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第九四話 カエルがヘビを食べることもあります その2

先週は急遽お休みしてしまって申し訳ありませんでしたm(_ _)m。

 ――願わくば、アディーリアを皇国の軛から自由にしてたもれ。

 フランシーヌ妃殿下の声が耳の奥にこだまする。

 戦火の混乱の中でなら、幼い王女の行方が知れなくても、不思議はない。

 妃殿下は、多分そう考えたんだろう。

 だからって、滅亡させる必要があったのか?

 いや、あったんだ。

 死体が見つからなくても、不思議じゃない状況が。

 そこまでして、アディーリアを自由にしたかったんだ。

 自分の命すら犠牲にして。

 けれど、アディーリアは聖者だ。

 何処に逃げ伸びようとも、それだけは隠しようがない。

 聖者がいると知れば、神教は必ず干渉してくるだろう。

 となれば、妃殿下の願いが叶うのは、万に一つ。

 限りなくゼロに近いと言ってもいいだろう。

 それでも、妃殿下は賭けたんだ。

 万に一つの可能性に。

 けれど、そんな妃殿下の悲願も、クリシア国王によって潰されてしまった。

 国王は、多分知ってた。

 ――それを叶えてやれぬのは、心苦しい限りだが。私には私の目的がある。そのためならば、娘をも利用しよう。

 そうまでした国王の、ヴィセリウス大神官の目的は、何だったんだろう?

 そして、どうして「今」なのか?

 大神官の自殺も、クリシア王位の復活も。

 ああっ! くそっ!

 リズの神人認定問題だけでも手一杯っていうのに。

「なんか、頭がこんがらがってきた…」

 問題は山積みになるばかりで、一向に解決しない。

 リズの周りで、「今」何が起こってるのか?

 それすらも、ハッキリと見えてこない。

「うぐごごごごごごご…」

「恵美子、澄香ちゃんが、奇声を上げているわ」

「心配ないニョロよ。スミは、大概こんなもんニョロよ」

 おいっ!

 そんな誤解を招く様なコトを言うなっ!

 と言い返したかったけれど、そんな気力もなかった。

「多分、ネガティブ思考にハマッてるニョロ。良くある考えすぎニョロよ」

「あら、そうなの。そういうときは、甘いものが一番よ。ハイ、澄香ちゃん。これはね、とっておきフォートナム&メイスンのゴールデンラズベリージャムよ」

 お祖母さんはそう言いながら、満面の笑顔でおにぎりを差し出してくれた。

 「ゴールデン」って言うんだから、きっと特別なジャムなんだろうけど。

 おにぎりに入ってる時点で、何か間違っているような気がする。

 けれどもアタシには、お祖母さんの好意を無碍にする勇気もなく。

「………ありがとうございます」

 受け取って、一口食べた。

 どうやらゴールデンラズベリーというのは、普通のラズベリーより酸味が強いらしい。

 フルーティーな甘酸っぱさが、ご飯一粒一粒を包み込むように、口の中に広がっていく。

「………あの、オイシイです」

 期待の籠もった目で見つめてくるお祖母さんの視線に抗えず、アタシはどうにかそう答えた。

 確かに美味しいのは美味しいのだ。

 ご飯じゃなくて、パンにのっていたならば。

 いや、ご飯にジャムは合わないという思い込みが、この違和感の正体だろう。

 だとすれば、その思い込みを克服すれば、このジャム入りおにぎりも、心の底から楽しめるハズ。

 よく考えたら、おはぎだって甘いじゃないか。

 つまりご飯と甘味は相性が悪いワケじゃない。

 梅干しも合うんだから、酸っぱさも問題ない。

 つまり、ご飯にジャムは、十分いける!

「なワケあるかっ!!」

 叫んだ拍子に危うくおにぎりを握りつぶしそうになったけど、辛うじて踏みとどまる事に成功した。

 おおっ!

 危ねえっ!

 もうちょっとで、恵美ワールドに引きずり込まれるところだったっ!!

