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第九十話 カエルは胃袋を口から出して洗います

 アタシはクルリと首を巡らせて、リズを探した。

 全方向視界なので、首を回す必要はないんだけれど、まあ気分の問題だ。

 けれどリズの姿は見当たらなかった。

 というか、リズの寝室ですらなかった。

「……………」

 アタシはこの世界では数分前の、主観的には随分前になる記憶を手繰り寄せる。

 そういやあ、リズに自分でも意味不明の寝物語を聞かせた後、夜番の控え部屋に入っていったような…。

 そんでもって。

 ――ヴィセリウスを殺したのは、何故だ?

 何かイロイロ煮詰まって、そんなようなコトを言ったような気がしないでもない…。

「突然、還ってしまわれるとは…」

「赤のケロタウロス様は、何をお考えなのであろうか?」

「しかし、猊下の死は…」

「赤のケロタウロス様は、全てご存じなのではないでしょうか? それで敢えてあのような…」

 う~ん、何かイロイロ深読みしてるし。

 そりゃあんなコト言われた直後にいなくなられたら、深読みしたくなるんだろうけど。

 スイマセン。

 いや全く、何も考えていないです。

 記憶がございません、なんて政治家みたいな言い訳、通じないよなあ。

 あの時のことを思い出すと、胃袋を吐き出しそうになる。

 カエルは異物を飲み込むと、胃袋を口から出して洗うって言うけど。

 いっそそんな風に洗いたくなるほど、胃が痛い…。

 いや、ケロタンに胃袋はないけどね。

 ド変態との契約で、アタシはイロイロなコトを知った。

 契約書の但し書き通りに記憶の継承を避けられたかどうかは、もう暫く立ってみないと分からない。というのも、知識の方が記憶よりも馴染みやすいからだ。

 アディーリアとの契約の時もそうだった。

 モノの数え方、貨幣価値、生活習慣や日常的な宗教儀礼。

 言葉は複雑な体系だからだろうか、或いはアタシの日本語の知識が邪魔してか、馴染むのは比較的遅かった。

 何より早く馴染んだのは、リズに関するする知識だった。

 生まれた時二六〇ガラムで、身長は四二リグレ、最初に喋った言葉は「アーホ」。

 言っておくけど「阿呆」じゃないよ? こちらの言葉で「乳母」の幼児語だ。

 勿論、アディーリアは悔しがった。リズが最初に喋った言葉が「お母さん」じゃなかったコトを。

 けれどそれは仕方がなかった。アディーリアは産後の肥立ちが悪くて、その後も徐々に体調を崩していったからだ。リズの世話ができる程の体力がなかった。

 他にも、好きな絵本や、好きな色、好きな食べ物、好きな遊び。

 それは多分、契約の時、リズの事を考えていたからだろうと思う。

 これから自分が見守ることになる幼児のことが気になったからというコトもあるけれど、アディーリアに散々リズの事を吹き込まれて、それしか考えられなくなっていたというせいもある。

 お陰で言葉が通じなくても、相手をするのに不自由はなかった。

 よく考えたら、幼児との建設的な会話なんてそもそも成立しないんだから、言葉が喋れた方が逆にイライラしていたかもしれない。

 なんせ当時のアタシは十二歳。子供は子供に対して非寛容な生き物だ。

 今回の契約の時、アタシが考えていたのは当然ヴィセリウスのコトだ。

 殺されてしまったヴィセリウス神官と、大神官になった方のヴィセリウス。

 二人のヴィセリウスに関する情報が、全部じゃないだろうけど、ある程度は揃ってる。

 といっても、あのド変態は、本物のヴィセリウス神官のコトを殆どと言って知らなかったらしい。

 顔と、簡単な経歴くらいだろうか。

 とある名家の庶子で、母親の身分が低いせいで父姓は与えられなかった事。

 神官としての出世には興味はなく、逆に知識欲と探求心は常軌を逸する程だったらしい事。

 そこには、ジェイディディアの夢の中で出会ったトンチキで情けない男の姿はなかった。

 人間というモノは誰しも多面的なモンだけど、ここまで印象って違うモンなんだろうか?

