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母が王女に転生したそうです  作者: 海野はな


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 それから半年が過ぎた、ある晴れた日。

 ナタリアはセシリオとフランシスカと共に、教会の裏手にある墓地を訪れていた。少し小高くなった一角は、代々のルシエンテス伯爵家の者が眠る場所だ。


 そこで時間をかけて祈りを捧げているのはフランシスカだ。祈り終えたナタリアとセシリオは少し後ろからそれを見守っている。


 しばらく時間を過ごしたあと、フランシスカは立ち上がって踵を返した。


「満足したか?」


 セシリオが問う。フランシスカはどこか釈然としない様子で小さく溜息をついた。


「自分の墓参りをするって、不思議な気分ね」

「そりゃ、そうだろうね。僕には想像もつかないよ」


 ここはアデリナの墓。たしかにアデリナという女性は、もう亡くなっている。

 セシリオは肩をすくめた。きっとセシリオでなくても想像がつかないだろう。過去の自分が眠る場所を訪れることなんて、普通はあるはずがないのだ。


「わたしも不思議な気分です。お母様は眠っているのに、だけど現実にも確かにいるから。心の中でお墓のお母様に話しかけながら、でも何を報告したらいいのだろうって思ってしまいました」


 ナタリアがこの場所に来たのは、アデリナが亡くなった葬儀のとき以来のことだ。その後は墓参りを許される状況ではなく、そしてディエゴたちを辺境へ見送り外出できるようになったときにはフランシスカがいた。


 忙しくてこられなかった、というのは事実だけど言い訳だ。フランシスカがいるのに墓に行くのはどうなのだろう、という変な遠慮があったのだ。


「でも今日ここに来られて良かったです」

「そうね、わたくしもそう思う」


 行きましょうか、と墓を背に歩き始めたフランシスカの足取りは軽く、心なしか表情も晴れ晴れとしているように見えた。


 三人で馬車に乗り込む。ガタガタと動き出すと、馬車は急ぐことなくゆっくりと進んでいく。


「フランはこれからどうするんだ?」

「あら、邪魔だ、さっさといなくなれ、みたいな言い方しないでくれる?」

「してないだろ。被害妄想甚だしいんじゃない?」


 フランシスカがムッとした顔をセシリオに向け、セシリオはそれに軽く返す。いつものやりとりにナタリアはクスッと笑う。異母兄妹の二人は仲が良い。ナタリアとパウラは同じように母が違う姉妹だけど、こんな関係とは全く違ったから、少し羨ましい。


「まだまだ伯爵家に居座ってやるわよ。これからもずっと。……と言いたいけれど」


 そこで言葉を切って、フランシスカは一度窓の外を見た。ルシエンテスの街並みが見える。それからフランシスカはナタリアとセシリオを交互に見た。


「今日お墓で過去のアデリナに感謝と謝罪をしてきたの。わたくしがアデリナであることは間違いないのだけれど、今はもうフランシスカだから、これからはフランシスカとして生きるわって」

「フランシスカとして?」

「そう。ここにいると、わたくしはどうしてもアデリナに近くなる。母としてナタリアを導かなきゃ、伯爵家をなんとかしなきゃ、って当主だったころに戻ったように考えてしまうの。だけどナタリアも成人を迎えたことだし、それはもうわたくしの役目ではないでしょう」


 ナタリアは先日十七歳の誕生日を迎え、この国の成人となった。同時に爵位を継ぐことが可能になり、実質ルシエンテス伯爵となった。実質、と付くのは、伯爵位の継承は王宮にて国王から直接、爵位の継承を認める、という証書を授かって初めて正式に伯爵となるからだ。ナタリアはまだ王宮へは行けていない。

