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第九八話 カエルの引きこもりは辛抱強いです その2

 ジリジリと痺れるような沈黙の後、意を決したようにハーネルマイアーさんが言った。

「そうではありません」

 その声は固く、緊張に満ちていた。

「この者もまた、神教の人間。聖下に害をなすことなど、ありえないのです」

 その言葉は、予想していたことだった。

 そもそもこの離宮に、神教関係者以外の人間が入れるハズがないんだから。

 てことは、神教内の派閥争いか?

「どこの間者か分かっているのね?」

「この者は、ルクライン神官長の手の者です」

 誰だそりゃ?

 とは勿論訊かなかった。

 何でもお見通しってコトになってるケロタンが、知らないなんて口が裂けてもいってはいけない。

 いや、口は思いっきり裂けてるけどさ。

 ま、大概、ヴィセリウス大神官の後釜を狙ってる人間だろうと当たりをつける。

 ところで、どうやって入り込んだんだ? という疑問は、訊かなくてもグィネヴィアさんが答えてくれた。

「先日から、半数程の侍女が片付けのためにレゼル宮に戻っております。その間、聖下にご不自由のなきようにと、臨時に人を入れることになり、その際、ルクライン神官長とヤーディッシュ神官長から、数人の者の推薦を受けました」

 また知らない名前が出てきたけれど、それもスルーする。

 多分、前のなんとかって神官長とご同類ってヤツだろう。

「小物が、小賢しい」

 ホントに小物かどうかは分かんないけど。リズの私物を探ろうとするヤツらなんざ、小物で十分。

 そもそも、四号にとっては、人間は全部小物である。

「それで、この娘の目的は?」

 その問いに答えたのは、エセルヴィーナさんだ。

「……大神殿で、まことしやかに噂されている話がございます。猊下が生前、万が一の時のためにと、聖下の後見人となる者を書き記した文章が、聖下の元にあると…」

「自分の名前が書かれていればよし、書かれていなければ…、恐らくは破棄の指示が…」

 エセルヴィーナさんの言葉を継いで、ハーネルマイアーさんがそう語った。

 なんだその噂。

 あからさますぎる。

 罠の気配満々じゃねえかっ。

 それで引っかかる、そのなんたらって神官長、ボンクラすぎるだろうがっ。

 宗教法人の幹部やってんだから、もっと腹黒く立ち回れ!

 それとも、ナニか?

 そんな噂に飛びつくくらい、切羽詰まってんのか??

 実際そんな文章があったら、確かに致命的だけど。

 ひょっとしたら、メリグリニーアさんが、裏で何かイロイロやってるのかもしれない。

 けどさ。

 リズに実害がないからとか、そんな問題じゃないんだよっ!

 あんたらの事情とか、関係ない。

 重要なのは、あんたらのやったコトは、ムダメン共と同じってコトだ。

 リズを利用して、自分達の敵をあぶり出す。

 アタシには、それが我慢ならない。

 ムダメン共の時より腹が立つのは、それなりにセルリアンナさん達を信頼していたからだろう。

 リズを、皇国復興の旗頭にするのはいい。

 いや、本当はイヤだけど。

 仕方がない、と思ってる。

 けど、アンタらのちっちゃいゴタゴタに巻き込むとなれば、話は別だ。

「あなた方の言いたいことは分かったわ」

 アタシの言葉に、ハーネルマイアーさん達がホッとした顔をする。

 けれども、さっきから一言も話さないセルリアンナさんだけは、まだ表情を曇らせたままだ。

 そのことに僅かな引っかかりを感じつつ、

「けれど、ねえ」

 安堵したばかりのハーネルマイアーさん達を突き放す台詞を言った。

「どうしてお前達の方が、その神官長とやらよりもリズの役に立つと言えるのかしら?」

 途端に、彼女達の顔色がサッと変わる。

「我々の聖下への忠誠を誓っております!」

「その者も、リズへの忠誠を誓うでしょう」

「我らの心に嘘偽りはありません!」

「そうね。嘘ではないかもしれないわ。けれど、嘘になる日がくるかもしれない」

「我らの忠誠は、永遠とわに聖下の元に!」

「瞬き程の時しか生きぬお前達に、『永遠』の何を知るというのかしら」

 アタシ、今、すっごい小っ恥ずかし台詞を言った!

