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第九五話 カエルがヘビを食べることもあります その3

「でもさ、クルルン王国の王サマは死んでることになってるニョロ。だったら、今更死ぬ必要ないニョロね?」

 恵美の尤もな言葉に、アタシはクリシアの皿から自分の皿へとおにぎりを戻しながら答えた。

「問題は戴冠式なんだよ」

 イスマイルと違って、クリシアの王権の由来が神教の承認なので、即位式は「戴冠式」となる。

「一つ、戴冠式はクリシア国内で行われる。二つ、即位する人間が未成年者の場合は、必ず後見人が立ち会う。三つ、クリシア国王の顔は近隣諸国に知れ渡っている」

 アタシは指を一本一本立てながら、そう説明した。

「三十年も前に死んだ王サマの顔なんか、覚えてないんじゃないニョロか?」

「それがさあ、クリシアの隣にセージェンって国があるんだけど。そこの王サマ、クリシア国王のはとこで、顔そっくりらしいんだよ」

 この情報は、ド変態から受け継いだ知識にあったものだ。

 クリシアはイスマイル程じゃないけど、結婚相手として人気の血筋だ。小国で資源のないクリシアは、積極的に近隣諸国と婚姻を結んで友好な関係を築く事に腐心した。

 ま、外交努力ってヤツだ。

 そうやって長年繰り返された結婚で、クリシア周辺の国々は殆どが血縁関係にある。

 因みにゴーシェの国王とは口元が似ているらしい。

 その事を簡単に説明すると、

「何処の馬の骨とも分からないハズのおっさんが、王サマドモにそっくりとかあり得ないニョロ。素性バレバレニョロよ」

 恵美の言葉に頷きながら、アタシはお握りの山から一つ取って、クリシア王国の皿に置く。ついでに、たくわんを一切れ取って、お握りの上にのせて言った。

「もっとヤバいのはさ、コレが生きてたってのが国民にバレた時だと思うワケよ」

「おおう、たくわんの王冠ニョロね。秀逸ニョロ」

 何がどう秀逸なのかは不明だけれど、たくわんの王冠を被ったお握り王を、恵美はいたく気に入ったらしい。

 何故か手をワキワキとさせながら、お握りに見入っている。

 なんか怖いぞ、恵美子君。

 そんな恵美に変わって、お祖母さんがゆったりとした口調で言った。

「国民を捨てて逃げた王様なんて、いらないんじゃないかしら?」

 多分、そうなるだろう。

 そして、そんな男の血筋を、国民は受け入れるハズがない。

 リズに罪はないと分かっていても、感情はまた別の問題だ。

「アディーリアだけならいいんですけどね」

「お姫様のお母様ね。まだ幼かったのでしょう?」

「四歳くらいです」

 アディーリアは逃げたんじゃなくて逃がされた。

 しかも九年前に病死している。

 両親を戦争で亡くし、自らも若くして亡くなった、幸薄い哀れな王女。

 アディーリアを責める人間はいないだろう。

 けど。

「アディーリアの後見人である大神官が、実はクリシア国王だってバレれば…」

「そうねえ。お父様と同じ目で見られるでしょうねえ」

 父親と共に国を捨て、国民の血が日々流されているにも関わらず、神教の庇護の元ぬくぬくと育った王女様。

 大衆の考えなんてのは、ちょっとしたコトで、いくらでも変わる。

 ましてやクリシア領は、三十年近く紛争地帯となっている。

 幾ら影で神教の支援があるからといっても、国民は疲弊しているだろう。

 その支援が、当の元国王の手配であろうとも、国民は思うに違いない。

 そもそもクリシア国王が姿をくらませなければ、と。

「アディーリアは死んじゃってるから、その矛先がリズに向かう可能性は高いと思うんですよ」

 アタシ如きが考えつく事を、あの大神官が考えつかないはずがない。

 つまり。

「お姫様を何の瑕疵もなく王位に就かせるためには、お祖父様は亡くなってなければならないということね」

「最初、自殺の動機は神教をスキャンダルまみれにするコトかと思ったんですけどね~」

 大神官には、神教が隠蔽工作することくらい分かっていたんだろう。

 殉教にまで仕立て上げると予想してたかどうかは分かんないけど。

 あのおっさんのコトだから、それもアリなような気がする。

