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第九二話 カエルは胃袋を口から出して洗います その3

 主寝室に入ったアタシは、天蓋付きのベッドにゆっくりと近づいた。

 薄い紗が何重にも重なったカーテンを、ソッと開けて中を覗く。

 すると中には、アタシの可愛いお姫様。

 神秘的な紫の髪は、枝毛一本なく毛先までキューティクルキラッキラで、バラ色の頬に蒼い影を落とす睫毛は、二百倍マスカラを嘲笑うかのようにバッサバサのクルンクルン。ぷっくりとした唇は、グロス要らずのツヤツヤラズベリーピンク。

 その愛らしさと言ったら、おとぎ話のお姫サマだって裸足で逃げ出すのに違いない。

 眠り姫は呪いを撥ね除け、白雪姫はリンゴを嚥下して飛び起きるだろう。

 しかもリズは可愛らしいだけじゃない。

 王女としての自覚も、聖者としての責任も、この年で知っている。

 きっと魔女は呪いを撤回するだろうし、七人の小人だって、明らかに怪しげな婆さんから貰ったリンゴをパックリ食べちゃうような不用意なお姫サマより、リズと暮らす方を選ぶだろう。

 因みに王子に関しては、リズを選んでも追い返す。いや、選ぶ前に追い返す。

 幾ら好みとはいえ人が寝入ってるスキを突いたり、死体にキスしやがるようなヤカラは、カエルにキスするお姫サマより質が悪い。カエルとのキスは「個人の趣向」で済まされるけど、王子の行為は完全に変態だ。そこに情状酌量の余地はない。

 リズに近づく変態は、アタシが断固許さない!

 アタシは拳を固く握りしめ、心に固く誓った。

 けれどアタシがリズの側に居られるのは、リズが成人するまでだ。

 当然のことながら、そこから先の人生の方が遙かに長い。

 だから多分、守るだけじゃダメなんだ。

 リズを守られるだけの子にしちゃいけないんだ。

 今思えば大神官は、アディーリアの、そしてリズの、確かに盾だったんだ。

 そこにどんな思惑があろうとも、アディーリアに注いだ愛情は本物だったに違いない。そしてリズに注いだ愛情も。

 なのに、なんで自殺なんかしたんだろう?

 しかも、リズの栄華がこれから咲き乱れようって矢先にだ。

 ……アレ? アタシ何か忘れてないか?

 大神官の死に関する重要なコトを。

 何だったかな~。

 う~ん、ノドまで出かかってんだけれどなあ。

 誰かが、大神官に死ぬとか何とか言ってたような…。

 懸命に記憶を手繰り寄せようと、ウンウンと唸っていると。

 バチリ。

 そんな音がしそうな程の勢いで、突然リズが目を開いた。

 すっかり眠っていると思っていたので、一瞬ギョッとなる。

「……………」

「……………」

 数秒、アタシとリズは見つめ合い、

「サウザ?」

 どうやら寝惚けているらしいリズは、不思議そうに五号を呼んだ。

「うむ」

「……リューは?」

 そういやあ、一号の時、リズに自分でもよく分からない寝物語を聞かせたんだった。

「アレは戻った。サダコの封印が破れそうだと言ってな」

 アタシは物語のラストを思い出しながら、神妙な口調で言った。

「退治しに?」

「いや、退治するのを見物に」

 一号はリズにとってはヒーローだけど、実際のトコロはトリックスターに近い。

 引っかき回すだけ引っかき回して、何の責任も取らない厄介な存在だ。

 けれども、その何ものにも縛られない自由さが、リズにとっては憧れになる。

「………そう」

 呆れた様な口調で、けれどもちょっと楽しむように眼を細めてリズが言う。

「リューだもんね」

「リューだからな」

 アタシとリズはクスクスと笑い合い、いや、五号は始終無言だったけど、まあ気持ちの上で笑い合い(リズには確実に伝わってないとは思うけど)、不意にリズが笑いを止めて真剣な表情になった。

 ゆっくりと身体を起こし、

「あのね、もうすぐダイアニス大神官がいらっしゃるの」

 誰じゃそりゃ。

 とは思ったけど、直ぐにド変態の記憶が告げる。

 どうやらアシュワンダ大神殿の大神官のコトらしい。

 アディーリアの記憶じゃないと分かるのは、その大神官が六年前に大神官に就任したからだ。

 アシュワンダ大神殿ってのは、ユージェニア大神殿に一番近い大神殿だ。

 何で来るのかっていうと、多分ヴィセリウス大神官の葬儀のためだろう。

 大神官の葬式は、大神官が取り仕切る。

 確かそんな決まりがあったハズだ。

 てことは、一般には公表されていないけど、大神官の死は神教内じゃあ知れ渡ってるってコト?

