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 母が亡くなってから一月もたたない内に、父は別の女性と女の子を連れてきた。


「おまえの新しい母のミゲラと、妹のパウラだ。母の言う事をよく聞き、妹と仲良くしなさい」


 わけが分からなかった。

 何よりも、母が死んだばかりだというのに嬉しそうに笑っている父が信じられなかった。


 ナタリアの一歳下の妹だというパウラは父と同じ緑の瞳をしていて、顔もどこか父と似ていた。本当にわけが分からない。


「わたくしのことは『おかあさま』と呼んでくださって結構よ」


 新しい母だという女性は、ナタリアを値踏みするような目で見ながらツンと言い放った。


 あとから思い返してみればの話だが、最初はその「新しい母」にも歩み寄ってくれるつもりが少しだけ、ちょっとくらいは、ほんのわずかにはあったのかもしれない。もしかしたらだけど、その時ナタリアが「おかあさま」と彼女のことを呼び、媚びへつらい従順に彼女にとってのイイコを演じられたなら、少しは関係が変わったのかもしれない。


 だけど最愛の母を失ったばかりの八歳のナタリアに、いきなり現れた誰とも知らない女性を母と呼ぶことがどうしてできただろう。

 ナタリアにとって、お母様は母だけだ。彼女に大好きな母の座を踏みにじられるような気がした。彼女を「おかあさま」と呼ぶことなど、できるはずもなかった。


 そうでなくとも元々内気で人見知りのナタリアだ。初めて会った女性と妹だという少女にどうして懐くことなどできただろう。



 その日から、ナタリアの日常は一変した。


 あまり家にいなかったはずの父は、母という枷がなくなった途端に自分がこの家の主であると主張し、威張り散らすようになった。


 ミゲラは懐かないナタリアをこの伯爵家の娘であると認識するのを早々にやめたらしい。ナタリアが同じ食卓につくのを禁じ、使用人がする仕事を命じるようになった。


 ナタリアは使っていた部屋へ急に入ることを禁じられ、中身ごと妹のものになった。


「ここはパウラの部屋よ」

「どうして……、わたしの部屋よ!」

「おまえの部屋など、ここにはないの。だけど、そうね、あちらならば使ってもいいわよ」


 代わりにナタリアに与えられたのは使用人の部屋だった。貴族区域でもない、使用人区域にある部屋だ。


「この家にいさせてあげているのだから、ありがたく思いなさい」


 ミゲラとパウラはナタリアの全てを奪っていった。あとからやってきたのはミゲラたちのほうなのに、まるで最初から彼女のものであったかのような振舞いをした。


 妹だというパウラは、最初からナタリアを姉だとは見なかった。父からは仲良くするようにと言われたけれど、パウラにはそのつもりがないようだった。ナタリアの部屋がまるごと自分のものになっても、それが当然であるように思っているようだった。


 ナタリアが奪われた物の中には、セシリオからの贈り物のネックレスもあった。宝石箱に大切にしまってあった。だけど宝石箱が置かれた部屋ごと取られたからだ。

 ミゲラたちがやってきてしばらく経ったある日、ナタリアはパウラがそのネックレスをつけているのを目にした。その頃にはもうほとんど何も言えなくなっていたが、それだけは譲れなかった。


「それはわたしのよ。返して!」

「どうして?」

「大切な人からもらったものなの。返して。何もかもを奪わないでよ」


 内気なナタリアには珍しく、叫ぶように訴える。

 パウラは首から下げているネックレスを手で触れて眺めてから、キッとナタリアを睨み返した。


「奪っていたのはあなたのほうでしょう? お母様が言ってたの。本当はお父様と結婚するのはお母様だったのに、あなたのお母様に奪われたって」

「……え?」

「わたしのお父様とお母様が結婚していれば、あなたが今まで過ごしていた場所はわたしのものだったのよ! あなたの服も、ベッドも、部屋も、なにもかも。本当はわたしの物のはずだったのに、あなたが奪っていたんでしょ!」


 意味がわからなかった。

 母が父を奪った?

 本当はすべてパウラの物だった?


 ナタリアは父と母が結婚した経緯までは知らない。だけど父と母の仲を見ていれば、少なくとも母が望んだとは考えられなかった。

 それに元々伯爵家は母の家で、当主だった祖父母は母の両親。つまりパウラは伯爵家の血を継いでいない。それなのに「わたしの物だった」と主張するのは無理がある。

 だけどパウラはそう聞かされて育ったのか、そう信じているようだった。


「やっと返してもらったのはわたしの方なのに、なんでそれをまた返さなきゃいけないのよ!」

「何を騒いでいる?」


 ナタリアたちの声が聞こえたのか、父が部屋から出てきた。パウラはスッと父の横に移動する。


「お父様。ナタリアがこのネックレスを返せと言うの。わたしが奪ったんだって、わたしを泥棒扱いするのよ。これはわたしのものでしょ?」


 パウラはまるで悪いと思っていない様子で父を見上げる。


「お父様、違います。それはわたしが大切な人からもらったものなの。返してください」


 ナタリアは父に訴えた。だけど父はパウラには大丈夫だというように笑いかけ、ナタリアには鋭い視線を送った。


「ナタリア、私はお前にパウラと仲良くするようにと言ったはずだ。私の言いつけを守れないのか?」

「そういうことではなくて……」

「私に逆らってもいいとでも思っているのか? ここで一番偉いのは自分だとでも思っているようだな。しばらく書庫で反省しなさい」

「お父様!」


 書庫は薄暗くて埃っぽい。ナタリアはそこに閉じ込められ、出してもらえたのは夕食がとっくにすんだ時間だった。その日のナタリアの夕食はなかった。

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〈ドアマット〉あるある。 親戚とかは、なんで機能しないのですかね?
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