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母が王女に転生したそうです  作者: 海野はな


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「有言実行すぎないかな?」

「あら、ナタリアと二人で過ごしたかったからって、そんな顔しなくてもいいじゃない」

「そんな顔ってどんな顔だよ。可愛い妹がきてくれたんだ、ちゃんと歓迎してるよ」

「へぇ」


 わずか三ヶ月で伯爵家に戻ってきたフランシスカは、ちょっと遠出してから我が家に帰ってきたかのように、ごく自然にお茶を飲んでいる。

 今回は連れてきている従者の数も前回よりだいぶ少ない。あの人数だったのは、王女だからということではなく、敵陣に切り込むためだったらしい。


「お土産がいくつかあるのだけど、どれからがいいかしら」


 フランシスカは王宮からもってきた菓子を並べる。だけど彼女の言う「お土産」はこのお菓子たちではないことは知っている。


「まず一番重要なやつ。ハイ」


 少し投げやりにセシリオに書類を渡す。セシリオがそれを確認してから、ナタリアに手渡した。ナタリアはその書類を読んでから、チラリとセシリオを見る。セシリオはナタリアを見て、少しだけ微笑んだように見えた。


「それからこっちも重要なやつよ」


 フランシスカは今度はセシリオではなく、ナタリアに最初から渡す。

 ディエゴの処罰についての書類だった。

 ナタリアはじっくりと最初から最後まで読み、丁寧に署名した。




 今日の伯爵家の応接室にある椅子は、一人掛けが一つと長いソファが一つだ。その一人掛けにセシリオが、長いソファにナタリアとフランシスカが座った。扉の近くにはエマと執事長が控え、護衛が後ろと横、それから壁側にも立っている。扉の外にもいるはずだ。


 いつもより物々しい雰囲気の中、ディエゴとミゲラが拘束された状態で連れてこられた。

 牢の中であっても食事はちゃんと出されているし、清潔な衣服も提供されている。もちろん貴族待遇ではないが、不衛生にならないようにはされているはずだ。それでも二人ともどこかやつれて、粗末なように見えた。

 ナタリアが見ていた二人はいつもお金がかかった服装をしていたから、その対比でそう見えるのかもしれない。


 ミゲラは疲れ切った様子だけれど、それでも「放しなさい」と抵抗しながらナタリアを睨む。

 ディエゴはナタリアを見ると笑みを浮かべて見せた。


「ナタリア、ようやく私が必要だと気が付いたのか。遅いぞ。だが許してやろう。これからはおまえを支えてやるから、すぐに私を戻せ。おいっ、何をする!」


 二人は拘束している騎士たちに後ろから押され、床に座り込むような形にさせられる。


「ナタリア、こいつらに手を離すように言え」


 このような状況にも関わらず尊大な態度が取れることには感心してしまう。


 数か月前にセシリオやフランシスカが伯爵家に来た時とは逆になった。あのときはナタリアが連れてこられ、今のディエゴたちのように床に手をついていた。ナタリアの席はなかった。だけど今は、ここにディエゴたちの席はない。


 ナタリアは一度目を閉じて大きく息を吐き、そして目を開けた。


「ディエゴ、ミゲラ。今日あなたたちにここに来てもらったのは、判決が出たからです」


 もう父とは呼ばないし、ミゲラをミゲラ夫人とも呼ばない。


「判決……」

「ディエゴの犯した罪と、それから今後が決まりました。よく聞いてください」


 セシリオが罪を読み上げる。たくさんありすぎて、よくそこまでできたなと他人事のように感心してしまうほどだ。


 その中の一つに、当主だったアデリナを害した、というのも入っている。ミゲラはそれを唆していたようだ。フランシスカはもう年月が経っているので諦めていると言っていたけれど、セシリオと調査官が調べて証拠を見つけてくれたのだ。


 大きな罪は、アデリナを害したことと、ルシエンテス伯爵家を実質乗っ取ろうとしたこと。それからナタリアへの虐待だ。


 ナタリアはほとんどを諦めて日々を過ごしてきた。毎日がそうだったので、ディエゴたちの罪を書類に並べたときに、感覚が麻痺していたことに気が付いた。たとえば正当な理由なく閉じ込めたり、手を上げたり。使用人や領民を盾に脅されることはナタリアにとって日常すぎて、それも罪になるのか、と思ったほどだった。