 何て事を考えていると、リズが驚くべきコトを言った。

「師父様の殉教が認定されたら、葬儀の日付を決めるのですって」

 む?

 殉教の認定?

 殉教にも認定が必要なのか。

 そういやあ、そうだよね。

 でなきゃ、自称殉教者が続出して困るもんね。

 なんせ殉教者は、大神殿に名前が刻まれるコトになるし、お墓だって大神殿の敷地内に作られる。

 ひょっとして、認定前だから、大神官の死を公表してないだけなのか?

 まさか。

 アタシ、思いっきり深読みしてた? し過ぎてドツボにはまってた?

 うわあ。セルリアンナさん達のコト笑えない。

 絶対何か企んでると思ったのにっ。

 だって、あの時のメリグリニーアさんの顔!

 絶対、何か企んでる顔だった。

 それとも、アレか? 素顔が企み顔とかってヤツか?

 イヤ待て、陰謀説も捨てがたいっ。じゃなくて、まだ企みがなかいとは言い切れない。

 企んでるのか? 否か? どっち??

 ぬおおおおっ!

 アタシは考えあぐねる余り、頭を抱えて身悶えた。

「サウザ?」

 訝しそうに名前を呼ばれて、ハッとなる。

 そっと顔を上げると、リズの胡乱げな視線が心に痛い。

 アタシはツイッと目を逸らし、

「………気にするな。世を儚んでいただけだ」

 うむ。五号に入っている時に不審な行動をした時は、この台詞に限る。

「また?」

 と言われる程繰り返しているコトを思うと、ちょっと情けない気もするけれど。

 なんせ五号の名前「サウザード」は、絶望王との二つ名を頂く皇帝の神聖名と同じなのだ。なんでもその皇帝、絶望しすぎて自殺すらできなかったとか。どうやら死後にすら希望を持てなかったらしい。因みに帝位にありながら隠遁していたので、隠遁王の名前でも呼ばれている。一体、どうやって政務こなしてたんだろう?

 なんてちょっと芽生えた疑問に花を咲かせることもなく、

「うむ」

 重々しく頷けば、

「それじゃあ、仕方がないわね」

 リズがそれなりに納得してくれるので、大変使い勝手の良い言い訳なのだ。

「すまんな」

「いいのよ、何時ものことだもの」

 まるでベタな時代劇の「いつも済まないねえ」「それは言いっこなしよ、おとっつあん」なんて台詞を思わせるやりとりの後、リズは包み込むような笑顔で五号の長い指を握った。

 その手を握り返しながら、ホント良い子に育ってくれたよ! とアタシは内心で涙する。

 それにしても。

 大神官が死んだことで、イロイロと停滞するコトになるだろう。

 ケロタンの「奇跡」認定然り、リズの「預言」認定然り。

 どちらも大神官しかできない仕事だ。

 けれど、ヴィセリウス大神官が死んじゃった今、誰が認定するんだ? 何時するんだ? 儀式はどうするんだ??

 やっぱりその何とかって名前の隣の大神官がするんだろうか? 或いは新しい大神官か?

 イロイロ疑問は尽きないけれど、確かな事は、リズの後見人の座を巡るパワーゲームに巻き込まれるってコトだ。

 これは、今まで以上に厄介な事態になるに違いない。

 いや、マジで、どうして死んだ? ヴィセリウス、いやクリシア国王。

 大体、なんで自殺の時期が、ド変態の死後一年以内なのか?

 後見人として、祖父として、父親を失ったリズを支えるべきじゃねえの?

 どんな理由があるか知らないけれど、大神官の行為は随分無責任な気がする。

 リズは大神官の死で、正真正銘天涯孤独の身になったのだ。

 しかも、その事をリズは知らない。

 きっと、生涯知ることはないだろう。

 それを思うと、アタシは何だか切なくなった。

 勿論、異母兄弟はいるし、継母だっているけれど、あんなのは家族とは言えないし、言わせない。

「リズ」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 思わず名前を呼んだけど、何を言っていいか分からなくて、アタシは言葉を濁した。

