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母が王女に転生したそうです  作者: 海野はな


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 ディエゴとミゲラが引きずられるようにして牢に入ってから十日。

 ナタリアはフランシスカとセシリオと一緒に食事を取りながら状況を確認していた。


 伯爵家の状況が一気に覆り、まだ全く落ち着かない。フランシスカが滞在を延長してくれて、本当に助かっている。セシリオとナタリアが書面でお願いしたこともあり、彼女は一ヶ月はここにいてもいいという許可をもらったそうだ。


 フランシスカは今は王女だけど、前世はこの伯爵家の当主。今後いろいろ変えていくにしても、今はひとまずアデリナが当主だったころに近い状況に持っていこうと、フランシスカはセシリオと共に奮闘してくれている。


「ナタリア、使用人たちの状況はどう?」

「まだ落ち着きませんけど、エマが上手く取りまとめてくれています」


 ナタリアはフランシスカたちと執務にあたりつつ、使用人の状況も見ていた。エマを侍女長、ナタリアを陰から支えてくれていた祖父母の代からいる使用人に執事長になってもらい、エマと新執事長を中心に体制を整え直している。


 ディエゴやミゲラについていた使用人たちは、非常に焦りを見せている。見下していたナタリアがトップになったのだ。自分たちはどうなってしまうのかと怯えるのは仕方がないことだろう。

 そのような使用人たちも、各々事情が違う。明らかに悪意を向けてきた人もいれば、仕方なくミゲラたちに付き従っていたという人もいる。悪意が罪に当たる場合は罪に問うが、それ以外はいきなり解雇するつもりはない。ただ一人一人に合った待遇にするのはなかなか難しく、エマも頭を悩ませている。

 立場が確実に悪くなることを察して、自主的に辞めていった人もいる。


「仕事に影響は?」

「今のところ大丈夫なんです」


 ナタリアは肩を落とす。

 もちろん使用人たちの仕事がスムーズに進むのは良いことだ。だけど人数が減ったり仕事内容が変わった人もいるにも関わらず、以前よりも効率が上がっているのはどういうことか。

 どれだけディエゴたちは使用人の仕事を増やしていたのか、と思ってしまう。


 フランシスカは苦笑しながら肉を口に入れ、ナタリアの手元を見る。ふいにフランシスカの眉間に皺が寄った。

 その表情をどこかで見たことがある気がして、ナタリアは身構える。


「ナタリア」

「なんでしょう?」

「もっと食べなさい。事情はわかっているけれど、細すぎるのよ。食べて食べて食べまくりなさい。わたくしのもあげましょうか?」


 ナタリアはきょとんとフランシスカを見る。その様子を見て、セシリオはクッと笑った。

 思い出した。母はちょっとしたお小言を言う時に、こうして眉間に皺を寄せていた。


 成長期のフランシスカから食事を奪うわけにもいかず、ナタリアは慌てて首を横に振って自分の前にある肉を口に詰めた。


「お兄様、ディエゴとミゲラの様子はどう?」

「しばらくは怒鳴り散らしていたらしいけど、少しずつそれでは無理だと気付いたみたい」


 セシリオはフンと小さく鼻を鳴らす。

 誰かが近付くたびにここから出せと喚いていた二人だったが、それでは無理だと悟ると今度は、助けてくれればお前に良いように図ってやる、と賄賂をちらつかせてみたりしているらしい。


「とうとう懇願されるようになりました、と牢番から報告を受けた。どうしようと出すわけがない」


 今、牢を守っているのはフランシスカの手の者と、ナタリアの境遇を憂いていた伯爵家の騎士だ。ナタリア側であり信頼できる者だけなので、何を言われようとも彼らは動じない。


「フラン、パウラの様子は?」

「まぁ、全く以て馴染めていないみたいね」


 三人で相談した結果、パウラは牢へ捕らえるのではなく、伯爵家でしばらく面倒を見ることになった。面倒を見るといっても、あれこれ世話をしてあげる、というわけではない。使用人として働いてもらうのだ。


 フランシスカはパウラに対して複雑な思いを持っているらしい。ナタリアにしてきた数々のことは許せないけれど、ディエゴとミゲラの影響が大きすぎたことについては同情するところもあるという。


『まともな環境で育っていたら、と考えてしまうのよね。パウラは完全に自分の立場を理解できていなかったもの』


 そうフランシスカは言った。

 ナタリアはパウラに同情してはいないけれど、使用人としての仕事をちゃんとするならば伯爵家でしばらく様子を見る、というのには賛成だ。パウラはナタリアの一歳下で、まだ未成年。伯爵家で令嬢としてぬくぬく育てられた彼女をいきなり外に放り出して、生きていけるとは思えなかった。

