第一〇一話 カエルの色素は虹色です
「いい? 分かった? 電源を入れたら、直ぐにチャンネルボタンを押すのよ!」
アタシとチビアディーは、ともかくセルリアンナさん達と話をしようということになった。
そこに至るまでに、「打ったな! 父さんにも打たれたことないのに!」という鉄板ボケをあっさりスルーされたり、トーテムポールと化していたカエルどもが今度は突然輪になって踊り出したりと、紆余曲折があったけれど、今は割愛しよう。
因みにチビアディーにハリセンで打たれたトコは、酷い打撲痕が残り、アタシに著しい心的外傷を負わせた。
「変な言いがかりつけないでよっ! たんこぶ一つできてないじゃないのっ」
相も変わらずチビアディーはアタシの心を拾いまくりで、アタシにプライバシーというものはないのだろうかと、ちょっと黄昏れてみたり。
「そもそもハリセン戦士のハリセンは、悪しきを挫く正義のハリセンなのよ。ただの戯れに真の威力を発揮することはないわっ」
アタシとチビアディーとカエルしかいない空間で、正義だとか悪だとか言われても。
しかも、物凄いドヤ顔で。
「因みに、『悪』って何?」
それでも、余りにも胸を張って言い切るので、興味本位で訊ねてみると、
「勿論、私に都合の悪いものよ」
今度はバックに花でも咲き乱れそうなイイ笑顔で、言い切った。
その艶やかな笑顔に、アタシ、何時か撲殺されるんじゃないだろうか? という危機感がフツフツと湧き上がる。
そんなアタシを慰めるように、チビアディーは言った。
「あなたと私は運命共同体。あなたは私にとって必然。つまり、あなたが私の『悪』になることはないのよ」
なんかご大層な言葉使ってるけど、結局のトコロ、アタシは自分で自分を傷つけるマゾではないというだけの話である。
というかぶっちゃけ言って、脳内でこんな会話を繰り広げてるアタシって、大丈夫なんだろうか? と改めて思ってしまう。
まあ夢で「異世界に行ってる」なんて言ってる時点で、相当ヤバいような気もするけれど。
「さ、遊ぶのはこれくらいにして、さっさとビデオチャットを始めましょう」
チビアディーの言葉に、アタシは素直に頷いた。
何故なら、これ以上深く考えると、ドツボにはまりそうだからだ。
「いい? もう一度だけ言うわよ? 電源を入れたら直ぐチャンネルボタンよ」
どうしてチビアディーがしつこくチャンネルチャンネル言うのかというと、どうやらこのビデオチャットは、デフォルトでド変態に繋がるようになってるらしいからだ。
けれども今、ド変態には用事はない。
というか、ぶっちゃけ顔も見たくない。
と言うワケで、直ぐさまチャンネルボタンを押して、ド変態との再会を回避しようってわけである。
因みに、リモコンにチャンネルボタンは上下ボタン一つしかなく、当然ながら番組表ボタンもない。つまり、誰に繋がるのか分からないワケである。
カエルは選べるようになったけど、ビデオチャットの相手は選べないらしい。
これぞ所謂、帯に短したすきに長し、というヤツだろう。
ちょっと違うか?
リモコンには他にもボタンがある。カメラの絵の下に、十字ボタンが二つと、+-ボタンだ。それからスピーカーの絵の下に、+-ボタン。
カメラ操作とボリューム調整のためのボタンだろう。
「じゃあ、まあ、取りあえず電源入れるよ?」
「ええ」
プチッ。
『アディ~~~リア~~ッ、余の~~』
画面の向こうで、ド変態が身悶えながら歌っていた。
恐らく自作の歌だろう。
当然ながら聞きたくもないので、予定通り直ぐさまチャンネルを変える。
ポチ。
途端に響く爆裂音。
ドド――――ン!!
『はああああああああああああああああああああ!』
ガガ――――ン!!
『おらおらおらおらおらああああああ!!』
派手に音はするんだけれど、モクモクと湧き上がる爆煙らしきもののせいで肝心の画面には殆ど何も映ってなかった。
『せいやあ!』
この声は、誰だ?