 なんて考えていると、

「そうまでして、お姫サマを王サマにする理由は何ニョロか?」

 恵美が、お握り王にキュウリの漬け物をぶっ刺しながら訊いてきた。

 どうやら、お握り王の腕のつもりらしい。

 それじゃあ、顔の横から腕が生えていることになる。

 デフォルメキャラとしてはありがちだけど、大神官の顔の横から腕が生えていると思うと、非常にシュールである。

 なんてコトを思いながら、アタシは答えた。

「多分、クリシアの名前を永遠に残すためじゃないかと思う」

 永遠っていっても、せいぜい神教が存続している間だろうけど。

 絶大な勢力を誇る神教だって、何時かは消えて無くなってしまうだろう。

 五千年続いた皇国だって、滅んだんだから。

「どういうコトニョロか?」

「いやまあ、単純な話。新しい皇国の王朝名にクリシアが入るってコトだよ」

 神教の計画では、リズの婿には皇統の男子が用意されてる。

 となると、二人の間の子供は、父姓も母姓もエス・エイシアン。

 純然たる皇統ってワケである。

 皇帝の血筋として「エス・エイシアン」は当然だから、イチイチ王朝名になったりはしない。

 となると、歴史を鑑みるに王朝名は両親の血筋から取られる事になる。

 フィオリナ=リズナターシュ・ロラン・イスマイル・ハジェク・イス・イスマイル・アウラ・エス・エイシアン。

 これが元々の、リズの正式名だ。

 と思ってたけど。

 あの書類には、続きがあった。

 アウレス・クルス・クリシア。

 「アウレス」は母方のもう一つの姓を示す冠詞みたいなものだ。

 普通、姓は両親から一つづつ受け継ぐ。

 けれど、残りの姓も受け継ぐ事が出来る場合もある。

 例えば、王位継承者が極端に少ない血筋。それを絶やさないためにとかいう正当な理由があって、それを神教が承認すれば、可能だ。

 正式名は、大神殿が管理する『貴人名鑑』に載っている。

 結婚や養子縁組なんかで家名が変わる場合は、その都度更新される。

 但し血筋に関しては、チャンスは一度きり。

 当人が、神聖名を授けられる時だけだ。

 だから、リズ生来の「正しい」正式名称は。

 フィオリナ=リズナターシュ・ロラン・イスマイル・ハジェク・イス・イスマイル・アウラ・エス・エイシアン・アウレス・クルス・クリシア。

 なんだろう。

 けれど、恐らく今は違う。

 フィオリナ=リズナターシュ・ロルカ(・・・)クリシア(・・・・)・ハジェク・イス・イスマイル・アウラ・エス・エイシアン・アウレス・クルス・クリシア。

 そうなってるハズだ。

 以上のようなコトを、お祖母さんと恵美に説明すると、

「長い名前ねえ。名刺、物凄く大きくしなくちゃいけないわね」

「キャッシュカードの名義は、どうするニョロか?」

 ああうん、向こうに名刺はないし、当然キャッシュカードもないから。

 いやまあ、アタシも同じようなコト思ったけど。

 そんなすっとぼけた二人の反応はスルーして――話が進まないし――、アタシは言った。

「つまり、新しい王朝名は、『なんたらかんたらクリシア』になる、んですよ」

「なんたらかんたらって何ニョロか?」

「そりゃ、リズの婿の姓だよ」

「お姫サマの生家のお名前はどうなるの?」

「リズみたいに複数姓がある場合は、家名と重なる方が優先されるんです」

 これで、大神官の自殺の理由は説明がつく。

 大神官の目的は、リズのためでも、国のためでもない。

 クリシア王統を歴史上に刻む事。

 けれど、納得できないコトがある。

 ――砂を食んででも、生きてみせようぞ!

 クリシア国王は生きる気満々だった。

 なのに、自殺した。

 一八〇度の方向転換だ。

 その心境の変化の理由は?

「どうしたニョロか?」

「あのおっさん、クリシアが陥落した直後は、何が何でも生きるって感じだったんだよね。なのに、どんな心境の変化だよって感じでさぁ」

 そもそも大神官は、クリシアの再興なんて考えてなかったんじゃないかと思う。

 ――クリシア国王は死んだのだ。クリシアと我が妻フランシーヌ皇女と共に。

 あれは、クリシア国王としての自分との完全な決別の言葉じゃなかったんだろうか?