 するとリズが、慰めてくれるつもりなのか、ちょっと悪戯っぽい口調で言った。

「ね、サウザ。良いもの見せてあげる」

「良いもの?」

「あのね。師父様から貰ったものがあるの」

「大神官から?」

 リズはコクンと頷くと、ベッドから降りる。

 ペタペタと裸足の足で優美な猫足のチェストに向かい、中からリズの両手には余るくらいの大きさの四角い箱を持ってきた。

「これが?」

 アタシの言葉に再度リズは頷くと、

「実はね」

 周りに誰もいないのに、内緒話をするかのように声をひそめて言った。

「師父様は、師父様がお亡くなりになるまで開けてはいけないとおっしゃったの。その時は、そんな悲しい事は言わないでくださいって言ったのだけど…」

 リズの表情は一瞬沈み、けれども何かを吹っ切るように笑顔を浮かべた。

「でもね、どうやって開ければいいのか分からないの」

 アタシはその箱を受け取って、マジマジと眺めてみた。

 形は正六面体で、一辺がルービックキューブの二倍強ってトコロだろうか。

 てことは一面の面積はy約四倍、体積は…。

 まあ、そんなコトはどうでもいいか。

 要するに、ルービックキューブより結構デカいと言うコトだ。

 何の説明にもなってないような気もするけれど、誰かに説明してるワケじゃないので、無問題。

 全体的に植物が絡んでいるような凝った意匠のそれは、一見したところでは、どこが蓋でどこが開け口なのかが分からない。

 しかも、鍵穴もないし。

 ふむ。

 コレは所謂、からくり箱というヤツじゃないだろうか?

 こういうのはさ、確かどこかをズラしたらいいんじゃなかったっけ?

 一つの仕掛けをスライドさせたら、次々と仕掛けが現れる、みたいな?

 アタシはクルクルと箱を回しながら、どこかにズレる箇所がないか指で探る。

 けれどもソレらしい手応えはない。

 それともボタン式になってるんだろうか?

 そう思って、それらしい意匠を押してみるけどピクリとも動かない。

 う~ん。

「サウザにも分からない?」

 分かんないなあ。

 と素直に言うのも、布製カエルとしてのメンツが憚られる。

 布製品にもカエルにもメンツはないかもしれないが、その二つが合体するとたちまちメンツが生じるのだ。なんちゃって。

 まあ、ぶっちゃけ言えばアタシの見栄だ。

 けれども、箱を開ける方法は全くもって思いつかない。

 ルービックキューブなら、子供の頃結構やったんだけどなあ。

 小学校の頃やたらと流行って。

 といっても、キューブの色を揃えるんじゃなくて、模様を作るパターンキューブってヤツだ。まあ小学生のやるコトだから無理矢理な模様で、最後には殆ど模様当てクイズ状態だったなあ。

 なんて思い出してると、無意識に手が動く。

 カシャン。

 金属音に驚いて、手元を見れば。

 うおっ! 動いてる!?

「サウザ!?」

 リズが期待を込めた瞳で見つめてくる。

 何処がどう動いたのか調べてみると、どうやらルービックキューブのように、上と下とを同時に逆方向に捻ったのが良かったらしい。

 更に捻ると、真ん中の部分のから突起のようなものが飛び出した。上から見ると、先の尖っていない風車みたいな形になった。

 さて、ここからどうするんだろう?

 上と下はそれ以上周りそうにないから、別の場所を動かさなけりゃならないんだろうけど、どこか動かせそうなトコロはないだろうか?

 角度を変えて見てみようと、からくり箱を持ち替える。するとその拍子に、ちょっとだけ上の部分がズレたような気がした。そこで、色んな方向へ押してみると、その内一辺の四分の一程が動いた。更に九〇度角度を変えて押してみる。すると同じ様にずれたので、また角度を変えて押して見る。結局同じコトを四度繰り返し、

「開いた……」

「うん、開いたね」

 上の部分を取り外し、中を覗く。

 漸く開けたからくり箱の中に収まっていたものは。

「指輪と、紙?」

 アタシは、先ず大ぶりの金の指輪を手に取った。

 そこに刻まれている紋章は、ジェイディディアの夢の中で散々見ていたものだから直ぐに分かった。

 大きな木とユニコーンの意匠は、間違いなくクリシア王国の紋章だ。

 そして折りたたまれた紙を広げてみれば。

「!!」

 ドエライものを見つけてしまった。

 ご丁寧にも大神官の御璽が押されたその紙には、こう書かれてあった。






 フィオリナ=リズナターシュ・ロラン・イスマイル・ハジェク・イス・イスマイル・アウラ・エス・エイシアン・アウレス・クルス・クリシアをクリシア王国国王として承認する。






 これで全てが繋がった、ような気がした。


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