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第九六話 カエルがヘビを食べることもあります その4

 大型の台風が去った後の空は、何となく秋めいて見えた。

 蝉の声が変わって、夕暮れ時の風に夏の終わりの気配がする。

 といっても、まだまだクソ暑いんだけれどさ。

「お世話になりました」

「またね~、祖母ちゃん」

「こちらこそ、ありがとうね。とても助かったわ。澄香ちゃんも、是非またいらっしゃいね」

 アタシと恵美は、お祖母さんの家を後にした。

 僅か三泊四日の滞在だったけど、アタシの体内時間は数週間を過ぎていた。

「いろんな意味で盛りだくさんのお盆だったよ」

 前の日に、お祖母さんが送り火を焚いていて、そんな風習はテレビでしか見た事がなかったから、アタシも焚かせて貰った。

 フランシーヌ妃殿下と、ジェイディディア達と、それからもしかしたらクリシア国王の魂が、安らかだといいと願って。

 アディーリア?

 アディーリアのコトは祈らない。

 何故って、アタシの中にいるからね。喰っちゃったけど。

 ド変態も、喰っちゃったけど。

 今更の様にその事実を思い出し、何だかとても気分が悪くなってきた。

 食あたりだろうか?

 ていうか、食い過ぎだろう。

 確実に。

「スミ? 酔った?」

「いや、酔ってない。ただちょっと胃が…」

「夏ばてか?」

「いや、食い過ぎ」

 毎日が大食い大会状態だったからなあ。

 どうやら梶川家に粗食という言葉はないらしい。

 いや、基本的には和食なので、粗食といえないこともないけど、何せ量がハンパない。

 お祖母さんも、歳を考えて食べる量を減らすべきだと思う。

「スミは胃が弱いからな」

 弱いのではない。

 アンタらの胃が強靱過ぎるだけだ。

 といっても、確実に理解は得られないので、

「あのさ」

「ん?」

「イロイロ、ありがとね」

 話聞いてくれて。

 ワケの分かんない、夢の話なのに、ちゃんと聞いてくれて。

 改めて言うのも照れるので、アタシは窓の外を見ながら言った。

「ん。くるしゅうない、面を上げぃ」

「いや、その返し、間違いだから。そもそも頭下げてないし」

 断っておくけれど、恵美は照れ隠しでも何でもなく、本気で言っている。

 何故そう断言できるのかと言えば。

 恵美が照れ隠しをする場合、もれなく相手に手刀を浴びせかけるからだ。

 心底危ない女である。

 けれどもそれがアタシの悪友なのだ。今更言っても仕方がない。というか出会った時には既にヤバかったのだから、そうと承知して友人になったと言えなくもない。

 アタシは、何処までも続く長閑な田園風景を眺めながら、初めて恵美を見たときのことを思い出す。

 転校した初日、緊張していたアタシは、ドギマギしながら新しいクラスメイト達の前に立った。

 みんながアタシに注目する中、恵美だけは窓の外を眺めていた。

 恵美の第一印象を一言で言えば、美少女。

 現実で、まさかアディーリアやリズと張れるだけの美貌を目にするとは思ってもみなかったアタシには、ちょっとした衝撃だった。

 会話をしたのは少し後のコトで、あの時はまだ、中身がこんなにデンジャラスだとも、思ってもいなかったけど。

 アタシがチラリと横目で伺うと、恵美はお祖母さんに用意して貰った冷凍ミカンを丸かじりしようとしているトコロだった。

