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それから一年。
会う機会は多いわけではないけれど、セシリオとナタリアは結婚したら何をするか、二人でたくさん話した。まだ七歳程度の子供だったから、結婚ということを知ってはいても、ちゃんと理解していたわけではない。後から思い返せば馬鹿だなと思うような話もいっぱいした。
ナタリアが卵が好きだと言ったから、庭で百羽の鶏を飼うことになって、鳥小屋を作る計画を立てた。セシリオがミルクが好きだと言ったから、牛も十頭飼うことになって、柵も作らなきゃいけなくなった。イチゴはそのまま食べるだけじゃなくてジャムにもするから広い畑が必要だ。りんごの木がないといけない。栗の木とオレンジの木とブドウの木もほしい。
どこに何を作るべきか、二人で庭を歩き回りながら真剣に悩んだ。ルシエンテス伯爵家の庭は広いが、庭師が聞いたらきっと泣く。
この国では婚約できるのは十五歳、結婚できるのは成人となる十七歳からだ。だから口約束にすぎなかった。しかも子供二人の。
だけど二人の中では将来結婚するのは決定事項になった。まだ子供だったセシリオとナタリアは、当然将来そうなるものだと疑う事はなかった。
「これ、僕からの贈り物」
予定外にセシリオが彼の母であるビセンテ公爵夫人と共にやってきた日。セシリオはラッピングされた小箱をナタリアに差し出した。贈り物だと言っているのに、セシリオの表情はどこか沈んでいる。
開けていいか確認してからラッピングを外して箱を開くと、宝石が一つだけついたネックレスが入っていた。
「あら……」
一緒にいたナタリアの母が困惑したように公爵夫人に視線を送る。大人びたデザインのそのネックレスは、子供がする贈り物にはまだ早い。公爵家も伯爵家もお金は潤沢にあるが、子供同士で高額のものを贈り合うことはしないのが一般的だ。
公爵夫人は苦笑して母に向かって小さく頷いてから、ナタリアに目線を合わせた。
「もらってあげてくれる? セシリオが自分で選んだのよ。すごく悩んでそれにしたの」
ナタリアの小指の先くらいの小さな宝石は薄い黄色で透き通っている。セシリオの金の瞳を薄めたような色だとナタリアは思った。
「僕、しばらく母上の国に行くことになったんだ。おじい様の具合がよくないんだって」
ビセンテ公爵夫人は海を隔てた隣国の出身だ。一時的にそちらの国へ戻るらしい。
「しばらくってどのくらい?」
「二年か三年って言ってた。だからそれは三年分の贈り物。帰ってくるまで贈れないから」
「……ありがとう。大事にする」
プレゼントをもらって嬉しいはずなのに喜べない。ナタリアはその宝石を見入るふりをして俯いた。
「ごめん。わたし知らなかったから、何も贈り物を準備してないの」
気にしないでと言うように、セシリオは首を横に振る。そしてわざと明るく笑った。
「しばらくあっちの国にいるから、そこで学校にも行くんだって。だからいっぱい勉強してくる」
「脱走しちゃダメだよ」
「しないよ。それからこっちの国にないものとかいっぱい見て、ナタリアに教えてあげる。おみやげもいっぱいもってくる」
「うん、楽しみだな」
おみやげなんていらないから、行かないでほしい。そう言ったところで変わらないのはわかるのに、駄々をこねたくなった。泣きそうになった。それをぐっとこらえて笑ってみせる。
セシリオは唇をぎゅっと結んで拳を握ったあと、ナタリアをまっすぐに見た。
「ナタリアに相応しい男になって戻ってくるから、僕のことを待ってて」
セシリオは「約束だよ」と言って小指を出した。
ナタリアは「うん、約束」と言ってその指に自分の小指を絡めた。
そしてセシリオは公爵夫人に連れられて行ってしまった。
ずいぶん大人びたセリフだったと思う。三年経ったところでまだ十歳を少し過ぎた程度。大人の男性になるわけでもないのに。
セシリオに言われた通り、ナタリアは待った。セシリオは行ったきりではなく、必ず帰ってくるのだと信じた。
だけど二年経っても、三年経っても、そして五年が経っても、セシリオが戻ってくることはなかった。