 さすがにナタリアも、いきなりパウラに死んでほしいとは思っていない。


 セシリオにはまた別の思惑があるようだった。


『ディエゴたちはパウラを溺愛しているから、パウラがこちら側にいる限り従わせることもできる』


 要するに、ある程度人質として取っておこう、ということらしい。

 ディエゴはしばらく牢で過ごしてもらうことになっている。まだどのような罪になるか決定していないことと、ナタリアの後見人という立場があるためだ。少なくともその間はパウラがいてくれたほうが都合がいいと、セシリオはニヤリと笑った。


 三人それぞれの考えが同じわけではないが、方向としては一致したので、パウラは使用人の部屋に移って最下層の使用人としての生活を始めた。

 一応弁解しておくと、最下層の使用人といっても名門伯爵家の使用人なのだ。きちんとやるべきことをこなすのであれば、待遇は保証されている。


 だけど当然すぐにその生活に馴染めるはずもなく、今もまだご令嬢の態度を崩さないでいる。パウラの侍女だった数人がパウラに教えることになっているが、今はもうその侍女のほうが使用人としての立場が上だ。それも理解できずに従わせようとしているらしく、前途多難だ。


「パウラの元侍女たちに、パウラが何かしたらその責任をあなたたちにも問う、と言ってあるから、よほどのことはさせないでしょう。常に見張りはつけているし、どうしても必要であれば、ある程度は拘束してもいいと伝えてあるわ」


 ナタリアがエマと使用人区域を歩いていた時にも、パウラが怒っている声が聞こえたことがある。どうしてわたくしがそのようなことをしなければならないのよ、と叫んでいた。

 ナタリアと目が合い、恨みを込めるかのように「ナタリア!」と叫んで寄ってこようとしたのを、パウラの元侍女が体を張って必死に止めていた。

 ナタリアは言葉を交わすことなくその場を去った。



 そして一月が経った。

 パウラを除いてようやく落ち着いてきた伯爵家だったけれど、この日は朝からバタバタしていた。

 滞在していたフランシスカが王宮へ戻るのだ。

 フランシスカは多数の従者を連れていたので、準備もそれなりに時間がかかる。


 十日予定の滞在を一ヶ月に伸ばし、さらにまだ帰らないとごねていたフランシスカだったが、さすがに七歳の少女をずっと外に出しておくわけにはいかなかったらしい。


「ナタリア、わたくしの従者の一部と王宮の騎士は数人残っているから、何かあったらすぐに連絡するのよ。お兄様、ナタリアを頼みます」

「任せろ」


 セシリオは引き続き滞在してくれる。いくらナタリアにとって状況が良くなったとはいえ、ひっかき回されてまだいろいろ荒れている伯爵家に未成年のナタリア一人では荷が重い。セシリオが残ってくれるのは、ナタリアにとっては非常に心強かった。

 フランシスカはナタリアとセシリオを交互に見て、先程とは違い、ジトッとした視線をセシリオに向けた。


「お兄様、ナタリアを頼むけど、近づきすぎないこと。エマ、見張っておいてちょうだいね」


 エマがクスッと笑って「お任せください」と返事をする。セシリオは苦い顔だ。


「ナタリア、しっかり食べてしっかり休むのよ。身体を壊さないようにね。あなたは働きすぎるから心配だわ」

「まるで母だな」


 セシリオが揶揄うように言う。実際そうですけど、と言わんばかりの表情でフランシスカは睨むが、さすがにここには人がたくさんいるのでそれを口にはできない。

 ナタリアもまたお母様と呼ぶことはできず、目上の人に対する礼をとった。


「殿下、本当にありがとうございました。道中お気を付けて」

「ありがとう、ナタリア。わたくし、またすぐに戻ってくるわ!」


 そう言ってフランシスカは馬車に乗り込んだ。

 ゆっくりと動き出し去っていく馬車を、ナタリアは見えなくなるまで見送った。


「次に会えるのはいつになるかしら」


 ナタリアがそう呟くと、セシリオは軽く首を傾げた。


「どうかな。すぐに戻るって言ったけど、王女という立場で、しかも七歳でここに来れていたほうがすごいことだからな。こちらが王宮へ出向いた時、じゃないか?」

「そうですよね」


 寂しい気持ちになって、隣のセシリオを見上げる。

 彼がいてくれることに安心した。



 まさかこの時は、フランシスカが「すぐに戻ってくる」と言った通り、フランシスカが三ヶ月という短期間で本当に戻ってくるとは思わなかった。

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