 アタシはゴクゴクとお茶を飲んで、米&ゴールデンラズベリージャムを流し込み、ふうっと深く息を吐く。

 そして思った、シミジミと。

 アタシ、疲れてるんだな。

 そんなアタシの様子を見て、恵美とお祖母さんが言った。

「流石、祖母ちゃんニョロ。すげえニョロよっ。スミの鋭いツッコミが復活したニョロね!」

「ふふ。お祖母ちゃん、伊達に年は取ってないのよ」

 仲むつまじい祖母と孫の会話は、ある意味正解だけど、正しくはない。

 でも実際問題、ドツボにハマッてた思考からは抜け出せたので、敢えて訂正はしないでおこう。断っておくけれど、どうやれば二人の思い込みを訂正できるのか、分からないからじゃない。二人の幸福を壊さないのが、アタシなりの思いやりなのだ。

「ありがとう。取り敢えず、ドツボからは抜け出せたよ」

 こんがらがってるのは、相変わらずだけど。

 すると恵美が、訳知り顔で言った。

「こんがらがってんのなら、状況を整理すればいいニョロね」

 奇怪な「ニョロ」語で言われてもイマイチ真っ当な意見には聞こえないけど、確かにそうかもしれない。

 けれど、どこから手を付けたものか?

 事情が込み入り過ぎて、誰がどんな思惑で動いてるのかすら、分からなくなってくる。

「う~ん、個人的な事情も絡んでるみたいだしなあ」

 例えばセルリアンナさん。

 ジェイディディアの娘である彼女は、「ヴィセリウス大神官」が誰なのか知ってた可能性が高い。他にもイロイロと知っているかもしれない。

 そうなると、彼女の行動も、自ずと違う意味を帯びてくる。

 メリグリニーアさんにしたって、同じだ。

 大神官の正体を知っていたのかどうか?

 その答えによって、彼女の立ち位置が変わってくる。

 飽くまでも「家柄の低い成り上がり者」の補佐なのか、或いは「元クリシア国王」の協力者なのか。

 再びドツボにハマって行きそうな思考を、今度はお祖母さんが引き留めた。

「ねえ、もっとシンプルに考えればいいのじゃないかしら」

 お祖母さんはそう言って、アタシの皿におにぎりを置いた。

 いや、まだ食べてますけど。

 微妙にひしゃげたゴールデンラズベリージャム入りのおにぎりを。

 と言う前に、お祖母さんは言った。

「それが、澄香ちゃんのお姫様ね」

 そして、恵美の皿にもおにぎりを置いて、

「それが、お姫様の国ね」

 自分の皿にもおにぎりを置いて、

「そしてこれが団体さん」

「それで、コレでどうするニョロか?」

 恵美が自分の皿をマジマジと眺めながら問いかける。

「まずは全体像を見るのよ。そのために、それぞれ組織の目的と抱えている問題を挙げてみましょう」

 なるほど。

 シンプルに考えるってそういうコトか。

 ちょっとまどろっこしいような気がしないでもないけど、視点を変えて一度整理をするのもいいかもしれない。

「神教の目的は、皇国再興ですね。抱えてる問題は、大神官の自殺をどう隠蔽するかだってコトじゃんじゃないかな」

 いや、そうじゃないか。

「大神官が殉教扱いになるのは、間違いないと思う。ヴィセリウス大神官の対抗勢力にしたって、大神官の自殺なんてスキャンダルは隠したいだろうし。神教的には、『聖母』の後見人が自殺とかありえないし」

