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第八九話 カエルのゴーストは実在します その4

「ぎゃあああああっ!! こっち来んなぁああああ!!」

 アタシは走った。

 風よりも速く、音速よりも速く。

 てのは言い過ぎだけど、とにかく走った。

 ズウンッ、ズウンッ、と重厚感ありまくりの巨大カエルの追跡から逃れるために。

 喰われたら元に戻るのか?

 そうかもしれない。

 きっと、そうなんだろう。

 けれど、アタシの本能が逃げろと叫ぶ。

 所詮人間なんざ、食物連鎖の頂点には立てない永遠の中間管理職。

 純然たる捕食者に追いかけられれば、逃げ出してしまうものなのだ。

「ぎぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 叫びながら走るとスピードは落ちるが、それでも叫ばずにはいられない。

 バシュッ!!

 長い長いカエルの舌が、背後に迫る。

 ベチョッ!!

 湿った音が足下を掬いそうになるのを、間一髪でなんとか避ける。

 しっかし、コレ、何時まで逃げりゃあいいんだ??

 夢だから体力の限界はないけど、気力の限界はある。

 ズウンッ!

 バシュッ!

 ベチョッ!

 ズウンッ!

 バシュッ!

 ベチョッ!

「いぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 誰か何とかして!

 誰か何とかすればっ!

 誰か何とかする時っ!

 誰か何とか。

「しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 アタシは力の限り叫んだ。

 叫んだけど、「誰か」の出現を期待したワケじゃない。

 ていうか、逆に出てきたらイヤだ。

 こんな状況で出てくる「誰か」なんて怪しすぎる。

 ワラにも縋る、何て言うけど、そんな怪しいワラは断じてイヤだ。

 なんてコトを思って走っていると。

「うおぁっ」

 足がもつれてすっ転んでしまった。

 ズウンッ!

 巨大カエルの足音が背後に迫る。

 反射的に振り返ると、視線が巨大カエルの目とぶつかった。

 カエルはギョロリと目をむくと、ズオオオオオッと大きな口をゆっくりと開き始めた。

 その姿はまるで、火を吹く前の巨神兵。

 ヤバいっ!

 立ち上がろうとするけれど、縦長の虹彩に縫い付けられでもしたかのように身体が動かなかった。

 するとその時。

 キキ――ッ!!

 突如黒い影が、カエルとアタシの間に割って入った。

「かうんたっく!?」

 それは見覚えのある、やたらと角張った黒い車。

 そのドアがギュインッと上に開き。

「違うぞ! 澄香! デロリアンだっ!!!」

「お父さん!?」

「澄香! 乗りなさいっ!!」

「お母さん!?」

 カエルのお面を被っている大人なんて、間違いなく縋りたくないワラである。

 けれど二人はアタシの両親なのだ。

 お面を被っていようと。

 マニアックな車に乗っていようと。

 多分。

 きっと。

 十中八九。

「「早くっ!!」」

 不信感は百パーセントぬぐえなくても、迷っている暇はなかった。

「はっ早くっ!! 出して出して出してっ!!」

 けたたましく怒鳴りながらアタシが後部座席に乗り込むと、ドアが閉まりきるよりも先に車は走り出した。

「澄香っ! シートベルトをしなさいっ!!」

 お母さんがそう叫んだ瞬間、ガタンッと車が大きく揺れた。

 反射的に振り返ると、カエルの舌が後ろの窓に張り付いていた。

「ぎゃあっ! くっ喰われるっ!!」

「振り切るぞっ!!」

「どどどどうやって!?」

「心配するな! 澄香! このデロリアンはホバー・コンバージョン装備済みだ!」

 意味分かんねえよっ!