 電車で食べるって言ってたのに、今喰うのか。

 いや多分、電車の中でも食べるんだろう。

 そんな恵美を、通路の向こう側の席のお爺さんが、驚いた目で食い入るように見つめている。

 ……お爺さんの心臓が、止まりませんように。

 なんて密かに祈りながら、アタシは再び窓の外に目を遣った。

 勿論、恵美にだって言っていない事もある。

 例えば、生まれなかった妹の事。

 誰かに何かを言うという事は、その誰かに何かを背負わせるという事だ。

 そして、それは、アタシだけが背負うべき事だから。

 なんて格好つけてみる。

 ま、ぶっちゃけ言えば、恵美は背負いなんかせず、思いっきり打ち返してくるだろう。

 けれどやっぱり、言わないでおく。

 それがアタシのやり方だからだ。

 二時間に一本のバスは、三〇分程でJRの駅に着いた。

 各駅停車の電車に乗って二時間もすれば、ホームタウンである。

 恵美は座席に座ると、早速トートから冷凍ミカンを取り出した。

 そんなに冷たいものばかり喰ってると腹壊すぞ。

 と言おうと思ったけど止めた。

 そんな気遣いは、強靱な胃には不必要だからである。

「アタシ、リズに話すわ」

 何を、とは恵美は言葉に出さず、視線だけで問うてくる。

「リズが成人したら、ケロタン達はいなくなるってコト」

「ふうん、どんな風に?」

「う~ん、勿論、まんまを話すわけにはいかないから」

「まあ、そういう契約だから、の一言で済ますわけにはいかねえわな」

「あと、そのために一度ケロタンの設定も練り直さないと」

「ああ、あの二昔くらい前のアニメにありそうなドゆるい設定」

 恵美の言いたい事がよく分からないけれど、確かにゆるいコトはゆるい。

 なんせ、アディーリアにお願いされて夢の国からやってきたスーパーカエルレンジャー、だもんな。

「お姫サマ、良く納得したな」

「三歳児なんて、そんなもんじゃね? それくらいの歳なら、アタシだってまだサンタクロース信じてたよ」

 アタシにだって、純真な頃はあったのだ。

 トナカイのソリに乗って空を飛ぶ爺さんが、存在すると信じていた頃が。

 一体何時の頃から、サンタクロースなんていないと、夜中に枕元にプレゼントを置いているのは、父親だと知るようになったのだろう。

 なんて遠い記憶に思いを馳せていると、

「ワタシはさ、サンタクロースは、悪い人間だと思ってたよ」

 恵美が何故かしんみりとした口調で言った。

「何故に??」

「父ちゃんがさ、『他人の家に断りもなく入って、無償で贈り物をするような人間なんぞ信用しちゃいかん。世の中、ただより高いものはないんだぞ、きっと後から、何か物凄い要求をされるか、でなけりゃ酷い罠が待ってるはずさ!』って言ってさ…」

 なるほど、死んだ父親との思い出か。

 けれど、何故だろう、いい思い出に思えないのは??

 言っている事はあながち間違いではない。

 いや、恵美の身内にしては、寧ろ常識的で妥当な意見だと思う。

 相手が普通の人間ならば。

 実際、不法侵入した人間が寝ている間に置いていったモノなんぞ、誰が受け取りたいと思うだろうか?

 アタシだったら、即警察に電話する。

 けれど、それをサンタクロースに当てはめてどうする??

 何て言うか、常識は知っていても、常識を当てはめる対象を間違っている、とでも言えばいいだろうか。

 うん、流石はあのお祖母さんの息子にして、恵美の父親だ。

 血のつながりって、怖、素晴らしい!