「じゃあ、組織的な隠蔽は決まっていると考えた方がいいのね?」

「そうだと思います。だからあとは、ケロタン達をどう黙らせるかってコトじゃないかと思います」

 セルリアンナさん達は、ケロタンが「大神官は自殺した」コトを知ってる、コトを知っている。

 しかもその自殺を隠すために英霊を口実に使ったコトを、怒っていると思ってる。

「じゃあ、お姫様の国はどうかしら?」

「後継者問題かな」

 新しい国王は、自分と同腹の第三王子を後継者に指名したい。

 けれど、第二正妃と第三正妃の勢力が黙っていない。

 だから二号の「盗難事件」を利用して、追い落としを仕掛けようとした。

 というのが、以前恵美と相談して至った結論なワケだけど。

 恵美もその事を思い出したのか、

「そう言えば、青いカエルを拉致したのは、政敵を落とすためだったニョロ」

「どういう事?」

 お祖母さんの問いかけに、アタシは簡単に説明した。

 現実時間ではたったの二週間前だけど、体感時間ではもっと過ぎているので、思い出すのにちょっと苦労したけれど。

「つまり、政敵がお姫様の大事なぬいぐるみを盗んで、変態ロリコンさん達に濡れ衣を着せようとした、という事をでっち上げて、変態ロリコンさん達は政敵を追い落とそうとしたという事ね?」

 どうやらお祖母さんは、時々入った恵美の茶々のお陰で、めでたくムダメン共を変態ロリコン認定してしまったらしい。

 変態ロリコン説はアタシ達の、というか恵美の殆ど八つ当たりに近い推測に過ぎないんだけれど、連中の名誉とかどうでもいいので、敢えて訂正はしない。

「はい。けど二号が動いて、盗まれたワケじゃないってコトを証言したから、それができなくなった、みたいな? 感じじゃないかと思うんです」

 どっちにしろ、二号誘拐の噂が城中に広まるまで放置してたワケだから、連中の政敵は何らかの動きを見せたハズだ。

 上手くいけば追い落としで、そうじゃなくても政敵の動向を掴む事ができる。

 ムダメン共のシナリオは、そういうコトだったんじゃないだろうか?

「その時は、宗教団体さんと変態ロリコンさん達は、協力関係にあったのよね?」

「はい。ある程度の期間娘子軍が捜査に動き出さないよう、何らかの条件で神殿側に承知させたんだと思います」

「ある程度の期間?」

「政敵が何らかの動きを見せる十分な期間ってことだと思います」

「その条件というのは分かる?」

「う~ん、飽くまでも推測なんですが。リズの結婚相手や身の振り方の決定権は、イスマイルにあるんです。こればっかりは神教でもどうにもできません。だからそれを神教に譲るとか、そういう事じゃないかと思うんです。ムダメン共は、リズの本当の素性を知りませんし、まだ当時は神人認定なんて想像もしてなかったでしょうしね」

 聖者である王女は、イスマイルにとって貴重な「輸出品」だけれど、他にも王女はいるし、どっちにしろ後見人である大神官の意見は無視できないだろうから、それを全面的に譲るといっても大した違いはないと考えたのかも知れない。

 それに、どこに嫁ごうとも、結納金を得るのはイスマイルであることに違いはない。

 神教の事だから、下手な国には嫁がせないだろう。

 それで上手くいけば政敵を追い落とせるのかもしれないのだ。

 つまり、「損失」は少ないと考えたに違いない。

 アタシとしては大事なリズをモノ扱いされるのは業腹だけど、それが現実というヤツだ。

 いやまあ、夢だけど。

 夢もまた一つの現実である。

 なんちゃって。

「何かそれって、宗教団体の思うツボって感じニョロよ」

 恵美の言葉に、アタシは頷く。

「ということはその時既に、団体さんはお姫様を神人さんにするつもりだったのかしら?」

「はい。ケロタンのコトが無ければ、他の奇跡をでっち上げてると思います」

 その時不意に、クリシア国王の声が蘇った。

 ――ならば皇女に相応しい奇跡を用意しようぞ!!

 ジェイディディアの夢が解ける時に垣間見た断片的な映像で、クリシア国王は確かにそう言っていた。

 つまり、三十年前から、リズの神人認定は決まってたってコトになる。

「……………」

「どうかしたニョロか?」

「いや、なんて言うか。リズを『聖母』に仕立て上げようって案は、誰から始まったのかと思って」

 そりゃ、神教の究極目的は皇国再興だけど。

 千年近く実現できなかったコトが、現実味を帯びてきたのは、多分リズが生まれてからだ。

 聖母となる条件は、皇統であること、聖者であること、そして神人であること。

 リズは生まれながらに先の二つの条件はクリアしてるから、あとは奇跡を用意するだけだ。

 けれど、聖者の子供が聖者として生まれるとは限らない。

 実際、ド変態の子供の中で聖者なのはリズだけだ。

 クリシア国王は、リズが聖者として生まれるコトを知っていた。

 それってつまり、聖者の生まれる条件を知ってたってコトじゃないだろうか?

