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第七話 カエルの恋は合戦です

 アタシはその夜、夢の中で夢を見た。

「ゲコ」

 ゲコ?

 アタシがパチリと目を開けると、隣にいるはずのリズがいない。

 慌てて辺りを見回すと、豪勢なベッドルームは薄暗い空間に変わってた。

「あれ?」

 アタシの声に、声が答える。

「ゲコ」

 そこにいたのは、真っ青なカエル。

 薄暗い部屋に真っ青なカエルがボウッと浮かんで見えた。

 この青さは、コバルトヤドクガエルだろうか?

 アタシは妙に冷めた頭で考えた。

 でも、コバルトヤドクガエルの腹はこんな黄色じゃない。

「ゲコ」

 カエルはアタシに背を向けて、ピョンと跳ねた。

 振り返って、またピョン。

 ひょっとして、付いてこいって言ってる?

「ゲコ」

 また呼ばれた(ような気がした)ので、付いていく。

 その時アタシは気が付いた。

 アタシがアタシだってことに。

 いや、アタシはもとからアタシだけど。アタシの姿が、現実のアタシのままだってこと。

 水かきのない肌色の手と、肌色の足。

 目は二つ、鼻は一つ、口も一つ。いや、これはカエルも一緒か。

 髪は肩より少し下。腹は出てないけど、胸も出ていない。

 ………。

 ともかく、今のアタシは、鏡がないから確認こそできないけれど、多分「宮本澄香」本体だ。

 アタシの夢がカエルで、カエルの夢がアタシ?

「う~~ん」

 アタシは首をひねった。

 考えながら歩いたら。

 ガンッ!

「った~~~~~っ」

 おでこと鼻が同時に痛い。

 要するに、額と鼻の高さが同じってことである。

 アタシはイロイロ出っ張りたいと、その時マジで思った。

 アタシがぶつかったのは、ドアだった。

 青いドア。

 反対側を覗いても、何もない。

 これは、アレじゃなかろうか?

 あの、某猫型ロボットの、例のあの道具。

「ど○でもドッ…」

 アタシは感激のあまり最後まで言えなかった。

 なんてこった。夢の道具が今目の前にある!

「ゲェコォ」

 催促するかのように、カエルが鳴いた。

 本当に開けていいのかな?

 この向こうに何が待ってるのかな?

 ドキドキしすぎて、手が震えそう。

 おそるおそるドアノブに手を伸ばす。

「ゲェコゲェコゲェコォオオ」

 チッ。

「五月蠅いな。ちょっとくらいこう、ドラマチックな演出くらいさせろってのっ」

 文句を言いながら、アタシはドアを引いた。

 開かなかった。

「あれ? 押し戸?」

 引いてもダメなら押してみ。

「なっと」

 アタシは押した。

 そして落ちた。

「ぎゃあああああああああっ」

 やっぱり開けるんじゃなかったか!

 アタシは反射的に真っ青な手を上へと伸ばした。

 あれ? 青い手?

 さっきまで確かに「宮本澄香の腕」だったのに、目に映るのはひょろ長い青い腕。

 掌を開けてみると、当たり前のように水かきがある。

 アタシ、ひょっとして二号に入った?

 なんで?

 まさかあの、どこで○ドアっで!?

 アタシはガバリと起きあがった。

「とうとう動いたか」

 途端に掛けられる、聞いたことのあるようなないような、重低音の男の声。

 声がした方向へと振り返ると、濃紺の髪をした男。

 例の夜に会った男だ。

 いや濃紺の男だけじゃない。あの夜会った他の四人もそこにいた。

 うおお、ここで会ったが百年目じゃぁ! 目にもの見せてくれるわっ!

 アタシは拳を握って意気込んだけど。

 なんてこったい!

 報復をしようとは決めてたけど、報復の方法は全く考えてなかったのだ。

 しかしせめて何かしなくては。

 ものを投げるとか投げつけるとか投げ飛ばすとか。

 アタシは辺りを見回した。

 勿論、投げるものを探すためだ。

 けれどその時、部屋にいるのは男達だけじゃないと気が付いた。

 高位の神官の服を着た四十くらいの女性が一人、後宮付き神殿娘子軍が二人に、そんでもって第三王女付き侍従武官、確か名前はセルリアンナさんだったか?