 一方、大神官になった方のヴィセリウスに関しては、多分動向を注視していたんだろう、随分細かなことまで調べ上げているらしかった。

 まあ、舅だし、気にならない方がおかしいだろう。

 元クリシア国王が、裏から手を回した暗躍の数々や、政敵相手にやらかしたえげつないアレやコレ。

 正直、人として知りたくない事の方が多い。

 そこにもやっぱり、皇女殿下という強烈な個性の影に隠れて殆ど印象の残らなかった男の姿はない。

 その政治的手腕は、腐っても王族といったところか。

 案の定、元クリシア領のレジスタンス活動を裏から支援してたし、ゴーシェが孤立するようにイロイロと手を回してもいた。周辺諸国のゴーシェの王族に対する同情論は表向きで、神教との関係を取りなす事を条件にイロイロと利権を獲得しているらしい。鉱物資源の豊富なゴーシェは、格好の金づるってコトなんだろう。

 政治って怖い。

 昼ドラも真っ青になるくらいのドロドロっぷりである。

 できることなら、そんな世界に、リズを関わらせたくない。

 けれどリズがリズである限り、無縁というワケにはいかないだろう。

 「皇女」であり、「神の最愛人」となるリズを、手に入れたがるヤカラは多い。

 政治は怖いけど、宗教はもっと怖い。

 ぬおおおおおお。

 アタシは思わず、自分が何処にいるのかも忘れて苦悩の余り身悶えた。

 その姿は、黒いカエルのぬいぐるみがのたうっているようにしか見えなかったコトだろう。

「あ、あの…、く、黒のケロタウロス様…?」

 躊躇いがちに呼ばれて、ハッと我に返る。

 気がつけば、侍従武官の四人もこちらを凝視していた。

 え~と。

 何か言うべきだろうか?

 けれども何を?

 五号は無口だ。

 うん。だから何も話さないでおこう。

 無口な五号じゃなくても、咄嗟に言葉は出てきそうにないけれど。

「………」

「あの…。もしかして、お痛いのであらせられるのでしょうか?」

 沈黙を続ける五号に、再び躊躇いがちな声がかかる。

 「お痛い」って、これまた微妙な敬語だな。

 なんて思いつつ、アタシは声の主を確かめる。

 振り返る必要もなく、ケロタンの視界は声の主を正確に捉えた。

 名前は確か、マール。

 本名じゃなくて愛称なのかもしれないけれど。

 キャリアは三年くらいの中堅侍女さんで、明るい栗色の髪に明るい緑の瞳をした、清楚な美人である。

 そのマールが、何故か五号の背後にいて、右手に糸の通った針を持っている。

 いや、正確に言えば、右手に糸の通った針を持ったマールの膝の上に、五号が座っている。

「………」

 二十歳を超えた人間としては、些か小っ恥ずかしいシチュエーションである。

 おおうっ。

 妙齢のお嬢さんが、オトコ(カエルだけど、布製品だけど)を軽々しく膝に乗せちゃいかんだろうがっ。

 と思わず叫びそうになったけど、今のアタシは無口な五号。

 沈黙は金、沈黙は金。

 と心の中で唱えつつ、グッと堪えた。

 どうやらマールさんに繕って貰っていたらしいと推理する。

 本来ケロタンは全員リズの寝ている部屋におかれているハズだ。

 なのに五号がリズの寝てる部屋じゃなくて、夜番の控えの部屋にいる理由はそういうコトなんだろう。

 よく考えたら、地下水道を文字通り怒濤の如く流されて、あげくに配水管までぶっこわしたんだから、しがない布製品でしかないケロタンが無傷であるはずがない。

「傷か?」

 端的に訊ねると、マールさんはおずおずと答えてくれた。

「あ、はい。あの、僅かなものですが、右腕の付け根と、左の白目と黒目の境と、左手の中指の先と、右足の膝の裏と…」

 あ、いや。

 そんなに事細かに言わなくても…。

 思わず静止しようと手を上げたけど、マールさんはガッシリとその手を取って、更に熱く語り始めた。

「今は亡き聖下のお手製のケロタウロス様をこの手で繕うことができるとは、なんという幸運でしょうっ!」

 いや、今までも色んな人に散々繕ってもらっていますが。

 主に一号が。

「聖下のお手の見事なこと! 技術的なことはさておき、一針一針に聖下の小聖下に対する溢れんばかりの愛情が感じられますっ!」

 見事と言いつつ、技術的なことはさておきって…。

 確かに、アディーリアにしてみれば、慣れない針仕事だったけど。

 そういうのは言わぬが花ってヤツじゃねえの?

