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ナタリアを取り巻く状況は、日に日に悪くなった。
母が亡くなって父がやってきた当初は、母や祖父母を慕っている使用人が大勢いた。当然ナタリアに対する扱いがあまりにもひどいと、使用人たちは黙っていなかった。
『ナタリアお嬢様は何も悪くないではありませんか。どうしてそのような事をなさるのです?』
『お嬢様に使用人の仕事を教えろだなんて、私にはそのようなことはできません』
部屋がなくなったときも、父に手を上げられたときも、使用人はそうして庇ってくれた。使用人が主人にたてつくのは並大抵のことではない。それでも彼、彼女たちはナタリアに味方してくれたのだ。
だけどそんな使用人たちを、父とミゲラは追い詰めていった。
『いつ辞めさせてもいいんだぞ』
父はそう言って、見せしめのように本当に何人もを辞めさせてしまった。
使用人たちにも生活があることをナタリアは知っている。中には年嵩であったり、次の仕事を見つけるのが難しいだろう使用人もいた。紹介状もなく叩き出された彼らはどうなったのだろう。それを知る術がナタリアにないのは、もしかしたら幸いなことかもしれなかった。
『私に従わない使用人など必要ない。だが、おまえが私に逆らわなければ、彼らを置いてやってもいいぞ?』
父はニヤリと笑い、脅しのように言った。
だけど伯爵家に居続けられればいいのかというと、そういうわけでもなかった。
ナタリアを庇った使用人の一人は、飾ってあった皿を一枚割ってしまったために借金を背負わせられ、タダ同然で働かされるようになった。その皿だって本当に彼が割ったのかは怪しい。だけどたしかに彼が掃除をした場所で皿は割れていたので、彼でないという証拠を見つけることは難しかった。
また別の侍女は、妹のパウラにドレスを着付けた時にわざと強く締められて具合が悪くなったと言われ、もう年嵩なのに体力を使う仕事に移された。掃除洗濯に雑用。彼女は使用人の中で序列の高い侍女だったのに、どれも入ったばかりの新人使用人がやるような仕事ばかりだ。
また別の使用人は、自分の持ち物の中に見覚えのないブローチが入っていたとナタリアに申し出た。その場でミゲラに見つかり、主人のブローチを盗んだ罪で訴えると脅された。
『わたしが取ってくるように言ったのです。だって素敵だったのですもの』
ナタリアが咄嗟にそう発言して取り成した。使用人は平民だ。たとえ冤罪であろうと、父が盗まれたと証言すればそうなってしまうし、彼女がどうなってしまうかわからない。
『まぁ、素敵だからという理由で人のものを盗るなんて、本当に卑しいこと。おまえの母にそっくりだわ』
もちろんナタリアが取ってこさせたわけではないし、その使用人が盗ったなんてこともない。おそらく最初からナタリアを貶めるつもりだったのだろう。ミゲラ側の誰かが仕込んだのだと思っているが、証拠もなければ、ナタリアが犯人になる以外に庇う手立てもなかった。
ナタリアの悪評の一つに「欲しいものは何でも盗む常識のない娘」というものが加わった。
ナタリアに味方しようとすればするだけ、それが気に入らない父やミゲラは使用人をいろいろな方法で苦しめ、ナタリアを脅した。
母はずっと「使用人も伯爵家の一員」と言い、大切にしていた。ナタリアにとっても守るべき家族の一員だ。そんな彼らが一人、また一人と苦しい状況に陥り、もしくは伯爵邸を去っていく。だけどナタリアにそれを止めることはできなかった。祖父母も母もいなくなり、ナタリアはまだ十歳にも満たない少女。家の使用人に関する権限は父が握っていた。
ナタリアは大好きな使用人たちを見送りながら泣いた。だけどできることは何もなかった。ただこれ以上使用人たちに類が及ばないように、父に従うことしかできなかった。
父は辞めさせた使用人の分、父やミゲラたちに従う使用人を新たに雇い入れ、ナタリアたちの肩身は少しずつ狭くなっていった。
使用人の実権を握っているのは、新しく任命された執事長と侍女長だった。彼らは当然、父とミゲラ側の人間だ。彼らの気分次第で、使用人たちはどうにでもなった。告げ口をされれば辞めさせられることもあったし、もっとひどいことになる時だってあった。
元からいた使用人の一部は実際に父たちに従うようになった。それも仕方がないことだとナタリアは思う。使用人にも生活があるし、誰だって辞めさせられたりひどい目に遭うよりは長いものに巻かれておいたほうがいいと思うものだ。
ナタリアからそうするように提案もした。ナタリアのことは気にせず、もし行く当てがあるのなら辞めたほうがいい、もし伯爵家に留まるのならナタリアに関わらない方がいい。
だけどそれでも多くの使用人は、ナタリアの提案には乗らなかった。
新人使用人のような仕事に移された侍女は「おかげでお嬢様と一緒に仕事ができます」と笑って仕事を丁寧に教えてくれた。
ブローチを盗んだと言われた使用人にいたっては「一生ついていきます」とまで言ってくれた。
多くの使用人たちが表向き父とミゲラ、執事長たちに従っているように見せかけて、ナタリアを支えようと必死になった。
ナタリアが正気を保ったまま成長できたのは、彼らのおかげだと思っている。
今日から一日一話投稿予定です。