何かと闘ってるような感じなんだけど。
侍従武官の人達とは、声で分かる程親しい間柄じゃないし。
ドッカ――――――ン!!
武器は何だと聞きたくなるような、物凄い爆音が…。
確か、夢の世界って大砲はあるけど、バズーカとか機関銃とかはまだなかったと思うんだけど。
ズババババババババ!
ドドドドドドドドド!!
一体画面の向こうで何が起こっているというのか?
画面が小さすぎてよく分からない。
仕方がないので、顔を近づけて目を凝らす。
そんなアタシに、チビアディーが言った。
「モニター、大きくすればいいのじゃなくて?」
余りにも当たり前なコトを指摘されて、アタシは自分のバカさ加減にヘコみそうになる。
でもよく考えたら、チビアディーは結局のトコロ、アタシなワケで。
要するに、自分で気がついたというコトだ。
うん、そういうコトにしておこう。
と、前向きな方向に思考を操りつつ、今より大きなモニターを想像する。
思い浮かべたのは、大型液晶テレビである。
すると、ググンッとモニターが大きくなった。
ついでに、音量も大きくなった。
ドガガガガガ――――――――――ン!!
バ―――――ン!!
ズシャ―――――――――ンッ!!
ズババババババババ!!
耳が痛いので、ボリュームを下げてみる。
それでも相変わらず、画面に映るのは爆煙ばかり。
あ!
そうか! カメラ操作できるんだった!
そのコトに気がついたアタシは、リモコンの十字ボタンを適当に押す。
「うわあ、なんかグルングルンまわってる? 角度? カメラの角度かな? じゃあこっちは? ああ、カメラ位置か」
どうやら右側の十字ボタンはカメラの角度を、左側の十字ボタンはカメラの位置を操作できるらしい。
ていうか、このカメラ、ドコに置いてあるんだ?
試しにカメラ位置を上へと移動させ続けると、航空写真みたいなコトになった。
ひょっとして、浮いてる?
カメラ、浮いてる?
アタシはその時、ハッとなった。
こまさかこっちにもあるのか?
そりゃあるだろう、ビデオチャットだ。
けれどそうなると、こっちの様子も丸見えってことじゃね??
アタシはキョロキョロと辺りを見回す。
けれど幾ら見回しても、茫漠たる空間にはアタシとチビアディーとカエルとモニターしか見当たらない。
するとチビアディーが言った。
「こっちのカメラはそこよ」
その紅葉のような小さな手が指差したのは、モニターの上部の縁で。
よくよく見ると、そこには丸い穴のようなものががあった。
「これが?」
携帯のインカメラみたいな小ささだ。
これでは、ズームはできるかも知れないけれど、カメラの位置も角度も変えられそうにない。
「ちょっと向こうにあるのと不公平すぎないかな?」
と言うと、チビアディーはヒラヒラと手を振って、
「彼女達にはカメラの概念がないから、いいんじゃない?」
それもそうか。
それに、こっちが丸見えってのも何かイヤだし。
「不公平がイヤなら、カメラを操作しなければいいのよ」
「ふっ。所詮『平等』なんてものは幻想だよ」
と、五号みたいなコトを言って、アタシはグリグリと十字ボタンを操作した。
カメラの位置と角度を変えて、声の主を捜す。
「あ、いたっ! あれは…、ハーネルマイアーさん?」
ハーネルマイアーさんは。
繊細な顔立ちをしていて、侍従武官や神殿騎士団の制服を着ていても、女らしさが滲み出てくるような美人さんである。
そのハーネルマイアーさんが。
闘っていた。
肌の色が青い、千手観音みたいに背中から何本も手を生やした巨人と。
しかも、素手で。
『おらおらおらおらおらあああああああああ!』
ズド――――――――――――ン!
素手で闘ってるのに、爆音がする。
ガガガガガガガガガ!!!!