 そうツッコミたかったけど、べったりと窓に張り付く赤い舌に圧倒されて声が出ない。

「いっくぞ~~! スイッチ! オンッ!!」

 場違いな程の上機嫌でお父さんがそう叫ぶと、ふわりと身体が浮いたような気がした。

 その次の瞬間には、ガクンッと顔面ごと後部座席に押しつけられる。

「あははははははははははははっ!」

「お、お父さん、笑い過ぎっ! 怖いよっ!!」

 痛む顔面を押さえながら運転席を振り返ると、お父さんが、お父さんがっ。

 ……子供として、いや人として何も言うまい。

 お父さんの名誉のために、そして大切な両親との思い出のために。

「澄香、だから言ったでしょう。お父さんは病気だって」

 お母さんの励ますでも慰めるでもない冷静な声は、逃れられない宿命的な何かをアタシに植え付けた。

 うう、今にも目からしょっぱい汗が流れそうだ。

「あはははははは! はあはあはあはあっ。澄香っ! 窓の外を見てみろっ!」

 視界が滲んでよく見えないよ、お父さ…。

「って、ええええええええ!?」

 外の光景を目にした途端、アタシはビタンッと窓に額を押しつけた。

「と、飛んでる!?」

 そう。

 何とかアンは飛んでいた。

 窓に張り付いて見下ろせば、あれ程巨大だったカエルの姿が、見る見る間に小さくなっていく。

 巨大カエルは悔しげに跳ねては舌を伸ばしているものの、空を飛べないカエルはアタシ達を見送るしかないらしかった。

「どうだっ! 澄香! 凄いだろうっ!」

「うん! 凄いよ、いやマジでっ!」

 アタシはお父さんの言葉に素直に頷いた。

 こんな明らかに型の古そうな車が、飛ぶとは思ってもみなかったのだ。

「これぞホバー・コンバージョン! 二〇一五年の技術だ!!」

「マジで!? あと五年で、車が飛ぶの!?」

「なわけないだろうっ! できたとしても国交省が許可出すかっ!」

「ええ!? そこだけ現実的!?」

 危機を脱したことで何時もの調子を取り戻したアタシは、ツッコむ気力も取り戻す。

 ついでに言えば冷静さも取り戻したアタシは、改めて状況を振り返った。

「あのさ。今この状況で言うのも何なんだけれどさ、本当に逃げてよかったのかな? カエルに食べられないと元の場所に戻れないんじゃないの?」

「そうじゃないわ、澄香。第一アレはウチのカエルじゃないもの」

「ウチのカエル??」

 というのは、例の五匹のカエルのコトか?

 多分そうなんだろうけど、アタシとあのカエル共との関係は「ウチの」と所有格が付くようなモノだったっけ?

 それじゃあまるで、アタシが好きこのんであのカエル共を飼っているみたいじゃないか。

 どちらかと言えば、というか明らかに、勝手にアタシの夢に住んでるって感じなんだけど。

 ていうか。

 そもそも、あのカエル共ってのは一体何なんだろう?

 アタシをケロタンの元に転送したり、アタシとチビアディーを飲み込んでジェイディディアの夢に送り込んだり。

 これまでも何度か考えてみたけれど、答えは一向に見つからない。

 神サマだとか精霊だとかって答えはお呼びじゃない。

 いや、ここまでくるとぶっちゃけもうそれでもいいとは思うけど、じゃあ神サマだとか精霊だとかってのは一体何なんだって話になる。

 近代科学を植え込まれたアタシの脳ミソは、神だとか精霊だとかで停止できる思考回路を持っていないのだ。

 問題は、思考を突き詰めるだけの頭脳を持ち合わせていないってコトである。

 アタシは両親の後ろ姿をジッと見つめた。。

 もうちょっと、いやもっと大分、頭良く生んで欲しかった。

 なんてコトを思っていると、バックミラー越しにお父さんと目が合った。

「ん? どうした澄香? ひょっとしてあのカエルに飲み込まれたかったのか?」

「なわけねえだろうっ。思いっきり逃げてただろうがっ」

「いいか、澄香。アレに飲み込まれたら、別の夢に取り込まれるだけだぞ?」

「え? そうなの?? じゃなくってっ! 人の話聞けよっ!!」

「澄香。アレはカエルであってカエルじゃないカエルなの」

「お母さんまで、ワケの分かんないコトを!?」

「澄香にはカエルに見えても、他の誰かにはイグアナに見えるかもしれないわ」

「なんでソコでイグアナ!?」

「あら、だってお母さん、イグアナ飼いたかったんだもの」

「ええ? そうなの??」

 今明かされる母の真実??

