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第一〇〇話 カエルの引きこもりは辛抱強いです その4

 あ~、う~ん、え~と。

 よし。

 こうしよう。

「てことはさ、ひょっとしてジェイディディアの夢は始めからあったってコト??」

 アタシは記憶を手繰り寄せながら、一言一句間違えずに(多分)過去の台詞を言ってみた。

「……話を巻き戻したところで、コレをなかったことにはできないわよ」

 チッ。

 分かっちゃいたけど、腹立たしい。

 アタシは盛大に舌打ちをすると、忌々しくも目障りな巨大モニターを睨み上げる。

「ていうかさ、ド変態は消滅したんじゃねえの?? アタシ、受け取り拒否したよね! ド変態の記憶!!」

 チビアディーが存在するのは、アタシがアディーリアの記憶を受け取ったからだ。

 受け止めきれなかったけど、受け取ったことは受け取った。

 例えて言うなら、宅配便を受け取ったものの開封していないのがアディーリアの記憶で、送られてきた宅配便を受け取り拒否したのがド変態の記憶。

 つまり、ド変態の記憶は、何処かの藻屑と成り果てたハズなのだ。

 「何処か」ってのは、海じゃないことだけは確かな何処かで、勿論詳細は不明だ。知りたくもないのでこの先一生知る予定はない。

「確かにあなたは、ド変態の記憶を受け入れなかったわ。けれど、あなたがド変態の魂を持っている以上、ド変態の記憶は消滅したりはしないのよ。魂から記憶を洗い流せるのは、冥府の主たる闇の双性神って何なのよっ、その顔はっ」

 チビアディーが話を切って、眦を釣り上げながらアタシを睨む。

 三頭身デフォルメキャラに睨まれても、怖くもなんともないんだけどさ。

「え~、OSがどうとか言った後に、神サマ云々言われてもさ~。『ネ申』なら、まだしもさ~。ていうかさ~、このモニター、マジで邪魔なんだけど~」

 態とらしく語尾を延ばして言うアタシに、チビアディーは溜め息を吐きながら心底呆れたような声で言った。

「小さくすればいいでしょう。ここはあなたの夢なんだから」

「おお、その手があったか! ちいさくな~れ~、ちいさくな~れ~」

 アタシはモニターに手を翳し、ハンドパワーを送ってみた。

 けれども小さくならなかった。

 まあ、予想はしてたけど。

「………小さくならないんだけど」

「アレで小さくなったら、逆にビックリするわ」

「じゃあ、どうすりゃいいの」

「もっと、具体的なイメージを思い浮かべればいいのよ」

 具体的なイメージ、ねえ。

 小さいモニターって、何だ?

 パソコンのモニターか?

 いや、カーナビの画面の方が小さいか。

 そう考えた途端、シュルシュルシュル~~~ッと気の抜けるような音を立てて、巨大モニターが縮んでいった。

「おおっ! ちっさい!」

 足下に転がったカーナビサイズのモニターに、踏みつぶして壊しそうだと思い、いっそのこと踏みつぶそうか、いや寧ろ踏みつぶせ!

「スト~~ップ! 何をやってるの!?」

「心の平安を求めて、明るい未来への第一歩を」

 アタシが片足を上げたままそう言うと、チビアディーは熱でもあるのかのようにおでこに手を当てながら深い深い溜め息を吐いた。

「あなたという子は…」

 手が小さ過ぎるのとおでこが広すぎるのとで、切迫感は全くないが。

「こんなの、別になくってもいいじゃん」

 今までなかったものが、これから先もない、つまり無問題!

 けれどもチビアディーの言い分は違うらしい。

「そういうわけにはいかないわ」

「なんで!? ハッ! まさか、アンタ、あのド変態のコトを!?」

「そんな訳ないでしょう! 止してちょうだい! 汚らわしい!!」

 チビアディーはそう叫ぶと、何かから身を守るようにハリセンをブンブンと振り回した。

 完全に、撲殺するつもりらしい。

 もう死んでるけど。

 死んでるからこそ、犯罪にはならないのだ。

 うむ。思う存分撲殺するがよい。

 と、内心でエールを送りながらも、疑問を口にする。

「じゃあ、なんで、止めるワケ?」

「ド変態のことなんてどうでもいいのよ。けれど、これを壊して困るのはあなたなのよ」

「なんで??」

「これはね、謂わばビデオチャットよ」

 ビデオチャット?

 ああ、パソコンでやるテレビ電話か。

「ド変態とビデオチャットする気はないから、やっぱいらないじゃん」

 アタシはそう告げて、モニターを踏みつぶすべく再び脚を上げる。

 けれども、チビアディーの怒声に動きを止めた。

「澄香! 自分がしでかしたことを忘れたの!?」

 しでかしたこと…?