素手で闘ってるのに、機関銃の音がする。
「ハーネルマイアーさんって、武闘派だったんだ…」
ていうか。
「なんで、闘ってんの??」
「ハーネルマイアーは、グレシゴルゴスと闘っている夢を見ているということね」
「グ、グ、グレ?」
「グレシゴルゴスよ。『神統記』に出てくる有名な怪物じゃないの。水色の肌に百の腕を持つ巨人」
「神統記」というのは、アヌハーン聖典の「創世記」の次の章で、「創世記」の神々が眠った後の神サマ達、謂わば第二世代の神サマ達の話だ。大雑把に言えば、「創世記」の神サマは自然神で、「神統記」の神サマは愛の神だとか知恵の神だとかの観念神だ。その観念神と精霊と人間とが入り乱れる英雄譚、というのが「神統記」だ。
アヌハーン神教の神サマって、人間に興味ないんじゃねえの?
と思うだろうが、その頃の人間はもれなく紫の髪と目を持つ「聖者」なので、神サマ的には全然オッケーってコトらしい。
「神統記」に続く「王統記」では、いつの間にか聖者はレアになってるんだけど、その理由付けがイマイチ不明瞭なので、アヌハーン神教内でもイロイロと議論の的らしい。
現在、何故様々な色の髪と目を持つ人間が存在しているのか?
禁を犯し夢の双性神の寵を失ったんだとか、世代を経て神性が劣化したんだとか、聖獣と交わったためだとか、諸説様々である。
そりゃ単なる色素の割合の問題だよ。
と言ったところで、理解はしてもらえないだろう。
ま、して貰わなくてもいいんだけれど。
夢の世界の場合は分からないけど、現実世界では人間のメラニン色素には黒っぽいのと赤っぽいのとの二種類あって、その割合と組み合わせで髪や目や肌の色が決まる。
因みに、人間にはメラニン色素が二種類あるが、カエルのメラニン色素は黒っぽいヤツ一種類しかない。代わりに赤や黄色、更には虹色なんていう色素があるらしい。虹色ってのは本当に虹色してるわけじゃなく、光を反射して様々な色に変化するから「虹色」ってコトらしい。それって玉虫色って言わないだろうか? と思ったけど、玉虫色ではイメージが悪いから虹色ってコトにしたんじゃないだろうか、というのはアタシの個人的意見である。
そんなコトはさておき。
「ええと、ハーネルマイアーさんはお取り込み中みたいだから、別の人をあたろうか?」
「……そうね。暫くの間は落ち着いて話しできそうにないわね」
チビアディーの同意を得たので、アタシはチャンネルボタンをもう一度押す。
さっき「上」を押したから、今度も「上」を押す。
次は、エセルヴィーナさんだろうか、グィネヴィアさんか、或いはセルリアンナさんか。
ポチ。
『さあ! 私が欲しければ、捕まえてごらんなさいっ!』
そんな浜辺で恋人相手に言うような台詞(アタシは言わないよっ!)を叫びながら、絶壁の崖を殆ど飛ぶように登っているのは、グィネヴィアさんだった。
そんなグィネヴィアさんの後を追うように、沢山の男達が絶壁に挑むものの、彼らはあっけなく次々と落ちていく。
中には何とか頂上まで行き着く猛者もいたけれど。
『ぐがああっ!」
決死の思いで頂上に手を伸ばしたところを、グィネヴィアさんにグリグリと踏みつけられて、やっぱり落ちていった。
『私を捕まえようなどという不届きな男共は、みんな奈落の底に落ちておしまい!!』
切れ長の目元が涼しげな、清廉な美貌のグィネヴィアさんか、大空に向かって高らかに叫ぶ。
捕まえてみろと言ったのは、アンタじゃん。
というツッコミは、画面の向こうに届いただろうか?
