「セルリアンナは、裏切らないわよ?」

「裏切らないっていうかさ~、裏切れない?」

 何て言えば良いんだろう。

 セルリアンナさんがリズを守るのは、セルリアンナさん自身のためだ。

 リズを守ることで、自分自身を保ってる、みたいな?

「ひょっとしたらひょっとするかもだけど、リズを守ることが、セルリアンナさんのアイデンティティ、みたいな?」

 そこまで極端な話じゃないかもだけど。

「それって他人に自分を丸ごと預けてるようなもんじゃね? そういうのってさあ…」

「あなたは、セルリアンナが危ういといいたいのね?」

 チビアディーの言葉に、アタシは溜め息を吐きながら頷いた。

 セルリアンナさんのリズへの忠誠心は本物だろう。

 でも、もしセルリアンナさんの心がバランスを崩したら?

 その忠誠心が、間違った方向に向くかも知れない。

 リズを傷つけることになるかもしれない。

 アタシはそれが怖い。

「起こってもないことを、心配するのは無意味よ」

「それは、そうかもしれないけど」

 それでも思っちゃうのが親心というヤツなのだ。

 親じゃないけど。

「聖者の周りにはいろんな人間が集まるわ。利用しようとする人間もいるし、勝手な幻想を持つ人間もいる。というか、そんなのばっかりよ」

 身も蓋もないことを言うチビアディーに、アタシは力なく答えた。

「だから、リズを支えてくれる人間が欲しいんじゃん」

 アタシがリズといられるのは、リズが十六になるまでだ。

 アタシがリズを支えてきたとは言わないけれど、アタシがいなくなった後ますます過酷になるだろうリズの人生を、共に歩み支えてくれる人間が必要なのだ。

 セルリアンナさんは盾にはなるかもしれないけれど、リズの支えにはなれないだろう。

 未来のリズの旦那はどうなのかって?

 リズの旦那になる人間は、所詮は神教が用意した政略結婚の相手だ。

 しかも、神教のコトだ。どんな育てられ方してるか、分かったモンじゃないっ。

 くっそう!

 リズの夫になるヤツは、ケロタン達の屍を超えてゆけ!

 けど、アタシの屍は超えさせねえぞ!!

 リズの花嫁姿を見るまでは死んでも死なない!

 勿論、見ても死なないしっ!

 見なくても死なないっ!

 ていうか、いっそ、リズを嫁に出すのは止めてやる!!

 握り拳を振るわせながら、アタシ心の中で高らかに宣言した。

 その直後、凄まじい殺気に肌が粟立つ。

 本能的に屈み込むと。

 ブォンッ!!

 風圧で、髪の毛がグシャグシャになる。

「何すんだっ! 首がもげたらどうすんだっ!」

 振り向きざまにチビアディーに抗議する。

 けれどチビアディーはアタシの言葉を完全無視で、

「無責任なこと言わないでちょうだいっ」

「言ってはないじゃんっ」

「じゃあ、思わないでよっ!」

「何を思おうがアタシの自由だっ! ていうかっ、アンタだって、本音じゃあリズを嫁に行かせたくないんじゃねえの!?」

「あたりまえでしょうっ! 神教に育てられた男なんてっ、もれなく変人か奇人かド変態になるんだからっ!」

 チビアディーの剣幕に気圧されて、アタシは一瞬で素に戻る。

「え?? そうなの?? じゃあ、女子は??」

「もれなく、性格歪んでるか根性腐ってるか偏執狂かよっ」

 なるほど。

 となると、アディーリアは確実に「性格歪んでる」タイプだな。

 一番マシなタイプじゃん、よかったね~。

 ではなくっ。

 神教は完全に育て方間違ってるよね!?

 何故に?

 何が目的で??

「神教の保護がなければ、社会に適合できない人間を育ててるのよ」

 見た目は聖者、頭脳は天才、心はマッドな社会不適合者ってか?

 うわあ、エゲつない。

「女の子はね、嫁ぎ先に適応する必要があるから、まだマシなのよ」

 ますますエゲつない。

「だからこそ、セルリアンナのような人間が必要なのよ。リズの為になら、何でもするような人間が」

「セルリアンナさんに、何やらす気!?」

 まさか、暗殺か?

 暗殺なのか??

「何考えてるのよっ。私はただ、神教よりもリズを優先する人間という意味よっ」

 なんだ、そうか。

「何、ちょっと残念そうな顔しているのっ」

「いや、別にそういうワケじゃあ…」

 マジで人殺しとかは勘弁して欲しい。

 当然、リズには犯罪に関わって欲しくない。

 けれどちょっと、スリルとサスペンスを期待するのが、オトメ心というものだ。

 そんなコトを心でのたまうアタシに、チビアディーは呆れたように脱力したけど、直ぐに気を取り直して訊いてきた。

「で? どうするの?」

「う~ん、セルリアンナさん、驚かないかな?」

「そりゃ、驚くでしょう。アディーリアの遺体運べなんて言われたら」












 我、ナイアルド=クルスト・ロルド・イスマイル・アウラ・エナ・エラハルド・ハジェク・イス・イスマイルは、こいねがう。

 我が妻セラーディス・カイエローダ・アディーリアの永遠なる平安を。



先週お休みして申し訳ありませんでしたm(_ _)m。


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