「お父さんは、カエルでいいだぞ! 澄香とおんなじで!」

「『おんなじ』じゃねえわっ! 別にカエル飼いたかねえしっ!」

「澄香…、お父さんへの扱いがますます酷くなるなあ」

「なんでそこで頬を赤らめてんだよっ! 変態か!? 変態なのか!?」

 この時、アタシはつくづくと思ったね。

 遺伝子をフル活用したところで、ムリだろう。

 少なくともこの父親の遺伝子を受け継いでたんじゃあ、神サマの向こう側へと思考を飛躍させるなんてのは、夢のまた夢に違いない。

 そして大変困ったことに、アタシの両親は絶対この二人でなくっちゃいけないのだ。

「てかさ、ドコに向かってるワケ?」

 アタシは窓の外を眺めながら、ポツリと訊いた。

 流れゆく風景は果てしない程の暗闇で、取りあえず走っていると分かるのは、身体に感じる振動と静かとは言い難いエンジン音があるからだ。

「勿論! 澄香の行きたいところだ!」

 父親のハイテンションな声が耳よりも心にイタイ。

「だからドコ?」

「タイムサーキットは、皇後暦八三五年カレーズの月二六日にセットしてあるわ」

「何でお母さんが向こうの暦知ってンの??」

「あら、だって。お母さんはお母さんであってお母さんじゃないお母さんだもの」

「えええ?? お母さん!?」

「お父さんもお父さんであってお父さんじゃないお父さんだぞうっ!」

「うっさいわっ! クソジジイ!」

「お母さんとのあからさまな扱いの違い! お父さん、ちょっとトキめいちゃったぞっ!」

「キモイわっ! ボケッ!!」

 この時アタシは父親にツッコムことに集中しすぎて、辺りが徐々に白くなっていってることに気がつかなかった。

「澄香! そういう時は、『お父さんなんか大っ嫌い』って言うんだぞ!」

「絶対言わないっ! 逆に絶対言わないからっ!」

「ふふ。澄香は、お父さんが大好きだものね」

「違うからっ! お母さん、違うから!」

 力の限りそう叫んだ瞬間。

 パァアアアアアと、白い光の奔流に飲み込まれた。

 これがホワイトホールだぞ~~~ん!

 遠くに、お父さんの間の抜けた声が聞こえたような気がした。























「……様、……のケロタウロス様」

 誰かが呼ぶ声がして、ぼやけた視界がクリアになっていく。

 直ぐに目に入ったのは、蝋燭の灯にゆらゆらと揺らめく胡散臭げな民芸品。

 少し視線を下げれば、赤いカエルのぬいぐるみに話しかける侍従武官達。

「赤のケロタウロス様!?」

「これは…。どうしたものか…」

「突然動かなくなられてしまうなんて」

「もしや、この状態で丸投げ?」

「さて、王佐達の処遇は如何に…」

 ……………どうやら離宮に無事戻ってきたらしい。

 アタシはホッと脱力するとともに心の中で呟いた。

 ゴメンナサイ。

 状況から鑑みるに、ムダメン共を拉致監禁した直後だとは思うけど。

 妙齢の女性達がこぞって赤いカエルのぬいぐるみに詰め寄っている姿は、ぶっちゃけ言って相当ヤバい。けれどアタシは心ある人間だから、敢えてソコはツッコムまい。

 ま、国の重要人物を監禁させておいていなくなったとなりゃ、そりゃ彼女達だって困るわな。

 てことで。

 アタシは自分が何号に入っているのか確かめた。

 手元を見れば、ツルンツルンの黒い掌。

 発達した水掻きも吸盤もない指は、他のケロタンよりも若干長い。

 五号か…。

 アタシは掌をグッパグッパと開閉しながら、考えを巡らせる。

 五号は無口な厭世家である。

 この状況で「無口」って…。

 う~ん。

 うぅ~~~~~~~~ん。

 ま、何とかなるだろう。

 多分。


作中時間は2010年です。

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