 そしてリズはやっぱり、フランシーヌ妃殿下の孫で、アディーリアの娘なのだ。

 アタシは、大神官が残した書類を見た時の、リズの表情を思い浮かべた。

 そこにあったのは、驚きと戸惑いと怖れ。

 けれどもそれだけじゃなかった。

 それは、責任感や使命感といった名前を付けられるような、確たるモノじゃなかったけれど。

 フランシーヌ妃殿下が、別れの時ジェイディディアを振り返った時の表情や、アディーリアがアタシと契約を結んだ瞬間の表情と、どこか重なったような気がした。

 十二歳って言ったら、まだまだ子供だ。

 子供だってワザワザ指摘しなくてもいいくらい子供だ。

 無力で、庇護が必要な、ちっぽけな存在だ。

 けれど。

 十二のアタシは、自分のコトは自分で決められると思っていたし、他の人になんか決めて欲しくなかった。

 今思えば、大人達が子供の我が儘を受け入れてくれただけなんだと、決めさせてくれたのだと、分かるんだけど。

 それでもあの時のアタシは、確かに「決断」したのだ。

 新しい家族なんかいらないと。

 慰めなんかいらないと。

 もう親戚ですらなくなった叔母さんの元へ行くと。

 決めたのだ。

 自分が決めたと自覚する事は大切な事だ。

 自分の足で歩いているのだと、例えソレが思い込みでしかなかったとしても。

 なのにそれを、リズから奪おうとしてたんじゃないかと、アタシは思う。

 リズの自由を願いながら、誰よりアタシがリズの自由を奪っていたのかもしれない。

「リズとちゃんと話さなきゃ」

 誰に聞かせるわけでもなく、ポロリと零れた独りごち。

 それを恵美が拾い上げる。

「うん、話し合いは大切だ」

 その神妙な口調に、アタシは思わず吹き出した。

「うわ~、子供の頃、『人間、喋らなくても生きていける』と思ってた人間とは思えない台詞」

 そう茶化しながら、アタシは初めて恵美と会話した時のコトを思い出す。

 子供の世界ってのは、弱肉強食だ。

 ちょっとしたコトがいじめのきっかけとなる。

 なもんだから、転校したてのアタシは、ナメられないようにイロイロ気を張っていた。

 先制攻撃として、両親が事故死した事も初日に告げておいた。

 ヒトというのは隠すから暴きたくなる。最初からオープンにしてしまえば、逆に興味を持たなくなる。

 そんな叔母さんのアドバイスがあったからだ。

 お陰でアタシはいじめを受けるコトはなかったけれど、微妙に遠巻きにされてる感があった。

 両親を亡くした転校生にどう接すればいいのかと、皆戸惑っていたのだろう。

 と、当時は思っていた。

 後から、初日に披露したスプラッタな小話に恐怖していたのだと聞かされて、驚いたものだ。

 アタシとしては、夏休みは終わったとはいえ、まだまだ暑かったから、ちょっとした納涼気分でホラー仕立ての小話をしたつもりだったんだけど。

 まあ、そんな中で、アタシと別の意味で、恵美はクラスから浮いていた。

 クラス中が、大人しそうな美少女に気を遣ってるって感じだった。

 実際恵美は、見た目だけは繊細で、傷つきやすそうに見えた。

 そんな恵美とアタシが初めて会話はといえば、単なる朝の挨拶だった。

 教室の入り口でバッタリ顔を合わせたクラスメイトに、アタシは普通に「おはよう」と言った。

 恵美は同じ言葉を返すことなく、ただ頷いただけだった。

 アタシが二度三度と「おはよう」と言っても、恵美はやっぱり頷くだけ。

 ムカついたアタシは、恵美の頬を思いっきり抓ったのだ。

 勿論恵美は、思いっきり痛がったワケだけど。

 その時、美少女の口から出た台詞は、クラス中、いや学校中を震撼させたという。

 ――テメエ! 何しやがんだっ! このクソガキがぁっ!

 今思えば、大人しい部類に入る台詞だ。

 けれど、当時のクラスメイトには衝撃だったし、勿論アタシにとっても衝撃だった。

 そして何故挨拶を返さないのかと問うアタシに、恵美が答えたのが。

 ――無制限耐久沈黙レース中だから。

 レースの参加者は、恵美一人。

 いやいや、それってレースじゃないから。

 ていうか、寧ろ修行じゃね??

 というアタシのツッコミに、恵美はいたく感動したらしい。

 その日の放課後には、何故か互いに好きな忍者キャラについて語り合っていた。

 当時も今も忍者に思い入れなんてないにも関わらず、なんでそんなコトになったのかは、未だによく分からない。

 気がつけば恵美ワールドに引きずり込まれていたとしか言いようがない。

 そしてアタシと恵美の関係は、数年のブランクを経て今に至るワケである。

「む。アレは若気の至りだ。だがその過ちがあったからこそ、今のワタシが存在する」

「のわりに、全然路線修正できてないよね?」

「修正できてんじゃん。だからこうしてちゃんと喋ってる」

 そういう問題でなく。

 と言いそうになったけど、言ったところで理解されないのは分かっているので、別の事を口にする。

「なんか、いいネタないかねえ」

「ネタ? 布製カエルの設定ってヤツ?」

「そう。取り敢えず、精霊関係の本でも読んで、適当なネタ見繕おうかと思ってんだけどさ」

 問題は、何時レゼル宮に帰れるのかってコトだ。

 セルリアンナさんの話によると、娘子軍が壊れたガラスや剥がれた煉瓦やらの危険物を撤去した後、侍女さん達が宮殿に入ってグチャングチャンになった室内を片付けるらしい。

 既に数人の侍女さん達が先遣隊として行ってるけど、何時戻れるのかはまだ分からない。

 アタシがその事を恵美に言うと、恵美がニヤリと笑っていった。

 その表情は、完全に悪人顔で、

「じゃあ、ワタシのネタでいっとくか?」

「………」

 せめて、口元のミカンの汁、拭ってから言えよ。

 とは勿論言わなかった。

 だって、面白かったから。

  

更新が遅れてもうしわけありませんでしたm(_ _)m。

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