 ――私には私の目的がある。そのためならば、娘をも利用しよう。

 それが、クリシアの名前を歴史に刻む事?

 それじゃあ、矛盾している。

「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」

 考えあぐねて頭をひねるアタシに、お祖母さんが静かな声で問うてきた。

「澄香ちゃん。そのお偉いさんは、娘さんを亡くしたんだったわね?」

「あ、はい。九年前です」

 アタシの答えに、お祖母さんはふっと遠い目をして、

「ねえ、澄香ちゃん。家族を亡くすというのは、とても辛いわね」

 お祖母さんの問いかけとも確認ともとれる微妙な口調に、アタシは答える事はせず、ただ視線を目の前のお握りに落とした。

 アタシは両親を亡くしてる。

 リズも両親を亡くしてる。

 恵美は実のお父さんを亡くしてる。

 そしてお祖母さんは。

「悲しみは人それぞれだけど、子供を亡くすというのはね、親や伴侶の死とは、少し違うと思うの」

 その全てを経験している。

「なんて言えばいいのかしら。親というのはね、子供が先に死ぬとは、考えもしないのよ。病弱でも、心の何処かでそう信じているの。いいえ、願っていると言った方がいいかしら」

 とつとつと語るお祖母さんの言葉は、重く、けれど何処までも静かだった。

 チラリと恵美の方を見れば、恵美はじっと湯飲みを見つめながら言った。

「父ちゃん、身体弱かったニョロ」

 ポツリと落とされた言葉は、そのままアディーリアに重なる。

 小さい頃は身体が弱かったアディーリア。

 けれど無事成人した後は、殆ど患う事はなかった。

 幾ら大神官に先見の明があったとしても、まさか娘が二十代半ばで死ぬとは思ってもみなかっただろう。

「益二郎はね、小さい頃から身体が弱くて、外を走り回る事はできなかった。画を描く事が好きだったから、自分が外を走る姿を描いていたわ」

 益二郎…。

 お祖母さんと恵美にそっくりの典雅な美貌で益二郎…。

 ちょっとツッコミたかったけど、空気が読めるアタシは、勿論そんなことしない。

「直ぐに熱を出して、修学旅行にも行けなくて、けれどもお友達に貰った写真を見て、絵を描いてね。『僕は画を描く事で旅をしているんだ』って…。本当にやりたいこともできず…」

「祖母ちゃん、父ちゃんはマジで絵を描くのが好きだったニョロ。絵描きになれたんだから、ちゃんとやりたい事やってたニョロよ」

 こんな時くらい、「ニョロ」語は止めれんものか?

 とは思ったけど、恵美にそこら辺を期待するのは間違いだ。

「それに、本当にやりたかったら、父ちゃんは何が何でもやってるニョロよ。父ちゃんは、貫く男だったニョロ。だから、母ちゃんと結婚できたニョロよ」

 恵美が奇怪な「ニョロ」語でシミジミとそう言うと、お祖母さんは思いを馳せるようにほうっとため息を吐いた。

「そうねえ。幼稚園の時から、真紀子ちゃんに纏わり付いて。高校に上がる頃には、結婚してくれなきゃ泣くって言って、真紀子ちゃんの行くところ行くところに現れては号泣して…」

 それって、泣くといいながら既に泣いてるってコトか?

 しかも、泣き脅しかっ。

 この顔で。

 恵美の母親は、どちらかと言えば顔は平凡で女性にしてはガタイがいい。

 さぞかし周りは儚い風情の美少年を哀れに思い、恵美の母親を鬼畜だと感じたコトだろう。

「見かねた周りの人達が、あんなに貴女の事が好きなんだから、結婚くらいしてあげなさいと…。挙げ句の果てにはお巡りさんまでが…」

 なんて迷惑な男なんだ、益二郎…。

「下手すりゃ、ストーカーニョロ」

 下手しなくても、ストーカーだよ、益二郎。

「本当に。あの頃は、迷惑防止条例がなくて良かったわ」

 ギリギリか…。

 ギリギリなんだな、益二郎。

 流石は恵美の父っ。

 しんみりした話のハズだったのに、何時の間にか法的にヤバいエピソードに。

 恐るべし梶川DNA。

 しかも益二郎のエピソードが強烈すぎて、何を考えてたのか忘れてしまった。

 ええと、何だったっけ?

