Prologue
目の前に、ちょっとどうかと思うくらいイイ男どもがいる。
一人は、おとぎ話にでも出てきそうな見事な金髪翠眼。けれど王子様ってんじゃなくて、騎士って感じのマジメで堅物そうな男。
一人は、明るい茶色の髪に真っ青な瞳の持ち主。金髪翠眼と同じ服装だから、多分こっちも騎士なのだろう。着崩した制服からは、茶目っ気と色気がだだ漏れな感じ。
一人は、暗褐色の肌に黒髪黒目の、物静かな笑みをたたえた男。体格は先の二人より細身で、文官って感じかな。
一人は、綿菓子みたいにふわふわの銀髪に神秘的な紫の瞳をもつ、ちょっとマッドな雰囲気のインテリメガネ。個人的には、是非白衣を着てほしい。
そしてアニメには一人はほしい、濃紺なんてあり得ない髪の色の男。左右対称の完璧な造作は、無表情すぎて作り物めいて見える。
よくまあ揃えたもんだと感心したくなるくらい、異なる魅力の男たち。
全くもってよりどりみどり。
ああ、これが噂に聞く、女なら一度は夢見る逆ハーってやつなのね。
けどアタシはちっとも喜べない。
「貴様、一体何だ…」
濃紺の男の、腰にきそうな重低音の声。けれども地獄の底から響いてきてることは、多分きっと間違いない。
ヒタリとアタシに向けられた眼差しは、凍傷でも起こしそうなほど冷たい。金色の光彩が、これまたよけいに怖さを煽る。いや鉄面皮だから怖いのか?。
「ええと…」
言葉を濁しながら、アタシはどう答えるべきか考えた。
「言え」
抑制のきいた声でそう言って、金髪の男が白刃を突きつける。
目の前に突きつけられたそれは、間違いなく本物だ。
うわお、真剣。初めて見た。正直怖い。
かといって、本当のことを話すわけにもいかない。
「うう~~ん」
どう言ってこの場をやり過ごそうかと頭をひねる。
そんなアタシの目の前に、ふわふわ銀髪の男がしゃがみ込み、にっこり笑って言った。
「答えなくていいから、バラバラにしていい?」
おおっと、出ました! マッドな発言。
銀髪紫眼の男は、期待に違わずマッドです!
「いやあ、それはちょっと。あんたのことは自業自得としても、罪もない一族郎党首全員チョンパってのは、さすがに良心が痛むから」
「はあ?」
男たちが、何言ってやがんだコイツって顔で見下ろしてくる。
それにしても、こいつらデカいな。全員絶対百八十超えてるし、金髪なんか、たぶん二メートルいってるよ。
アタシは百五十八センチ。日本人としては平均的な身長だとは思うけど。世界が違っても、悲しいかなモンゴロイドはやっぱり小さいらしい。
「ふう~ん。ひょっとして、脅してるのかい? オレ達を。それともお茶目な冗談かな?」
どこか楽しそうな声色で、茶髪の男が言った。キラキラした青い眼が、完全に面白がっていることを物語っている。そのくせ眼の奥にある光は、どこか怖い。こういうタイプは、キレるとやばい。多分絶対、性格悪い。
「いやあ、冗談にしたいのは山々なんだけど」
アタシは日本人の得意技、ザ・曖昧笑いをかましたかったが、今の体でそれができたかどうかは不明だ。こんど鏡の前でやってみよう。
そんなことを考えつつ、アタシは言った。
「これがまた、純然たる事実なんだよね~」
そう。
純然たる事実。
王族への不敬罪は、最悪、一族郎党にまで累が及ぶ。
アタシは王族じゃないけど、アタシは王族の所有物。王族のモノを壊して、無事ではいられない。
「大丈夫。完全に燃やしてしまえ、誰にもわかりませんよ。」
おおう。黒髪の彼が、とんでもなく優しげな口調で、これまたえげつないことをっ。
くどくもなく、あっさりとしすぎてもいない。すっきりとした顔立ちの彼。
一番好みなんだけど! 一番ひどい!?