 その後もマールさんは、ケロタンについて熱く語ろうとしたけれど、幸いなことにハーネルマイアーさんが間に割って入ってくれた。

「マール、その辺で…」

 勘弁してやって。

 という心の声が聞こえたような気がした。

 なので心の中でだけお礼を言っておく。

「あ、はい…。申し訳ございません」

 マールさんはまだまだ語り足りなさそうだったけど、引いてくれたのでホッとする。

 アディーリアの事が好きなのは、それはそれで嬉しいんだけど、過大評価を聞かされると逆にいたたまれない。

 ケロタンを作る時、失敗しては思いっきり悪態つきまくって、見かねた侍女さんに「お手伝いしましょうか?」とか言われては、逆に意固地になってブチ切れながらもどうにか完成させた。

 なんて真実を知っていればいる程に。

「黒のケロタウロス様、どうぞマールをご容赦ください。マールの母親はセラーディス・アディーリアにお仕え申し上げていたので…」

 そうセルリアンナさんに言われて、改めてマールの顔を見てみると、そういえば誰かに似ているような…?

 アタシはアディーリアの記憶を手繰り寄せる。

 髪の色は違うけど、瞳の色が同じで、目元が良く似ている。

「………ロディアナ?」

 そうだ。

 アディーリアに「お手伝いしましょうか?」と言った当の侍女さんである。

 アタシがそう呟くと、マールさんは「まあっ」と感極まったように手を合わせた。

「母をご存じでしたか!」

 リズに仕えている人達は、アディーリアに仕えていた人達と縁続きである事が多い。

 そしてアタシはもう一人、知っている人に良く似ている人物がいることに気がついた。

 髪の色は黒、瞳の色は濃い蒼。

 その色彩は、彼女とは似ても似つかない。

 けれども確かに、目元と口元に彼女の面影がある。

 筋の通った鼻と卵形の輪郭は多分父親譲りだろう。

 彼女は、ちょっと鼻が低めで、顔は小さいながらも丸顔だった。

 最初で最後の邂逅で見た、柔らかな笑顔が忘れられない。

 そんな柔らかな印象を、目の前の人物はそのまま受け継いでいる。

「ジェイディディア」

 思わずその名を呟くと、その人物は目を見開いた。

「母の事もご存じとは…」

 その人物、セルリアンナさんは、どこか苦い表情でそう言った。

 セルリアンナさんには、大神官が元クリシア国王だって、知ってたんだろうか?

 もしそうなら、大神官を殺す動機がある。

 セルリアンナさんだけじゃない。

 クリシア国王は、ヴィセリウス神官とすり替わってからは、人が変わったようにあくどくなった。

 沢山の恨みを買っている。

 けれど、大神官が死んだのは、そんな理由じゃなかった。

 ド変態は、知っていたんだ。

 イスマイルの新しい国王の即位式の前に、大神官が死ぬってコトを。

「黒のケロタウロス様。赤のケロタウロス様のおっしゃった事は…」

 苦いものでも飲み込んだような表情で、グィネヴィアさんが言う。

 アタシは、居並ぶ侍従武官達の顔を見た。

 そこには決意と覚悟があった。

 それは多分、殺人者になるという決意と、断罪される覚悟。

 彼女達は、望んですらいるのかもしれない。

 大神官の犯した、自殺という神教最大のタブーを隠すために。


ごんたろう様から、素敵なイラストをいただきました。

目次の下部にリンクを張ってあります。

ごんたろう様、ありがとうございましたm(_ _)m。キュートなイラストで、元気100倍です(*^_^*)。


誤字訂正しました。ご協力ありがとうございましm(_ _)mた。

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