 記憶をたぐり寄せようと首をひねるアタシに、お祖母さんが唐突に言った。

「澄香ちゃん。人の心は変わるわ」

 お祖母さんの方に顔を向けると、お祖母さんの柔らかい瞳とぶつかった。

「ましてや子供をなくしたとなれば、イロイロと考えてしまうものよ。自分は子供に十分な事をしてきただろうかとか、あの時のアレは最善だったんだろうかとか、もっと何かできたんじゃないだろうかとか。人生というのはね、後悔と変節の繰り返しよ」

 自嘲する様に微笑みながら、お祖母さんはそう言った。

 アタシよりも遙かに長い人生を生きてきたお祖母さんの言葉には、説得力があった。

「………」

 アディーリアが死んだ事で、大神官の中で何かが変わったってコトだろうか?

 てことは、アディーリアが死ぬ前と死んだ後では、大神官の目指すモノが変わったってコトになる。

 だからって、方向転換した先が、クリシアの名を歴史に残すって、正直どうなの?

 そういう時はさあ、改心して、亡くなった娘の代わりに孫のためとか、未だに辛酸をなめている国民のためとかさあ。

 そういう方向に行くモンじゃないの??

 ところが大神官のやり方じゃあ、リズは傀儡国王で、クリシアは傀儡国家だ。

 せめてリズが成人してからにすればいいのに。

 まさか、神教に完全取り込まれる方がいいと思った?

 それはあり得る。

 神教の力をイヤという程知ってたんだから。

 神教の後ろ盾さえあれば、リズはその地位を脅かされる事もなく、何不自由のない暮らしができる。

 けどそこには、リズの意志は考慮されない。

 リズが将来神教から離れたいと思っても、その選択肢が消えている。

 けど、現実問題、それって良くあるコトだよね。

 いい学校いって、いい会社に就職すれば、みたいな。

 けれど、恵美が言った様に、幸せは個人の主観の問題だ。

 親はそれこそが子供の幸せだと思っても、子供はそうじゃなかったり。

 って、それじゃあまるで大神官もただの人の親みたいじゃないか。

 いや、人の親だけれどもさっ。

「ぬおおお、何考えてたんだ、あのジジイッ」

「澄香ちゃん」

 身悶えるアタシに、お祖母さんが声を掛ける。

「人が何を考えているのか、特にもう亡くなった人が何をどう考えていたかなんて、確かめようがないのよ」

 そりゃそうですがっ。

「だからね」

 お祖母さんはそう言って、クリシアの皿のお握り王を掴み取ると。

 バクリ。

 ひ、一口??

 一口ですか??

 ていうか、どうやって入れた!?

 アタシは、合体したカエルがチビアディーやド変態を飲み込んだ時のコトを思い出した。

 あの時の衝撃が蘇る。

 アレは夢の中だから、「何でもアリ」ってコトにできるけど。

 今は、現実だ。

 まさか、また夢か??

 まだ夢なのか??

 しっかりと見ていたにもかかわらず、なにがどうなったのかが分からない現象に、アタシは一瞬パニクった。

 そんなアタシを余所に。

 モグモグモグモグ、ゴックン。

 お祖母さんはお握り王をしっかりと租借して、飲み込んだ。

「ハイ。無政府状態のできあがり」

「……………」

 いや、そんなエセ手品師みたいな感じで言われても。

「さて、クルルン王国にとって、今の状況は、どうかしら?」

 アタシは衝撃覚めやらぬ頭で、考えた。

「………それは、国王が欲しいでしょう。神教が影ながら支援してるっていっても、レジスタンス活動なんて精神的にも肉体的にもストレス高いだろうし、かといって、今更ゴーシェに膝を折るなんてできないだろうし…」

 アタシがため息混じりにそう呟くと、

「そんな国民を、澄香ちゃんのお姫サマは、放っておけるのかしら?」

 そんなお祖母さんの言葉に、アタシこそリズの気持ちを考えてなかったのかもしれないと思った。

 

説明と整理は、終わりました。

6000字越えてます。

コンパクトにまとめられなくて、申し訳ないです。

長々とお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m。

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