「よって、極刑が妥当と判断する」


 最後の判決をセシリオが読むと、ディエゴとミゲラの顔が蒼白になった。


「きょ、極刑だと?」

「何かの間違いよ!」

「間違いではありませんよ。極刑が妥当、と王宮では判断されたんです。それは事実です」

「そんな、わ、私の実家が黙っていないぞ」


 ディエゴの声が震えている。


「あぁ、言っていませんでしたね。あなたのご実家の伯爵家に事情を伝えたところ、伯爵当主は即座にあなたを除籍しました。だからすでにあなたは平民です」

「なっ」


 ディエゴは実家と折り合いが悪かった。特にアデリナが亡くなってディエゴが実権を握るようになってから、実家には不利になるような動きばかりしていたので、怒った実家とは取引も激減してあまり関わりがなくなっていた。


 実家側にはルシエンテスを乗っ取る意図などなく、そもそもディエゴとの繋がりもほとんどなくなっていたことは確認が取れている。


 ミゲラはルシエンテス伯爵領に移った時点でミゲラの実家とは縁が切れている。調査官が一応確認に行ったところ、そのような娘はいません、こちらとは関わりがありませんからどうか、と可哀想なほどに懇願されたそうだ。ミゲラの実家はごく普通の小規模な商家で、ルシエンテスとの繋がりもなければ不審なところもなかった。平民の彼らが責任を負わされたら立ち行かなくなるのは確実だから、必死になるのも当然だろう。もちろんパウラの引き取りも拒否された。


「それでは、私たちは……」


 ディエゴが真っ青な顔で床に手をつく。セシリオが小さく息を吐いて言葉を続けた。


「極刑に値します。ですが、ナタリアが温情をかけました」


 セシリオがちらりとナタリアを見る。それは温情などかけなくていいのに、と少し非難しているようにも見える。実際にセシリオは極刑でいいと言っていた。


 実際にはナタリアはディエゴたちに温情をかけたわけではない。ただナタリアはそれがいいとは思えなかっただけだ。だから極刑のひとつ下にしてもらった。


 これからディエゴとミゲラは囚人として辺境の地での強制労働に就く。期限は伯爵家と王家に与えた損失分を稼いで返納できるまで、だ。囚人となった彼らの稼ぎでは人生が五回あっても払える額ではないので、一生戻ることはできないだろう。


 極刑と労働、どちらが彼らにとって楽なのかはわからない。


 あと本音を言うならば、死んで戻ってきたら困る、というのもあった。フランシスカという前例があるから。もちろん、母が戻ってきてくれたことは言い表せないくらいに嬉しいが。


 それでも悩んだのは、母を害されたというところだ。

 悩んでいるのがわかったのか、フランシスカは明るく言ってくれた。


『ナタリア、悩まなくていいわ。生きて償ってもらいましょう』


 それでナタリアの心は決まった。


 ナタリアは立ち上がってディエゴとミゲラを見下ろす。


「あなたたちは囚人として地方に送られます。そこで一生、真面目に働いてください」

「ナタリアに感謝するといいわ。極刑だったはずなのに、温情をかけてくれたのだもの。あなたたちが極刑を望むならば、今なら変更できるわよ」


 ディエゴとミゲラはもう言葉を発せなかった。



 エマがそっと扉を開けた。入ってきたのはパウラだ。


「お父様、お母様!」

「パウラ!」


 パウラの元侍女に押さえられながらも、パウラは飛び込んできた。

 ミゲラも立ち上がろうとして、騎士に押さえつけられている。


「お母様、どうしてこのようなことに?」

「パウラ、聞いたでしょう。ディエゴとミゲラは罪を犯したので、これから遠方へ送られるのよ」

「嫌よ! 嫌っ!」


 ナタリアとしては、もう会う事はできないだろうから最後に一目、という優しさのつもりだった。だけど逆効果だったかもしれない。

 パウラは取り乱してしまい、話ができる状態ではなかったのだ。


「お父様たちを放して! 放しなさいよ!」


 それでも少しの間、パウラを宥めようとしたけれど、パウラがナタリアに向かってきたところで騎士に押さえられた。そのまま外に連れていかれる。廊下からもパウラの声がした。