 いくら四号に入ってるとはいえ、流石にこれは恥ずかしい。

 これなら一号に入って素っ頓狂なコトをする方が、よっぽどマシだっ。

 けれど今は、羞恥心に悶えている場合じゃない。

 アタシは、ふいっと窓の外に視線をやった。

 まるで、彼女達への興味が失せたとばかりに。

 ついでに、自分の羞恥心もどこかに行ってしまったとでもいうように。

 外には、いつの間にか月がポッカリ浮かんでる。

 この世界の月は、青くも赤くもなく、勿論紫色でもない、普通の色だ。

 まだ登り切らない月は大きくて、クレーターの作る模様がくっきりと浮かび上がって見えた。

「ケロタウロス様!」

「この件は、我々の独断で!」

 そんなコトは聞いてないし。

「どうか、ご慈悲を!」

 慈悲って、一体四号にどんな目に遭わされると思ってんだ?

 ていうか、四号に会うのって、まだ二度目だよね??

 しかも、一度目は、地震から助けた時だよね!?

 アタシは、彼女達の中で四号がどんなことになってるのか物凄く知りたくなったけど、まさか今それを聞くことはできないので、こんど別なのに入った時に訊いてみようと心に決める。

 けれど、かといって、何もしないってのも業腹だ。

 ムダメン共相手なら、殴る蹴るで、取りあえずの苛立ちは解消できるんだけど。

 いやまあ、今は四号だから、どっちにしろ殴る蹴るはできないけどさ。

 相手は女子だし。

 それに、結局のトコロ、彼女達とはこの先も付き合っていかなければいけないのだ。

 だから、そう。

 二度と、こんなことをしでかさないよう、しでかす気にならないよう、釘を深々と刺さなきゃいけない。

 でも、どうやって?

 思いつく答えは一つ。

 ムダメン共と同じコトやったんだから、ムダメン共と同じ目に遭わせればいい。

 成功するかどうか分かんないけど、失敗したらしたで、「呪いの言葉だ、お前達はもう死んでいる」とか何とか言って、怖がらせよう。

 アタシはそう意を決して、意識を集中するために全方向視界から彼女達の姿を追い払う。

 そして徐に、両手を天に向かって突き出した。

「………」

 ええと。

 それらしいポーズのつもりなんだけど、やってみたら、何か間抜けな感じがする。

 かといって、今更やり直しも利かないので、自分の中の羞恥心は見て見ぬフリをする。

 くっそう、今回は、羞恥プレイばっかりだな!

 なんて苦々しく思いながら、アタシは朗々とその「呪文」を唱え始めた。

「寿限無、寿限無…」

 五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポ パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の。

「長助よっ!」

「キャアッ!」

 寿限無の最後の部分と、誰かの悲鳴が重なった。

 慌てて振り返ると、横たわる死屍累々、じゃなくて、気を失っているセルリアンナさん達と、その向こうに驚きに目を見開くリズの姿が。

 リズの視線がせわしなく、倒れ伏すセルリアンナさん達と四号との間を行き来する。

 うわあん。

 これじゃあ、まるでアタシの方が悪人みたいじゃね??





















 セルリアンナさん達は別室に運ばれていき、目出度く変質者となったスパイな偽侍女さんは、両手両足を縛られて何処かへ連れ去れれてしまった。

 それらを見送った後、アタシはリズに「誤解のないよう」事の成り行きを入念に説明した。

「えっと、つまり、変質者が私のものを盗もうとしていたのを、見事に捕らえたご褒美に、ミリー達の主の名前を教えたら、その神威に耐えられなくてセルリアンナ達は気絶しちゃったってこと?」