 何かしたっけ??

 自分の行動を振り返ってみる。

 アタシは自分が清廉潔白な人間だとは思わないし、やましいことが全くないワケじゃない。

 けれども、チビアディーに怒られるようなコトは思い当たらない。

 と思う。

 確信はない。

 普通の人間相手なら、言動に気をつければいいけれど、チビアディー相手だと、思考にまで気を配らなければならないからだ。

 とはいえ、思いなんてものは流れる川の如く、百代の過客にして、行かう思いもみな旅人なり。

 なんちゃって。

「あなたね! セルリアンナ達を夢幻界に引きずり込んだでしょうがっ!」」

 苛立たしげなチビアディーの言葉に、アタシはパチリと瞬きした。

「あ~」

 間延びした声が、何もない空間にやたらと響く。

 いや、すっかり忘れてたよ。はっはっは。

 と笑って誤魔化そうとしたけれど、チビアディーのキツい眼差しに口を噤む。

 ありゃ、本気で怒ってんな~。

 けどさ~、そこまで怒らなくてもいいと思う。

 実際には、ちょ~っと気絶してるだけじゃん。

 むこうじゃ、納得済みだし?

 現実の世界みたいにさ、昏睡か!? てんで病院運ばれて、脳波計られたり心電図撮られたりすることもないしさ~。

 てな気持ちは、チビアディーにはダダ漏れなのだろう。

 こちらを睨む眼差しはキツくなるばかりで、チビアディー的には情状酌量の余地はないらしい。

 うむ。こういう時は、取りあえず素直に謝っておこう。

「………スイマセン」

 するとチビアディーはふっと表情を緩めて、

「あなたがここに来て、最初にやるべきことは、セルリアンナ達を探すことでしょう?」

 ココに来て最初にやったことは、ハリセンでどつかれそうになることでしたが?

 とは、勿論言わなかった。

 言うと、小言が十倍になって返ってくると分かっているからだ。

 そういうところ、全くアディーリアなんだよね。

「けど、探すっつったって」

 アタシは茫漠たる空間を見回した。

 あるのかないのか分からない地平線の果てまで見渡せそうなくらいに、何もない。

 モニターはあるけど、今ちっちゃいし。

 何の障害物もない場所で、「探す」と言えばグルリと周りを見れば良いだけだ。

 どれだけ見渡しても、アリンコほどの点も見えない。

 つまり、ココにはアタシ達以外誰もいない。

 勿論、アタシには偉大なアフリカの人々のように地平線のライオンを見つけるようなマネはできない。

 けれど、見えない場所にいるってコトは、それだけ遠いってコトである。

 ぶっちゃけ言って、そんな遠いトコまで探しに行くのはイヤだ。

 かつてカエルを探し求めてひたすら歩いた経験は、どう考えても苦行以外のなにものでもなかった。

 そのあげくに出くわしたのがムダメンだったわけで。

 ある意味、軽くトラウマである。

「何がトラウマよっ。どう考えても、トラウマになってるのは向こうの方でしょうっ」

 アタシの心の声を勝手に拾ったチビアディーが、腰に手を当てながら嗜めるように言う。

 確かにトラウマになってるかもしれないけど、確実にトラウマの原因はアタシじゃない。

 腹黒黒髪の背中から生えた真っ黒い触手のせいだろう。

「別にいいじゃん、連中にトラウマができたって。寧ろそのくらいの方が丁度いいよ、ああいう連中はさ」

 アタシがそう言うと、チビアディーもアッサリと同意した。

「それもそうね」

 ここら辺は、やっぱり「アタシ」ってトコだろう。

 アディーリアなら、「それもそうね」の後に、「もっといびっておくのだったわ」なんて言いそうである。

「ムダメンどもは勝手に向こうから現れたワケだから、その内、セルリアンナさん達も現れると思うんだよね」

「あの時は、ジェイディディアの夢のせいでシステムが上手く働いていなかったから、部外者の侵入を許しちゃったのよ」

「え? じゃあ、バグがなくなったら、入れないってコト??」

「そういうことね」

「じゃあ、セルリアンナさん達、ドコいんの??」

 アタシは俄に焦りを覚え始めた。

 だってさ、ココに来るか来ないかの二択だと思ってたから。

「分からないわ。だから、ビデオチャットが必要なのよ」

「え? 居場所が分からなくてもチャットできんの??」

「居場所が分からなくても、チャットはできるでしょう?」

 いや、できるけど。

 インターネットでは。

 けど、ネットって、まさか繋がってんのか??