ま、心の中で思っただけなので、届いてはいないだろう。
うん、グィネヴィアさんも、お取り込み中のようだ。
チャンネルを変えよう。
ポチ。
『ピロラロポロラロ、パララララ~! 裁判官になあれ~~!』
光渦巻くエフェクトが画面を覆い尽くす。
余りの眩しさに眼を細めると、やがて光の中からエセルヴィーナさんが現れた。
見慣れた侍従武官の制服じゃなく、真っ青な長衣を着ている。銀のラインの入ったそれは、夢の世界ではスタンダードな裁判官の制服だ。
どうやら冒頭の謎の言葉は変身するための呪文だったらしい。
ポップな呪文は可愛らしくなくもないが、その手に持ってるのが死神が持ってそうな大鎌では、逆に怖い。
「……アディー、お仲間がいるよ」
「よしてちょうだい。私はコスプレマニアじゃないわ」
エセルヴィーナさんは美人というわけではないけれど、小さな丸顔に大きな二重の瞳、小さな鼻とアヒル口、つまりとても愛嬌のある顔立ちだ。
そんなエセルヴィーナさんが裁判官の制服を着ると、どうやってもコスプレにしか見えない。
けれど、日本の美少女変身ものだって大概そんなものだ。派手はエフェクトをバックに着替えただけで、正体を隠す気なんぞサラサラないとばかりに、素顔さらしまくりである。
『さあ! 判決を下すわよ~~~~っ!』
裁判官に変身したエセルヴィーナさんが、異常な程のテンションで居並ぶ罪人と思わしき人達に向かって判決を言い渡す。
『汚職の証拠は明白よ! 全員死刑!!』
罪人達が口々に異議を唱えようとするも。
スパ――ン!
エセルヴィーナさんはブンッと大鎌を振るって首をはねてしまった。
幸いなことに血が出なかったので、蝋人形を跳ねてるようにしか見えなかったけど、その躊躇のなさに冷や汗が出る。
『次は、巡検使になって、賄賂まみれの地方役人どもを極刑しちゃうぞ!』
どうやらエセルヴィーナさんは、正義感溢れる人らしい。
正義感が溢れ過ぎて、解決方法が極刑だけになってるらしい。
夢というのは人の願望が表れるとよく言うけれど、
「………夢って、怖いね」
「……そうね」
人の深層心理を覗くというのは、後ろめたい以前に恐ろしいことなのだと、改めて思う。
「……エセルヴィーナさんも、お取り込み中ってコトで」
「ええ、そうしましょう」
最早彼女達の中にお取り込み中でない人物がいるのかどうかも怪しいが、意を決して最後の一人に会うためにチャンネルボタンを押した。
ポチ。
最後の画面は、静かだった。
何処までも続く草原。
小高い丘に、小さな墓石。
そして、その前に佇む黒髪の少女。
アタシは十字ボタンを操作して、少女の近くへカメラを移動する。
『母様』
少女の年の頃は、十六、七。アタシから見て老けて見える分を差し引けば、そんなもんだろう。
墓石に白い花束を供えた少女は、静かな口調で言った。
『サタナシア王女殿下が、身罷られたそうです』
サタナシアは、アディーリアの個人名だ。
どうやらこの映像は、九年前のものらしい。
『母様は、冥府で王女殿下の魂とお会いできたでしょうか?』
少女――セルリアンナさんはそう言った後、ふっと目を伏せて自嘲するように呟いた。
『愚問でしたね。きっと母様の魂はまだ夢幻の園を彷徨っておいでなのでしょう』
風が、セルリアンナさんの長い黒髪を撫でていく。
丈の長い草がざわめき、遠くで小鳥たちの囀りが聞こえる。
穏やかな風景は、けれども何処か寂しかった。
再びセルリアンナさんが顔を上げる。
もうその青い瞳に憂いはなく、力強い意志だけが宿っていた。
『今日、私は家督を継ぐ義務を放棄して、神殿騎士団に入ることになりました。フィオリナ王女殿下のお側に仕えられるよう、真摯に励みます。必ずや、王女殿下をお守りできるよう…。そうすれば、母様の魂は、少しは安らぐことができるでしょうか…』
この映像が、セルリアンナさんの心象風景なのか記憶なのかは分からない。
見晴らしの良い丘に立つ墓石は、ジェイディディアらしかったけど、貴族に嫁ぎ、自身貴族だったジェイディディアの墓が、こんなに小さいとも思えない。
ただ分かったのは、これは他人が見て良いものじゃないということだ。
けれども、アタシは敢えて見よう。
リズの為に。
いや、そうじゃなく。
アタシのために。
アタシとド変態との契約に、セルリアンナさんが有用かどうか見定めるために。
6000字超えてます。
長い…。
最期までお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m。