 だけどフランシスカの働きかけもあり、国王から成人と共に実質伯爵として認めるという簡易的な許可をもらっている。覆ることはないだろう。


「だからといって、伯爵家を去ろうとは思っていないのよ。今までと同じように、王宮と伯爵家を行ったり来たりするつもり。セシリオは邪魔だと思うかもしれないけどね」

「だからそんなこと思ってないって」


 フランシスカはクスッと笑う。


「わたくし、成人までは王宮と伯爵家で好き放題してやろうと思っているの」

「成人まで?」

「わたくし王女だから、成人したら結婚させられそうでしょ? でももうこりごり。結婚なんてしたくないわ。だからそうなったら修道院にでも逃げようかなって」


 ナタリアはセシリオと顔を見合わせる。

 結婚がこりごり、というフランシスカの言い分はわかる。だけどそんなにうまく回避できるだろうか。

 少しの心配はあるものの、未来に思いを馳せるフランシスカは楽しそうだから、そうできるといいなと思っておく。


 ふいにフランシスカが真面目な顔になってナタリアを見つめた。


「ナタリア、今まで大変だったわね。でもだからこそ、あなたは素晴らしい当主になれるわ。きっとわたくし以上にね」


 少しだけ茶目っ気を含んだ目でフランシスカは微笑む。

 そしてナタリアを見て嬉しそうに、同時に少し切なそうに微笑んだ。母の目だ。


「あなたはもう十分に当主としてやっていけるわ。これからの伯爵家を作っていくのはあなたよ、ナタリア。だけど覚えておいて。もし何か困ったことがあったらいつでも頼りなさい。必ず駆けつけるわ」

「お母様……」

「わたくしはフランシスカとして生きると言ったけれど、あなたの母であることは変わりないの。これからもずっとわたくしはあなたの母で、あなたはわたくしの可愛い娘」


 ナタリアは目が熱くなるのを感じた。話しているのはフランシスカで、その声は少女らしく高く可愛らしい。それなのに少し低く落ち着いた、あの時の母の声と重なった。自分よりも小さな少女なのに、当時の母と姿が被る。


「ナタリア。わたくしはずっとあなたの幸せを願っているわ。いままで辛い目に遭った分、幸せになりなさい」


 ガタッと一度馬車が揺れて止まった。

 教会と伯爵邸は近い。いつの間にか到着していたらしい。


 馬車を降りると、フランシスカが空を見上げて「いい天気ね」と呟いた。


「わたくしは先に入ってエマとお茶をするわ」

「まあ、殿下とお茶だなんて」


 エマがとんでもないというように言い、フランシスカが呆れたように笑う。


「相変わらず融通が利かないこと。たまにはいいじゃないの。ここにいる間くらいはわたくしの相手をなさい」


 エマはアデリナの侍女で、アデリナに一生仕えるつもりでいたことをナタリアは知っている。だから状況が落ち着いたらフランシスカと共に王宮へ行ってしまうかもしれないと思っていた。だけどエマは引き続き伯爵家に仕えてくれるらしい。それが母の望みだから、とエマは言っていた。そしてエマ自身もそれを望んでくれているらしい。


「普通は使用人とお茶はしない、ってフランが言ってたんじゃなかった?」

「わたくしが望んだ場合はいいのよ。それよりセシリオ。いい天気ね」


 フランシスカがセシリオを名で呼んで、意味ありげな視線を送る。さっきもいい天気だと言っていた。たしかにいい天気なのだけれど、何かあるのだろうか。


「ナタリアを頼んだわよ。泣かせたら許さないんだから。もしそんなことがあれば、わたくしの権力全てを使ってでも潰してやるわ」

「怖いこと言うなぁ」


 セシリオは顔を引きつらせる。ディエゴという実例を見たせいか、冗談に感じられない。


 フランシスカはそんなセシリオとナタリアを交互に見て、ふっと幸せそうな、柔らかい顔をした。


「さぁ、エマ。わたくしたちは行きましょ」


 そしてさっと踵を返し、先に伯爵家の中に入っていった。


「僕たちも行こうか」

「どこに?」

「ちょっと庭を散歩。まだ時間はあるでしょう? いい天気だって、フランも言ってたし」

本日もう一話更新します。

次回、最終話です。

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