 アタシは、チビアディーをまじまじと見つめた。

 するとチビアディーが、アタシの疑問に応えるように神妙な面持ちで頷いた。

 そうか。

 ネット、繋がってるのか…。

 やっぱり、光だろうか? ビデオチャットできるくらいだから、確実に大容量ブロードバンドに違いない。

 となると、サーバーもあるってコトか?

 いや止そう。深く考えるのは。

 夢というのは、不可解且つ理不尽なものだ。そして不可解且つ理不尽なままに捨て置くべきものなのだ。

「ええと、つまり、ドコにいるのか分からないセルリアンナさん達と話すには、ビデオチャットしかないってコトかな」

「そうよ。だからビデオチャットのことを教えようとしたのに、あなたが勝手に…」

 教えようと?

 そんな気配、あったっけ??

 いや、あったことにしよう。

 チビアディーが物凄い目で睨むから。

「いやでも、ド変態のコト思い出しただけだよ?」

「ビデオチャットはド変態に付属のソフトだから、ド変態のコトを考えると勝手に立ち上がるのよ」

「ド変態に付属?? なんで??」

「一契約につき、契約に必要なアプリケーションソフトが、一つ付いてくるのよ」

「え? じゃあ、アディーリアの付属ソフトは??」

「あなたが言うところのカエルよ」

 カエル、アプリケーションだったのか…。

 そう思いながら何気なくカエルを探すと、カエルはアタシの後ろにいて、何故かトーテムポールよろしく積み上がっていた。

 下から、赤、青、黒、白、緑の順に。

 何となく、カエルの力関係が見えるような重なり方だ。

 何やってんだ?

 とは思うけど、残念ながら両生類の思考回路は、アタシには理解できないので放っておくことにする。

 アタシは再びチビアディーに向き直ると、

「カエルがアディーリアとの契約に必要なのは分かるけど、なんでビデオチャットが、ド変態との契約に必要なワケ?」

 ド変態との契約。

 それは。

「契約の成就には、ド変態の記憶が必要なのかもしれないわ」

「なんで?」

「どう必要なのか、そこまで私には分からないわ。けれど、ここには必要のないものはないはずだもの。けれど、あなたはド変態の記憶を受け取り拒否したでしょう?」

「ひょっとして、ドコかに漂ってる記憶と、チャットで繋がりましょうってか?」

「そういうことだと思うの」

「思うって」

「私だって、全てが分かるわけじゃないわ」

 チビアディーはそう言って、頭部よりも小さな肩を竦めた。

 アタシは、チビアディーの言ったことを考える。

「あのさ」

「何よ」

「もし、アタシがド変態の記憶を受け取り拒否して、ビデオチャットがインストールされてなかったら、セルリアンナさん達とココで会うことは…」

「できなかったわね」

「その場合、セルリアンナさん達は…」

 自力で目覚めてくれる…。

「昏睡してそのまま…、ということもありえたわね」

 と言うワケでもないらしい。

「マジで!?」

「マジよ」

 チビアディーの真剣な表情に、それが事実だと思い知る。

「ア、アタシ、ひょっとして、もうちょっとで殺人犯になるとこだった!?」

 寿限無で殺人!?

 い~~~や~~~~!!

 アタシは、ムンクの叫びよろしく両頬に手を添えて、声なき声で叫んだ。

「だから、後先考えずに思いつきだけでやるのはやめなさいと言っているのよっ」

「思いつきは後先考えずにやるもんだよっ。けど、寿限無だよ?? 落語だよ?? 愉快な小話だよ???」

「寿限無が落語だとか関係ないわ。重要なことは、あなたにとっては、無意識の最奥へと行くためのパスポートみたいなものだということよ」

 無意識の最奥ってのは、あの真っ暗な空間のことだろう。

 あそこにアタシがいかなければならなかったのは、記憶の封印を解くためだ。

「でもそれって、『アタシにとって』だよね?」

「『夢の中の世界』というのは、あなたにとってはやはり夢なの」

「そりゃそうだけど」

 そんな当たり前のコトを、改めて言われても。

 大体、寿限無で無意識の最奥に行くってんなら、セルリアンナさん達は自分達の無意識の最奥に行くんじゃないの?

 いやまてよ、向こうに「無意識」って概念はなかったか。

 とはいえ、無意識がないワケじゃなし。

 となると、え~と、どうなるんだ?

 考えあぐねるアタシに、チビアディーが静かな眼差しをピタリと据えて言った。

「あなたの夢はね、あなたのものなの」

 その時アタシは閃いた!

 てことは、つまり。

 アタシはっ。

 アタシはっ!






 ネ申っ!!






 バシィ――――――――――――ン!!

 チビアディーの巨大ハリセンが、アタシの後頭部に炸裂した。

 なわけねえかっ!

 というノリツッコミは、不発に終わってしまった。


 

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