 要するに、女性がいる。

 そう認識した瞬間、アタシの「二号スイッチ」が入る。

 サッと立ち上がって、(カエルなりの)優雅なお辞儀を披露する。

「こんばんは、美しい方。今宵の月は格別美しいけれど、あなた方の前にはその美しさも霞むことでしょう」

 相変わらず寒過ぎる台詞だけど、九年近く練り上げられてきたキャラは、勝手に喋るんだから仕方がない。

「おい、他に言うべき事があるだろう」

 不機嫌な男の声が割ってはいるが、勿論二号は気にしない。

 女性を前にした二号にとって、男は紙くずよりもクズなのだ。

 カエルの恋のバトルは戦場と同じ。世に言う「かわず合戦」を制するためには、オスなんかに拘わっている場合ではないっ。

「ああ、叶うことなら、その美しい手に口づけをお許しいただきたい」

 彼女たちの方へと伸ばした腕が、ガシャンッと何かにぶち当たる。

 む。

 見回してみると、鳥かごに入れられてるんだと判明した。

「なんと、僕と愛しいあなた方を隔てるのはこの無粋な檻か」

 因みにクリスは女子の前では一人称が「僕」になる。

「けれども僕の熱い思いは、こんな障害などに負けはしない」

 アタシはガッシリと鳥かごの柵を掴んだ。

 そしてググッと顔を押しつける。

 今のアタシは布製品。綿が詰まってるけど、幼児がどこでも掴めるように柔らい。ついでに言えば、幼児が投げやすいように軽くもある。

 だから幅十数センチくらいの隙間なら。

 アタシは、自分の顔が後方へと引っ張られ、激しく湾曲していくのを感じる。

「なっ」

「ひっ」

「きゃっ」

「うっ」

「わぁお」

 様々な声があちこちから漏れるけど、アタシは構わず顔を前方へと押し出し続けた。

 スッポンッと音がしても不思議じゃないくらい、頭が勢いよくすっぽ抜ける。

 猫と一緒で、頭が出れば体も出る。

 アタシは体を横に向けて、スルリと鳥かごから抜け出した。

 その一部始終をじぃいいいいいいいいいっと見続けた(見せられたとも言う)人々の、視線がなんだかやけに痛い。

 なんていうか、さっきまでは、奇異なものを見るような眼差の中に微妙に畏怖っていうか畏れっていうか、そういうのが感じ取れたけど、今は完全に不気味なモノを見る眼差しに取って替わってしまっている。ような気がする。

 けれど、そこを気にしないのが二号の長所だ。

 ま、真実長所かどうかは、意見が分かれるとは思うけど。

「ふふ。これで、僕とあなた方を隔てるものはなくなりましたね、美しい人」

 アタシは完全に女性陣の方へと体を向けて、男達を視界から除外する。

 といっても、全方向視界のケロタンには、キッチリ連中の様子は見えてるけれど。

 濃紺の髪の男は、能面もビックリするくらいの無表情。きっと、母親のお腹に表情筋を忘れてきたのに違いない。

 黒髪の男は、表情こそ穏やかなだけど、相も変わらず背負う空気がやたらと黒い。

 茶髪フェロモン男は、一見どうでも良さそうにしてるけど、二号に対する警戒心は多分一番強い。

 銀髪マッドのインテリメガネは、厭ンなるくらいの好奇心が今にもポロポロと零れ出しそうだ。

 そして金髪騎士は「め、面妖なっ」とか呟きながら、一生懸命冷静さを保とうとしている。

 一方の女性陣は、「目をそらしたいんだけど、逆に目をそらせない」みたいな感じで、アタシをじっと見つめてる。

 それでも騒ぎ出さない辺り、彼女たちも余程肝が据わってるんだろう。

「そんなに見つめられては、僕の理性が焼き切れてしまいますよ。それとも、僕を試しているのかな、ふふ、憎い人だ」

 ガタガタッ。

 コレには流石の娘子軍の二人も、心持ち顔色を青くして後退る。

 一切動じないのは女性神官で、セルリアンナさんは何故か生暖かい目でこちらを見てる。

 目があったので、声を掛けた。

「こんばんは、シエル・セルリアンナ。いつもリズを守ってくれてありがとう。貴女には、いつかお礼を言いたいと思っていたんだよ」

 セルリアンナさんはアタシの言葉にちょっとだけ目を見開いて、それから片手を胸に当てて目礼した。

「それが私の務めですので。けれどケロタウロス殿のお言葉は、ありがたく頂戴いたしましょう」

 おおっと、セルリアンナさんってば、真面目に返してくれちゃったよ。

 アタシは嬉しくなって話を続けた。

「ねえ、シエル・セルリアンナ。リズはどうしているだろう? 泣いてやしないかい?」

 勿論泣いてる。そんなことは知ってるけど、昼間どうしてるのかが知りたかった。

「青のケロタウロス殿がいらっしゃらず、王女殿下は酷くお心を痛めておいでですが、私どもに心配を掛けぬためか、昼間は気丈に振る舞っておいでです」

「なんてことだ。こんなところに足止めをくらったせいで。リズには可哀想なことをした」

「ケロタウロス殿がお戻りになれば、王女殿下もお元気になられるかと」

「そうだね、シエル・セルリアンナ。リズのところに戻ろうか」

「ですが…」

 セルリアンナさんが、周囲を伺うように言う。

「ふふ。僕にはリズ以上に優先するものはないんだよ」

 アタシがそう言うと、セルリアンナさんは何か納得したように大きく頷いた。

「そういう訳ですから、美しい人、貴女方と恋を語り合う喜びは、また次の機会に…」

 キラリと白い歯を見せて笑うと、娘子軍の二人はピクリと頬を引きつらせた。

 失礼な。

「では行こうか、シエル・セルリアンナ」

 アタシとしては、そのままズラかりたかったんだけれど。

「貴様、逃げられると思うのか?」

 金髪騎士がドスの利いた声でそう言って、アタシの頭を掴もうとした。

 勿論アタシには、男の動きは見えていた。

 振り向きざま、男のすねに回し蹴り!

 ガッ!!

「っ!!」

 余程痛かったのか、金髪騎士は声なき悲鳴を上げて膝を突く。

 こんな柔らかい体に、なんでそんな力が掛けられるのか非常に不思議だ。けれどケロタンの非常識さを今更どうこう言っても始まらない。

 アタシは苦悶する男を冷たく見据えて、まるでたったいまその存在に気が付いたかのように言った。

「五月蠅いハエだと思ったら、なんと君、誘拐犯君じゃあないか」

 その瞬間、ビシィイイイイイッと空気が凍った。

 アタシはこの時、この国の宰相が詮議されてる真っ最中だなんて思いもしていなかった。

 なんの詮議かって?

 『第三王女のカエル様盗難事件』について、だってさ!



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