「ふむ。それもどうだな」
濃紺の髪の男が納得顔でそう言って、うちひしがれているアタシの頭をムンズとつかんだ。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! げふっ!」
アタシはあまりのくすぐったさに思わず笑って、驚いた男に思いっきり壁に投げつけられた。
ベタンッと、嫌な音がした。
けど、痛くはない。痛くはないけど、むかついた。
アタシは、スックと立ち上がって振り返った。
そして満面の笑顔を作る。
男どもは見事に眼福モノの顔を引きつらせ、なんだか奇妙なモノをみるかのようにこちらをみている。
明らかに先ほどよりも引き気味だ。
怒るときは、満面の笑顔で怒るべし。
うん、親友の恵美ちゃんの言ったことは至極正しい。
「酷いなあ。ったく、これが小動物なら即死だよ。小動物を殺すのは、猟奇殺人の兆候だって言うし。あんた、ちょっとってか、相当やばいよ。心のビョーキだね」
アタシは、一歩、また一歩と、男達に近づいてゆく。
男達は、微妙にだけど、ちょっとずつ後ずさっていく。
「お前が、突然笑うからだろう!」
「だって、急にくすぐるし。そんなにオレと仲良しになりたいのなら、言えばいいのに」
「なりたいわけあるか!」
「そもそもくすぐってないだろうっ。頭を鷲掴みにしただけだろうっ」
「うん、そうだね。思いっきり力任せに掴んでくれちゃってさ。頭変形しちゃって、びっくりするくらい視界がゆがんだよ。視界ってあんなにゆがむもんなんだねえ」
いや、あのゆがみ具合は、マジで感じ入ったね。
「でもあんたの心の歪みは、きっとあんなもんじゃないんだろうね」
「何なんだ! 貴様一体なんなんだ!」
金髪の騎士様がほとんど叫ぶようにそう言って、剣先を向けてくる。
けど、近づいてはこない。心持ち、腰がひけてる。
ううん、百戦錬磨の猛者(推定)すら、怖じ気づかせてしまったか。
ふと窓の外を見る。
この世界では貴重なガラスをはめ込んだ大きな窓の向こうで、ほんのわずかだけれど藍色に白が混ざり始めている。
夜明けが近い。
つまりはタイムリミット。
その証拠に、頭の奥で耳に馴染んだ電子音が鳴っている。
アタシはフッと笑って、芝居がかった口調で言った。
「ある時は炎のように激しく、ある時は水のごとく静かに、またある時は風とともに飛翔し、またある時は闇にとけ込む。しかしてその正体は!」
「「「「「その正体は!?」」」」」
「あ。ごめーん、タイムリミットだわ。悪いけど、コレ、第三王女のとこまで持ってっといて」
そしてアタシは去った。
アタシの抜け殻、先王第四正妃のお手製ぬいぐるみ、カエルのケロタン二号を残して。
ピピピピピ。
聞き慣れた電子音で目が覚める。
寝起きの悪いアタシはぼんやりとしたまま時計を見る。
六時十五分。
六時じゃなくて、六時十五分なのは、ちょっとでも寝ていたい心理の表れだ。
我ながら寝汚い。
そんなことを思いながら、一つ大きくため息をつく。
いいんだか悪いんだかわからない夢を見た。
小さい頃から見る夢は、ほとんど連ドラを見てる気分だ。
今日は珍しく、いい男はいっぱい出てきたなと思う。
けれど、そのいい男達に思いっきり不審者扱いされた。
いや、不審物扱いされた。
いやまあ無理もない。アタシだって立場が逆なら、不審物扱いするだろう。
いやむしろ、即刻焼却炉に投げ込むだろう。
あ~あ。
アタシは思いっきり背伸びして、起きろと頭と体に言い聞かせる。
それにしたってさ。
肝心のヒロインがカエルのぬいぐるみじゃあ、逆ハーにはなりそうもない。