 アタシが延々と語った言い訳、じゃなくて説明を、リズは簡潔にそう纏めて言った。

 凄いな、リズ。

 その読解力を、是非ともレポート作る時に貸して欲しい。

 なんて考えてるコトはおくびにも出さず、

「そうなの、昔の人間はもっと耐性があったのだけれど。随分と弱くなったものねえ」

 と溜め息を吐きながらそう言って、

「こんなにひ弱くて、この先リズを守れるのかしら?」

 なんて嘆いてみる。

 ところでなんで、ケロタン達の主の名前がご褒美になるのかと言うと、神サマや精霊達の本当の名前は、それ自体が強力なおまじないみたいなもんだから、てことらしい。

 但し、強すぎる薬は毒にもなるってのと同じで、神サマの名前くらい強力だと人間の魂は耐えられないけど、精霊の名前くらいならちゃんとおまじないになるんだとか。

 因みに、神サマの本当の名前とやらは、大神官になった人間だけに知らされる。

 その時、魂の負荷に耐えられなくて、死んじゃう場合もあるらしい。

 でもさ、普通、逆だと思うよね。

 魂の負荷に耐えられた人間から、大神官を選んだ方が効率いいと思うよね。

 だから、つまりは、こういうことだと思うのだ。

 大神官になった後、暗殺されたんだって。

 大神官が暗殺されたとなれば、神教の権威に傷が付く。

 だから、神サマの名前を文字通り使うんだと思う。

 神サマも、暗殺の言い訳に使われては、迷惑してるに違いない。

「でもどうして、変質者が私の物を…?」

「リズの熱狂的な信者なのでしょう。熱狂的というより、偏執狂的と言った方がいいかしら」

「言ってくれれば、何かあげたのに…」

「ダメよ、リズ。あの手の輩が欲しがるのは、抜け落ちた髪の毛や、切り落とした爪、使い古した靴下、ゴミ箱に捨てた書きし損じた手紙、そんなものなのよ?」

 アタシがそう言うと、リズは理解できないとばかりに顔を顰めた。

 アタシはそんなリズに鷹揚に頷きながら、

「理解できないでしょう? それが、変質者の変質者たる所以よ」

「気味が悪いわ…」

「そうよ。だから、ああいう連中には決して近づいちゃあダメよ」

 アタシの言葉に素直に頷くリズに、アタシは内心で胸をなで下ろす。

 偽侍女さんをスパイじゃなくて変質者に仕立て上げたのは、まあその方が丸く収まると思ったからだ。

 今大神殿内部でゴタゴタされたくないというか、ゴタゴタに巻き込まれたくないというか。

 勿論、あの偽侍女さんを送り込んできた何とかって神官長には、何らかの処罰があるとは思うけど。

 追い落とすのには理由が弱い。

 それに、本当の事を言えば、聡いリズは気づくだろう。

 今は気づかなくても、何時かは気づく。

 アタシが分かったんだから、リズに分からないはずがない。

 リズはもう十二歳。

 けれど、まだ十二歳。

 人間不信になるには、まだ早過ぎる。

 って、アタシが言うのも何なんだけれどさ。

 何てコトを考えながら、アタシはティーカップを手に取った。

 侍女さんが用意してくれたお茶である。

 夜なので、紅茶じゃなくてハーブティーだ。

 勿論、ただの布製品でしかないケロタンが、お茶を飲めるはずもない。

 いや、飲めないこともないけれど、ただたんに中の綿にお茶が染み込むだけだ。

 だけど香りを楽しむことはできる。

 といっても、アタシ自身にハーブティーを嗜む習慣がないので、楽しんでるフリをしているだけだけど。

 だって、どう匂っても、草の匂いしかしない…。

「ねえ、ミリー。セルリアンナ達は、何時目覚めるの?」

 リズの問いに、アタシはふむと思案する。

 きっとセルリアンナさん達は、あの何もない空間にいることだろう。

 ムダメン共が何時気がついたのか分からないので、どのくらい気絶してるのか、目安となる時間も分からない。

 だからアタシが言えることと言えば、

「そうねえ。今頃は、夢幻界を彷徨っているから、もう暫く掛かるでしょう」

 でも、大丈夫。

 アタシが責任もって、セルリアンナさん達を帰すから。

 けど、その前にさ。

 まあ、ちょっとお話し合いが必要だなあとは思ってる。

 勿論、暴力ふるう気はないよ。

 相手は女子だしさ。

 たださあ。

 今更なんだけど、一つ困ったことがある。

 アタシは、少しだけ高くなって小さくなった月を眺めながら溜め息を吐く。

 現実世界で、アタシまでもが昏睡、なんてコトになってなけりゃあ、いいんだけどさ…。



肉を切らせて骨を断つってヤツですな。

寿限無、どんだけ!?

というツッコミは今更です。

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