「澄香ちゃん」

「え?」

「今は、その事は置いておきましょう」

 そうだ。今は大局を見定めるんだった。

「けど、祖母ちゃん、もう整理できてるんじゃないニョロか?」

「いいえ、まだよ」

 お祖母さんはそう言いながら、背中に手を突っ込んだ。

 背中が痒いのか? と思ったら、なんと! お皿が出てきたではないか!

 何故そんなところにお皿が!?

 ていうか、何故そんなところにお皿を!?

 という疑問は、口にするまい。

 恵美の祖母だから。

 理由はそれで十分だからだ。

「祖母ちゃん?」

 恵美の問いかけに、お祖母さんはニッコリと微笑むと、誰の前でもない場所にお皿を置いた。

「クルルン王国よ」

 いや、アディーリアの故郷は、そんな楽しげな名前じゃないし。

 と言う気も起こらなかった。

 言ったところで、多分受け入れられないだろうコトは分かりきっているからだ。

「クルルン王国は滅亡したニョロよ」

「そうね。けれどこうすればどうかしら?」

 お祖母さんはそう言って、アタシの皿のおにぎりを、クルルン、じゃなくてクリシア王国の皿に置いた。

 確かに、今リズはクリシア国王だ。

 公にはされてなくても、大神官の署名と御璽はホンモノで、否定しようがない。

 つまり、クリシア王国は「存在している」というコトになる。

「ねえ。澄香ちゃんが、お姫様を後継者に指定させようとしているのは、宗教団体さんと距離を置きたいからでしょう? だったら、後継者なんて不安定な身分よりも、王様の方がいいんじゃない?」

 アタシはお祖母さんの言葉に首を横に振った。

「リズは国王としては幼すぎます。だから摂政が必要でしょう。問題は、じゃあ誰が摂政になるのかってコトです。神教はそこに必ず食い込んできますよ。そうなると、クリシアは神教の傀儡国家です。距離を置くどころか、身動きすらできなくなります。けどイスマイルなら、元大公家という世界ナンバー三の権威があります」

 そう。神教もおいそれとは干渉できないだけの権威が。

「つまり、クルルン王国の抱えている問題は、人材不足ということね?」

 なるほど。

 そういう考え方もできるか。

 かといって、不足している人材を補給できるあてもない。

 アタシとしては、リズがクリシア国王だって証明するあの書類は、いっそのこと破り捨てたいくらいだ。

 けれどもそうする権利があるのは、リズであってアタシじゃない。

「お姫サマの祖父さんが生きてたら、摂政として最適だったニョロよ」

「そうね。元王様だから、政治にも慣れてるでしょうし。団体さんではお偉いさんだから、お姫様との間に立って緩衝材の役割もできるでしょうし」

「神教は表向き俗世の権力とは無縁だから、生きていても摂政にはなれませんよ」

「だったら、お偉いさんを止めればいいニョロ」

「大神官は終身制。国王と一緒で、一度なったら死ぬまで止められないんだよ」

「ええ? 王サマも終身制ニョロ? 聞いてないニョロよ」

「そうだったっけ?」

「変な制度ニョロ」

「何言ってんの。今の天皇制も終身制じゃん」

 アタシがそう指摘すると、恵美は「あ~」と間の抜けた声を出した。

 なんだそりゃ。

 法学部なんだから、『皇室典範』くらい知ってんだろうが。

 というアタシの言葉は、お祖母さんの声に遮られた。

「じゃあ、もしかして…。お姫様のお祖父様の自殺って…?」

 お祖母さんの問いかけに、アタシは頷きながら答えた。

「リズを王位に就かせるには、前の国王は生きちゃいけないってコトですね」


説明ばっかりで、申し訳ないです…。


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