 フランシスカは肩を落とした。


「ナタリア、あなたはパウラの様子を見に行ってくれる?」


 ディエゴたちに判決は告げた。ナタリアがここでできることはもうなかった。

 ナタリアはフランシスカとセシリオにその場を任せて部屋を出た。




 ナタリアが出て、扉が閉まった部屋の中には、セシリオとフランシスカ、ディエゴとミゲラ、それから護衛たちが残っていた。


「セシリオ様、パウラは何もしていません」


 ディエゴが震える声で、すがりつくようにセシリオに訴える。


「何もしていないとは、この期に及んでずいぶんな言いようだな」

「そんな、セシリオ様。一度はパウラに目をかけてくださったではありませんか」

「それは誤解だと言ったはずです」

「どうかパウラを側に置いてやってください。愛人としてでもいい。どうか……」

「何を馬鹿げたことを。絶対にありえません」


 セシリオはフンと鼻を鳴らす。

 フランシスカとナタリアが温情をかけて伯爵家に置いているが、セシリオは有用だったからそれに賛成していただけだ。パウラに情などひとかけらもない。


「どうか、パウラを……頼みます」


 ディエゴは先程とは違い、セシリオに懇願する。ミゲラも同じようにセシリオを見上げる。セシリオはそれを冷たい瞳で見下ろした。

 フランシスカやナタリアと違い、セシリオは優しくない、と自分で思っている。ナタリアを虐げ続けたディエゴとミゲラにかけてやる情など少したりとも持ち合わせていないのだ。


「安心してください。ちゃんと仕事をこなすのであれば、ナタリアたちは伯爵家に置いてもいいと考えていますよ。ナタリアは優しいですから、感謝してくださいね。まぁ、自分から出て行った場合は知りませんが」


 セシリオは淡々とディエゴを見ながら言う。

 ディエゴとミゲラに甘やかされて育ったパウラが外で生きていけるはずがないのだ。悪い人にひっかかるか、もしくは野垂れ死ぬか。それはディエゴたちでも想像がつくのだろう、二人はそろって震えた。


「これから伯爵家のために、たっぷり働いてもらいましょう。なに、パウラは伯爵家を継ぐつもりでいたのだから、表に出なかったとしても、その伯爵家のために働けるなんて本望ですよね」


 これは以前ディエゴが言ったことだ。ナタリアを表に出さず、たっぷり働かせればいいと、領地のために働くのだから本望だろうと、そう言ったのだ。


「あぁ、時期がくれば適当に男をあてがって子を産ませるのでしたね。そうしましょう。そしてその子を人質としてとっておく、と。そうすれば働く意欲が増すし、こちらの言い分も聞かせやすくなる」


 ディエゴは目を見開く。たしかにそれも、ディエゴが言ったことだった。

 ナタリアの血、つまりルシエンテスの血を引く子を産ませ、その子を操ることで伯爵家を意のままに動かす。ついでにナタリアもぎりぎりまで働かせてやろう。そういう計画だったはずだ。

 それが見事に崩れ、今、溺愛しているパウラがその立場にされようとしている。


 セシリオは椅子から立ち上がってディエゴの前に行き、すぐ近くでしゃがんで真っ青な顔のディエゴを見下ろした。


「セ、セシリオ様、どうかそれは……」

「全てあなたが言ったんですよ。ナタリアには当たり前にしようとしていたことなのに、パウラには嫌なのですか? おかしな話ですね」

「それは……」

「なんの問題もないと、そう言ったでしょう?」

「そんな、セシリオ様!」


 ディエゴがセシリオに向かって手を伸ばす。だけどその手は騎士に阻まれて届くことはなかった。

 セシリオは大きくゆっくり溜息をついた。


「残念です。もしあなたたちがナタリアを娘として尊重し、正しく導き、愛情をもって育ててくれていたのなら、僕はあなたたちを義父、義母と呼べる日がきたかもしれないのに。本当に、残念ですよ」


 セシリオの本心だった。

 ナタリアには健やかに穏やかに過ごしていてほしかった。そうあるべきだった。

 道を間違えたのはディエゴたちだ。


「こちらのことは心配せずに、あなたたちは安心して辺境へ行って、たっぷり働いてくださいね」


 ディエゴとミゲラはもはや白い顔になり、ハクハクと浅い息を繰り返すばかりだった。

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貴族法に照らして 処刑にしないのは 不自然だと思います。 温情は掛けたくても 掛けられ無い程の 重罪ですよね?
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